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ただ妬ましかった

巨大な黒い竜は、現れた時と同じように突然に姿を消した。

祭は混乱していた。

竜が現れ、危険だからと避難先の庭園に向かっていたが、もう逃げる必要はなくなった?

彼女の取り巻きは祭に守ってもらおうとキャアキャア言いながら彼女に近付いてきたがそれを無視する。

あの竜はなんなんだ。

……この世界に来たのはやはり間違いだったか……。


取り巻きたちを置いて彼女は竜の消えた方へと向かう。

自分が行って助けになるとは思えないが、ジェイドがいれば何か教えてもらえるかもしれない。


ふらふらと歩みを進めているとこちらに向かって駆けてくる人影に気がついた。

花火だ。体中血がついているが元気そうだ。誰の血だろうか?

その手に杖は握られていないにも関わらず、まっすぐと走っている。


「花火!?」


「お姉ちゃん! 良かった! 無事だったんだね!」


てらいのない真っ直ぐな笑顔に祭は僅かに視線を逸らす。


「あんたこそ血まみれなのに元気そうね……。

それよりなんで足動いてるのよ」


「それは」


花火の顔が翳る。神妙な面持ちで「ごめん」と囁いた。


「……嘘だったの……」


「うん……」


「あんたねえ! お母さんとお父さんがどれだけ心配したか……!

ジェイドだってあんたの為に呪いの原因探ってたんだよ? なのに嘘でしたって……」


呆れて物も言えない。

妹の行動はいつだって突拍子が無く、祭を困惑させた。

女優を目指していると言った時だって……。


「ごめん、本当に……」


「何のためにそんな嘘ついたの」


「……私を殴った犯人を見つけるため」


「ハア?」


事件に巻き込まれた時の記憶は無いと言っていたのに。


「また迎えに来るって言ってたんだ。

私が足を怪我してるって知ったら油断すると思った。そこを狙うつもりだった」


「殴られてた時の記憶があるの?」


祭は自分の頭が真っ白になっていく感覚がした。

どこまでもこの妹は……!


「そう……。でも、殴られた時のこと話したら私が油断したせいだって言われると思ったから言いたくなかった」


「馬鹿じゃない? 警察に話して捕まえて貰えば良いの」


「そうだけど、結果的に警察は意味無かった。

犯人はヨタカだったんだから。

全部ヨタカのせいだよ」


「言ってることが一つも分かんないんだけど。

分かるのはあんたが皆を騙してたってこと」


「それはっ! でも、私はあの人に呪われて、魚になって食われかけたの!

それに結局はこれで良かっ」


花火の言葉が突然止まる。

顔色がみるみると失われていった。


「ちょっと花火?

……大丈夫なの?」


言い過ぎただろうか?

足を怪我した事件のこと、そのことを覚えていたこと、思わずカッとなって詰め寄ったのは良くなかったかもしれない。

彼女は暗い路地で抵抗できぬまま殴られていたのだから。


「……言い過ぎたのは謝るけど……。

あんたも、ジェイドに謝りなよ……寝不足みたいだし……」


「……なんで……」


「え?」


妹の青白い顔を祭は見つめた。

茶色の瞳が見開かれている。


「なんで、平気なの……。わたし、言っちゃったのに」


「なんのことよ」


「ヨタカに呪われたって言っちゃったのに、なんで……?

……まさか、お姉ちゃん。あの場に」


花火は身を硬くし祭から距離を取った。

なんのことだか分からない。妹を慰めようと祭は手を伸ばすが、その手ははたき落とされた。


「あの場にいたんだ……!! 私が、あの時……殴られてた時、いたんだ!!」


今度は祭が目を見開く番だ。

何故それを……。


「私が気絶するまで見てたの!?ひどい、なんで!? なんでよ!」


ヒステリックに叫びながら花火は祭の細い首に掴みかかった。

昔から妹はそうだ。一度怒ると手がつけられない。


「落ち着いてよ、なんのことか分からない」


「嘘つき!! その場にいたら、呪いのことを聞いても死なないって」


「なに、死ぬって。まさかあんた私を殺す気だったの?」


「違う! そんな訳ない!違う……ああ」


彼女の瞳から涙が流れ出ていく。

花火は震える手で自分の顔を覆った。


「ヘイル……」


苦しげに、助けを求めるような声音でその名前を言われた時、祭の目の前が真っ赤になった。


「ヘイル……どうしよう……」


「……ヘイルを何故選んだの」


「お、ねえちゃん?」


「なんでヘイルなの?あんな屑のどこがいいのよ。

良い人は山程いるじゃない」


今度は祭が花火の胸倉を掴んでいた。


「え……?」


「なんでアイツなのよ……なんで清水先生じゃないの?」


鬼のような形相で妹を睨め付ける。妬ましい妹だ。

選択権はあったのにそれを選ばなかった。


「……清水先生? ……なんでそこで先生の名前が出てくるの」


「なんでって、先生はあんたのことが好きなのよ?」


花火を見つめる清水の瞳は患者を見る瞳ではない。

少年が憧れの人を見るその瞳だ。

その瞳が祭に向けられることはない……。


いつだってそうだ。

花火は祭の欲しいものを取って行ってしまう。

両親は、いつも奔放な祭に口煩く、内向的で真面目な花火の夢は黙って追わせた。

祭が仲良くしたいと思った人たちは、大抵花火の友達になった。

劇団だって最初に見つけたのは祭だった。新しい趣味にしようか……祭が入るか悩んでいる間に妹は颯爽と入って、評価されていった。

魅力的な人たちと、魅力的な活動を行う妹が妬ましかった。


清水だって……。

清水のことが好きなのは祭だったのに。

彼に心配されたくてわざと、危険なことをした。

周りは祭を救世主だのなんだのと崇めたがそうではない。清水に会いたかったから。怪我をしたかったから。

厄介そうな件に首を突っ込んで、怪我をして、病院に通ったのに。


「私じゃない……」


祭はいつだって花火と比較される。


「……先生が、私を? 何言ってんの……気持ち悪い。

あの人お父さんと同じくらいの年だよ?

