この世は刺(死)激が強すぎる!
私は最近、胸に謎の痛みを感じていた。それは日時を問わず突然襲ってきた。学校に通っている時、家でのんびりしている時、程度には差があれど、それは急に訪れる。
この謎の痛みの原因を探るため、私は大きい病院に入った。どうせ不整脈辺りだろう、そう思っていた私の考えは、圧倒的に悪い方向に裏切られることとなる。
「──大谷佳奈さん。非常に申し上げにくいのですがその……あなたの病気は興奮すると、それも性的興奮を感じた時に心臓が痛むというものです」
「…………は?」
病名すらないその症状は、そう広くない病室の空気を張り詰めさせるには十分であった。
話は数日前に遡る──
✳︎
「会長、おはようございます!」
「今日もかっこいいです先輩!」
生徒会長である私は、今日も日課である学校の巡回をしていた。
自分で言うのもなんだが、先生から信頼されていて、男女問わず色々な生徒に支持してもらっている。
「おはよう吉田さん、加藤さん。今日も仲がいいね」
私は彼女二人に挨拶を返す。挨拶を返された彼女たちはこちらに視線を送りながら笑い合っている。やはりいいな仲が良いというのは。
私のモットーは『自由』だ。基本的に恋愛も自由だし、部活なども自由だ。特に恋愛など、縛り付けたところでどうせ隠れてやるのだ。であればオープンにした方が健全であると私は考えるのだ。
「さて、今日の巡回はこれで終わろうかな──ん? あれは……」
ふと私は、視線を窓の外に向ける。そこにはピロティがあり、そこに設置されたベンチにカップルであろう二人が並んで座っていた。
とても微笑ましい光景。私は少し口角を上げた。
直後──
「痛っつぁあ!」
らしからぬ声を上げながら、私は自身の胸を押さえつけた。痛い。時間が経過すると同時に慣れていく程度の痛みだったが、突然のことにオーバーな反応になってしまった。
不思議なことに、そのカップルを見ていると痛みが全く引かない。どころか、彼らがいちゃつきを増すたびに、胸の痛みも比例して増していく。
このままこの場所にいてはまずい。
「保健室、保健室に行こう……」
私は胸を押さえながら保健室を目指す。道中、色々な生徒に遭遇したが、何人かに一度胸が痛くなる。法則性がわからない。いや、法則なんてないのかもしれない。
保健室に到着した私だったが、流石に胸の痛みは怖い。気は引けたが早退することにした。
そして帰宅した私は、胸を押さえつける。痛みは感じない。
「一体何が原因なの? 怖いのだけど……」
軽く食事をとってみる。異常はない。軽く運動もしてみるが特に変化はなさそうだ。動悸もない。
「ほんと、なんなの?」
その後ソファーに座りなんの気無しにテレビをつける。すると、昔見ていた恋愛ドラマの再放送が流れていた。一組の男女が付き合うまでの甘々恋愛ものだ。
「へぇ、これこの時間にやってるんだ。好きだったなぁ。確かこの回で初キスをするんだよね」
思い出したと同時にそのシーンになった。あぁ、やはりいいシーンだ。
そう思った直後、何故か再び心臓が痛み始めた。しかも学校の時よりも痛みがひどい。
「っ……痛つつつつ……! ぅぁっ」
座っていたソファーに横になる。ドラマも終わり数分経つと、自然と痛みは引いていった。本当になんだったんだろうか?
