ボロ雑巾のように扱ってやる〜魔王と奴隷少女〜
孤児院で奴隷のように扱われていた10歳の私、その私が魔族の男に買われた。黒いタキシードを着て、一見すると紳士風に見えるが、角の生えた頭、褐色の悪い紫色の肌が私の恐怖心を煽る。
「いいか、これからお前は魔王様の召使いになるのだ。地獄のような日々が始まるが、泣き叫んでも助けは来ないぞ。」
怖い。孤児院に居た時より酷い日常が始まる予感に、私は体の震えが止まらなかった。
孤児院を出ると、私を買った魔族は目の前に魔法陣を出して、気が付くと禍々しい大きなお城が目の前にあった。さっきまであんなに晴れて青空だったのに、空が禍々しく黒いものに変わっている。まぁ、空が何色だろうと心が沈んでいたら関係ない。何処にいても私は不幸になる運命なんだ。
大きな門が開いて城の中に入る。石造りの城の中はだだっ広くて、薄暗くて、そしてジメジメしていた。
燭台のロウソクの火がユラユラ揺れるのを見てると、まるで私の不安な心を表しているようだった。
暫く歩くと、大きく立派な扉が目の前に現れ、タキシード悪魔はゆっくりと扉を開けた。
広い部屋の中に、金銀が散りばめられた豪華な玉座が一つ、そこに貴族の様な綺羅びやかな服に身を包んだ青年が座っている。やはりその男の肌の色も紫色で、頭には立派な2つの赤い角が生えていた。
「魔王様、連れてきました。」
タキシードの悪魔が頭を下げる。この男が世界を混沌と恐怖に陥れている魔王なのだろうか?
「お前が新しい召使いだな。クック、余のところに来たのが運の尽きだ。ボロ雑巾のように扱ってやるから覚悟しろ。」
出会うなりニタリと笑って、私に死刑宣告の様な現実を突きつけてくる。あぁ、もうどうにでもなれだ。
〜100年後〜
私は自室にてベッドに寝かされている。体に力が入らない。健康には気を付けていたが、どうやら寿命というやつだろう。このまま眠るように息絶えるのが私の人生の終着点らしい。
こんな穏やかな最後を迎えられるなんて、100年前は思いもしなかった。
"コンコン"
私の部屋の扉を叩く音がする。誰かしら?今の時間なら夕食の準備で、召使いの皆は忙しい筈だけど。
「はい、どうぞ。」
か細い声で私がそう言うと、扉を開けて入ってきたのは、なんと魔王様だった。それにしても100年経っているというのに、魔王様は出会った頃と何も変わらない。
「体の調子はどうだ?」
「あら、まさか魔王様ともあろう御方が、こんなヨボヨボの老婆を心配してくれてるんですか?」
「茶化すな。人目を忍んで余がワザワザ会いに来たのだぞ。」
「クスッ、そうですね。何も無いところですが、くつろいで下さい。」
魔王様は椅子に腰掛けて、私をじーっと見つめてくる。
「そんなに見つめてどうしました?」
「命の火が消えかかっている。お前も余を置いて、逝ってしまうのだな。」
何処か遠い目をして、寂しそうな魔王様。こんな老婆が死ぬのを慈しむだなんて、本当にお優しい方だ。
「そんな寂しそうな顔をしないで下さい。110歳、人としては生きた方なんですよ。」
「人間の寿命というものは短いものよ。余より後に生まれ、余より先に死んでいく。そうして皆が余を置いていくのだな。」
「うふふ。」
「何を笑う?」
「いえ、魔王様は私と初めて会った時、『ボロ雑巾の様に扱ってやる』と仰っていましたが、実際にはボロ雑巾になっても私を大切に扱ってくれましたね。ありがとうございます。」
「ふん、褒めても何も出らんぞ。」
魔王様の顔が少しだけ赤くなる。やれやれ何とも可愛らしい私の雇い主様である。
「綺麗なメイド服、働き甲斐のある仕事、気の良い仲間達、何より私に生きる意味をくれてありがとうございました。」
「・・・お礼など要らぬわ。馬鹿者。」
魔王様の目から涙がこぼれ落ちる。あぁ、数千年の時を生きる偉大な魔王様が、私などのために涙を流してくれるなんて、こんなに嬉しい事はない。
けれど、召使いにとして主人を悲しませるなど不名誉である。ここは約束をすることにしよう。
「魔王様、もしも今度生まれ変わっても、この世界に生まれることが出来たら、どんな形にせよ必ず会いに来ます。」
「フッ、なんだそれは。お前らしくもない、非現実的な話だな。」
「うふふ、まぁ、楽しみにしていてください。」
そこから暫く他愛の無い話をして、魔王様は部屋を出ていかれた。
一人になると、今までのことが目まぐるしく頭の中を駆け抜けた。走馬灯だろうか?
魔王様と初めて出会った時のこと、キレイなメイド服に初めて袖を通した時のこと、先輩達が仕事を優しく丁寧に教えてくれたこと、魔王様が初めて笑った時のこと、ダンスパーティーに何故か出席させられた時のこと、私に似た境遇の子達に仕事を教えた時のこと、長年使えたことにより魔王様から褒賞を受けた時のこと。
その全ての思い出が輝いている。
良い人生だったと、胸を張って言える。
魔王様また会いましょう。
私はゆっくりと瞼を閉じた。
〜5年後〜
魔王だ。今日も退屈な日々を送っている。
ボーっとしていると、前に召使いとした些細な約束を思い出す。
奇跡など魔王の余が信じるわけはないが、あの者は生涯私に嘘を付くことは無かった。だから、どうしても与太話だと笑う気にはならなかった。
"コンコン"
「魔王様。入っても宜しいでしょうか?」
爺やの声だ。一体何用だ?
「入れ。」
"ガチャ"
「失礼します。実は魔王城の門のところで、子供がうろついてまして。」
「子供?どんな奴だ?」
「えぇ、それが・・・」
そこまで爺やが言い掛けると、爺やの後ろから小さな影が飛び出してきた。
その正体はボロ布を纏った5歳ぐらいの金髪の少女だった。
見覚えは全く無い。けれど何処かに懐かしい感じがする。
そうして少女は口を開く。
「魔王様、約束通り会いに来ましたよ。さて、願うことなら、また私をボロ雑巾の様に扱ってくれると幸いです♪」
少女は笑う。その笑顔を見て、余も久方ぶりに笑みをこぼしてしまった。