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3場「……では花火さんは足が治るまでここに居るつもりですか?」

「素晴らしい」


男が花火の方に手を伸ばす。

彼女の体はボロボロだ。


男の顔は見えない。殴られたせいで花火の目は腫れ、視界もボヤけていた。

冷えた手が花火の左足に触る。


「これで完璧だ」


突然花火の左足が焼けるように熱くなった。それからパキパキと何かが折れる音と、猛烈な痛み。


*


ハッと目がさめる。鼓動は早鐘のようだった。

嫌な夢を見ていたらしい。

花火はベッドから起き上がった。変な時間に寝ると嫌な夢を見る。


汗を拭いながら花火は部屋の扉を開けた。

確か食べ物や飲み物はこの廊下の先の食堂で貰えるはずだ……。


「花火さん。どちらに」


冷えた声がして花火の体は震えた。

そうか。ヘイルがいることを忘れていた。

彼は全くの無表情で花火を見下ろしている。


「お水を貰おうかと……」


「分かりました。部屋にいて下さい。

取って来させます」


「え!? い、いいですよ。自分で貰いにいきます」


「もしかしたら祭様が来て、入れ違いになるかもしれませんよ」


それはたしかにそうだ。花火は渋々頷くと部屋に戻った。


5分もしないうちにノックの音がして扉を開ける。

ヘイルが無表情で水差しとコップを持っていた。


「どうぞ」


「あ、ありがとう……」


おずおずと受け取り水を飲む花火。

喉が潤っていく感覚が心地いい。彼女は夢中で飲んだ。


突如、猛烈に左足が痛み出した。

ガチャンと音がする。コップがいつの間にか花火の手から離れ落ちていたのだ。

彼女は低く唸りながらその場にしゃがみこむ。

足が痛い。足が、堪らないほど痛い。


「花火さん!?」


ヘイルが慌てて駆け寄って来る。


「どうしました!?」


「あし、が……い……っ……」


「足が痛むのですね?」


彼の手が花火の肩に触れる。花火は何か言おうとするが言葉にならず彼の腕を必死に掴んだ。

神経を捻り上げ、皮膚が裂かれるような痛み。

彼女の目に涙が浮かんだ。

それは体験したことのない未知の痛みだった。


「あ……!?」


花火の肩を撫でていたヘイルの動きが急に止まる。

だが彼女は構っていられなかった。

痛くて体を支えていられない。花火は地面に突っ伏そうとする。

その体をヘイルが抱き締めた。


「花火さん……」


力強く抱き締められ花火は息がし辛いほどだった。彼の顔を見られない。


「大丈夫ですよ。すぐに収まります」


そう囁くヘイルの体はひどく熱かった。

熱い息が花火の耳にかかる。


「大丈夫です……目を瞑って、深呼吸して……」


ヘイルの腕が花火の背中を優しく叩く。

吸って、吐いて、吸って、吐いて……。

そうしているうちに、徐々に痛みが和らいでいくことに花火は気が付いた。

ホッと息を吐く。


「……あ、の。ごめんなさい。

少し良くなりました」


「それは良かった……」


フッと息を吐いてヘイルの体が離れる。

彼は苦しげに花火を見つめていた。


「……あなたは」


ヘイルが何かを言いかけた。

だが。


「おーい! 入るよ……ヤベ! ジェイド!

妹のラブシーンが始まってる! 邪魔しなきゃ!」


「祭ちゃん! そういう時は静かに出る!」


……祭が戻って来たようだ。

花火は恥ずかしくなってそそくさとヘイルから距離を取る。

彼は全く落ち着き払った様子でコップを拾い、花火に杖を渡してきた。


「もう痛みはありませんか?」


「は、い」


「立てますか?」


「大丈夫です」


彼女はヘイルの目を見ないで返事した。

彼は平気そうだが花火は恥ずかしくて堪らない。

あの時は痛くて必死だったからとはいえ男の人に抱き締められてしまうなんて……。


「もう入っていいのー?」


「い、良いから! っていうか、違う、今のは私がその……。足が痛くて倒れちゃって」


「えっ……? 感覚無いんじゃ無かったの?」


「……うん」


花火が頷くと、祭はジェイドの胸ぐらを掴んで揺さぶり出した。


「ジェイドー! 足早く治せよな!

なんかほら、ちゃちゃっとさあ」


「うん、あのさ、その為に今ここに来たんだよね?