「……寝よう。これ以上続くようなら病院に行かないと」
私はため息を吐きながら目を瞑った。再び目を覚ました時、この謎の痛みがなくなっていることを願って。
しかし、世界はそんな優しく単純じゃない。数日経ってもこの謎の痛みは収まることはなかった。私はだんだんと恐怖を覚え、とうとう病院に出向いたのだ。
そして緊張の中告げられた病名は、『性的興奮を感じたときに心臓が痛む』というふざけたものだ。何を言っているのだろうかこの医師は。いや、ヤブ医者は。
「あの、なんですかそのふざけた病気は? 性的興奮を感じたときに痛み? そんないやらしい病気が存在するわけないですよね?」
「確かに私も自身を疑いました。しかし、実際にそうとしか考えられないのですから仕方がありません」
額に汗を浮かべながら言いにくそうにそう告げる医師。どうやら私に嘘をついているわけでも、いじりたいわけでもないようだ。いやまぁ、そうだったのならそれはそれで怖いのだが。
「心臓が痛くなった時、いずれも恋愛の現場や映像などを見ています。それ以外の場所では心臓の痛みを感じていないのですよね? であれば、そう結論付けるのが妥当かと」
「それは……そうかもしれませんけど。だとしても性的興奮って表現はやめてくれませんか? 恋愛の光景を見たら、とかでいいじゃないですか」
「あ、そうですね。ではそういう形で」
ザ・適当。私のこのヤブ医者に対する印象は一瞬で変わった。
呆れながら顔をしかめる私に、医師はサッと一枚の写真を見せつけた。それは男女が濃厚なキスを交わしている瞬間であった。
「おっ、おおおお……って痛つつつっ」
顔を若干赤らめながら胸を押さえる私を、医師は『うんうんやっぱりだ』とでも言いたげな表情で頷いていた。やばいすごいムカついてきた。
「というか、ほんとにこんなことで胸が痛むだなんて……恥ずかしいし痛いしイライラするし、最悪だわ」
これから私はこの病気を抱えたまま生きていかなくてはいけないのか? 私は恋の一つもすることができないと言うのか? 神様よ、私が何かした?
「あの、このふざけた病気を治す方法はないんですか? 何か……なんでもいいんです! どんな些細なことでもいいので教えてくださいヤブいーーお医者様!」
「今ヤブ医者って言いかけなかった君? 気のせいだよね?」
気のせいです。私はそれを力強い目で訴えた。
医師は、少し考え込むと、とある一つの考えを私に告げた。
「これは仮定なのですが、今までの心臓の痛みは全て、恋愛を外から見ていました。しかし、見られたことはないはずです」
「え〜っと、つまりどういう……?」
要領を得ない答えに、私の心はさらに波立つ。そんな周りくどい言い回しではなくはっきり言ってほしい。
「つまり、あなた自身が誰かに恋をした場合、心臓の痛みは起こらない、最高の場合、それが治すための薬になる可能性があると言うことです」
それは……要するに……私に『恋』をしろと言うことか。
──どうやって?
✳︎
恋をすれば病気が治るかもしれない、そう言われた私だが、一体どうすれば恋なんてできるのだろうか?
正直モテないことはないが、今まで誰かと付き合ったことはない。何故と言うことはないのだが、なんとなくだ。
「しかし、この病気になるまで対して気にしてなかったけど、この学校を始め、家や街の中にも恋愛はたくさん溢れているのね。この世には刺激が、いえ、私にとっては死激ね。とにかく強すぎるわ」
そう、この世界には私の心臓を締め付けるものがありすぎる。
手を繋ぐカップル──
「ぁ……」
顔を赤くしながら笑いあう男女の生徒──
「あぁ……」
ドラマの中でキスをする映像──
「あああぁ……」
互いに肩を組みながら語り合う男子生徒──
「ああああああああああああああああ〜あああああああああ!!!!」
くそ! 何なのよこの世界は! どれだけ私の心臓を痛めつければいいの? 特に最後! 校則で禁止にするべきかしら。
「やはりこの病気が治るまでは学校を休むべき? それとも女子校に転校……いや、そんなことをしてもテレビなんかで見ちゃえば意味がない。私はどうすれば……」
痛む胸を押さえつけながら、私はひとまず保健室に向かって歩いていた。こんな様子を誰かに見られるわけにはいかない。心配されたとして、なんて説明するのだ?
『私ぃ、人がいちゃいちゃしてるのを見て興奮したら心臓が痛くなるのぉ〜!』か?
いや無理! そんなこと言ったら絶対引かれる! 心臓の痛みの前に社会的に死ぬ!
