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9場「……仲良くしてあげてください」

ヘイルが去って暫く窓の外を見つめていた花火だったが、ハッとしてスカートを捲る。

また鱗が生えているのだ。剥がさなくては。


彼女は前と同じように鱗を剥がしていく。

白いシーツに浮かぶ赤い肉に、彼女は病院のことを思い出した。


*


「事故にあったんだって?可哀想にね……。

でも大学病院で診てもらってるからすぐ良くなると思うけどねえ。

ま、うちの方が近いもんね。大丈夫、これでも私は慣れてるから」


医師の清水が人の良さそうな笑みを浮かべ花火を見る。彼女は曖昧に笑って見せた。

事件の後足が動かなくなり花火は大学病院に通っていたのだが、足が動かないのに遠い距離を通うのは難しい。ということで近所にある幼い頃からお世話になっている町医者に通うことにしたのだ。

内心こんな小さな病院でリハビリが出来るのだろうかと思っていた花火だったが、清水医師は過去に何人もリハビリをしたそうで、ネットで検索すると彼の名前が何件もヒットした。

現に待合室には花火と同じように杖をつく患者の姿が幾人もあった。


「お姉ちゃんの方はよく来るんだけどねえ。

無茶ばっかりして。また変なことに首突っ込んでない?」


清水は50近い年齢の、町医者にしては若い男だ。

白髪交じりの髪に笑い皺のある顔。

大学病院の医師らは皆冷たい顔をしていたが、清水はいつも柔和な笑みを浮かべている。

……そんな彼すら苦笑いをしてしまうくらい、姉の祭は破天荒らしい。


「いやあ……。気をつけるよう言ってはいますが……」


そういえばこの間も姉は傷だらけで帰ってきた。なんでも不良の喧嘩を収めたとかなんとか。


「大怪我しないのがせめてもの救いかな。

さて、じゃあ花火ちゃんのリハビリをしようか」


彼が手を叩き笑顔を向けた。

その一声で始まったリハビリは確かに効果を感じられるものだった。

少なくともボツリヌス菌の注射や赤外線レーザーなんかよりはずっと。


「大丈夫、必ず動くようになるからね」


1ヶ月で花火は清水の元へ通うのをやめた。

もうここには通えないと思ったからだ。

申し訳ない気持ちもあったが、清水は怒っておらず、「落ち着いたら大学病院の方にきちんと通って、動けるように頑張って」とまで言ってくれていたと、姉から聞いた。


*


明くる日、花火は食堂に行こうとしてそのまま迷子になっていた。

おかしい。この建物は何故全ての壁も部屋も扉も似ているのだろう。フロアごとに変えてくれれば迷わなくて済むのに……。


杖をつきながら歩き回っていると、廊下でしゃがみこんでいる女性に気が付いた。


「大丈夫ですか……!?」


声を掛けながら気が付く。

この人はジェイドの姉の、ラズリだ。

彼女は驚いたように目を見開き花火を見た……何故か耳を塞ぎながら。


「……ど、どうしたんですか?」


「こんな所で何をされているんですか?」


まさかの質問に花火は「いやそれはこちらのセリフ!」と叫びたくなった。


「迷子になったんです……あなたは?」


「……いえ、なんでも」


「周りがうるさいとか?」


「お気になさらず。少し……耳が、痛くて。

大したことじゃないんだけれど」


ラズリは落ち着いているが明らかにおかしい。だが花火はそうですか……と頷いた。

触れてはいけない問題なのだろう。


「あっ……。

では私はこれで。また今度お話ししましょう」


突如彼女はお辞儀1つして廊下の奥へと走り去ってしまった。

道を聞こうとしていた花火はア、と思ったがもう遅い。

しかしそれどころではなさそうだった。仕方ないとまた花火は辺りをうろつこうとした。


何人もの人の足音がする。ザッザッと揃うそれは、医師の回診の時に似ていた。

だがそれよりも厳かな……。


廊下の曲がり角から荘厳な雰囲気をまとった集団が現れた。先頭に立つ男には見覚えがある。アベリア王子だ。

昨日ユッカ姫の部屋からも見ていたが間近で見るとより迫力があった。

背が高く、表情も厳しく威圧感がある。

顔もとても親しみの持てる顔ではない。険しい眉根に三白眼。高く骨ばった鼻。

魔王と言われても納得だ。

ユッカが怯えても仕方がない気がした。


彼は花火を見ると僅かに眉を上げる。

横にいる背の高い痩せた男も怪訝な顔で花火を見た。


「そこの、ここで何をしている」


付き人だろうか、彼は上から下まで花火をジロジロと見て訝しげにしていた。

背後にいる他の男たちも同じような顔で花火を見ている。


「迷子になりまして……。食堂に行きたいのですが」


「食堂は反対方向だ。

ここは王子の私室につながる通路だぞ」


花火は反対方向を見る。似たような廊下が続いているだけだ。

