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15場「アレに見初められた君は本当に可哀想だよ」

部屋の掃除をする花火にヘイルが「少し出掛けてくる」と声を掛けた。


「姫様の様子を見ないと……また不安定になってたら、鱗の数が増えるからね」


「……そんなに怖いのにどうしてここに居るんだろう」


無理矢理連れて来られた……にしては大人しいし、ある程度納得してここにいるのだろうが。

花火には彼女の心理が今ひとつ掴めなかった。


「さあ。

兄が犬に食い殺されたんだから、怯えるのも無理はないとは思うけれど。

確かに怖いなら帰れば良い……」


「犬に……」


「俺の兄もフクシア王子の死体を見つけた。

それからおかしくなった……相当酷かったんだろうね」


ヘイルは「癖がついちゃったんだよ」と囁くように呟いた。


「アベリア王子も見つけたって……」


「何人かで見つけたらしい。

訪問の帰りに野犬の多い地域にフクシア王子は行ってしまって戻らず、手の空いている人で探しに行ったんだって」


花火はその状況を想像し、ぞっと背筋を震わせる。

恐らく生きたまま野犬に襲われ、食われ、逃げ延びることは叶わず……死んだ後すら……。

そんな遺体を見ておかしくなるなというのが無理だろう。

嫌な想像が止まらない花火にヘイルは明るい声を出す。


「もう野犬は駆除されたから。

ユッカ姫に何か伝言あれば伝えるよ」


「ううん、平気」


姫と話したいことはあるが、それは直接でないと意味がないだろう。


「行ってくるね」


扉が重々しく閉まる音がした。

暫く眺めてから彼女は扉に近く。金属製の扉だ。

ドアノブに手をかけそっと引いてみた。

扉はキイキイと甲高い音を立てながら開く。


出られる。花火は息を止めた。

行かなくては……。

杖をギュッと握り思い切って扉を開けた。


石造りの壁と床は、今まで花火がいた場所と大きく変わらない気がした。

ここがどこか検討もつかない。

方向音痴の花火では人を探すどころか目的地にたどり着くことすらままならないだろう。

それでもヨタカを見つけ出さなくてはならないのだ。


ヨタカはまだ、人魚の肉である花火がこの世界に来たことすら気が付いていない。

気づいているならとっくに接触を図ってくるだろう。

……こちらから接触しないと。

ラズリが近づくと逃げてしまうということだったが他の人なら平気なはず。


花火はスッと息を吸い適当に人のいそうな場所に向かって歩き出した。

この城はどうも人が少ない。……というより、日中は皆仕事をしているから持ち場から離れないだけだろうか?

心の中で悪態をつきながらやっと、廊下を歩く男を見つけた。

彼は控え室で花火のことを悪く言っていた男だった。

こんな偶然があるなんて。


「……あ……」


彼は驚いたように目を見開いた。


「せ、聖女さまの……どうしてこちらに?

ここは研究所ですよ? あなたのいる棟じゃ……」


花火はギュッと拳を握り、目を伏せた。


「……助けてください……」


「え、何が」


「早急にヨタカ様に会わないと。

ユッカ姫の身の危険が迫っているのです」


「……いま、なんと?」


男は血相を変えて花火の顔を覗き込んできた。


「わ、わたしが姫様に、魔法と呪いについて伺っていたら……彼女は実践してくださったんです。

そしたら突然、失敗した、と言って……倒れてしまいました」


泣きそうな顔を作り言葉尻を震わす。劇団で覚えたことだ。

彼からは心底弱った女に見えている、はずだ。


「なんてことだ。まさか呪いが跳ね返って……?