「とにかく見つからないように保健室に行かないと」
壁を伝いながら慎重に歩いていると、目の前から急に現れた男子生徒に遭遇してしまった。それは、私のよく知る人物だった。
「佳奈、どうしたんだ? なんか苦しそうだけど」
現れたのは私のいわゆる幼馴染、『深瀬凌』だ。甘い顔と、まるで染めたような茶色い髪、そして運動能力の高さから、学校の女子にものすごくモテている。
「なんだ、凌か」
「なんだってなんだよ。せっかく心配して話しかけたのに。そんなことよりほんとに大丈夫か?」
手を伸ばす凌に、私は悪態を吐きながら掴み、体勢を立て直した。
凌は少し微笑みながら自身の肩を2・3度軽く叩いた。
「は? 何?」
「いやいや、肩貸すって意味だよ。察しろよな」
察しれるかバカ。また悪態を吐きたかったが、とりあえず保健室まで運んでもらうため、大人しく凌の肩を取った。
そういえば久しぶりだ。こんな風にくっつきながら歩くのは。小学生くらいまではよく一緒に遊んでいたが、流石に中学ともなるとあまりボディータッチなどはどんどん減っていき、高校生になった今となっては会話すらあまりなくなった。
「懐かしいな。昔はやんちゃな遊びばっかりやって、こんな風に肩組みながら帰ってたよな!」
「……そうね。だけど昔の話よ。もう今は全裸で川に飛び込んだりしないわよ」
「ははっ! そりゃそうだ」
私たちは気楽な会話をしながら歩いていく。何だか悪くない気分だ。先ほどまであった胸の痛みは自然となくなっていた。
その時、私はあの医師の言葉を思い出していた。
『あなた自身が誰かに恋をした場合、心臓の痛みは起こらない』
今は特に痛みはない。それどころか妙な安心感が身体中を包んでいる。
年頃の男女が肩を組んで歩いている、この状況は対外的に見れば恋愛模様である。
と言うことは…………
「いやいやいやいや! ないないないない!」
「か、佳奈!? いきなり大声で叫んでどうしたんだ?」
そんなはずはない。私が、凌を……好……
「いやないわ〜〜〜!!!!」
「佳奈ほんとに大丈夫なのか!?」
あぁもうほんと、今度は心臓ではなく頭が痛くなってきた。何だか顔も熱い。これは風邪を引いたか?
私は自身の額に手を当て、どんどん熱くなる体に困惑した。
と、その時だった。
「──ウィーっす凌! どしたよ会長と肩なんて組んじまって! 付き合ってんか?」
突如、いきなり現れた男子生徒が凌の肩を組んだ。私的美味しいポイントであり、心臓が痛くなるポイントでもある。ある……はずなのに……
「痛くない……代わり……イライラする……?」
肩を組む凌と男子生徒。私は、その二人の間に、無意識に手を差し出し……阻んだ。
「会長?」
「佳奈? どうしたんだ?」
なんで私はこんなことをしているのだろうか? わからない。だがとにかく、何か言わないと。
「あ、えっと〜……そうだ! 私体調が悪くて、凌に、深瀬君に連れ行ってもらってるのよ」
「あ、そうなんですね! 凌お前ぇ〜、役得だな」
「ははっ、そうだな」
男性生徒は凌から手を離し、私と凌は小走りで保健室へと向かった。熱い。さっきよりもさらに顔が熱くなってきた。何で私はあんなこと──
「懐かしいな。こんな風に手を引っ張られると、昔を思い出すよ」
「え?」
ふと呟かれたその言葉に、私の足は速度を落とした。立ち止まり、少し後ろの凌に振り返る。
「覚えてないかな? 昔俺が女子たちと話してた時、こんな風に佳奈が引っ張ってさ。そういえばあれって何だったの?」
「よくそんなこと覚えてるわね。そんな記憶残すくらいならもっと勉強しなさいよ。……あの時確かに何で……あぁ、なんだ、なんであの時の私はわからなかったんだろ? こんなに簡単なのに……」
思い出した。あの時は確か、凌が徐々に女子たちにモテ始めた頃だった。つい最近まであんまり関わって来なかったくせにニヤニヤと近づく女子たち。私の方が先に凌を知ってんだぞってイライラした。
そして何より、ずっと一緒にいた凌が、取られてしまったようで寂しかったのだろう。
私は彼の手を取り、無理矢理教室の外に飛び出した。その時はまだ、何故だかわかっていなかったけど。
「──そっか、あの時から……好きだったんだな」
