<第三章:死と呪いの花嫁> 【13】
【13】
選択肢1、人質にして逃げる。
選択肢2、気絶させて逃げる。
選択肢3、証拠を残さずやる。
パッと思い浮かび。
ゾクリと大きな気配に止められる。街中で獣を威圧した気配だ。
「?」
慄く俺を王女は不思議そうに見ていた。この女の気配じゃない。王女の手の者か? どこだ? どこに隠れている?
「察するに、ロージーあなた交渉失敗したのかしら?」
「むがー!」
「はぁ、減給ね」
「む、むが」
拘束された触手娘は、力なく倒れる。
「来なさい」
王女が呼ぶと、背後からアリステールが現れた。
「えーと、旦那様。ランシール王女から提案が………もしかして脱獄中ですか?」
「そんなとこ」
「どうするつもりだったので?」
「爺をぶっ殺してから、お前とハティを取り戻そうと考えていた」
「だ、そうです。ランシール王女」
アリステールが王女に話を振る。
「あらそう。利害の一致でいいのかしら? でもねぇ、フィロちゃん。あなたって信用できないのよね。これは女の勘だけど、あなたによく似た男を知っているわ。ひっっどい男よ。目的のためなら、友人も恋人も身内も利用して使い潰して殺すクズ」
「………………」
心当たりがある。
「でも、そうね。どんな人間にも使い道はあるわ。やる気はあるかしら?」
「あんたに言われなくてもな」
「そう、やるだけやってみなさい。ハティちゃんは、人質として預かっておくけどね」
「彼女に傷一つでも付けたら、この国を焼き払ってやる」
粘ついた殺意が体に纏わりつく。
今ここで殺し合いになっても構わない。そんな気迫で殺意を返す。
本気だ。
「アハハ、冗談として捨てておいてあげる。冗談じゃないなら、あなたも、あなたが守りたい者も、端から端まで吊るしてウサギの餌よ」
「やってみ――――――」
「はいはいはい! 旦那様そこまで! こんな行き当たりばったりで王族と喧嘩しないで!」
アリステールに口を塞がれた。
納得いかないが正論だ。
「ランシール王女! アタシたちはお爺様を倒しに行きます! 倒したら、旦那様にかけられた容疑は解く。ハティ様の拘束も解く。間違いないですね!」
「そうよ。頑張んなさい」
「行きますよ旦那様! 犬じゃあるまいし、簡単に吠え返さないで!」
「むぅ」
そう言われると噛み付き足りない。
アリステールは、胸元から小瓶を取り出す。
「王女様、離れてください」
王女を退かせると、小瓶を床に叩き付けた。
小さな光が生まれ、フワッと重力から解き放たれる。眩い閃光からの暗闇。
殺意が消えた。
空気が違う。牢屋よりも湿気が強い。
開けた円形の空間だ。
見慣れたダンジョンの石畳、白く高い天井。上まで30メートルはあるだろうか?
無数の横穴があり。まるで、虫の巣。
「どこだ、ここは?」
「避難所。お爺様はこういう場所を幾つも持っているの」
「さっきの小瓶、便利だな」
転移する魔法でも封じられていたのか? そういうのが“ある”とだけは聞いたことがある。どうせお高いんだろ。
「貴重なんだからね。作るのに時間がかかるし、大変」
「お前が作ったのか?」
「そだよ」
こいつ使えるな。その小瓶だけでも結婚したかいがある。
「で、爺は?」
「の前に、これ」
アリステールは、胸元から長いモノを取り出す。
蛇だった。
「うーむ、聖女の谷間と魔女の谷間、実に優劣が付けづらい」
「俺の女の胸だ。俺の胸だ」
「ぐえっ!」
潰す勢いで握った。
「貴様、胸以外の場所に隠れても良かったんじゃぞ!」
「蒲焼にするぞ、この野郎ッ」
「旦那様、ご武運を」
鈴の音が聞こえた。
小さい音色なのに耳の奥まで響き、脳を揺らす。
アリステールの目から光が消えた。マネキンのように立ったまま固まる。
ギチッ、と不協和音。
蛇を肩に載せ、剣を抜く。
迫る衝撃を真っ向から受ける。俺の体が飛んだ。バランスを崩しながらも何とか転ばず、靴底で床を擦りながら勢いを殺す。
「不意打ちばっかりだな、お前らは」
透明な獣がアリステールの肩に止まっていた。
姿は見えずとも、空気の歪みで輪郭を捉えることができる。
鳥だ。
翼のある獣だ。
「ちとマズいぞ」
蛇の言う通り、俺も嫌な予感がした。
風が巻き起こる。
獣は、高い天井のスレスレまで飛び上がった。
大きな風鳴りと、小さくなる獣のシルエット。
暗い刃を担ぐ。
超高速で落下してくる獣目掛け、剣を振り下ろした。
空振り。
