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2場「彼が花火ちゃんの護衛をしたいって言うんだ」

祭がこちらに来るまでの間花火はこの世界で自由に遊んで良いこととなった。

偉い人、特にアベリア王子などに挨拶するべきか尋ねたが、外交中で城にはいないから構わないと言われた。

王子など身近にいるわけがない花火はホッと息を吐く。どう振る舞えばいいか分からないので会わないで済むならそれが良かった。

大人しくしていよう……。

家でジッとしていることに関して今の花火の右に出るものはいるかもしれないが左に出るものはいない。


与えられた、まさに王城といわんばかりのヨーロピアンな意匠のされた美しい部屋(しかもシャワー付きという豪華さだ)で休んでいると部屋の扉をノックする音が聞こえて来た。

ジェイドだ。

彼は城を案内するよ! と言って花火を部屋から連れ出される。

主にメンタルの面で疲れていた彼女は少し休みたかったが、案内を聞かないと後々面倒になるだろうと思い了承した。


「そこに段差あるから気を付けてね。

階段は使わないから安心して」


ゆっくり歩く彼の後に続きながら花火は城の案内を聞く。

石造りの建物はいかにもな中世ヨーロッパ風だが、文化レベルはそこまでではないように見受けられた。

衛生的だし、犯罪が跋扈しているなんて物々しさもない(花火が知らないだけかもしれないが)。

魔法という存在があるから文化が進んでいるのかもしれない、と花火は思った。


「花火ちゃんはお客さんだから使用人たちが基本なんでもやってくれるけど、祭ちゃんみたいに聞いたことない食事を作らせるのはやめてね。迷惑そうだった」


「本当にすみません……」


「いや、花火ちゃんが悪いわけじゃないから……。

ハマムマッハシっていうのを食べたがっていたんだけど」


それは食べ物なのか呪文なのか花火には見当付かなかったがもう一度ジェイドに頭を下げる。

やはり祭はここでも大暴れしているらしい。


「呪いのことだけど……。

今少し立て込んでて、時間が掛かってしまうかもしれないんだ」


「大丈夫です」


魔法よりもボツリヌス菌の注射を打ってる方が治る。

花火はそう思っていた。


「……ん、あ! しまった」


「どうしました?」


「俺ちょっと用事があるんだった。ごめん!

1人で戻れる? 送った方がいいよね」


花火は大丈夫と頷いた。

四ツ谷駅で迷子になる程度の方向音痴だ。

ここから部屋までどう行くのかサッパリだがなんとかなるだろう。


ジェイドはすまねー! と言いながら駆けていく。

彼女はふうと息を吐いた。とにかく戻らなくては。

そして彼女は勘だけを頼りに歩き出す。

10分後、後悔することも知らないで……。


……全く見覚えのない場所に来てしまった。

花火は杖をギュッと握る。

なんでこんなことに。

やはり闇雲に歩くのは失敗だ。もう大分疲れてしまった。

似たような豪華な造りの廊下なのに人はなぜか少ない。

誰か通り掛かれば道を聞けるのに……。


花火がウロウロと彷徨っていると曲がり角からヌッと人影が現れた。

突然のことに悲鳴をあげそうになり、そしてその顔を見て悲鳴をあげた。

花火を捕らえた警備員だ。


「……何故こんな所に」


「ヒッ……す、すみません……。

すぐに戻ります……」


警備員の恐ろしい緑色の目から逃れようと背を向けるが「待ってください」と低い声で呼び止められた。


「は、い。なんですか」


「足は」


「へ?」


「足は痛くないですか」


押された時のことを指しているのだと気が付き、花火は嗚呼と頷く。


「大丈夫です」


そう答えると彼はホッと、僅かに顔を緩めた。

……心配していた? 自分がやったのに……。


「……あの時はすみませんでした。

慌てていて、つい、足のことを忘れて強く押し過ぎてしまいました」


「いえ……」


花火は俯きながら答える。

……何に慌てていたのだろう……?

