<第二章:降竜祭> 【11】
【11】
戦闘が始まる。
街中で待機していたパーティが先にしかけた。
砲撃のように、次々と魔法が竜にぶち当たる。
爆発にくる爆発。
竜の姿が隠れるほどの爆炎。
遠距離からでも凄まじい熱気と空気の振動を感じた。
こいつはもう、怪獣映画だ。
「やったか?」
近くの冒険者が呟く。
これで終わるなら、誰も竜を恐れたりはしないのだろう。
竜の羽ばたきで爆炎が晴れる。ダメージがあるようには思えない。だが、魔法は囮だ。一斉に斬りかかる冒険者の姿が見えた。
「何?」
思っていたのと違う光景だ。
武器が“刺さっている”。
ガス状の鱗に、点のような剣や槍が刺さっていた。
脆いのか?
ならば、マズい。
走り出して、地面を蹴る。建物の屋根を踏み砕きながら、竜に向かって跳ぶ。
「おい! 蛇!」
「なんじゃ」
肩の蛇に怒鳴る。
「あれどういうことだ! 邪竜なのか!?」
「見りゃわかるわい! 考えとるのじゃ。ラザリッサ………に見えるが、しかし?」
「はっきりしろ!」
「違和感がある! だからといって止まるわけにはいかんじゃろ! 大方、取り込まれた鉄鱗公が抵抗してる。もしくは、復活したて弱っている。他の可能性はわからん! わからんが、貴様のやることは1つじゃ!」
「言われなくても!」
街を飛び跳ねて、竜との距離を詰める。
冒険者の鬨の声が聞こえた。
刃の鳴る音が聞こえた。
建物が四散し、土煙が待っている。
戦場だ。
竜が身じろぎするだけで、無数の冒険者が吹っ飛ぶ。
だが、次から次へと冒険者たちは果敢にも飛び掛かり、竜の足や胸に刃を突き立てる。
さながら象に群がるネズミ。
混んでいる。どこから斬りかかるか見定める中、微かに気泡が弾ける音を聞いた。
「ギャアアアアア!」
冒険者の1人が腕を押さえて悲鳴を上げた。
彼の腕は、剣もろとも溶けていた。
金属の不協和が響く。
竜に突き刺さっていた武器の数々が、黒いガスに溶かされて落ちる。
竜の黒が膨らみ濃くなる。
俺は咄嗟に叫ぶ。
「避けろ!」
竜にもう一対の翼が生えた。違う、ガスで作られた巨大な手だ。その手が、纏わりついていた冒険者たちを一斉に薙ぎ払う。
声が届いた冒険者たちは、神技のような回避を見せた。
反応できなかった冒険者は、消失したかのように溶かされた。
一撃で20人近くが死んだ。
これじゃ接近戦は無理だ。俺の剣も届くかどうか。
「フィロ、火じゃ」
「火? だが、効果はなかっただろ」
「鱗にはな。ガスには効果がある。かもしれん」
「火でガスを払って、その隙に斬れと?」
「他に策はあるのか?」
「ない!」
それでいく。
白い短剣を取り出した。可燃性の蝋を大量に生み出せる大炎術師の脛骨。
だがしかし、流石に竜を丸ごと燃やすのは無理だ。そんな大量の蝋を生み出したら、俺が燃えちまう。もしくは、この短剣が擦り減って消える。
ふと竜と目が合った。
明らかに俺を睨んでいる。
ガス状の巨大な手が伸びてきた。
蝋を振りまき、短剣の柄を叩く。
視界が爆炎で染まる。
火に巻き取られて、巨大な手が一瞬だけ霧散した。その隙に、俺は大きく背後に跳んで距離を取る。
「中は鉄鱗公だよな?」
しかし敵意が薄い。
「わからぬ! そもそも、ラザリッサなら空からこの国を焼き尽くす! 飛べん理由があるのか、もしくは――――――」
「どちらにせよ」
やる。
目抜き通りに着地。
視界の端に、ちょっと前暴れた酒場があった。
竜に弾かれた瓦礫が、その酒場に直撃。店は跡形もない新しい瓦礫になる。
「丁度良い」
白い短剣を振り、酒場跡に火を点けた。
燃え上がる瓦礫の中の、一際大きい長方形の物体を持ち上げる。
「ぐっああああああああ!」
吠え叫び、気合を入れた。
自重よりも遥かに重い。肉が裂け、骨が悲鳴を上げている。前は一度だけ、これよりも重くデカイ物体を軽々と片手で持ち上げた。
本物の英雄なら、【冒険者の父】なら、この程度は余裕なのだ。俺にはまだ苦痛で遠い!
