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20/27

惨憺たる恋心の結末*

流血シーンがあります

獣の鳴き声がする。ヨタカの使い魔がヘイルを探しているのだ。

天井からは度々、地鳴りと共にパラパラと石や土が降ってきた。ヘイルが暴れたせいで城が壊れかかっている。

雨のように降り注ぐ砂利を花火もヘイルも振り払わなかった。様子を探るようにジッと互いに睨み合っている。


「ペンダントを使って花火をこっちの世界に連れて来たかったのに……!あの女は邪魔ばかりする。

……だけど俺がアイツに花火を連れて来るように唆したらすぐに連れて来た。

妹が妬ましいんだろうなあ……。二人して、嫉妬し合って……」


馬鹿にしたような笑いを含んだ声に花火は耳を塞ぎたくなった。

祭と花火は互いに妬み嫉み、こんなところまで落ちてしまった。


「ヘイルが悪いんじゃない……! 執着心だけで私をここに連れて来たヘイルが……!」


花火は震える声で彼を責め立てた。


「執着心……?

違う、俺は君が好きなんだ。愛情だよこれは」


「普通は好きな人を催眠術で操ったりしない……!」


「他と少し愛情表現が違うだけだ」


少しなものか。全部丸切り間違っている。


「ゆる……さない。絶対」


催眠術がかかっていようと。花火の心を怒りが支配する。


「……だろうよ。

花火にかけた催眠術は、程度が軽いんだ……花火の意思を残しておきたかったから」


「私の意思……? 最初から催眠術かけてたのに?」


花火は鼻で笑う。

会った時から感じていた、彼といる時の自分の違和感に。


「……最初から……はかけてない。

ラズリさんの隠し部屋に来るまでは。自分の意思で俺を選んで欲しかったから」


「そんな嘘ついてどうするの?

