再び幕が上がる
花火は空を見上げる。
太陽が燦々と輝き、雲ひとつない美しい空だ。
「ヘイル」
彼の名前を呼ぶ。ヘイルが嬉しそうに目を細めた。
「全部買えた?」
ヘイルが汗を拭いながら微笑む。
「うん」
花火は買い物袋を持ち上げ彼に見せる。
「ほら、ヘイルの好きな卵スープの材料買ったよ」
「わあ、ありがとう。
俺持つよ」
彼はスルリと花火から買い物袋を奪うと空いた手で花火の手を繋いだ。
「いいのに」
「これくらいやらせてよ」
自分たちの住むアパートまでのんびり歩いていると近所に住む中年の女性が「あらー」と声を掛けてきた。
「こんにちは」
「こんにちは。
ふふ、卯波さんのところは仲が良いのねえ。
新婚さんだもんねえ」
「ええ、まあ」
花火はヘラヘラと笑う。
彼女はここで、卯波 葵と名乗って暮らしていた。
ヘイルはそのまま、ヘイルだ。いや結婚しているということになっているので卯波 ヘイルだろうか?
花火にはなんだって良かった。
「今日は暑いですね」
ヘイルに声を掛けられた女性が嬉しそうに頬を染める。
彼は近所でも評判の旦那さんとなっていた。
「嫌になっちゃうわよ。
そうそう、早乙女さんの家のこと聞いた……?」
どうやら話が長くなりそうだ。花火が苦笑しているとヘイルが女性の肩を叩いて「息子さんが呼んでますよ」と言った。
「あらやだ。そうだったわ。
もう行かないと……」
女性は会釈すると二人の前から立ち去った。彼女に息子はいない。いるのは成人した娘である。
ヘイルが催眠術を使ったようだ。
そのことを非難するように睨むと彼は「これくらい良いでしょ」と笑う。
「反省してるんでしょうね……」
「してるって!
でもずっとあの人の話聞いてたらデザート溶けちゃうんじゃない?」
ヘイルが買い物袋からアイスの袋を見せてくる。
花火が彼を驚かせようとこっそり買っていたのだが、目敏い彼は気付いていたらしい。
「……もう……。あんまり魔法使わないでよ」
「分かってるよ。
でもこれのお陰で暮らしていけてるわけだし……そんなに邪険にしないで」
花火は溜息を吐いた。その通りだ。
何人かに催眠術をかけて、今こうして暮らしているのだ。
花火が映画館のスタッフをやれているのも、ヘイルが本屋の店員をやれているのも、アパートを借りれたのもヘイルの魔法あってのことだ。
「使う時は二人で相談しようって言ったじゃん」
「もうしないよ」
どうだか。花火が不満そうな顔をすると「約束するから」と軽やかに笑う。
「それにさ、ここにいるのは卯波 葵に飽きるまででしょう?
バレたらまたどこかに行けば良いよ」
そうだけど、と彼女は小さく答える。
ここで花火は卯波 葵役を演じていた。自分とは違う、明るく近所付き合いが得意で、接客が大好きな女性のイメージだ。
ヘイルにはその役が飽きたら別の役をやろうと言われていた。
飽きたらまた別の異世界に行って好きな役を演じれば良いと。
この役はいつまで続けようかな。
花火は空を見上げる。二つの太陽が花火とヘイル照らしていた。
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