<第三章:死と呪いの花嫁> 【11】
【11】
「ん?」
ハティは眠っていた。
俺もやや眠気を感じる。人間の体温とは落ち着くものだ。
彼女を二階の部屋に寝かして居間に戻って来ると、
「グォオオオオオ!」
「死ねぇぇえええ!」
猫が蛇に首を絞められていた。
「おい、上と下に寝込んでる女がいるんだぞ。静かにしろ」
「だったら助けろ!」
断末魔がうるさそうだから止めることにした。
蛇の尻尾を握って振り上げる。
「貴様ッ! 止めるのか!」
振り下ろそうとしたら、蛇は猫を放して俺の手に巻き付いた。
「一応、花嫁のペットだからな。痛めつける程度にしておけ」
「やっと隙を突けたのに!」
「次は油断しないぞ。まさかカーペットの下にずっと隠れていたとは。貴公は蛇よりミミズがお似合いだ」
「お・の・れ!」
「そのくらいにしておけ」
ペットが争うな。面倒くさい。
「貴様は、余とこの腐れ王子どっちが大事なのじゃ!」
「はいはいはいはい、お前だよ」
そういう台詞は、古いドラマだけにしてくれ。
「貴公、この蛇を信用しているのか?」
「一蓮托生だ。………こっちの人間にはわからん言葉か」
「僕は博識だぞ。死後、天上の蓮の花の上で生まれ変わることに転じて、結果はなんであれ運命を共にすることを意味する。その蛇とでいいのか?」
「あ、そういう意味なのか」
知らないで使っていた。
待てよ。おかしくないか? 俺が元居た世界の言葉だぞ?
「ハス?」
蛇はわかっていない。
今はそんなことよりも。
「言葉はどーでもいいんだ。英雄になるには、蛇の力が必要だ」
「蛇の力か。仔細はわからんが、貴公の使っている武具には見覚えがある。冒険者らしい死体漁りの力だな」
「違うぞ。蛇の力は――――――」
あれ?
「おい、猫。なんで“死体漁り”と思った?」
妙な違和感を覚えた。
「貴公の使っていた2つ道具、眠りしクノッティの【ティラキ大鐘楼の工房蜘蛛】。落悦のユタの【死蝋の短剣】。両者とも、そこの蛇に殺された冒険者だ。殺した冒険者の力を扱える力なのだろ?」
「は?」
蛇が殺した? 元の持ち主を?
「やれやれ、博識と言っても余の力まではわからんようだな。余の力は、名のある冒険者の武具を再現するのじゃ。今回はたまたま、余が倒した冒険者だった。それだけのこと」
「貴公、本当か?」
「本当だ」
「他に再現した武具は?」
「止めよ、相手にするな」
「【冒険者の父】の剣。聖ディマスト教化の鉄槌”磨り潰し”。リマの石眼の大楯」
蛇を無視して、使い潰した3つを言う。
「聖ディマスト辺境伯は、蛇が殺した一番有名な人物だ。王位を得るきっかけにもなった。リマは、“長耳狩り”と呼ばれていた冒険者だ。エルフ殺しが趣味の狂人で、表向きではヒューレスのエルフに殺されたことになっている。真実は、そこの蛇がやった。【冒険者の父】だけは、確証がないな」
「俺は、一度【冒険者の父】にあっている。蛇が――――――」
上に聞かれないよう声を小さくする。
「――――――王だとして、俺がこの世界に来たのは没後から6年だ。死んだのに【冒険者の父】を殺せるわけがない」
「そうなのか………おかしいな」
猫は首を傾げた。
蛇が言う。
「ほーれ見たことか。すぐに人を掻き回す。こやつはそういう奴なんじゃ。強い癖に、戦う前にあれやこれやネチネチネチネチいやらしい策を講じて、慌てふためく人を見て笑う」
「笑ってなどいないが? ただ人が“こうしたら、こうなる”というのがよくわからないだけだ。なので、リアルな反応を見てみたい。純粋な好奇心なのだ」
「無駄に長く生きておいて、何故に人がわからんのか理解に苦しむ。脳に欠陥があるのではないのか?」
「脳ではないが、弟たちによく“兄上は壊れている”とか“人間とは思えない”とか“母の胎に大事なパーツを置いてきたのか?”とか“身内にすら理解されないクズは、一生独り身だな”とか“死ね”もよく言われた。僕もそれなりに傷付いたものだ」
この猫の弟ではないが、俺も大体同じことを思っている。
1つ、忘れていた。
「俺の剣も出した」
「剣? 獣を殺した得物か?」
「いや、こいつを作ったのは蛇じゃない。蛇が出したのは、これの完成形。未来にある俺の名を冠した剣だ。すぐ消滅したけどな」
「ほう、未来から持ってきたと。因果律を狂わせる力だな。合点がいった。我らの知る【獣】は、世界の異常である。こちらの世界に存在しているようでいて、実際は別の世界に本体があるのだ。故に、因果律を曲げるほどの強い意思を集合させ、別の世界との繋がりを断ち切るしかない。だが、別の方法がある。同じ異常で叩き潰し弱らせ、喰らい取り込むことだ」
獣か。
