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オールドキングと顔のない冒険者  作者: 麻美ヒナギ
オールドキングと顔のない冒険者2 死と呪いの花嫁

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58/88

<第三章:死と呪いの花嫁> 【15】


【15】


 ――――――――――――

 ――――――

 ―――


 まどろみの中、女は夢を見る。

 始めて黒いドレスを着た時のこと。

“お前は死と呪いの花嫁になるのだ”と言われた。

 血の匂いで意味を理解した。

 いつも急に、あるいは命じられるままに、女は暗い夢の中に落ちた。目覚めると、いつも血の匂いがした。目の前に広がるのは、人とは思えない潰れた花婿の残骸。

 何度も何度も、そんなものを見せられるうちに、女は自分の甘い考えに後悔していた。

 普通の人生などライガンの女には用意されていない。

 例え、いつか、幸運に恵まれたとして、自分に憑いた化け物を殺せる者が現れるとして、それが真っ当なはずがない。

 化け物を殺せるのは、それ以上の化け物でしかないのだ。


『あれは駄目だな。これも駄目。うーむ、おしいが駄目だ』


 いつの間にか現れた黒猫が、花婿たちを品評する。

 最初は、おかしくなった精神が慰めのために作り出した幻だと思った。ところが、この猫は自分の知らないことを知っていた。古い歴史から、予言めいた未来の術まで。

 彼は、王子は、自分を、女の中にある化け物の親玉だと言った。

 夢よりも暗い歴史を王子から教わった。王子のそれは、神と信仰されてもおかしくない功績だ。同時に、歴史から消されるほどの悪でもある。


『正義を成すにも悪が必要なのだ。その逆もまたしかり。悪にかけても善にかけても英雄がいるのと同じ。民草は、その一面でしか人を判断できん。全く暗愚だね』


 そんなことを猫の姿で語るのは、おかしかった。心の慰めになった。

 血の匂いと、死体の山の中でも慰めになった。


 ある日、


『見所はある。騎士家系の“崩れ”か“落とし子”か。諸王の末かもしれんな』


 王子がそう語る人物に出会った。

 若い剣士だ。

 剣技の良し悪しはわからないが、剣を振る姿を美しいと感じた。

 彼の鍛錬の様子を、こっそりとずっと見ていた。何日も何日も、飽きもせずに。

 見所があると感じたのは王子だけではなかった。祖父が彼に剣を与えた。ライガンが秘蔵するルミル鋼の剣だ。

 女の父が、かつて使っていた剣。

 父がどういう死に方をしたのか、同じ時期に母が何故死んだのか、祖父にも怖い祖母にも聞けなかった。

 葬儀の時、祖母に止められるも棺を開け、そこにあった炭のようなモノが両親の最後の姿だった。

 若い剣士は剣を振るう。

 女はそれを遠くから見ていた。

 甘い考えが、また生まれる。

 結局、本当にただ甘いだけの考えだった。

 剣士は死に、また別の男が花婿の候補として現れた。

 長生きしそうにない男だ。

 飢えた野良犬みたいなギラギラした瞳で、遠くを見ている。遠くの誰かを憎んでいる。

 王子は大層気に入ったみたいだが、嫌いな男だった。

 けれども、そう、生きてくれるなら。

 自分よりも長く生きてくれるなら、魅かれてやってもいい。


 ―――

 ――――――

 ――――――――――――



 庭で剣を振る。

 何ともこれが難しい。

 ルミル鋼の剣は重い。腰に下げたロングソードと比べたら倍はある。それでいて、刃渡りは10センチほど短い。

 これで殺すためには、いつもより半歩踏み込みが必要だ。そして重さが全身に食い込む。10も振れば息が乱れる。

 扱いは理解しているのだ。相手の動きからどこでどう振ればいいのか、斬り返せばいいのか、最適な足指の配置、腰の捻り、肩、握り、その他多く。意識したらキリがないこと全てが、自然とできる。できるようになっていた。