聞こうか迷ったがやめておくことにする。


「……じゃあ、さようなら」


「さっきから何故使用人の控えの方に行っているのですか。

客人の部屋に通されたのでは?」


「恐らく……?」


「迷ったのですか」


緑色の目が細められる。その仕草に責められているのだと思った彼女は肩を縮こませた。


「すみません……」


「案内しましょう」


「え、いや」


「ここに余り長居しない方がいい。

余計な争いの種になります」


その言葉に花火が追い立てられるように男の方に近付いた。

男は無言で歩き始める。

争いの種がなんなのか気になったが、男に対し少し警戒している彼女は聞くことができない。

暫く互いに無言でいたが、花火はあることに気が付いた。

……この人、私の歩幅に合わせてくれてる。

驚いて男を見上げると彼は無愛想な顔つきで、だがしっかりと花火を見つめていた。


「……あ、の」


「なんでしょう」


何故呼びかけたのか自分でも分からなかった。だから花火は少し前に感じた疑問について尋ねることにした。


「あ、争いの種って?」


「……ああ。

私はユッカ姫に使える身ですから」


「ですから……?」


「ご存知ないのですね。

アベリア王子とユッカ姫は対立関係にあるんですよ。

ですからユッカ姫の棟の近くにアベリア王子の来賓であるあなたがいるのは……面倒なことになります」


そうだったのか。花火は目を見開く。

やはり王族というのはどこも面倒なようだ。

いや、権力者なんてそんなものかもしれない。


花火に合わせて2人は歩く。

その間、男は城のことを教えてくれた。

使用人の他に警備員もいるが、彼等は無骨な人たちなので何かあったら使用人に頼った方が良いだとか。

花火が来たあの場所はちょうどユッカ姫のお茶会の場所だとか。


そんなことを話していたら見覚えのある場所に出た。目の前に花火が割り当てられた部屋の扉がある。


「あ、ありがとうございます」


「どういたしまして」


彼女は男に何度か頭を下げてその場を立ち去ろうとした。だが男が何か言いたげな顔をしていることに気が付き足が止まった。


「何か……?」


「お名前を聞いても?」


そういえば名乗っていなかった。

それから相手の名前も、聞いていない。


「須々木 花火です」


「ハナビ……」


「あなたは?」


「ヘイル。ヘイル・ブルーストームです」


彼は優しく花火の手を取ると、白く細い彼女の小指の背にキスをした。

驚いて花火は動けない。思考が白く霧散していく。


「え、っと」


「……どうかしましたか」


そうか、これが外国か。いや異世界か。

軽いカルチャーショックに動けなかった花火だが納得すると、「ご丁寧にどうも……」となんだか見当違いの返事をした。

照れてしまいうまく顔を見られないでいるとヘイルが頬を緩め、一礼して去って行った。

花火はあ、と声が出る。少し無愛想だったかもしれない。

だが去って行く彼に花火はなんといえばいいのか分からず暫く見送った後部屋に戻った。


*


家にいると息が詰まる感覚があったが、それは今はない。

ゆったりとお風呂に浸かりゆったりとご飯を食べてゆったりと眠り、ゆったりと起きた……そう、寝過ぎたのだ。


「花火ちゃーん!? 起きてるー!? もうお昼になるよー!?」


この声は恐らくジェイドだ。

花火は「とっくに起きてますよー!」と寝起きの声で返事をした。


「あ、起きてるって。良かった」


「んなわけないじゃん。寝てたんだよアレ」


思わぬ声がして花火は被っていた布団を退かした。

祭の声だ。


「お姉ちゃん!? ミラコスタは!?」


「お母さんから早朝に電話があってさ……。花火が行方不明になったって言われて超焦って。

とりあえず花火は私がお世話になってる研究室の手伝いに駆り出されてるってことになったから。よろしく」


「微妙に嘘じゃないラインだね……」


「ってか何まだ寝てんの? 早く起きろよ」


「起きてるし」


「早く支度して。なんか厄介なことになってんだから……」


祭の呆れた声に彼女は戸惑う。

何かしてしまっただろうか。


*


洋服は祭が持って来てくれた為花火はいつものロングスカートとブラウスに着替えた。

Netflixが見られない生活は無理だと文句を言うと「なら一生足治んないからね」と脅されてしまう。


「そんなあ」


「いいじゃない。ここ、悪いところじゃないよ。

ご飯美味しいし、空気も良いし、花火も気にいると思うよ」


「ねえ、お姉ちゃんこんなとこで何してたの?