どうしてどこに何があるか、目印もなく分かるのだろう……。


彼女は男に向き直り頭を下げる。


「申し訳ありません。

すぐに立ち去りますので」


「何者だ?」


彼の問いはもっともだ。

だが花火が答える前にアベリアが口を開いていた。


「カイム。聖女の親族だ」


「え……あ、ああ。

失礼しました」


カイムと呼ばれた痩せた男は怪訝な顔を崩さず花火に向かって謝る。

彼の疑問は分かる。聖女の親族が何故ここに……? だろう。だがそんなのは花火だって聞きたい。

何故私はここに……?

方向音痴とはままならないものである。


「いえ。私こそ……酷い方向音痴でして」


「そうでしたか。この城は複雑なつくりをしていますからね」


花火は緊張で肩を震わせた。

行っていることは優しいのだが声が低いからか顔と相まってやっぱりちょっと怖い……。


「そういえば挨拶もしていませんでしたね。失礼しました。

外交に行っていたもので……。

改めて、アベリアと申します」


彼は洗練された仕草で頭を下げた。この世界の王子もお辞儀するんだ、など余計なことを思わず考えてします。


「須々木 花火です」


どういうお辞儀が正しいのかわからない花火はとりあえず、神社でもしないような深いお辞儀をしておいた。


「何かご不便はおかけしていませんか」


「何から何まで、もう十分すぎるくらいです」


花火はまた深々とお辞儀をする。これは本心だった。

綺麗な部屋に美味しいご飯が無償で提供されている状態なのだ。

彼の靴を舐めたって良いくらいである。


「足が呪われてしまったとジェイドから聞いています。

若い女性がそれではお辛いでしょう。お可哀想に。

足が治るまでゆっくりしてくださいね」


それは本当にゆっくりしていいのか、それともダラダラ過ごしていることへの嫌味なのか。

花火には見当もつかず救いを求めるようにチラリと奥の廊下を見る。ラズリが向かった方向だ。


「奥に何か」


花火の視線を目敏く指摘するアベリア。

彼女は躊躇いつつもラズリが奥に行ったことを伝える。


「ラズリさんが……」


彼の眉間のシワがより深くなる。

それから彼は踵を返した。……ラズリの行った方とは反対方向、来た道へと戻るつもりなのだ。


「あの?」


「ユッカと仲が良いと伺いました」


突然の言葉に花火は面食らう。


「仲……そうです、ね」


2回しか会っていないが……彼女はひとまず頷くことにした。


「これから彼女の元へ顔を出します。

何か伝言などは?」


「え……。えっと、 またお話ししましょうとか、でしょうか」


「……仲良くしてあげてください」


そう言われて花火は戸惑った。

ユッカ姫は彼を見た時あんなにも怯えていた。それなのにアベリアは仲良くしてあげてだなんて言う。

この人は何を考えているのだろう。

フクシア王子を殺したのか、殺してないのか。

ユッカ姫に危害を加えるのか、加えないのか。

花火の戸惑いが伝わったようで、アベリアは彼女を見下ろした。


「貴女もヨタカに何か言われましたか」


「ヨタカ……? いえ、彼とは話したことはありません」


「話したことがない?

客人に挨拶に行くように伝えたのにな……」


挨拶に? どういうことだ、と花火は更に戸惑う。

ヘイルもラズリも話をするなと言っていた。ヘイルなんかは顔も見られないようにしていた。


それだけおかしな人なのかと思っていた。


「ヘイルさん、いえ、護衛の人に話すなと」


「ヘイル……ブルーストームの弟か。

何故?」


「理由はよく分からないんです。

あ、ラズリさんは厄介だからと……」


「ラズリさんまで」


アベリアは更に眉間のシワを深く深くして溜め息をついた。


「……カイム」


「はい」


「ヨタカを見つけておいてくれ」


「畏まりました」


カイムはスッと身を翻しどこかへと去って行く。

アベリアは花火に「食堂は右に曲がってまっすぐです」と言うと、カイムと違う方向へと歩き出してしまった。


彼女はその背に向かってお辞儀をし、意気揚々と右に曲がって歩き出した。

だが、まっすぐ行っていたつもりの彼女はいつの間にか別の道に迷い込んでいたらしい。彼女の眼前には行き止まりの壁が広がっていた。



*


やっと食堂に辿り着いた時、身も心もボロボロだった。

むしろどうやって辿り着いたのか分からない。

とにかくゆっくりしたかった……が食堂は騒がしかった。

祭がいたのだ。


皆が祭を囲って楽しげに何か話をしている。花火は居心地が悪かったがお腹も空いていたし、そのまま食事を取ることにした。

静かにパンを千切って食べていた彼女の元へ祭が近付いてくる。


「何辛気臭い顔してんの」


「……迷子になって疲れたんだよ」


「部屋から食堂までの間で迷子になったの?

