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箱の中に花、花の中に美男


 トントンという軽いノックの音。宿屋の主人が扉越しに声をかけてくる。


「お客さん、お荷物が届いてますよ」


 窓から入る光に目を瞬かせながらあくびをしていた私は慌ててヨダレを拭き、髪を整えながら扉を開ける。


「おはようございます。よく眠れましたか?」


 人好きのする笑顔でそう尋ねてくる主人の足元には木箱がある。額に薄らと汗をうかべた主人がその木箱を引きづりながら部屋に入ってきた。


「おはようございます。お陰様でぐっすりですよ。素敵な部屋を貸して下さりありがとうございます。それは?」

「ある商人からこの部屋の方にと預かったものです。届け主に大変感謝されている様子でしたよ。絶対にそこに届けて欲しい。もう部屋に置いておくんじゃなくて手渡し確認して欲しい、フリじゃないんだからね、と。何かお礼の品ではありませんか?」


 昨日護衛した商人からかな? お礼をくれるなんて。護衛の料金も弾んでもらったというのに律儀な人達だ。


「思い当たる節があります。2階まで運んでもらっちゃって申し訳ないです。その様子を見るに重かったでしょう? ありがとうございます」

「いえいえ仕事ですから。お掃除は7つ個の笛の頃に致しますのでそれまでにはお部屋を空けておいてください。また、引き続き泊まるのであれば私にご連絡ください」

「じゃぁ、今晩も泊まろうかな。本当にありがとうございます。そうだ、露天でのおすすめの食べ物を教えてくれませんか? これから花祭りを見て回ろうと思っているのですけど、どれもこれも美味しそうで迷っちゃっいまして」

「そうですね、甘いものがお好きなら紙屋の前の寿亭という所が出している花華包は絶品ですよ。なんでも第1王子も絶賛するほどの美味だそうで。花祭り限定の飾りが施され、見た目も華やか。花祭りに参加したのなら食べないで帰るのは勿体ないかと!」


 目を輝かせながらおすすめされる。『ここでも王子か……』と遠い目になる私をよそに主人はあの形が素晴らしい。歯が溶けるぐらい甘いがそこがいい、などと熱弁をふるって語ってくれる。


「私としたことがすみません。でも、花祭りで売られる甘味は全部美味しいですよ。ハズレ無しです。ぜひ祭りを楽しんでください」


 そう笑顔で言い残し主人は部屋を出ていった。ここまで荷物を運び、親切にしてくれた主人にお土産を買ってこようと決めた。おすすめされた花華包とやらを送ったら喜んでもらえるだろう。


「さて、何が入ってるのやら。確か南で取れた珍しい果物を加工して売っていると言っていたよね。この中身もそれ関係かな」


 手をまくりながら木箱の釘をとっていく。防腐剤代わりに入れてあるのだろうか、微かに花の香が漂ってくる。

 厳重に封をされている。時止めの魔術封印やら、振動軽減、ダメージ軽減、物理攻撃無効に状態変容無効系の術式も封印に織り込まれている。貴族が乗る馬車を守るための護衛の封だってここまで厳重にしない。


「一体何が入ってるんだろう」


 苦労して、封印を一つ一つといていく。最後の術式をとく頃にはクタクタになっていた。何かを防御するための魔法はかける時は勿論だが、魔力を使う解くのにはさらに魔力を使う。間違った人物が簡単にとかないようにするためと、大量の魔力を使える安全な場所に着いた時に解けるようにするためだ。


「さてさて、苦労した中身は何かなぁ……………………………………………………ア゛ア゛ア゛??!!!」


 ア?!

 手にした木の蓋が落ちて足に当たったがそれどころではない。


「いや、え?」


 え?