……お姉ちゃん……」


嫌悪を浮かべる花火の顔に祭の心がバラバラになっていく。

何が分かるというのだ。

才能がある花火には分からない。夢の無い、趣味の無い、人生を賭けるほどのものを持たない祭の日々がどれほど虚無かを。

そんな虚無を無くして、輝きのあるものを与えてくれたのは清水だ。清水の優しさに惹かれ、恋に落ちた。

その恋を、花火は気持ち悪いと言うのか。


「……気持ち悪いのはどっちよ……」


「何」


「ヘイルだって、相当じゃない。あんたにずっと執着して。

私は……見てた。花火がヨタカに殴られるところ。

でもヘイルも見てたわよ」


あの日、夜道を歩く花火を見ていた。偶々乗った電車が同じで、前を歩く妹に祭は気が付いていた。

2人は安居の勝手なやらかしのせいでギクシャクしている。駆け寄って話しかけたいとは思えない。

だが……正直あの一件は、ほんの少し良い気味だと思っていた。

清水の気持ちに気付かず答えない花火が憎たらしかった。


単語カードを捲りながら少し前を歩く花火を、姉はジッと見ていた。

白い髪の変な少年に話しかけられいきなり殴りつけられるところも見ていた。

どうしようか、迷うこともなく。祭は助けることも人を呼ぶこともしないで見ていた。

……いい気味。


不意に視線を感じて顔を上げる。

電柱の陰にもう1人、黒髪の男がいることに気が付いた。


緑の目が祭を見つめている。

しかし彼は何も反応せずに、悲鳴を上げ必死に抵抗する花火に視線を移した。

彼は祭と同じように助けようとも人を呼ぶこともなかった。

この暴行犯の共犯なのだろう。……だが、同情するでもなく、興味深そうな顔をして凶行を見つめる男に祭は薄ら寒いものを感じた。


ふと気がつくと嵐のような凶行は終わり、男たちは花火の元から去って行く。


しかし黒髪の男が意識を失った花火のポケットに何か入れていた。

なんだろう。

祭は慎重に近付く。花火の手は携帯が握り締められたままで、ボタンを押そうとしたところで力尽きたらしい。

救急車を呼びながら彼女のポケットを漁る。


赤い石のペンダントだ。

石はゆらゆらと何かが揺らめいている。中にいるのはなんだろうか……? それは海を泳ぐ魚のように石の中をたゆたっている。

それは異次元に住むバケモノが封印された石であり、そして祭の異世界間移動の道具となるものだ。その時の祭はまだ知らない。


だが彼女はそれを使って異世界に行き、そしてそこに……。


—妹がそんなに憎い?


ヘイルの言葉が蘇る。彼は面白くて仕方がないとでもいわんばかりの満面の笑みだった。


—側に置きたくないなら方法があるはずですよ……。


それまでのヘイルはまるで祭など知らないかのように振舞っていたのに。

急にそんなことを言い出すものだから祭も流石に固まってしまった。

しかし彼は祭のことを笑うでも責めるでもなくただ笑みを浮かべ続けていた。


ヘイルの言う方法が何か分かった。花火をこの世界に追いやることだ。

こっちの世界に花火を引き込んでしまえば、清水はもしかしたら祭を見てくれるかもしれない。

だからあの日、彼女は花火を異世界に落とした。


「……狙ってたのよ……最初から、あんただけを」


祭は赤い石のペンダントを見せる。


「これを使ってあんたにこっちの世界に来てもらうつもりだった」


「……それは……」


「私が異世界を移動できるのはこれのお陰だよ……。

私は聖女でもなんでもない」


祭の顔に自然、自嘲的な笑みが浮かぶ。

ジェイドに謝らなければならないのは花火ではなく祭だ。

彼がどうやって異世界を行き来しているのか、という質問をのらりくらりかわし続けた。

このペンダントをどこで手に入れたか答えるわけにはいかない。

自分が妹を見捨てたことを話すことになるから……。


彼女は妹にペンダントを押しつけるように渡した。


「結局、ヘイルに操られてただけか……」


「……そんなことあるわけない。

ヘイルがそんなこと……」


不意に花火は黙り込んだ。思い当たることがあったのだろう。

「行かなくちゃ……」と囁きふらふらと歩き出した。


祭はその背中を呆然と見つめる。

花火を異世界に追いやって、清水に自分を見て欲しかった。

それを全てヘイルに利用されてしまった……ヘイルの元へ花火を届けてしまった。

耐え切れなくなり祭はしゃがみこむ。

妹が妬ましかった。夢があり満たされた日々を送って幸せそうに笑う妹が……。

だが果たしてそうだったのだろうか。

あんなものを好いて、好かれた花火は、この先どう足掻いても幸せになれないだろう。


妬ましかっただけなのに、なんでこんなことに。

竜のいなくなった空を祭は仰ぎ見た。

雲ひとつない空は爽やかで、それが祭の薄汚い感情を余計に照らしている気がした。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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