けれども、担げた。
酒場の巨大な、【猛牛と銀の狐亭】と書かれた看板を。
竜が真っ直ぐ俺に向かってくる。
歩みは愚鈍で、生まれたての小鹿のよう。何度も倒れかけながら近付いてくる。しかし、とてつもない巨体だ。歩くだけで街の建物が蹴飛ばされ舞い上がり、瓦礫の雨が降る。
「くらえ」
燃える看板を竜に投げ付けた。
ガス状の腕が看板を受け止め、火に巻き込まれ霧散する。看板は竜のアゴを捉え、砕けながら竜を転倒させた。
猛烈な土煙が舞う。
目を閉じ、呼吸を止めた。
低く低く。ツバメの滑空のように、地面を這いながら駆ける。
降り注ぐ瓦礫を感覚で避ける。
見えなくとも、一挙一動竜の動きを捉えている。こんな馬鹿みたいに大きい気配、眠っていても察知できる。
左手の親指が、ロングソードの鍔に触れた。
シンプルなデザインの十字鍔、真っ直ぐな剣身、剣の重さ。そのどれもが、抜刀には不向き。
そもそも俺の剣技は、担いで全身全霊で振り下ろすものだ。
短時間しか抜けない制約のため、無理やり居合に近い剣技を振るっている。
竜という大物を、一撃で仕留めるには足りない。いつも通りでは届かない。
集中力を研ぎ澄ます。
極限の更に先に踏み込む。
精神を練る。殺気だけで人を殺せる次元まで、研ぎに研ぐ。
一切合切、魂の欠片すら残さず剣に乗っけて、斬る。
間合いだ。
俺は、鬼のような形相で目を見開いた。
上半身を起こす竜は眼前。
静止した時間の中、加速する精神はある一手を選んだ。
抜刀と慣れ親しんだ剣技の合わせ。
最速で抜き放ったロングソードを担ぐ。
跳ぶ。
俺の全てを、袈裟斬りで竜の首目掛け――――――
「いかん止めよ!」
「んなっ!」
蛇の叫びで剣が鈍った。もう遅い。剣を止められない速度で振り下ろしてしまった。
だが、竜の首は逸れ、肩を深く斬り込み、斬り抜ける。
竜を背に、地面を擦りながら着地。
竜から噴き上がる鮮血が、ロングソードに纏わりつく。
獣を殺した時と同じ、いやそれ以上、とてつもない勢いでロングソードを鞘に収めることができない。
呼吸ができない。
空気が熱い。血が燃える。比喩じゃない。本当に血が燃えている。火のような血、血のような火をロングソードが吸い続ける。
視界が明滅する。
このままでは意識を失う。呼吸をすれば肺が焼ける。
「ッッ!」
猛火を灯した剣の柄を地面に突き刺す。両手で鞘を握り、全体重をかけ剣に落とした。
スッと火が止む。
喘ぐように呼吸して酸素を求めた。
急激な吐き気と眩暈に襲われる。
剣のせいかと思った。
違う。
違うのだ。
何か、俺は、今、致命的にやってはいけないことを侵した。
手が震えている。
初めて人を斬った時よりも震えている。
「謀られた。人の愚かさは誰よりも知っていたはずじゃが、まさか竜が、ここまで愚かに人を侵すとは………………」
「蛇、お前は何を」
竜を見た。
それは竜ではなかった。
女だった。
鮮血に染まった白いローブの聖女が倒れていた。
「………………」
何故、ハティが倒れているのか、俺に斬られたのか、脳が理解をすることを拒絶する。
背中に衝撃を受けた。
脇腹から何かが生えていた。
幾つもの剣だ。
それに持ち上げられ、俺は地面に叩き付けられた。何本も骨が折れる音が耳に響く。
それは剣ではなかった。
無数の剣で形作られた鉄の翼だった。
ゴブリと大量の血が口から洩れる。体が動かない。体を動かす配線が切れたようだ。
「やっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
人形のような少女が、俺のロングソードを手にしてはしゃいでいた。
「手に入れたぞ、【獣の王】を! 奴と同じ力を! これで勝てる! 雪辱を果たせる! アハハハハハハハハ!」
鉄鱗公が、感情のない顔で狂ったように笑っていた。
「喜べ。後は俺様が語り継いでやる。この剣を永遠に。“英雄の中の英雄”、フィロの名もなき剣として」
視界が暗くなる。
耳障りな羽ばたきが響いた。
強風が吹き荒れ、周囲の瓦礫が浮かび、再びここに降り注ぐ。
「フィロ! 気を失う前に助けを呼べ! このままでは生き埋めじゃ! フィロ! フィロ死ぬな!」
俺は――――――もう一度、倒れているハティを見た。