はー。ホンット凄い方向音痴だよ。ヘイルが探してたよ」


「あー……」


食堂までの距離に護衛は必要ないだろうと彼に断って来たのだが……こんなことなら一緒に来てもらうべきだったか。


「いやでもさー……おんなじ壁だよ? どうやって見分ければいいの……」


「セリフは簡単に覚えられるのにね」


その言葉に花火は体中の血液が下がっていくような感覚がした。だがそれを顔には出さず「文字と道は違うでしょ」と答える。


「ねえ、それよりお姉ちゃんはヨタカって人に会った?」


「あるよー。変な人」


祭はあっさり答える。


「どんな風に?」


「なんか、ボーッとしてる?

こっちの話も聞いてんだがなんなんだか。

でも偉い人らしいね。なんと王子よりも」


「王子より?」


「歳上だから強く出れないんでしょ」


「歳上って……あの人」


見た目は花火よりも幼く見えた。

花火の疑問が分かったようで、祭が口角を上げる。


「不老不死なんだって」


「……不老不死?」


「もうずっと長いことこの城にいるらしい。

王族と誓いを交わしてて、この城に住んで好きにして良い代わりに王族のことは守らなきゃいけないらしいよ

そんでもってジェイドのお祖父さんの頃から……いやもっと前からあの姿だって。

王族側は得したもんだよね」


花火の背中に悪寒が走る。

何か嫌な感じがした。


「……呆けてんのかな」


「呆けっていうか、もうこちら側じゃないって感じ?

孤独だもんねー」


長い間、一人でずっと多くの人を看取って……そう呟く祭は遠い目をしていた。


「祭様!」


祭は若い女に呼ばれて顔を向けた。花火もつられて顔を見る。


「どーしたの?」


「皆、あなたの話の続きを待っているのですよ?」


「あーごめんごめん」


「そちらの方が妹様……ですか?」


「そうだよ、花火」


名前を呼ばれ彼女は女にお辞儀をした。

女の視線が上から下まで、吟味するように流れていく。

そして杖で視線が止まった。


「お可哀想に……」


心底同情したような声だった。

足が動かないことは可哀想なのだろうか?

事件に巻き込まれたことは可哀想なのだろうか?

いや違う。可哀想なのではない。


「花火?」


「話止めちゃってごめんなさい。

私はもう行くので」


彼女はパンを急いで飲み込むと立ち上がった。


周囲の視線が花火に突き刺さる。

皆が囁き合いながら彼女を見ていた。

一人の呟きが耳に入る。


「華が無い」


花火は祭を見た。姉の表情は読めない。

喜んでもいないが、悲しんでもいない……ただそれが当たり前という顔だ。

いつも比較されて、悲しむのは花火の側である。

彼女は何も言わず食堂を後にした。


*


「悪いんだけど、君は華が無いんだよ。お姉さんにはそれがある。

可哀想だとは思うけど……少しはこっちの考えも分かってくれないかな」


安居の言葉に花火は小さく頷いた。

やっと姉と比較される場所から逃れられたと思ったのにこれだ。

彼女は来た道を引き返す。


花火は女優になりたかった。

そう言うと皆笑う。

言わずともその笑みの理由は分かっていた。

お前のような冴えない女が?

だが花火は演技が好きだった。演じている間は、姉と比較される妹ではない他の誰かになれる。

王子に選ばれる人魚にも、悪い魔女にも、いやいっそ王子にだって。


本気で目指していた。

だから、学生演劇のサークルに飛び込みそこで演技を学んでいた。

花火の演技はそれなりに評価され、ある時高校生でありながら、劇の重要な役を貰えた……。

そのはずだった。

だがサークル部長の安居は、手伝いに来ていた祭を見ると態度を一変させる。祭の方が良いと言い出したのだ。

姉は演技の経験がありません、と何度も訴えたが「この役は華が無いとダメなんだよ」と冷たく言われてしまった。

結局他の劇団員の反対に合い、祭が役を貰うことはなかったが花火がその役に戻ることもなかった。


花火はそのサークルを出て、また別のサークルに入った。

そこでは花火は順調に評価されていった。卒業後は大きな劇団を紹介してあげれる、とまで言われたのだ。

そのままいけばうまくいくはずだった……。

それなのに、花火は足を

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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