 だが、体が全然ついてこない。

 30も剣を振ると限界だ。

 太ももの肉が攣り、指の感覚がなくなる。そこから更に無理をしようものなら、背骨が肉から剥き出るだろう。

 なかなかどうして、こりゃ難しい。

 疲労で適当に剣を振り、自分を傷付けようものなら致命傷にすらなる。自分の剣と言い張れるのは、まだまだ先だ。

「若いと言われる歳でもねぇのに、これはキツイ」

 休憩を挟みながら小一時間剣を振った。

 汗だくだ。足が生まれたての小鹿みたいに震えている。指にタコまで出来ていた。冒険者として、それなりに鍛えていたつもりだったが、今までの10年が遊びみたいだ。

「………見ても面白いもんなんてねぇぞ」

 ずっと背後で見学していたアリステールに言う。

「そうかな?」

「そうだぞ。汗だくの野郎なんか見て何が楽しい」

「割と、楽しい気が? 前の………ううん、何でもない。あんまり上手くは見えないよね。旦那様」

「うるせぇよ。才能豊かなら10年も凡冒険者やってねぇ」

「けど今は………………あ、良い匂い」

 小麦粉の焼ける匂いが漂う。

 もうすぐ昼飯の時間だ。

「ハティがパン焼いてる」

「起きてパンの匂いかぁ、なんか久々かな」

「味にケチ付けたら尻を叩くぞ」

 アリステールは少し笑い、表情を強張らせる。

「お爺様は、殺したの?」

「殺してねぇよ。お前に気を使って半殺しで我慢してやった」

「嘘っ。旦那様って気遣いできたんだ」

「お前、俺を何だと思っている」

「あー………………止めておきます」

 絶対、よくない言葉が浮かんだな。

「ただ、爺がもう一度襲ってきたら殺す。それだけは忘れるなよ」

「わかってる。それはもう、仕方ないよね。どうしようもない」

 来るだろうか?

 俺には、古びた脳みその中身はわからん。蛇に聞いても『あるがままだ。好きにしろ』と一言返すだけ。

「ご飯ですわよ~」

 とハティの声。

 剣を鞘に収め、アリステールと目を合わせて家に戻る。

「儂の肉じゃ!」

「我らは家族も同然、財産は共有しようではないか」

 蛇と猫が餌を取り合っていた。

 勝手にやっていろ。ハティも完全に無視している。アリステールだけはアワアワしていた。

 昼飯は、平焼きパンと野菜の入ったスープ、干し肉とワインである。

「聖女様、思ったよりも貧――――――きゃん!」

 魔女の尻を叩いた。

 中々の叩き心地。

「いっっつうう、質素ですね」

「あ、はい」

 3人で席に着き、手を合わせて祈りを捧げる。

 俺は、飯を用意してくれたハティと、戸棚の隙間からこっちを見ている毛玉と、頭に浮かんだ赤毛の少女に感謝を伝える。

「いただきます」

 と、賑やかになった食事を開始する。

 前に、

「話がありますわ」

 ハティから大事な話があった。

「フィロさん、アリステールさん、お二人のご結婚のことです。様々な事情、世相、権力者の圧力などもあって………………ご結婚をゆ………ゆる………………ゆっ、ゆっゆゆ、ふぐっ!」

 ハティは、バシバシと自分の胸を叩き出す。

「だ、大丈夫か? 無理するな。別の日でもいいんだぞ?」

「ご安心をフィロさん! 下手に先延ばしにした方が面倒ですわ! ええ! 許しますよ! 結婚! すればいいじゃないですか! 許さないと大変なことになりますからね! ほっっんと王女この野郎ですわ! でも私、一緒に住みますからね! 夜だって遠慮せず迫りますけど! 文句あります!?」

『ないです』

 俺とアリステールは同時に頷いた。

 聖女様がこんなおかしなテンションになった原因は、大体俺のせいである。

「ほら、食べますわよ! また冷めますわよ!」

 やけ食い気味に、ハティはパンをもしゃもしゃ食べ出す。

 俺もアリステールも続く。

 やっぱり、味はわからなかった。今後、男女関係の話を食卓に持ち出すのは禁止としよう。

 ふとアリステールを見る。

 笑っていた。

 普通の顔で笑っていた。

 こんな顔もできるのかと、ほんのわずかに心音を高鳴らせて思った。


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― 新着の感想 ―
[一言] よし、続きの読みたい諸兄は、ブックマークと★5と全話にグッドボタンだ!
[一言] 猫の「お爺殺す道には血と呪いしか無いぞ(雰囲気)」みたいな言い方からして殺してたらライガンに意識乗っ取られたり獣の力コレクターになるように呪われたりしそうだと思ってたからめっちゃいいように進…
[良い点] こんなに羨ましくないハーレムがあるなんて(╯︵╰,) [一言] わくわくがとまりません。
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