俺の左肩が爆ぜた。
刃を返すも、獣は遥か遠く天井に。
「ちッ」
速すぎる。
加えて、信じられない反応速度。カウンターで振り下ろしたのに、刃を潜りやがった。しかも、一撃で再生点が3分の1削られた。
この剣を抜いている時は馬鹿みたいに再生点が増えるのに、それをこんなに削るとは。思ったよりも相手の牙は鋭い。止めに、場所が悪い。隠れる場所がない。もっと狭い場所なら、
「逃げるのも手じゃぞ? まあ、余なら真っ正面から倒せるがな」
「………」
んなこと言われて逃げるわけないだろ。
獣は広げた翼を窄め、再び閉じた傘のような状態で落下してきた。
カウンターは駄目。
逃げもしない。
となると、
「どうするのだ?」
「撃ち落とす」
毎日無駄に短剣投げてたわけじゃない。
左手を獣に向け、右手は剣の柄を柔らかく握る。槍投げの体勢だ。
獣がトップスピードになる寸前、剣を投げ付けた。
放たれた剣は音の壁を破壊する。
大口径のライフル弾並の威力。当たれば間違いなく獣を倒せる。
が、
獣は翼を広げて急制動で剣を避けた。
無手の俺に向かって再び落下を始めた。しかし、笑えるほど遅い。
剣の柄に巻き付けた糸を、蜘蛛と両手と歯も使って引き寄せる。死角から迫る剣を獣は避けた。避けたが、その翼に糸が絡み付く。
糸を握った手から血がしぶく。
構わず、渾身の力で獣を地面に叩き付けた。
激突だ。
粉砕された石畳が噴き上がり、視界を覆う。
目を閉じる。
糸伝いで獣の位置と剣の位置を把握。呼吸を止めて疾走した。
燕のように低く速く鋭く。
暴れる獣の爪を潜り、剣を手にして、すれ違い様に首を落とした。
ワンテンポ遅れ、遠くにいるアリステールが倒れる。
「たんと食え」
獣の血がたなびく。剣に吸われていく。
また少し剣は重くなった。
だが、まだ。まだ刃は暗いまま。燃え上がる気配すらない。先が見えないな。
「剣をしまうのだ。早くッ」
蛇が焦りながら変なことを言った。
「何言ってんだ。まだ食い切ってないぞ」
獣の体は残っている。前は塵になるまで吸っていた。
「再生点を見よ!」
「ん?」
首に下げた再生点の容器を見る。
ゼロ? なのか。剣に似た暗い色に染まっている。見たことのない状態だ。
急に呼吸が出来なくなった。
口中に血の味が広がる。
左目が見えなくなった。
「早くしろ!」
血を吸いたいと蠢く剣を、無理やり鞘に押し込んだ。
「ぐっッ、はぁはぁ!」
呼吸が出来る。
口に溢れた血を吐き出し、酸素で肺を満たす。
「なんてことじゃ。剣から呪いが逆流している。代償なしにしては強すぎるとは思ったが、こんな罠が隠れておったとは」
「マズい、のか?」
左目は見えないままだ。
眼球は存在している。一時的なものだと思いたい。
「今ので10年は寿命が縮まったと思え。世界中の治療術師、かの三大魔術師ですら、呪いだけはどうすることもできなんだ。人が触れてはいけない毒なのだ」
「毒ねぇ………ハハッ俺らしい。面白れぇ」
「何がおかしいことか」
「ダラダラ生きて英雄になるなってことだろ? 太く短くってやつだ。毒でも何でも力にしてやろうじゃねぇか」
剣と鞘に蛇が巻き付く。
「おい」
「使うなら死を回避する時のみとせよ。このまま呪い喰らうなどもってのほかじゃ」
「この剣を【フィロの剣】にするには獣を………………いや、違うのか?」
違和感の正体に気付く。
蛇も同感のようだ。
「そうか。獣を喰らえば、余の吐き出した剣に近付ける。余もそう思っていた。違うのだな。これを見てはっきりとわかった。まず、火を灯すのだ。きっとそれが呪いから貴様を守り、英雄の中の英雄と呼ばれる礎となる。獣を喰らうのは、その後で良い」
「火か」
何故か、思い浮かんだのは【炎の英雄】という言葉。
憎き神のあざなが、何故に脳にこびりつく?
「獣狩り。見事であ~る」
遠くから拍手が聞こえた。
巨漢のアフロが、横穴の1つから出てきた。
「ライガンの血の歴史は、死と呪い。それは、エリュシオンの影。獣と歩んだ歴史である。呪いを宿した貴公が末となるのも、また一興」
殺気を感じた。
獣が可愛く思える純粋な殺気。
「それを屠り、その剣を奪うのも、また一興」
白い短剣を引き抜く。
蠟燭かと思えるほど、頼りない武器だ。
「ほ~う抜いたなぁ、先に抜いたのは、貴公が先であるぞ」
「ぬかせ。その言葉はな、生き残ったもんが言うんだよ」
ライガンが背負った剣を抜く。




