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4場「しなくても十分赤いですがね」

祭に着替えを手伝ってもらおうと思ったが、ハウスダストアレルギーだからと言って彼女はドレスルームに近寄りもしなかった。

仕方なく花火は一人でドレスを選ぶ。

壁一面のラックに並んだ、豪華絢爛な美しいドレスたち。それは色とサイズによって分けられキチンと並べられていた。

繊細なレースや、タップリとしたフリルに花火の心は踊った。

それと同時に単なる客人がこんな高価なものを借りていいのかとも思う。

これらは貸し出しできるものだから構わないとヘイルは言っていたが……。


20分かけてウロウロとドレスを見るが何がいいのか全く分からない。

壁に寄りかかり、花火はドレスを眺めた。

どれも花火には美し過ぎる。


「花火さん。ドレスは決まりましたか?」


ヘイルに呼び掛けられて彼女の肩は跳ねた。

早く決めなくては。


「ご、ごめんなさい! まだ……決まらなくて」


「……大丈夫ですか?」


「はい、あの、すぐ決めますから」


「失礼します」


間髪入れずにヘイルが入って来てしまった。

花火の顔は青白くなる。

どうしよう……。


「決まりませんか」


「す、すみません! どれを借りて良いのやら……」


「どれでも良いのですよ。

座って下さい」


ヘイルに腕を取られ、彼女は中央にある柔らかいソファに腰掛けた。

彼はそのままラックに掛かったドレスをいくつか取り出した。


「今の流行りはこういった、裾の広がらない長い丈のもののようですよ」


そう言って黄色や青やグリーンのドレスを見せてくるヘイル。

だがどれが良いのかサッパリだ。

花火は適当に「その青いものにします」と伝える。


「一人で着替えられますか?」


「だっ大丈夫ですよ!」


「あ、いえ……誰か呼んでくるべきかと思いまして」


「そんなそんな、お気になさらず!」


彼は無表情のまま頷いて部屋を出ていく。

花火はサッサと着替えることにした。

とにかく早く済ませてしまおう。


10分ほどで着替え終わり、彼女は自分の姿を姿見で眺めた。

美しい青のドレスは体にぴったりと添ったデザインだ。

自分からは見えないが肩や背中を露わにしているようだ。

これは大人っぽ過ぎるような……だがもう良いか。

慣れないドレスを着ることにすでに面倒になった花火はヘイルに着替え終わったと伝えた。


「お待たせしてすみません」


ヘイルは花火の姿をジッと見るも何も言わず、姿見の前に誘導される。


「あの?

……やっぱり、似合ってませんよね。

こんな綺麗なドレス私には相応しくない……」


「いえ。よくお似合いです。

美しいですよ」


美しいと言われて驚くがよく考えたらドレスはこの城の物なのだ。褒めるに決まっている。

とんだ勘違いをしかけたなと花火は顔が赤くなった。


「あ、ありがとうございます。

そうですよね。美しいドレスです。

馬子にも衣装というか……」


「美しいのはドレスではなくあなたのことですよ」


今度こそ花火は驚き過ぎて心臓が止まるかと思った。現に体が全く動かなくなる。

そんな彼女のことに気付いているのかいないのか、ヘイルは無表情のまま姿見に映る花火を見つめた。


「……でもこちらのドレスだと見えてしまいますね」


彼は花火の耳に顔を寄せそっと彼女の背中に手を伸ばす。

そして軽く下着の肩紐を引っ張った。


「失念していました。申し訳ない……。

肩紐と、背中のホックの部分が少し見えますね。

どうされますか? こちらのドレスが気に入ったなら一度脱ぎますか」


ヘイルの指がつっと移動した。その感触に花火の体が跳ねる。

彼は下着のバックに指を引っ掛けていた。


「あ、いや、脱ぐのは」


「ならドレスを変えましょう。

何が良いですか?」


顔を赤くした自分の姿を花火は鏡で見つめていた。

焦る彼女とは対照的にヘイルは涼しい顔で顔を寄せている。

半ばパニックになった花火は「首あるやつ」というなんだかよく分からない単語を何度も繰り返し発した。


「襟のあるものですね? かしこまりました。

ならこの緑色のがよろしいですかね」


「そ、それで」


ヘイルの体が離れていく。

花火はホッと息を吐いた。

今のは、今のはなんなんだ?