催眠術でもなければなんで私」


ヘイルに触れられると嬉しくて、ドキドキした。

彼の温かい言葉に、涙が溢れそうになった。


「嘘じゃない、そんな所で嘘ついたって仕方ないだろ」


ヘイルの顔は怪訝そうで、嘘をついている顔とは思えなかった。

なら自分は……自らの意思でこの男に恋をしてしまっていたというのか……。

花火は目の前が真っ暗になった。惨憺たる恋路じゃないか。

ユッカに催眠術をかけたと聞いたとき、自分がかけられていたと気付いた時、自分の意思ではなくヘイルによって作られた恋心だと思った。

それなら幾らかマシだと思ったのだ。


「……馬鹿だな……でも、そりゃそっか……。

ヘイルは私が望むことを言ってくれるんだもんね」


「そうだよ」


「私のこと可哀想って言わないでいてくれたのはヘイルだけ……」


「……可哀想……?」


「言わないでいてくれたんだね」


そこだけは感謝しよう。彼女が少しだけ目を細める。

可哀想と言われるのはどうしても我慢ができないほど、嫌な気分になる。

だがヘイルは不思議そうな顔をしていた。


「何が? いきなりなんの話」


「……私がお姉ちゃんに比べて可愛くないこととか、足のこととか……可哀想って思っても言わなかったんじゃないの」


「いや、花火に対して可哀想だなんて思ったことない」


ヘイルの、キョトンとした幼く見える表情に彼女はハッとした。

そもそも誰かを可哀想と思える人がこんな風に暴れ回ったりするだろうか。


花火の顔に自嘲的な笑みが零れる。

ヘイルは精神異常者で人を傷つけることを躊躇わない最低な人間だが、同時に祭ではなく花火を見つけ出し、同情しないでいてくれる。

恋に落ちるのは必然だったのだろう。


「私……」


自尊心だけが膨れ上がり善意の同情を拒む自分が好きになれるのはヘイルなのだ。

彼の語る優しさが虚構だと分かっていても。


「でも、やっぱりヘイルが許せない」


ユッカにした仕打ちを許すわけにはいかないだろう。

それは花火が、彼女を怯えさせたという罪悪感から来るものか分からない。

心を許してくれ忠告してくれた彼女への誠意かもしれない。


「……だよな」


彼は一つ頷くと、腰から下げていたホルダーからナイフを取り出した。

……武器を持っていたなんて。

ギョッとして花火は距離を取ろうとする。だが手はヘイルに握られたままだ。


「な、なにを」


「怯えなくていい。花火に何かしたりなんて絶対しない」


「催眠術……」


「それとこれは別。大体こうやって会話できるんだから大したことじゃないだろ。

……あのね、俺は花火に許して欲しいんだ」


「……催眠術解いてジェイドさん達のところに一緒に行って罪を償うなら許す」


「残念だけど催眠術は絶対解かないし、ジェイド達の所にも行かない。処刑されるだけだ」


ナイフの柄は花火の方に向けられていた。


「催眠術解いてよ」


「絶対嫌。俺のことばかり考えて気が狂うまで解かない」


「……なら、許すことはできない」


ヘイルは不意に笑う。


「欲を我慢できないと、いつか返ってくるんだ」


彼が無理矢理花火の手にナイフを握らせた。離そうとしてもギュッとナイフごと手を握られていて離せそうにない。

なんの話だ。


「なにを」


ナイフの刃先が彼の左足に向かう。

あっ、と花火は声を上げた。何をするか分かった。

手を引こうとするが強い力で握られて逃れられない。


「これで……許してくれる?」


ナイフがヘイルの太ももにずっぷりと突き刺さった。

花火の喉から細い悲鳴が漏れた。手に、肉を掻き分ける刃物の感覚が残っている。


「なん、てことを……」


こんなのは異常だ。

確かに花火はあの時襲いかかってきた犯人に、同じ目に合わせてやる為に嘘をつき続けた。

ヨタカを骨が見えるまで殴り続けた。

だが花火に許しを乞う為に自分から足を刺すだなんて……。


「血を止めないと……」


「そう、だね。

ヨタカの使い魔が迫って来てる……。ここで見つかったらマズイだろうな。

捕まって殺される……かな……?」


ヘイルは満身創痍だというのに、欲望ギラつく瞳で花火を見ていた。


「それが分かってるならなんで……?」


「……花火の気が済まないだろ。

俺は絶対に、花火の側から離れない。花火を知ってからずっと飢えて、あの道から動けないで苦しいんだ……。君が俺の物にならないなら催眠術だろうとなんだろうと使ってやる。

