大道芸と迷子
男はだいたいのあらましを語り終え、一息つき、私に目を向けて言った。
「目を覚ましたらヒーナがいた訳だけど、ヒーナが『あの方』?」
「な訳ないでしょうよ。アンタが届けられて、喜ぶ所か送り返そうとしてたよ」
「だよね。ヒーナの交流関係に本当の顔のハルシャはいなかったし。彼女は何者なんだろう」
サラリと私の交流関係を知っていることを暴露しつつ、考え込むように目の前の男は顎に手を当てる。
「考えられる可能性のひとつとしては、誤送?」
「どう誤送したら元婚約者の失踪先にたどり着くわけ?」
「それに関してはもう運命と言うしかないね!」
もう運命通り越して宿命だと思う。ここまで来るとこの男と私を絶対に離さないという神の執念すら感じる。
『うんうん、運命なら納得だ!』とパチンと指を鳴らし、したり顔の男の顔に新聞紙を投げる。
「いたっ。新聞紙って見た目よりも攻撃力ある」
「今手に持ってるホークを投げつけられなかっただけましよ」
「とにかくボクの誘拐とヒーナは関係ないんだよね?」
「当たり前でしょ。私は私個人の意思で失踪して、私の確固たる目的のためにここにいるの。むしろアンタから離れるために来たのに、アンタが偶然届けられるって偶然ある?」
「……となるとここは危険だ。すぐ出た方がいい」
そういうや否や私の腕をむずんとつかみ、宿屋を飛び出す。
「ちょっと腕引っ張んないでよ。どこ行くの!?」
「宿屋から離れる」
そういったきり何を聞いても答えてくれず、ずんずんと大通りを進む。腕を離すつもりもないようだ。
腕を引かれて道の真ん中を走る私たちを微笑ましそうに眺める人々。花を投げてくる人もいる。私を抱えた男は花祭り真っ盛りのごった返した人の中を縫うように、紛れるように走る。
「すみません、すみません花を投げないでください。笑顔で『若いねー』とか言わないでください!誤解です! けしてキャッキャウフフな関係じゃないんです! むしろ拉致に近いんです!!」
と弁解しながら走ること2つ鐘ぐらいの時間。腕を離そうとする私を抵抗できないよに片手で抱え走り始めた辺りから私は周囲の誤解をとくことを諦めた。
全てを諦め屍のごとく男の腕に体重をかける。
「癪だけど、これはこれでなかなか居心地のよい」
身体強化をかけているのか、なかなかのスピードで通り過ぎる景色。途中で景気のいいおばちゃんから投げ渡されたべっこう飴を舐めながら流れる街並みを鑑賞する。抱えた男は息こそ乱さないものの、焦ったように何処かへと走り続ける。
しばらく経って、ようやくその俊足は止まった。
「とりあえず、ここまでこれば……俺の腕の中がだいぶ心地よいようだね、ヒーナ」
「その言い方やめれ」
2個目のべっこう飴に着手しようとしていた私に男の顔は含みのある笑顔で尋ねてくる。誤解でしかない。
森に入ったようだ。辺りに人の気配はない。奥の方まで入ったのか周囲を見渡しても木々があるばかりだ。
「ここは?」
「森だね。人のいない方に全力で走ったらついた」
「つまり?」
「ここはどこだろう?」
私の拳が唸った。抱えられていていい位置に男の顎があった。狙いは寸分狂わずに顎にあたる。男には見事なアッパーが入った。
「肉体言語反対!!」
私を持っているせいで手で防ぐことも出来ず、涙目だ。いい気味。
「もしあのまま宿屋のにいたらボクの本当の受取人に見つかると思ったから必死で逃げたんだ。まずは距離を稼ごうと思って途中から直線で逃げた」
「だからわざわざ屋根の上を飛んだり跳ねたりしてたわけね」
「途中から楽しくなって、宙返りとかステップ入れたらお捻り貰っちゃった」
「この花やべっこう飴はそのお捻りがわり?」
「多分ね」
通りで無駄に回ったり、放り投げられると思った。なんの声がけもなくやられるから驚いたが、安定感が抜群だったのでツッコミそこねていた。何気に空に投げられて空中を落下するのは結構楽しかったからだ。