本当に色々聞きたいことが山ほどあるんだけど……」


花火は設えられたベッドの上にちょこんと座り姉を見上げる。姉は姉で、豪華なソファに踏ん反り返って座っていた。


「そんなの今話してる場合じゃないよ」


「何急に……何かあったの?」


「厄介ごとー」


祭は、異世界だというのに完璧なパーマのかかった髪を払った。


「その厄介ごとってなに」


「ジェイドー! もう入っていいよ」


その声にジェイドがおずおずと入って来た。さらにその後ろから別の男が入ってくる。

……ヘイルだ。

思わぬ人物に花火の体は硬直した。


「花火ちゃんはなんだって?」


「いや、なんも話してない」


「ええ!? 着替えてるあいだに説明するって言ってくれたじゃん!」


「あー。なんか面倒だし。ジェイドの方が説明うまいじゃん」


ジェイドは苦々しげに、ソファに踏ん反り返る祭を見たあと花火の方へ近付いた。

反対にヘイルは微動だにせず3人の動きを見ている。


「あのね花火ちゃん。……なんて言ったらいいのかな……。

俺は、アベリア王子のとこの研究者兼魔法使いで、祭ちゃんと花火ちゃんは俺の預かりってことになって、つまり二人はアベリア王子の来賓ってことなんだよね」


「はい。昨日聞きました」


「それで……。この城の中は今、天下分け目の決戦の最中で……。王子には腹違いのユッカ姫っていう妹君がいるんだ」


「ああ。対立争いしてるんですよね」


「後継者争いをね……。あれ? 話したっけ?」


「彼から聞きました」


花火がヘイルを示すと、ジェイドは薄水色の目を剥いた。

彼女がヘイルと話ていると思わなかったのだろう。


「面識あるの?」


「昨日迷子になったところを助けてもらって」


「さっすが迷子の天才。

でも話したことあるなら丁度いいじゃん」


祭の吐き捨てるような言葉に(祭は大抵吐き捨てるように喋る)、花火は眉を上げた。

なにが丁度いいのだ。


「……彼はヘイル・ブルーストーム。ユッカ姫直属の護衛だよ」


名前を呼ばれたヘイルは緑色の瞳でチラリと花火を見たがすぐにジェイドの方を見た。

ジェイドは、言いにくそうに「だから、その、うん」とモゴモゴ何か言っている。


「彼が花火ちゃんの護衛をしたいって言うんだ」


「……へ? いや今お姫様の護衛って言ったばかりじゃないですか」


「そうなんだけど」


「……祭様はともかく、あなたは何かあった時すぐには逃げられないでしょう」


ヘイルが冷静な声で話し始める。


「アベリア王子はあなたに護衛を付ける気は無いそうですがユッカ姫はそういうわけにはいかないと。

救国の聖女の妹なら尚更です」


「せいじょ?」


「それ私」


祭がソファに寝転がりながら手を挙げた。

意味が分からず花火は顔を顰めた。

今までヒーローだの救世主だの名探偵だよ!祭ちゃん!だの言われていたが聖女とは。


「あー。気持ちはわかるよ。

でも、異次元の穴が出なくなった功績は大きいからね。取り敢えず聖女って呼ばれてるんだ。

暫定聖女。役職がある方がこの城にいてもらいやすいし。

その内正しい呼び方されるようになると思うよ。デストロイヤーとかさ」


「ですよね。びっくりした」


ふうと息を吐いて花火はヘイルを見上げた。彼はまた話し始める。


「……とにかく、あなたの護衛として私が適任ではないかということで来た次第です」


「ホントふざけてるよね。

多分ユッカ姫は聖女っていう存在を王子に取られて焦ってるんだよ。だから妹の花火ちゃんが欲しい……もしくはこちらの様子を伺ってるのかな。

ごめんね、こんな面倒ごとになるとは思わなくて……巻き込んでしまった」


ジェイドが頭を下げるので花火は手を振って止める。


「別に、なんかよく分からないですけど……大丈夫ですよ」


「でも、花火ちゃんが嫌なら断っていいんだよ?

ちょっとかなり揉めると思うけど……そして後処理は何故か俺がやることになると思うけど……全然、気にしないでいいから」


そういう彼の顔は非常にしょっぱいものだった。

情けないジェイドの顔に花火は同情する。

色々助けてもらっているようだしここはひとつ、彼を助けてあげるべきだろう。


「護衛って外出るときにSPみたいに周りにいるってことですよね?

私外出ないので。大丈夫です」


「へ? い、いやいや。お城内にいても多分いる……」


「大丈夫です。部屋から出ないので」


「それは大丈夫ではないね」


「もう絶対部屋から出ないようにします。

だから権力争いに関わるつもりもありません!」


それでいいか、と確認するように花火はヘイルを見る。彼は少し驚いた顔をしていたが目が合うと微かに頷いた。


「えっ、い、いいの?」


「……花火がいいならいいんじゃないの?

どうせ断ってもあの手この手で護衛になるんでしょ」


祭がヘイルを意味深に見る。だがヘイルはどこ吹く風で花火を見つめていた。


「じゃあ花火。あとはよろしく」


祭はゴロンと回転した後立ち上がり手櫛で髪を整えながら部屋から出ようとする。


「え!? お姉ちゃんどこ行くの!?」


「色々あんだよ」


「いや待ってよ。私聞きたいことが」


「後でね」


無情にも祭は出て行ってしまう。ジェイドも「それじゃあまた」と後を追って行ってしまった。

花火は慌ててその後を追おうと杖を掴んで一歩立ち上がる。

だが急いでいたせいか、思い切りバランスを崩してしまった。

……倒れる。

何度も体験したあの地面に叩きつけられる感覚が蘇って彼女は目を瞑った。

だが体を引かれる感触と、暖かい何かの熱に目を開ける。

ヘイルだ。彼が花火を抱き止めていた。


「大丈夫ですか?」


ヘイルに顔を覗き込まれ花火はサッと顔を逸らした。

体が硬直する。背中から脂汗が出てきた。

まただ。またあの流れる血がフラッシュバックしている。


「へ、いきです」


「立てますか? 一度ベッドに座って下さい」


ヘイルに誘導されるように花火はベッドに腰掛ける。

体が震えていた。それを隠そうと杖をギュッと握る。


「……姉が戻って来るまで部屋でジッとしてます……」


「……そうですか。

私は外にいます。何かあったら呼んでください」


花火は何度も頷いた。

目の前がチカチカと光り視野が狭まっていく。


部屋の扉が閉まる。

もうあのことは忘れたいのに……。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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