「花火さん、どうぞ」


彼女はぎこちなくドレスを受け取った。

そんな花火を、彼はふっと笑う。

その色っぽい笑みに花火の体はまた硬直するのだった。


*


また五分ほどで着替え終わった花火はヘイルを招き入れる。

今度は下着も見えていない。襟付きのクラシカルなデザインのドレスだ。胸元のピンタックが可愛らしい。


「ど、どうでしょう」


「先程のよりも更に似合っていますね」


「それは! 良かった! とっても! うん!

あの、私思ったのですが、髪もちゃんとした方がいいですよね!?」


「そうですね。出来れば」


「な、なら! 結びます!」


先程の一件で未だ顔の赤いままの彼女はソファに座ると適当にゴムで潜り始めた。

その手に、ヘイルの手が重なる。


「私がやりましょう」


「え、でも」


「こう見えても器用な方なので」


そう言うと彼は慣れた手つきで髪を撫で、部屋に置いてあった引き出しから櫛を取り出した。

花火の心臓が何度も跳ねる。

なんというか、先程から手つきが少々いやらしいような。気のせい?


「髪型はどういうのがよろしいですか?

あまり難しいのは出来ませんが……」


「一つに括るだけじゃダメでしょうか?」


「やってみましょう」


ヘイルは花火の髪を手早くまとめていく。

なるほど、確かに器用なようだ。


「凄いですね……。慣れてらっしゃる」


「きょうだいが多くて」


「ああ。妹さんが?」


「そうです」


「何人きょうだいなんですか?」


「4人です。

妹が2人と……兄が」


4人きょうだいとは珍しい。異世界だと普通なんだろうか。

花火が鏡越しにヘイルを見るとどこか遠い目をしていた。


「……あの、大丈夫ですか?」


「ええ……。

もう終わります」


そう言ってヘイルは髪飾りを引き出しから取り出すと花火の頭に付けた。

鏡に映る花火は、見違えるようだ。

これなら姉も文句はないだろう。


「ありがとうございます……」


「……メイクは?」


「してるんですけど……薄いですか?