なんで胸ぐらを……やめて!」


「魔法使えんだろ? 出せよ」


「カツアゲかよ〜! やめてってば!」


嫌がるジェイドに尚も絡み続ける祭を見かねたのか、ヘイルが彼女の肩を掴んで引き剥がす。

ジェイドはホッとした表情を浮かべヘイルの後ろに隠れた。

アイドルの地獄の握手会のような光景に花火はまた足の力が抜けそうだった。


「ホント祭ちゃん嫌だ!」


「なんだよ。おっさんの癖に泣いてんなよ」


「32はまだおっさんじゃないし!」


それはどうだろうと思いつつ、花火は祭の身柄を預かる。


「ちょっと黙ってて。お姉ちゃんが暴れると話進まないよ。

なんで私の足が動かないのか、どうするのかとか今必要なことだけ教えてよね」


「と言われてもねえ」


祭はんー、と首を傾げる。


「こっちにちょくちょく来てやったことってジェイドの雑用こなすぐらいで、魔法に関してはよく知らないんだよ」


「まあまあ。俺に任せてよ」


ジェイドが得意げな顔をしてヘイルの背中から出てくる。

ヘイルは少し迷惑そうな顔をしていた。


「花火ちゃんには話したけど、その足は魔法によって呪われてるんだ」


「なんで? いつ」


「それが分からない……。

花火ちゃん。どうして足が動かなくなったの?」


ジェイドが優しい声で尋ねてくる。

その時花火の頭に浮かんでいたのは流れる血で汚れたコンクリートだった。


「覚えてなくて……」


「覚えてない……?」


「そうなんだよー。

事件に巻き込まれたらしいんだけど、その時のショックで記憶が無くなったんだって」


祭がポンポンと彼女の肩を叩く。慰めているらしい。

花火はギュッと杖を握り締めた。


「ごめんなさい……」


「いや、謝ることじゃ……。

って、ヘイル? なんで俺に水を掛けようとしているの?」


見ると、ヘイルは何故か水差しをジェイドの方へ構えていた。


「なんとなく腹が立って。

ジェイドさんって行動遅いですよね。

ゴチャゴチャ言ってないで早く治してあげたらどうなんです」


予想外の彼の行動に花火は内心驚いていた。

だがどうやらヘイルとジェイドはそれなりの付き合いがあるようだ。


「怖いな!? もうやだこの空間……。

大体、2人してすぐ治せって言うけどね! 呪いなんか簡単に解けないんだよ!?

魔法をかけた相手を見つけないと……だから水差しを置いて!」


ヘイルはやれやれと水差しを下げた。しかし下げるだけで持ったままだ。


「花火ちゃんの足の怪我を見て怪我が治らないように呪ったのか……はたまた、足に怪我をするように呪ったのか……。

呪いの解明自体難しいからその辺りは分からないけど、魔法を使われている以上この世界の誰かが花火ちゃんを呪ったに違いないね」


「なんで日本に住む花火のことこっちの世界の奴が呪うの」


「祭ちゃんの妹ってことで誰かが呪ったのかも?

血縁者なら遠隔で呪えるしね。もしくはわざわざニホンに行ったか……そうなると異世界を行き来できるような魔法使いだよ……厄介だなあ……」


ジェイドが何やらブツブツと呟いている。そんな彼をヘイルが冷たい目で見下ろしていた。


「……では花火さんは足が治るまでここに居るつもりですか?」


「あまりにも進展がなければ帰ろうかなと思うんですが……」


「うーん。そうだね……専門外だしどこまでできるか……。

とりあえず、1ヶ月間ここにいてもらおうと思うんだけどね……」


ジェイドが眉を寄せながら答える。

花火は「すみません」と小さく謝った。


*


1ヶ月の間、ジェイドは山のようにやる事があるが花火にはない。

祭に頼んで一度日本に戻ろうかと思ったが「折角だし旅行だと思ってぶらぶらしてなさいよ」と言われてしまう。

いや、着替えやらを調達したいのだが……。


「着替え渡したじゃん。

来た時は着の身着のままだったけど」


「そうだよ!

