恋愛王子、策略に嵌る
その日はいつもより時間をかけてシャワーを浴び、ハルシャに貰った寝巻きを着た……え? そうそう今着てるやつ。確かに1週間も同じ服着てることになるね……汚いって、ストレートに言われると普通に傷つくのだけれど……。
兎も角その日、談話室でハルシャが好きな華霞草の花の香を焚いてハルシャが着替えるのを待っていたんだ。
「お待たせしましたわ」
「大丈夫だよ。今日はなんの話をしてくれるのかい?」
「そうですわね、昔のドラゴンの話は如何でしょう?」
「いいね」
ボクが夜眠れないのは知ってるよね?
ハルシャはその長い夜の退屈を晴らす寝物語が上手でボクは毎夜その物語をせがんでていた。1週間前の夜も同じようにねだって、その時語ってくれたのは海に憧れるドラゴンの話だった。
そのドラゴンは海を見たいと日々思っていたけれど、海を見るためには細い洞窟を通らなければならない。大きい体ではどうしても通れなくて……え?内容はいい? 早くどうなったか教えろ? わかったよ。
……話が終わり終盤に差し掛かった頃だったかな。ハルシャが焚いていた香に花びらを足したんだ。
「今話したドラゴンが好んでいたとされる華蜜鈴の花弁ですわ。私の好きな華霞草と合わせると天上の香りと呼ばれるほど芳醇な匂いになるのです」
ハルシャの言った通り今まで嗅いだことの無い、言葉では言い表せない幸福を感じるような香りだったね。手足が軽くなって、思わず『ボクは鳥だァ!』って叫びながらベットの上をジャンプするぐらい。
ただ単にラリってただけだけど。その時は本当にできる気がした。
「最高の気分だ」
「ではこのまま散歩に行きませんか?」
「なぜ?」
「晴れやかな気分で星夜を見るという最高の思い出を私に贈って欲しいからです」
そう言われたら行くしかないよね。行かないなんて男が廃るよね!!
それで『夜だから誰にも見つからないよう、こっそりと抜け出しましょう』っていうハルシャの言葉通り城を抜け出した。
「この前行った、都外の湖に言って、その水面に映る星をみたいです」
「都外か。朝までに帰って来これるかな」
「別にこの前みたいに2、3日遊びに行っても大丈夫でしょう? この際ですから私と旅行に行きません? 貴方と2人きりで誰にも邪魔されない場所に行きたい……亡き夫とは出来なかった事をやりたいのです」
流石未亡人だよね。こう、切実な感じがよく伝わってくる顔だったよ。
ボクたるもの、過去の男には負けられないからね。言う通りに王族しか知らない抜け道を使って都外に出た。
真夜中ってこともあって道中は誰にも合わなかった。人も明かりもなく真っ暗で雲ひとつない星空を2人で独占してるみたいだねって言い合いながら湖に向かった……そういう惚気はカットで?……ごめんつい。
「湖はこっちの道だよ?」
「この道を行けば蝶欄華が綺麗に見えるのです」
否定する理由も思いあたらず、言われるがままについて行った。途中で夜中でもやってるロウソク店に入ったんだよね、確か……それからはよく覚えていないんだ。なんだかずっとフワフワというか、ポヤポヤというか……。
今思うに何かの精神異常系の薬か魔法を使われたんだと思う。ロウソク店でもそうだけど、あの香に入れられた花びらも何かしらの効果があったよ。
何時もならそんなベタな策略にオチいらないんだけどね。好きな人がまさかボクにお薬を盛るなんて思ってもいなくてさ……付き合ってる女に何か盛られる初めてじゃないだろうって? 恋は盲目って言うじゃないか。付き合っている女性がしてくれることは出来るだけ受け入れたいのさ。
それから意識がはっきりするまで何日かたったと思う。ちゃんと目覚めた時はボクは箱詰めにされていて、ハルシャに似た人が花弁をちぎってボクの入っている箱に入れている所だった。
「あら? 覚醒したのかしら? おかしいわねあと1日は抜けない薬を嗅がせたのに」
「首から下が動かないんだけど……君は誰?」
「異常状態に対する耐性があるわけね。腐っても国のトップってことかしら」
納得したようにつぶやくその女性は『ハルシャ』と名乗った。
「ハルシャ……なるほど幻影魔法をかけてると思ったけど、それが本当の顔なんだね。何故、顔を偽っていたのかい? まァ、君が君である限りボクはどんな姿でも愛すると誓うとも!」
「王子を効率よく誘惑するための演技に本気にならないでくれる? 空を飛ぶ伝説の疫龍でさえ倒した完全無欠の英雄の弱点が惚れた女って言うじゃない? 半信半疑で擦り寄ってみればこんなにあっさり誘拐が成功するなんてね」
信じれられなかったよ。顔を変えるのはまだ許せるけど、ボクの気持ちを弄んでたなんて。
「……つまり、君はボクのことが好きじゃないと?」
「そう聞こえなかった? 貴方はタイプじゃないの。そもそもワタシ敬愛している方が居る。貴方をここに連れてきたのもあの方のため」
「……つまり、君はボクをふった?」
「ふったもなにも最初から目的のための手段でしかなかったわ。ごっこ遊びでも1国の王子と付き合うのは結構面白かったわ、その点ではありがとう」
「今までの日々はこの状況をつくり出すための石敷だったと?」
「そう。何もかも計算通り。ちょうど貴方の元婚約者も逃げ出して宰相が『娘が自殺するかもしれない!』って騒いでたから、『娘さんは王子と旅行に行ったみたいですよ? ついに公認カップルがくっつきましたね!』って伝えて全て完結。何故タヒナルーナも失踪したかは知らないけれど本当にタイミングが良かったわ」
ヒーナが失踪下っていう驚きで呆然としてる合間にもハルシャはしゃべり続ける。自分で考えた完璧な計画を誰かと共有したかったらしい。
ボクはどうにか体を動かそうとしたけど痺れて全く動かない。花と共に箱に詰めれてるばかり。しかもその花は夢倖華。これから眠らされるらしい。
そう意識したら花の香りが鼻に着くようになって段々と眠くなってくる。
「誘拐だっていって言うけれど、これからどうするつもり?」
ボクは眠気に抗うように質問した。
こんこんと『あの方』の魅力がどうだとか、ボクとの恋愛をあの方とやれたら幸せだったのにだとかを話していたハルシャはボクの質問にしたり顔で答える。
「このまま箱に詰めてあの方にプレゼントするのよ。貴方の特別な体はきっと喜ばれるわ。さァ、おやすみ」
その声に誘われるようにボクは意識を閉じた。
その後目を開けたら目の前にヒーナが居た。ボクの1週間はこんな感じ。思い返してみればアカン匂い嗅ぎまくった1週間だったな。