あ、リップしてなかった……」


ご飯食べた後落ちちゃって、ハハ。

花火は笑って誤魔化すがヘイルは真顔のままだ。

恥ずかしくなって俯くと彼は三度みたび引き出しに向かい何かを取り出した。

口紅だ。


「失礼します」


「え、あ」


グイと顎を持ち上げられ強制的に視線が合わさる。

ヘイルの美しい緑の目がしっかりと花火を見つめていた。


「しなくても十分赤いですがね」


彼の人差し指が花火の唇を撫でる。

その感触に彼女の背筋は震えた。

ヘイル花火を見つめたまま口紅のキャップを開ける。

自分でやります、と彼女は言おうとしたがその前にまたヘイルの指が唇に触れていた。

指で付けているらしい。

ぶ、ブラシを使うんだよ……と花火は言いたかったがこれまでのヘイルの行動で彼女のエネルギーは使い果たしてしまっていた。されるがまま口紅を塗られる花火。


「出来ましたよ。

……とてもお似合いです。あなたの美しさが引き立っています」


「……何を……馬鹿なことを…………」


「申し訳ない。

他の言葉が言えれば良いのですが……学が無いもので、美しいとしか」


ヘイルはふっと意地悪に笑う。

花火はそういうことが言いたかったのではないと、真っ赤な顔で首を振る。


「そろそろ行きましょうか」


「……あの……」


「はい」


「た、立てない……」


「え?」


*


ヘイルのセクシー攻撃により花火の体から力が抜けてしまったが、5分ほどで歩けるようになった。

彼女はそそくさとヘイルの後に続く。

顔はまだ火照ったままだ。

花火はチラリとヘイルの顔を盗み見る。部屋を出る時彼が小さく「調子に乗りすぎた」と呟いたのが聞こえていた。


花火の歩幅に合わせつつ、他愛ない会話をしながらユッカ姫の元へと向かう。

徐々に人気のなくなっていく廊下。

彼女は緊張し始めていた。


なにぶん、花火は庶民の身。姫という存在に会うのは初めてのことだ。


「……花火さん?」


「……もし、もしですよ。粗相をしてしまったら……姫に首を刎ねられますか……?」


「首……!? いえ、姫は恐ろしい方ではありませんよ。

粗相をしても怒ったりはしないかと……」


「私に、どんな話を求めているのでしょう……。

なんの話もできません……。精々斧で惨殺された水色のドレスを着た双子の女の子たちの話しか……」


「落ち着いてください。そんな血生臭い話しないでいいですからね。被害者がなんか具体的だし……。

姫は、い、良い方ですから」


なんで言い淀んだんだろう。

花火は不安になって彼を見る。


「良い方です」


「でも権力争いに私を巻き込むんですよね……」


「……まあ、そうなんでしょうね」


良い方なんだろうか……。

一抹どころか百抹の不安を抱きながら彼女は姫のいる部屋へと進んで行った。


*


緊張し過ぎて吐き気がする。

震える手をなんとか隠しながら花火はユッカ姫のいる部屋へと入った。


中は、さすが姫の部屋としか言いようがない豪華絢爛な作りの部屋だった。

白っぽい家具で統一されているのも洗練された印象があって大変趣味が良い。成金的ではない、滲み出る高級感に花火はクラクラした。


「お忙しい中申し訳ありません」


柔らかい声がした。

ハッとして花火は声のした方を見る。

部屋の中央の椅子の前に少女が立っていた。

眩い金の髪に白い肌、赤い唇……。

映画の中でしか見たことがないような、まさに姫としか言えないほど美しい少女が立っていた。


「初めまして。

ユッカと申します」


「は、初めまして。

須々木 花火です」


「花火さん。

どうぞよろしく……」


彼女はそう言うと言葉を切った。間が開く。互いに椅子の前に立っているが花火は目上の人が座らないのに座って良いものかと悩んだ。

その戸惑いが通じたのかヘイルがわざとらしく咳払いをする。


「……姫。あなたが座られないと座るわけには……」


「え? あ、ああ。そっか」


失礼しました、とユッカは微笑んでから椅子に座る。そのたおやかな仕草に花火はドキドキした。


「花火さん」


ヘイルに呼ばれ彼女もまた椅子に座る。フカフカの座り心地だ。

目の前の少女は興味深そうに花火を眺めていた。


「姫」


「はい?」


「……お話があるのでしょう?」


「あ、ああ。そうそう。

……その……」


ユッカが首を傾げる。それだけで金の髪が流れてなんとも美しかった。


「足が、その、動かないのですよね?」


「そうです。

事件に巻き込まれてしまいまして……」


「しかも、噂によると呪いだとか」


「ええ。そうらしいんです」


「わ、わたくしが治す協力を、しましょう!」


花火はしげしげとユッカを見つめる。

願っても無い申し出だ。

なのだが……。


「姫様には、ヘイルさんという心強い護衛を付けていただいて本当に感謝しています。

ただ私は……申し上げにくいのですが……。

……争いに巻き込まれるのは……好ましく思っていません」


「つまり」


「……あなたに治す協力をして頂いても私からは何も出来ませんし、期待に答える自信もありません」


花火はハッキリ言った。

ここで曖昧な言い方をすれば、後で余計に揉めそうな気がしたからだ。


「……なるほど……。

でもきっと、早くに呪いの原因を突き止められますよ」


それはかなり魅力的な誘いだが、それでも花火は首を振る。


「ジェイドさんに頼んでますから大丈夫です」


「……予想外だ」


ユッカが戸惑ったように長い指を可愛らしい唇に当てている。

断られることを想定していなかったのか。

花火は目を見開く。

……なんかさっきからちょっとこの人……。


「どうしましょう。断られるとは思ってなかった……」


「何故ですか……」


