「愛する気持ちは誰にも否定できるものじゃない」
私は聖女じゃない。そう言うとジェイドは目を見開いた。
彼は祭の腕を引き、ヘイルを探しに走る。
結局祭はヘイルに妹を取られてしまった……だが、穴に落ちていく彼女の穏やかな顔を見て、この選択で良かったのかもしれないと思った。
事が全て終わってジェイドに2人の姉妹の話をした。
すっかり綺麗になった彼の部屋の中で彼女は居心地悪く何度も身動ぎをする。
彼は黙って聞いた後、大きく息を吐く。
「……全部の原因は、ヨタカとヘイルにあるんだろうけど。
それでも俺を騙すことないだろ」
その通りだ。謝ることしかできない。
祭は何度も頭を下げた。許しが欲しいのではなく、優しいジェイドを騙した罪悪感から勝手に体が動いていた。
「……俺も散々姉と比べられたよ。そりゃそうだよね、あの人凄いから」
彼は優しい声で話し始める。
「でも、劣等感を抱くことは無かった。姉の方が凄いのは当然だから。
俺の何倍何十倍も努力して今の地位を手に入れたんだ」
祭は何も言えなかった。
自分はなにか努力して花火に勝とうとしたことはない。同じ土俵に立ったことすらないじゃないか。
花火は努力してあの劇団という場所を手に入れた。
だが祭はそうじゃない。
「……恥ずかしいね、私。
たかが恋に……妹を異世界に追いやって……」
「いや。それだけシミズさんのことが好きで追い詰められてたんだよ」
「え……」
「そうでしょう?」
祭は頷いた。
清水のことが好きだ。穏やかな笑い皺と、落ち着いた声。先生の横にいるとそれだけで傷みが和らいだ。
「……気持ち悪くないの。自分の父親くらいの年齢の人好きになってんだよ」
「誰を好きになっても自由だと思う。
……それに対して気持ち悪いって思うのも自由。
口に出さなければ頭で何を考えても良いんだよ。口に出したら責任が伴うけどね。
それに俺は、祭ちゃんのシミズさんへの気持ちは悪いものじゃないと思う。
花火ちゃんにしたことは許されることじゃないよ、でも、愛する気持ちは誰にも否定できるものじゃない」
彼の優しい言葉にふっと心が軽くなるのを感じる。それをもう少し早く知れたら良かった。
不意に目頭が熱くなる。
「私……花火の良いお姉ちゃんになりたかった……」
涙を堪えようと唇を噛む。ジェイドがハンカチを差し出してくれた。
「先生に好きって言っておけば良かったのかなあ」
「……それが良い方向に行くかは分かんないよ。
他のことは努力すれば報われることも多いけど、人への気持ちだけは報われないことの方が多いから」
ジェイドの声は優しくて寂しい。
体を震わせ涙を拭う花火の肩を叩く。
「今までのこととこれからのこと、ゆっくり考えなよ。
どうせ、君を元の世界に送るのに半年近くかかるんだから」
「……半年?」
「ヘイルにはペンダント取られちゃったからねえ。
全く……アイツ本当にどうにかしてやりたいのに、悔しいね」
そんなにかかると思っていなかった祭は、両親になんと言い訳するべきか、内心頭を抱える。
「帰るまで俺の手伝いしてもらうからね。前とは比べ物にならないほど厳しいよ」
「良いけど……私がなんの役に立つの?」
彼女は魔法も何も使えないのだ。ジェイドの手伝いをしたところで足手まといだろう。
だが彼は首を振った。
「祭ちゃんは人を適材適所に配置するの得意でしょ。そういうのやって」
「そんなの誰でもできるでしょ」
「……祭ちゃんって自分の優秀さには無自覚だよね。
そういうところ直した方がいいよ、腹立つ」
やれやれと首を振るジェイドの鬱陶しい仕草に祭は思わず声を上げていた。
「腹立つって! いくらなんでもひどくない?
ってか、口に出したら責任が伴うんでしょ? 責任伴ってよね!」
しかめっ面をした後ジェイドはプッと噴き出す。
「しおらしい祭ちゃんってやっぱ落ち着かない」
「なによ」
「元気になったなら手伝って。仕事は山積みだし、今回のことアベリア王子にも姉にも説明しないと」
ウッと祭は思わず呻く。最大の難関が待ち受けているのだった。
「大丈夫、大丈夫。最低命は保証するから」
「命以外も保証してよ」
「それはちょっと」
ジェイドはニヤニヤ笑うばかりだ。
仕方がない。祭は腹をくくる。自分のしでかしくらいはきちんと責任を取らなくては。
そうして、迷惑をかけ続けたこの世界で少しでも益になることをしていこう。
ふと窓の外を見る。空は、見ていて心地の良いほど鮮やかに晴れ渡っていた。