「思い返してる場合じゃない。そもそもなんで私まで逃げてるのよ」
「1人だと寂しいから?」
「そんな理由で私、現在進行形で迷子なの?」
「ほら、旅は道ずれ世は情け、迷子だって巡り巡って幸に転じるよ!」
「厚かましいわ」
キョロキョロと辺りを見回す男の顎を再度ぶとうと拳を固めたが察知され、手をだせないよに抱き抱え直された。
「いつまでこの体勢でいるつもり?」
「結構ぬかるんでるからこのまま進むよ。ヒーナが転んだら大変出し、靴も汚れる。ボクの勝手な判断で来ちゃったわけだし、責任をもってお運び致しますよ、ボクの可愛いお姫様」
「付き合った女性のことを『可愛いお姫様』って呼ぶのやめた方がいいよ。その顔だから許されてるけど。素面で聞くと寒気がするわ。それにしても、寝巻きの丸腰男に抱き抱えられて進む森、か……事案ね」
「……忘れてた。ボク、この服装で街中走ってた?」
「今更気がついたの?」
「女の子の前では常にカッコイイ服装を心がけているボクとしたことが、寝巻きで大衆の前に……あまつさえ大道芸のような事をやっていた? 仮にも王子なのに……ううっ」
「それも1週間前からずっと着てる寝巻きでね」
静かに涙を流し始める第1王子。
確かに薬で思考力無くされた挙句に箱に詰められ、目覚めた先では状況もわからぬまま仮死魔法をかけられそうになり、危険から逃げた先で迷子になり、さらに恥ずかしい姿を晒していたことに気がついて泣いている……あれ? だいぶ散々な目にあってるな。
元の顔の良さも相まってなんだか見ては行けないものを見ているような気分になってくる。段々と可哀想になってきたので袖で涙を拭ってあげた。
「ちょっ、やめ、調子に乗るな。涙拭くのにカッコつけてほっぺスリスリしないで!」
「やめないで。約1週間ぶりに人に優しくされたんだからちょっとは浸らせて」
恋愛王の名前に恥じぬ人懐っこさだ。多分こういう行動に世の女性はときめくんだろうな。
あきらめ悪く頬を寄せてくる男を押し返しかえしつつ辺りを見回す。
突然、上空に向かって投げられた。
「?!」
一瞬にして景色が変わる。先程まで見上げていた木々がはるか下に遠ざかる。眼下には森が拡がっている。
森の中に所々石造りの神殿のようなものがある。
視線を移すと先程までいたと思われる街があった。おそらくあそこからここまで走ってきたのだろう。結構な距離だ。反対側を見てみれば、森は途切れ岩波が連なっている。場所的にコート山岳地帯だと思われる。
空中で見れたのはそこまでだった。あとは落下するだけ。投げられた時の景色を逆に見直して、男の腕に戻った。かなりの高さから落ちたはずなのに、なんの衝撃もなく受け止められる。
「だいたいの場所わかった?」
「わかったけれど、急に投げられるとは思わなかったわ」
「ボクがジャンプして軽量化魔法と滞空魔法と重力軽減魔法かけるより、ヒーナ1人を身体強化でぶん投げて軽量化魔法かける方が効率よかったから」
思ったよりも納得できる理由で反論できない。それでも一声かけて欲しかった。この男の私なら言わなくてもわかってくれるだろうムーブ、本当にやめて欲しい。
それにしても王子、恋愛以外は本当に有能だ。効率と最適解の具現化のような人物と言われるだけある。
「だいたいあっちの方角に行けば元いた場所に戻れる。さっきのスピードでこっちの方に進めば2つ笛ぐらいの時間でコート山岳地帯に入りそう」
「戻る訳にも行かないし、コート山岳地帯経由で王都に戻ろう。2つ笛だと、着く頃にはお昼はすぎそうだ」
「待って待って王都? 私は戻らないよ?」
「え?」
「え?」
お互いに顔を見合わせる。方や運良く誘拐の手から逃れられたので家に帰ろうとする王子。方や失踪して旅満喫中の少女。王都に戻ろうと足を進める人と花祭りを見ていきたい人の間で今戦いが始まろうとする!!