すぐに医務室に」


「いえ、もう運んだのです。ですがジェイドさんですら魔法を解くことが出来ないと。

きっとヨタカ様なら治すことができます。彼の元へ私を連れて行って下さい」


「分かりました。きっとこちらに」


男はすっかり騙されたらしい。城の警備としてこの甘さはどうだ、と思わないでもないがありがたく彼の後ろにつく。


「ヨタカ様は、大体姫様のお部屋の近くにいますが……研究棟にも時々顔を出します。

あ! あちらに!」


白いローブがはためくのが廊下の曲がり角に見えた。

案外近くにいたらしい。偶然……ではないだろう。

ヨタカだって人魚の肉を探しているのだ。

きっと日本に戻って花火のことを探しに行っていた。だから花火がこちらにいる間彼の姿を見かける機会が少なかった。

多くの人が彼を探しても見つからなかったのはそのためだ。

そして戻ってきた彼は「聖女の妹」の存在をやっと知っただろう。

もう、ヘイルやラズリの行動を怪しんでいる頃合いである。


「ありがとうございます」


花火は男に向かって礼を言う。

彼は真剣な眼差しで彼女を見た。


「いえ、私は他の者にもこの件を伝えてきます」


それは困る。彼女はジッと、彼の顔を見つめた。


「……頭に何か付いてます。

しゃがんでくれますか?」


「はい?」と怪訝な返事をしながらも男はしゃがんでこちらに頭を向けた。


「あの、何が—」


*


「探したよ」


低い男の声がした。


目の前には長い白い髪の少年が、ヨタカが立っていた。

彼は焦る様子もなく落ち着き払って花火を見つめている。

瞳は虚ろな老人のそれによく似ていた。


ヨタカと対峙するのは自分だ。花火はそう思った。ヘイルでもラズリでもない。

不思議と恐怖は微塵も感じていなかった。


「行こう」


どこへ、とも何しに、とも彼女は聞かなかった。

そんなことは分かっている。

花火が一歩足を踏み出すとヨタカは頷いて先導し始めた。


この部屋に来るのはこれで3回目だ。

花火はもう部屋を見渡したりはせず、冷静にソファに腰掛けた。


「2人して……どうしたんですか」


花火とは対照的にユッカは困惑している。

いきなり現れたヨタカと花火が無言でいるのもまた、困惑する要因だろう。


「……ユッカ、彼女が君を助けてくれるんだ」


ヨタカは姫に跪き、彼女の手を取った。


「どういう意味?」


「もう死なせない。フクシアのような目には遭わせないから」


この国一番の魔法使いの背中は小さく、ユッカに縋り付くようだ。

花火は黙って後ろ姿を見つめる。


「ヨタカ? 何が何だか。あんた、あなたの話は分かりにくい。

花火さん……どういうことですか?」


ユッカが戸惑いを隠しきれない声音で尋ねたが花火は返事をしなかった。

どう伝えれば良いのか分からない。


「なんだか怖い。嫌な感じがする。

ここんところずっと……」


「大丈夫。花火さんは君を不死身にする手伝いをしてくれるんだ」


立ち上がったヨタカは花火から杖を奪いユッカに握らせた。


「大人しくしててね……」


恐怖はない。神経が研ぎ澄まされている感覚がした。


「何を?」


「君が彼女の血肉を食べるんだ。

その前に……完全に成らせないといけない。一緒に死にたくないと願ってくれる?」


「血肉? 何を、バカな」


ユッカはいよいよ泣きそうな顔になった。

それはそうだろう。

いきなり人間の血肉を喰らえと言われ簡単に納得できるほど彼女は異常ではない。


「どうしたんだよ、いきなり。

そんなに苦しかった? でも、おれが……」


「これはずっと前から決めてたんだ」


ヨタカが花火を見た。

彼もまた泣きそうな顔をしている。


*


花火がいない。

ヘイルは誰もいない部屋の中を呆然と眺めた。

ここに来るまでの廊下で頭を殴られ倒れていた男の姿があった。

ヨタカに連れ去られたのか。

その瞬間彼の頭の中が真っ赤に染まった。目の前に電気のようなものが走りスパークする。

それは耐えようのない怒りだった。

ヘイルが自分の感情を抑えられたことは殆ど無い。


ユッカに目を覚まして貰おう。

ヨタカはもう一度、自分の大事なものが壊れる様をその目でしっかり見ることだ。


*


怯えた顔をしていたユッカが突然、唖然とした表情になった。

体が震え崩れ落ちる。杖が床にコツンと音を立てて倒れた。


「ユッカ!?」


ヨタカが慌てて駆け寄った。

彼女は金の長い髪を床に垂らし、体を揺らしながらブツブツと何か呟いている。

異様だ。アベリアを見た時と同じくらい……いやそれ以上に。花火は突然のことに呆然とした。


「おれの……頭に何をした」


「ユッカ? どうしたの」


「おれの頭に何をしたっ!? おれのっ! おれの頭に!! 違う。頼んでなんかない!!」


髪を振り乱し叫び出すユッカ。

鈴の音のような声がひび割れていた。


「ブルーストーム!! アイツ!! おれはあんな奴に護衛なんか頼んでない!! アレはおれの意思じゃなかった!! 操られてたんだ!!」