……でも別に、花火と殺し合いしたいわけじゃない、愛し合いたいんだ。

俺を受け入れて欲しい……。

その為なら死んだって構わない」


これが愛情だというのか。花火は絶句した。

傍から見たらこんなものは異常な執着心に他ならない。

でも多分ヘイルはこれ以上の愛を知らない。

彼にとっての最上級の愛情がこれなのだ。


不意にヘイルが顔を上げた。彼女の後ろを見ている。


「……ヘイル?」


「ごめん」


いきなり、彼は花火の体を突き飛ばした。

体が大きくよろけたが転倒することは無かった。

何をするんだと彼を目で非難したが、 白い獣がヘイルの背中に歯を立てているのを見て彼女はその瞳を見開いた。

ヨタカの使い魔だ。

花火は咄嗟に獣の頭を掴んでいた。引き剥がすように頭を持ち上げる。ヘイルが呻き声を上げた。


「ヘイル!」


「大丈夫……。

危ないから手を離して、離れてて」


彼女は言われた通り獣から手を離し距離を取る。

獣はシャツと彼の鱗を食い千切っていた。血に塗れた黒い鱗がいくつも、ボタボタと床に散らばる。

獣に後ろ蹴りを食らわしたヘイルはそのまま流れるように頭を殴りつけた。怯んだ獣の頭を掴み、足に刺さっていたナイフを抜き取ると首を掻っ切った。

白い煙が吹き出し動かなくなる。


「……見つかった。……思ったより、遅かったな。

花火、こっち」


フラフラとした足取りでヘイルは花火の腕を掴むと強引に引っ張った。手は熱を持っているかのように熱い。


「どこ行くの」


「……逃げないと……」


「ねえ、ジェイドさんを探そう……? 怪我治さなきゃ」


「何言ってるの……俺はもう国賊なんだから誰も治してくれないよ。

大丈夫、大したことないから」


そう言うが彼の顔色は青く、額には脂汗がいくつも浮かんでいる。

足が痛むのだろう。引きずるように歩いていた。


「……こうなるって分かってるなら足なんか刺すべきじゃないよ……」


「……正論だね……。

兄から、言われたんだけど……俺って短絡的なんだって……。

その通りだろうね……。ちゃんと考えて行動してたらさ……こんなことにならないで、花火は俺を選んでくれたんだろう……」


ヘイルの声は沈んでいた。

いや、沈んでいるというよりこれは……。


「どうしたら花火が俺のこと好きになるかなんて全然分からない……。

男慣れしてないから俺のこと怖がるし。臆病だから俺が花火のこと好きって分かってるのに無視するし。変にプライド高いからすぐ傷付くし。

凄い腹立ったよ。それに不安だった。催眠術でもかけてないと、どっかに行っちゃいそうで……。

いっそ嫌いになって殺してやりたかった。

でも……花火の笑った顔も姉を嫌いになれない優しいところも誠実であろうとするところも堪らなく好きなんだよ。どうやっても嫌いになれない。

なあ、どうしたら俺のこと選んでくれる?」


震える声だった。

泣きそうで、苛立っているようで、縋り付くような響きがあった。

苦しげに歪む顔は痛みからではなく、悲しみからかもしれない。

ヘイルの弱った顔を見るのは初めてだった。弱々しく今にも泣き出しそうな顔だ。

途端、花火は彼が哀れになった。花火を好きという気持ちだけは彼にとって本当なのだ。

彼女はヘイルの怪我に触れないように気を使いながら熱い体に腕を回す。


「……なんでこんなことになっちゃったんだろうね。

ただヘイルが私のこと好きで、私もヘイルのことが好きってだけの話だったのに……」


「……花火……」


彼女は大きく息を吐いた。

花火が好きになるのはこの狂った男でしかないし、そしてヘイルもまた哀れな女から心が逃れられないでいる。

なら答えは1つしかないんじゃないだろうか。


「ヘイルのこと受け入れるから……。泣かないで」


ヘイルが立ち止まる。泣き出しそうな顔で花火の体に腕を回した。

……二人には足りないものが多すぎておとぎ話のような恋物語を紡げない。

血に塗れ多くの人を傷つけてやっと結ばれる。


「催眠術解いてくれる?」


小さく尋ねると彼は「離れないで」と呟いた。花火は頷く。

熱い手のひらが花火の頭を撫でる。それをされると靄がかった思考がクリアになっていく。

ただそれだけで、あとは何も変わらなかった。


「ありがとう……」


ギュッとヘイルが腕に力を込めた。それをされると花火の胸骨の辺りを硬いものが抉って、思わず「痛い」と声を上げる。


「ごめん」


ヘイルが少しだけ力を緩めた。だが離れようとはしない。


「ううん、そうじゃない。

……なんだろう」


胸に何か……。そうして思い出した。

自分はあのペンダントを持っていたのだった。


「……花火、それ」


彼の顔に驚いたようなホッとしたような笑みが浮かぶ。


「お姉ちゃんから預かってたんだった……。

これジェイドさんとヘイルのお兄さんの物だよね?」


異次元の穴にいるバケモノが閉じ込められてるとかなんとか、彼は言っていたが……。

花火がヘイルにそれを渡す。

彼はペンダントを窓にかざした。


「……多分、ヨタカの言う人魚ってこれなんだよ……」


「え?」


「これ、魚の形してるんだ。ヨタカは不老不死になる前にこれの仲間を食べたんじゃないかな……。

何百年もの間この国に異次元の穴が現れるようになったのはヨタカが仲間を食べたせいだと思う。

……でもそれを忘れて、別の伝承と自分の不老不死が混ざってしまったんだろうね」


「……なら、私が人魚になって食われても……」


「単なる人の肉だから。姫は不老不死にはなれなかったと思うよ」


花火は脱力する思いだった。

あんな目にあったのは全部、無駄だった……。

いや、無駄でもないか。彼女はヘイルを見つめた。


「……渡してくれてありがとう。

俺がいくら魔法が下手でもこれさえあれば……」


言い終える前に彼の顔色がみるみる良くなっていく。足を見ると傷跡が塞がっていくのが見えた。


「治った……」


「花火は怪我してない?」


「擦り傷くらいだから大丈夫」


ヘイルは良かった、と緑の目を細めて微笑んだ。見たことがないくらい優しい笑みだった。


その時、背後から瓦礫を踏み鳴らしながらこちらに駆けて来る足音がした。

慌ててそちらを振り向く。

赤毛の男……ジェイドだ。

後ろには真っ白な顔をした祭も立っている。


「花火ちゃん……ヘイル……」


ジェイドは複雑そうな顔をしている。ヘイルがした事を彼は分かっていて、でも怒ることができないのだろう。


「ちょうど良かった」


ヘイルが花火の手を掴む。


「お姉さんに謝っておいてください。許してくれないでしょうけど」


「ヘイル、なんてことをしたんだ。

……花火ちゃんをこっちに……」


「いいえ。花火は俺とずっと一緒です」


「何言ってんの? 花火を返して……!」


祭は苦しげに叫ぶ。

花火は姉の美しく歪む顔を眩しそうに眺めた。


「誰にも渡すつもりはない」


足元から風を感じた。

花火は下を向く。

いつか見た、真っ黒な穴がそこにあった。


「行こうか」


「どこに……?」


「……君のお姉さんがいないところ。

行きたいでしょう?」


—日本に帰りたいんじゃなくて、お姉さんのいないところに行きたいだけなんじゃないかな?


ヘイルがかつて言った言葉が蘇る。あの時は否定した。

けれど……。

花火は泣きそうな顔をしている姉を見つめた。


「……行く」


祭の顔は悲しみに染まった。でも多分これが最善なのだ。

姉妹だからと、血が繋がってるからと、側にい続けることが正解とは限らない。

互いを傷つけ合うことしかできないのなら離れることが正解な場合だってある。


ヘイルの手を握り返す。


「……じゃあ、そういうことで」


「待って、どういうこと? なんで穴がそこに……」


混乱した様子のジェイドにヘイルがペンダントを掲げる。

それが何か分かったのだろう。ジェイドは「レインは捕まえてたんだね……」と切なげな笑みを浮かべていた。


悲しい笑みを見つめているとヘイルに腕が引かれる。

花火は「じゃあね」と言って穴に落ちていった。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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