っていうかお姉ちゃん、あんないきなり連れてくる事ないじゃない!」


「ごめんごめん。

でも花火に説得してもどうせ行かないだろうし、勢いが大事でしょ」


確かに花火は異世界に行っておいで、などと言われたらそんな不審な所絶対に行かないだろう。


「まあそうだけどさ。

にしてもどうやって行き来してるの?」


「ふふん。私が手をかざすとあら不思議。

穴ができるのよーん」


そう言って祭は完璧なネイルをした指先で足元を指した。そこには本当に、穴が出来ている。

真っ黒な穴だ。

花火は穴を覗き込む。穴の底から風の音がする。少し生臭いような匂いもした。

なんの匂いだろうかと更に身を乗り出し穴を見る。底は見えず、吸い込まれそうなほど黒い……


「ちょっと! 落ちないでよ。」


祭が慌てて手をかざすとするすると穴が小さくなっていく。

今見た光景が信じられないが……だが、確かに祭は異次元を行き来する穴を作り出せるらしい。


「どうもコントロールが悪いみたいでどこに落ちるか分かんないんだよね」


「あ、だから最初の時ジェイドさんの所じゃなくて変な所に落ちたんだ……」


思い出して花火は額を押さえた。

きちんとジェイドさんの所に落としてくれれば良かったのに……。


「それは悪かったと思ってるよ。

ユッカ姫のお茶会会場に落ちたんだってね。ウケる」


「なんもウケないから」


「しかも不審者だと思われて拘束されるとか爆笑もんだわ。

でもなんでユッカ姫はお茶会に落ちたあんたを私の知り合いだって分からなかったんだろう。

服見りゃ異世界人だってすぐ分かるはずなのに」


「割とすぐ拘束されたから姫には会ってないし……」


そう。

あの時ヘイルは、花火が状況を理解するよりも早く彼女の体を捕らえた。

そういえばと花火はふと思い出す。


—見るからに祭ちゃんの知り合いだって分かるのにこんなところに連れて来たそっちがおかしいと思うけど


ジェイドは捕らえられていた花火を見てそう言った。

つまりヘイルは異世界人である花火をいち早く捕まえておきたかった?


「はーなび! 聞いてんの?」


「え? いや全然」


「ちょっとー! 折角私がライチュウのモノマネしてたのに……」


「意味分からない。聞きたくない」


「なんでー? どうせ花火も暇じゃん」


「お姉ちゃんのライチュウのモノマネ聞くくらいなら壁のシミの数かぞえてる。

ジェイドさんのお仕事手伝わないの?」


「いやあ。なんか忙しそうでさあ。私にできるような雑用はもう無いみたい」


「ああそう……。私のせいかな」


「や、違うと思う。もっと重大な件っぽい」


「そっか。

というかお姉ちゃん大学は平気なの?」


「明日一旦帰るよ。

次来る時はあんたの荷物持ってきてあげる」


「…………それが出来るなら今やってよ……」


面倒だからやだよーん、と祭が鬱陶しく言うのと部屋の扉がノックされたのは同時のことだった。

もうなんでもいいからこの姉をどうにかしてくれ。

花火は縋る思いで入って良いと返事をした。


「失礼します。

……祭様もご一緒でしたか」


入って来たのはヘイルだった。

彼は僅かに目を見開き祭を見る。


「なに? 私いたらまずい?」


「は?」


「突っかからないでよね。

ごめんなさい。何でもないですから。

その、どうされたんですか?」


「ユッカ姫が一度あなたにお会いしたいと……」


彼は花火を見て、祭を見た。

祭は「私はパス」とすげなく断る。


「権力争いとかに巻き込まれるのはごめんだしー。

でも花火は行けば? 一応あんたのことは助ける気あるみたいなんだから、足のこともなんか分かるかもよ」


「あ、そっか……」


花火としては、姉が行かないならと断るつもりだった。

だが足の治療をジェイドに任せっぱなしも良くないだろう。彼女は了承することにした。

呪いがなんなのか分からず今のところ大きな害は無いが、放っておいていいものでもない。


「分かりました。お、お会いします」


「ではまず着替えましょうか」


「え?」


これじゃダメなの? とヘイルを見つめる。

ブラウスにロングスカート。そんなに汚い格好ではないと思うが……。


「少し、カジュアルかもしれません」


「バカだな花火。

相手は一国の姫なんだよ? そんなパジャマみたいな格好でいいわけないじゃん」


「え、えー。私これで映画館に行ってるんだけど……」


「姫と映画館を同列に並べるなよ」


花火にとって映画館は特別な所だ。

だからこの格好も別に気を抜いているわけでは……とかなんとか言ったが結局祭に怒られ、彼女は着替えることになった。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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