見開かれた目から涙がボロボロと溢れていく。

悲しさからではない。明らかに何かに怯えていた。


「操って……?」


なんの話だ。花火は言葉を絞り出す。


「なんで……こんな……。ただ護衛をしたい……だけで……」


嗚咽を漏らし泣きじゃくるユッカをヨタカが抱き締める。


「……ヘイル・ブルーストームはユッカに催眠術を掛けたんだ。

そうやってから彼女に直接護衛になるよう声を掛けさせた」


ヨタカの声は悲しげだが落ち着いていた。

彼はヘイルが何をしたか分かっていたのだ。

花火はヘイルにユッカ姫のことを聞いた時のことを思い出す。


—直々にお声がけしてもらい護衛にして頂けた上に、あなたの護衛にまでしてもらっていますし


—最初は華やかで楽しそうだなあと思っていましたがそうでもありませんでした。得もない。


あの言葉の真意が今やっと分かった。

ヘイルが華やかで楽しそうだと思ったから声を掛けてもらうように仕向け、護衛になった。

ユッカへの冷たいまでの視線を思い出す。彼は……一体……。


「おれは……利用されて……。

なんで? なんでこんな目に……?

……アベリアっ、あの人がきっとおれを恨んでるからだ。おれはあン人の幸せを奪った……」


ヨタカは何も言わないでユッカの肩を摩る。


「ごめん…………ヨタカごめん……。おれは、できない。怖すぎる。こんな、恐ろしいところに……やっぱり無理だったんだ……怖いよ……」


宝石のような瞳から流れる涙は止まらない。恐怖心から華奢な体は細かく震えていた。

微かに花火の足が痛み始める。

今ここで呪いが発動するのはまずい……そう思ったが、それ以上足が痛むことはなかった。

ヨタカがいることで多少、死への恐怖は薄まっているのだろうか。


「催眠術を解いた……理由は分かる?」


ヨタカに問われ花火は首を振る。

彼はスッと窓の外を指差した。


「ヘイルがこんなことしても見逃してやってた理由はね、ユッカの恐怖を抑えていたから。

その為に竜にした。

彼だって、あんな醜いものになるくらいなら彼女の恐怖を抑えると思ったんだ」


地面が揺れる。金属が擦れるような、不気味な音が響いた。


「ダメだね。とてもコントロール出来ない……。

アレは見た目よりもずっと愚かだ」


黒く巨大な何かが目の前の白い建物に当たった。

轟音と共に建物が壊される。

ユッカが悲鳴を上げた。


「大丈夫。ユッカ、君を死なせはしない。

……でもその前にアレをなんとかしないと」


アレ。

花火もその姿を捉えた。

巨大な、竜。

30mはあるだろうか。長く太い尻尾を含めればそれ以上だろう。形状はトカゲに似ているが足が長く、そして4本の足全てに鋭い鉤爪が生えている。あれで攻撃されたらひとたまりもないだろう。

実際に部屋の窓から見える白い建物はまるで泥で出来ていたかのように容易く壊されている。


背中には体長よりも大きな黒く醜い翼があり、時々風に吹かれブヨブヨとした皮膜が揺れた。

黒い、岩のような鱗が全身を覆い、動くたびぬらぬらと気味悪く輝いている。

頑丈そうな顎と、そして長い牙。額には巨大な、歪んだツノが二対生えている。呼吸するように口を開けると真っ赤な二股に分かれた舌が見えた。

時々黒い液体が口から溢れた。唾液だろうか、タールのようにドロっとしている。

縦長の動向をしたヘイルと同じ緑色の目が辺りを見渡している。

その目は面白がっているように見えた。


アレがあのヘイルなのか?

美しかった彼の面影はなく醜く薄気味悪い竜の姿。


「……ヘイルなの……?」


とてもそうは思えない。

花火の震える声にヨタカは哀れむような目を向けた。


「そう。あれこそ彼に相応しい姿だ。

浅ましく欲深な竜。アレに見初められた君は本当に可哀想だよ」


花火はヨタカを見つめた。

ヨタカは自分がかけた異形の呪いにまるで罪悪感を抱いていないらしい。

それどころか彼は、言うことを聞かずに暴れるヘイルの姿を苛立ったように睨んでいる。


……今しかない……。

アレに気を取られている今しか……。

そして彼女は立ち上がりユッカの元まで歩く。

涙を流しながら震える彼女の側の杖を拾う。


「あなたには何もしない。目を……瞑っていて」


花火はそう囁くと杖を掴んでヨタカの背後に立った。

ギリギリと音を立てるほど強く杖を握る。


部屋に篭っていたのは鍛える為だ。足の骨を砕いてやるその為に、この2ヵ月鍛えてきた。

姉に指摘された、腕周りが太くなったのもそのせいだ。

花火は杖を振り上げる。

ヨタカが振り返った。


「……なんで歩けるの」


彼の顔面に杖が叩きつけられた。


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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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