ヘイルが呆れたように呟く。


「だって、ヨタカいるし……」


「ならその話をすれば宜しいのでは」


「ああなるほど。

花火さん。このサマー国一番の魔法使いがいます。それがヨタカ。

彼の弟子がラズリとジェイドで……2人も凄いです」


凄いですか、と花火は薄ぼんやり答える。

ヨタカという名前は以前にも聞いた気がする。

いやそれよりも。この人ちょっと、なんというか。


「どう凄いのかをお伝えしたら如何でしょう」


「ブルーストームさん、気付いたんですが」


ユッカは困ったように眉根を寄せヘイルを見た。


「はい」


「わたくしってやっぱりこういう……駆け引きみたいなもの向いてないですよね」


「……はい」


渋々という感じにヘイルが頷いている。


「ヨタカが聖女の妹君くらいは取り込んでおきなさいと言うから、少し頑張ってみようかと思ったんです。

でも……わたくしは魔法の研究していませんし、何が出来るかと言われても……」


「姫……それは、ご客人の前で話すことではないかと……」


「ああ、そういうものか。

……ダメだねこれじゃ。ヨタカに怒られる……」


ユッカはやれやれと首を振って額に手を当てている。

この姫君は、姫に相応しいオーラを持ってはいるが中身はどうもそうではないようだと花火は察した。


「そもそもお兄様があんな人だって知っていたらわたくしだってこんな所来なかったのに」


「えっと……?」


「何度も申し上げるようですがそういう話は……」


「ああそうね。

ごめんなさい、歳が近いからつい……」


「い! いえいえ。

私は構いませんので」


「……ありがとう。あなたネルに似ている」


「ネル?」


「わたくしの友達。

もう会えないけれどね」


悲しげに目を伏せるユッカ。その仕草に花火の胸が締め付けられる。


「そのお友達はどうされたのですか……?」


「え? ああ。生きてますよ。大丈夫。

ただわたくしがこんな所に来てしまったでしょう」


そういえば先程もこんな所に、と言っていたなと花火は思う。

彼女は元々ここに暮らしていなかった……?


「……花火さんは姫の身の上を知りませんよ」


「ああなるほど。

わたくしは普通の子供として田舎の農家で生活していたのよ。

それが5ヶ月前……色々あって、王位継承権を争っているの」


はあああと重々しい溜息を吐くユッカ。

道理で、上の者の重圧感や話術が覚束ないのだなと納得する花火。

農家での生活をしていたのなら話術よりもフィジカルが重視されるだろうから。

となると、権力争いが始まったのは最近のことなのか……。


「大変なのですね」


「大変だし……怖いわ。

お兄様が特に……」


「お兄様って、一応私の身元保証人のアベリア王子のことですか?」


「そう。もうアベリア王子しか兄は居なくなってしまったから。

……怖いよあの人。……きっと恨んでる。

怖い……」


ユッカが苦しげに胸を押さえる。

その時だった。また花火の足が痛み出したのは。


「あ……!?」


二人に気付かれないように彼女は声を上げないよう必死で奥歯を噛み締める。

耐えれば痛みは過ぎ去るのだ。


「落ち着いてください。

アベリア王子はちょっと顔が怖いだけです」


「ちょっとって良い言い方ね……」


「久し振りに会った妹とうまく話せないだけで怖い方ではありません……多分」


「多分って」


「絶対」


「嘘くさいなあ」


ポンポンと二人は軽口を叩き合っている。

その間に痛みがすうと引いていった。花火はホッと息を吐く。


「……大丈夫ですか?」


「え……」


ヘイルがいつもの無表情で彼女を見ていた。彼には痛みが襲っていることを気付かれていたらしい。

花火は大丈夫だと頷く。


「良かった」


彼は安心したように目を細めて優しく微笑んだ。

スッと手が伸びて花火の肩に触れた。


「どうかしました? 大丈夫?」


「え、ええ。少し足が痛んだだけです」


「ああ……。

……わたくしは魔法のこととかよく分からないのですが、ヨタカに色々聞いておきますね」


「また怒られそうですね」


「う……。

まあ……あまり期待せずに……はい……。

魔法以外のことでわたくしに力になれることがあれば言ってください……権力はそこそこあるようなので……」


彼女はモゴモゴと言うと「部屋で休まれますか?」と花火に聞いてきた。

正直なところこの世界に来てやっていることなんて部屋で休むことだけだ。

だがやることもない。

花火はそうしますと頷いた。


「わたくしがあなたの部屋に伺った方がいいんじゃないかと思ったのだけど、そういうの、あまりよくないことらしいの。ごめんなさい」


申し訳なさそうな顔で、部屋から出て行く花火を見つめるユッカ。

花火は慌てて手を振った。


「いえそんな。お気遣いありがとうこざいます」


ユッカは少し寂しそうな顔をしていた。


扉が閉まるや否や花火の口からふうと息が漏れる。

悪い人じゃないどころか良い人ではあったが、やはり目上の人となると緊張する。


「大丈夫ですか?」


「はい、少し緊張しただけです」


というより……いきなり痛んだ足のことが気になっていた。

日本にいた頃はこんなことは起きなかった。この世界に来てからだ。

……呪いに関して、やはり姫様に調査を依頼するべきだったのだろうか。


「……戻りましょう」


ヘイルがそっと、考えに耽る花火の背を押す。

彼女はハイと頷いて杖をつきながら長く美しい廊下を歩き出した。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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