あの奴隷商人の護衛と、魔女に憑いている奴ら。この猫は置いておいて、強さでいったら規格外なのは確かだ。けれども、今の俺にとっては餌にしか思えない。まあ、剣が抜けてくれればの話だけど。
「貴公の剣、貴公の存在、蛇の力。その3種が絡み合って、獣を一撃で屠る異常となっている。………のかもしれない。詳細は、貴公と剣をバラして調べないとわからないな。どうだい? ちょっと開いてみようよ。頭と内臓」
「ほれ見よ。こういうクズじゃ」
「よーくわかった。ドクズだな」
絞め殺されるのを止めなきゃよかった。
「真実は、いつも狂気の中にあるのだ。常識を持っていては異常とは戦えん。蛇よ、貴公も王なら理解しているはずだ」
「本当に人間の本質を理解できない馬鹿じゃな。だから1人で戦うしかなかったのか。こやつはフツーの凡人も凡人の凡冒険者なのだ。いきなり王になれ狂人になれと言われてなれるものか。仮に、やらせるにしても段階がある」
「ほう段階ね。最後は、蛇が剣を奪い世に返り咲くのか?」
「………馬鹿を言うな。聞くなよ、こんな馬鹿の話を」
「わかってるよ」
揺らいでないといえば嘘になる。
揺らいだ程度で変えられる道じゃないだけだ。
俺にはこれしかない。だから、この道が正しい。
まあ、仮に蛇が裏切ったらメタメタにやり返せばいい。変わらず信用はするが、隙は見せないでおこう。その程度の備えはあって損じゃない。
「で、猫」
「王子だ」
「はぁ、王子。お前は何ができるんだ? 俺にどう力を貸してくれる? 蛇のような力はあるんだろうな?」
「え? なんで僕が力を貸すことになってるの?」
「は? 散々偉そうに語っておいて無能なのか?」
「僕には溢れんばかりの知恵がある。力など必要ないのだ。よく考えたら、生前の僕は力に頼り過ぎていた。今度は平和的に非暴力で行こうと思う」
「人の頭開くのは非暴力か?」
「自分で開かせれば暴力ではない。自傷だな」
こいつはもう駄目だ。
俺は手を合わせた。
「おいでませ。【喰らう者バーンヴァーゲン】」
神に祈り神を呼ぶ。
信仰心と経験を得た俺なら、こんな感じで召喚できるはずだ。
白い毛玉が現れた。
キッチンの戸棚を開けて。
なんかこう、光からポッと現れるイメージがあったんだが、普通に隠れていたようだ。
「ヴァ」
足元に転がって来た毛玉を拾い。猫に向けた。
「この猫を食べていいよ」
「ヴァ」
「ファッ!」
キュオーン、と猫は我が神に吸い込まれた。
丸呑みである。
「神の胃の中でしばらく反省しろ。馬鹿王子」
「余にそれをやるなよ。落ちたとはいえ、二度と貧者の神に食われとうはない」
「態度次第だ」
「くっ、脅しか」
「人間関係は、適度な緊張感がないと駄目になる」
「珍しく正論を言いおる」
割と正論しか言ってないつもりだが?
「さて、この後はどうなる? ライガンの爺はどう動く?」
戯言はもういい。大事な本題だ。
「貴様を新しいライガンに迎え入れ、孫娘の結婚を喜び、たんまりの祝い金を持ってくる。とは、ならんな絶対に」
「だろうな」
馬鹿王子の話で確信した。
獣というまともな手段じゃ倒せない存在。あんなものを花婿選びにぶつけるとか、真っ当じゃない。目的はなんだ? 餌やり? 単純な殺し?
「孫娘に獣を憑かせる。うーむ、余なら脅しに使うな。脅して何を要求するか………おお、貴様の剣とかどうだ? 獣を繰るなら獣を狩る力は邪魔かろう」
「一理あるな。いや、そもそも獣を狩る力が目的とか?」
「否定はできんな。しかし、疑問は多い。エリュシオンが滅んだ今、支配者たちの力は弱った。獣は野良犬同然に世界に散らばり、その力は最盛期には遠く及ぶまい。今更、対抗する力を手に入れたとて、獣は脅威には変わらぬが………………ここにきて疑問ばかりが浮かぶな。意外と、ただの老人の呆けかもしれんぞ。そういう妄執に囚われたアホを何人も見てきた。つまりは、考えるだけ無駄な奴らの思考だ」
「おいおい、悪知恵が回るのがお前の特技だろ。しっかり考えろよ」
頭脳担当がわからんじゃ困る。
「老人のカビの生えた頭の中など考える必要はない。貴様が考えることは1つじゃ。敵ならば斬れ。何もかもな」
「了解だ」
シンプルでわかりやすい。
と、ノックの音がした。
人の気配が、複数。
剣をベルトに挿し、念のためルミル鋼の剣も手にする。
ルミル鋼の剣は見た目よりもずっと重い。それでいて、石材をバターのように切り裂く。扱いにくい剣なのだ。下手をすれば傷付けるだろう。
ノックが激しくなる。
2人が起きてしまう。急ぎ足で玄関に行った。
警戒して戸を開けると、ピンク髪に触手の生えた俺の担当がいた。
「なん、だ?」
その後ろには、衛兵が10人くらい並んでいる。
「えーと、フィロさん。殺人の容疑で逮捕しに来ました~」
「は?」




