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捨てるヒモ男いれば拾う親切者あり

 

 「……っとに信じらんない! 並びたくないからってこういうことするぅ?! 買う前に戻ってこなかったら私どうすればいいの!? お店の前で『すみません連れが財布持ってくるまで待っててください』って言うの? ほかの並んでる人に刺されるわ!!」

「……お困りか?」


 頭に血が上って大声で喋ってしまっていたらしい、後ろに並んでいた男が心配そうに尋ねてきた。


「すみません。あんまりにも腹ただしいことがあって」

「少し聞いたが、財布がないのか?」

「あるにはあるんですけど連れに持ってかれて、手元にないんです」


 私はさっきの出来事を話す。よく見てみればその人は昨日、宿屋で見た人だった。長い白髪の人間とは思えぬ美貌を持った男。私の隣室で痴話喧嘩をしていたら男だ。

 相手は私に気がついていないようで神妙な顔で話を聞きいている。


「とまぁ、こんな感じでして」

「……もし良かったら代わりに払ってやろうか?」

「えと、そこまでしてもらうのは。おそらく多分きっとかえってくると思いますし、万が一買う前に戻ってこなかったら注文する前に列を抜けます」

「それでは花華包が買えぬ可能性があるではないか!」


 急に声を張り上げる男に驚いている間もなく、男は続ける。


「それはけしからんぞ。花華包を食べずしてここの街を去るなんて、あの美味さをまだ知らぬからそんなことを言えるのだ」


 『花華包は素晴らしい食べ物だ、繊細なあの造形を壊す時の快感、あの歯が解けそうな甘さ、何時までも舌に残るなんとも言えない味……』と聞いてもいないことを男は熱く語り始める。

 溢れ出る花華包への愛が止まらない。さっきまで神経質そうな顔だったのに今は僅かに頬を赤らめて、目をキラキラさせている。

 

「………おほん。という訳でもしその連れとやらが戻らなかったら私が代わりに買おう」


 一通り話し終えて我に返り、恥ずかしくなったのか、下手くそな咳払いをして提案してくる。


「ここまで語られてしまうと断る方が失礼ですよね。後で絶対に返します」


 万が一あの私の財布を持った男が戻ってこなかったとしても、宿に置いてきたお金で返せばいい。朝食中に連れ去られた結果、部屋にマントやカバン諸々を置きっぱなしにして財布1つで市中に出る羽目になった。旅行の嗜みとしてお金は何個かに分けて持っている。宿屋に戻り、そのマントやカバンに入っているお金で支払えばいいだろう。


「私、ヒーナって言います。貴方のお名前は?」


 黙って並ぶのは何となく気まずい。沈黙に耐えきれなくなって、男に尋ねる。すると男は少し考えるように目を細めながら『カリュウ』と呟いた。


「カリュウさんですね! 親切にして頂いた名前を知れてよかった。そういえばカリュウさんも布屋の前の宿にお泊まりでしたよね?」

「何故知っている?」

「そりゃ、私も昨日その宿に止まってたからですよ。貴方の顔目立つので覚えてました」


 『夜の食堂ですれ違ったんですけど』と付け加えれば思い当たる節があったのか『あぁ、いたかもしれぬ』と頷いてくれた。

 

「しかも隣の部屋だったんですよ。まさかまた偶然出会うとは思っても見ませんでした」

「隣の部屋? そうだったのか。奇妙な縁もあるものだな」

「私にとっては親切にしてくれる人に出逢えた良縁です」


 最近は王子といい、カリュウさんといい思いがけず鉢合わせるのが多い。

 偶然が重なりすぎるという恐怖を感じつつもカリュウさんと会話する。カリュウさんはコート山岳地帯の奥まった所に住んでるそうで、毎年花祭りの時だけは森を抜けてスプリング街にやって来るらしい。


「貴女の格好を見るに旅をしているようだが、どこから来たのだ?」

「王都です。華のドラゴンが花祭りに出ると聞いて、人目見たくて来ちゃいました」

「そうか、華のドラゴンを……この花華包を買い終える頃に見れるだろう」

「来る時間帯がわかるんですか!? 流石毎年花祭りに参加している人は違いますね」


 いいことを聞いた。並んでる最中に来ても道路側に同じ目的の人が並んでいて、よく見れないだろうと思っていた所だったからだ。


「カリュウさァーーぁ?」

「ヒーナ!」


 目の前で話していていたカリュウさんが真横に吹っ飛んだ。


「えっ!?」


 多くの人が避ける中、向かいの紙屋に突っ込んだ。バラバラと紙が宙を舞う。人々のどよめきをかき分けるようにして近づいてきた男、たった今魔法でカリュウさんをぶっ飛ばした張本人は私の体のあちこちをを触る。


「怪我は、してないみたいだ。良かった」

「いや、怪我したのあっち、というか出会い頭に何してくれちゃってんの!?」


 倒れたカリュウさんを慌てて起こす。


「大丈夫ですか?!」

「問題ない」


 派手な音を立てていたが、無傷らしい。少し髪と来ている服が乱れただけ。丈夫な人だ。とはいえぶっ飛ばされたことにはかわりはない。外傷は泣くとも中で血管が破裂しているかもしれない。頭や背中を診察魔法を付与した目で見る。


「本当に傷1つない……」


 かがみこんで診察する私を無理やり立ち上がらせ、無表情で言う男。その睨むような目はカリュウさんに向けられ、そしてなにかに気がついたように見開かれた。呆然とした様子で『かりゅう?』とつぶやく。

 私は棒立ちの男の腕を取り、出来るだけカリュウさんと距離を取らせる。


「ちょっと、出会い頭に何しでかしてくれやがるんです??」

「ヒーナはちょっと黙ってねー」


 遺憾の意の権化みたいな顔をする私を自身の背後に追いやって、男はカリュウさんに声をかけた。


「ヒーナにナンパだなんて、君がそんなやつだったとは。心の底から軽蔑したよ…………華のドラゴン」


 華のドラゴン?


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