凌にも聞こえないほどの小さな声で呟く。
自分の気持ちを知り、鼓動が速くなる。気分が高まっているのだ。つまり、あの医師の仮説は正しかったと言うことだ。
この気持ちを自覚した今、私の病気は……治ったのである。
保健室に到着する。そして私はベッドに腰掛けた。
「ありがとうね凌。ここまで運んでくれて」
「気にしないで。佳奈は普段から忙しそうだからな。疲れが溜まってたんだろ」
凌は静かに笑い、私を気にかけてくれる。それが懐かしく、たまらなく嬉しい。
自覚はした。後は、伝えるだけだ。
「それじゃあ俺帰るな。ゆっくり寝て、それでも体調が優れなかったら大人しく帰れよ」
凌はカーテンを閉め、徐に立ち去ろうとする。そんな彼の裾を、私の手は徐に掴んだ。真っ白なカーテンから私の腕だけが飛び出し、小さく震えていた。顔は真っ白なカーテンでは透けてしまうのでは? と思うほどに真っ赤に染まっている。
「佳奈……? えっと──」
「凌……私……」
伝えろ、好きだと。たったの2文字だ。紙やペンなんかと同じ、特別気を張ることなんてないのだ。
私は、震える手で──言葉を紡いだ。
「──すきずっ…………何でここで噛んだ私?」
ちょっと盛って『ずっと好きでした』って言おうとした結果がこれだ。情けなく恥ずかしい。
告白のための勇気で赤くなっていた顔は、現在大事なところで噛んでしまったことへの恥ずかしさで赤くなっている。
私は伸ばした手を引っ込め、両手で顔を覆った。
「何やってんだ私……?」
できることなら時間を戻したい。そんな気分になっていると、凌は静かにカーテンを開けた。指の隙間から見えるその顔は、何故だか赤く染まっていた。
そして指で数度顔を掻くと、私に視線を向けずに彼は呟いた。
「あの、さ、俺の聞き間違いじゃなかったとしたらなんだけど……何言いたいのかはわかったよ」
「え、嘘……! だとしたらやり直させ──」
「──俺も、同じだから」
「……ふぇ?」
何のことだかわからないまま、私は何とも気の抜けた情けない声を出してしまった。凌は何を言っているのだろう?
凌はなおも顔を赤くしながら、徐にカーテンを閉めていく。そして去り際に、もう一度言葉を残していった。
「えっと、そう言うことだから。そ、それじゃ! お大事にな!」
「あ、うん」
カーテンの外から駆け足の音が聞こえる。その瞬間、私はようやく理解した。
「あ〜、成功したんだ……ははっ」
妙な実感のなさを抱えたままベッドに潜り込み、そのテンションのまま私は小さくガッツポーズをした。
明確な実感を持ち、これまた妙な、今度は意味のわからないくらいハイテンションになったのは、家に帰ってからのことだった。
✳︎
「凌、おはよう」
「あぁ、おはよう佳奈」
二人並んで、いつもの通学路を歩いていく。今では慣れた光景だ。
私たちは、あの日の翌日から、一緒に登校することになったのだ。最初は互いにぎこちなく壁を感じたが、そこは幼馴染。いつの間にやらその壁はなくなっていた。
「そういえば病気はどう? 完全に治ったの?」
「えぇ、今ではカップルを見ても痛みはないわ」
凌にはあの病気のことを話した。絶対に引かれないし、言いふらすこともないと確信しているからだ。
あの病気には悩まされたが、まぁこうして凌と一緒に並んで歩いているのも病気のおかげと言える。治ったことだし、あまり悪く言うのはやめておこう。
「あのお医者さん、仮説を見事当ててすごいわね。今度からはあそこを行きつけにしようかな」
と、その時だった。
野球部だろうか? 数人の男子が仲良く笑いながら肩を組んで歩いている。とても良い光景に私は胸を痛め……痛め……痛……
「な、な……な…………」
「どうした佳奈? 胸を押さえていきなり呻き声を……もしかして病気が──」
そう、その通りだ。私の病気は、病気は──
「治って、ないじゃん。やっぱりあの医師は、ダメだった」
私は胸を押さえながら歩く。片手に彼の裾を掴みながら。
これからもずっとこうやって歩いていくのだろう。今でもドキドキしてるのに、痛みなんてまるで感じない、そんな彼と──
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