 これ、どう見ても、私の知ってる……。


「…………。待て待ていやいや、冷静に見よ?」


 あまりにも目に映る光景が信じられない。冷静に自分に精神攻撃系の魔法がかけられてないか確認する。あ、これは幻術だ。そうに違いない。いやそうであってくれ。


「うわ、幻術じゃない。マジの現実だ」


 目に映る光景と導き出された現状に呆然とする。


「何故、なぜ、箱の中に花に包まれた第1王子が入ってるの?」


 箱の中で目を閉じたその男は箱に詰まれていることも相まって、まるで死体のようだ。力なく箱の底に転がった手足。縛られている様子はない。

 まさかマジモンの死体かと慌てて鼻に指を当て、脈を確認する。眠っているだけのようだ。

 その王子を守るように敷き詰められた花、いい匂いだなぁと現実逃避したくなる。


「待って、この花……夢倖華では?」


 夢倖華とは香りを嗅いだものを目覚めない眠りへと導く花だ。その眠りは花が開き、枯れるまでの3日間。3日間は絶対に目覚めない。とても希少な花で、スプリング街の先、コート山岳地帯の奥まった秘密の場所でしか採れないと言われる、大変珍しい花である。


「何故その花で眠らされた王子がここに届けられたのか。待ってわんちゃん王子に似てる別人説」


 王子から逃げてきたのに王子が送られてきたというありえねぇというか、直視したくない現状を打破すべく仮定を立てる。わかってる、ただの現実逃避だ。


「王族の血筋のみに継承される翠の瞳、王女ゆずりの眩い金髪。陶器さえ羨む白く滑らかな肌。完璧なバランスをもって形成された顔と体つき。魔法を使って偽装されている様子もない。こんな美貌の持ち主が何人も転がってるわけない、よね。はぁ」


 王子別人説があっさり否定されたことで事態の深刻さが明白になってくる。

 これは即ち、一国の王子が誘拐されたということだ。


「しかもその王子が何故か、失踪中の元婚約者の元にいるというね」


 何も知らない人がこの状況だけをを見れば『王子に捨てられた女が怒りのあまり王子を誘拐。ありったけの魔法能力を駆使して王子を護封アンド輸送。逃げた先で監禁して王子の目に移るのは自分だけにする(物理)大作戦メンヘラ風を実行中』と言った感じだ。


「それなんて本のタイトル?」


 ハハッと自分でもわかるぐらいかわいた笑い声が部屋に響いた。この男から逃れるために旅に出たというのに何故だ。私なんか悪いことしたかなぁ?


「途方にくれてる場合じゃないよね」


 まずは返品しないと、だ。そう返品。この荷物はここに届かなかったことにしよう。


「つまり、私は何も見なかった。おーけぃ」


 そうすれば王子は一瞬王都から姿を消したものの、箱から再び発見されるというちょっと不思議だねぇ、また失踪して戻ってきたのかねぇ? という感じになる、なるはずだ。いや絶対なる!

 頬を叩き気合いを入れる。これから王子を防護する魔法をこれでもかと言うぐらい重ねがけして、綺麗に梱包して、王都に送り返さねばならない。クーリングオフだ。この花の効果期間は3日、まだ起きてないところを見るとアバウトに見積っても王子の姿が消えてから4日も経っていないと見るべきだ。つまりまだ返品できる。


「よっしゃ、仮にも一国の王子、何が起きても大丈夫なように厳重に封印するぞ。とりあえず城砕き程度の魔法で壊れないレベルに木箱の耐久値あげるところから始めよう」


 そうと決まれば即行動。封印を解くのに使った魔力を回復すべく、ポーションを取り出すためにカバンの入ったロッカーを開けようと立ち上がる。


 その箱がかたりと動いたことに気が付かずに。


 少女は逃れたと思った、自由を手に入れたと思った。喜びに満ち溢れた。たが、そんなの因果が許さない。何度婚約破棄しても再婚する、どこへ逃げても送り付けられてくる王子。

 これより始まるはそんな離れられない関係の2人が織り成す、ある意味では逃避行の旅物語である。

 






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