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14場「私以外になれるんだ」

誰かが部屋に帰って来る音がして花火は目を覚ました。

この部屋に来てからもうずっと寝てばかりいて、自分がドンドンダメになっているような気がした。


「花火。寝てた?」


「うん、少し……。

どこ行ってたの?」


「ユッカ姫のところとか、あと妹たちが来てたからその対応」


「ああ……。妹さんいるんだっけ。

大丈夫?」


「ん? うん。大したことじゃない。

仕事を紹介して欲しいって頼まれたんだけど……2人とも魔法が上手だからね、俺が手を貸すまでも無いんだ」


彼はフッと息を吐いた。疲れているのだろう。

それはそうだ。

元々、半日以上ヘイルに護衛してもらっていたがこの部屋に来てからは一日中側にいてもらっている。


「……ヘイルは休まなくていいの?」


「夜はラズリさんが魔法で……結界、のようなものを張ってるみたいだから、その時に寝てるよ」


「そうかもしれないけど……過労死しちゃうから休んでね」


「かろうし……?」


「働き過ぎで死ぬこと」


そう言うとヘイルは可笑しそうに笑う。


「嫌な死因だなあ。

でも安心して。これは労働じゃない」


彼は花火の赤い唇に触れた。硬い爪の感触に花火の背中が粟立つ。


「……そんな可愛い顔するなよ。

珍しく我慢してるんだ」


「へ?」


「いや……あんまり我慢出来てないけど……。俺としては頑張ってる方で……」


ブツブツと何か言いながらヘイルの指が離れていく。

花火は顔を真っ赤にして咳払いした。我慢がなんのことか分かったのだ。


「そ、そんなことより!

お姉ちゃんとか、ジェイドさんとかに会わなかった?」


「話逸らすんだ。まあいいけどね。

2人とも心配してた」


「そっか。悪いことしちゃったな……。

……でも話すわけにも……。

あんまり長いことここに隠れてるわけにもいかないもんね?」


この質問にヘイルは眉を寄せた。


「もう少しの辛抱だから」


花火はうん、と頷く。彼が申し訳なさそうにしているのがなんとなく伝わってきた。

いつの間にか花火はヘイルの大きく変わらない表情もなんとなく読み取れるようになっている。


……そういえばジェイドが、昔はヘイルは表情豊かだったと言っていた。


「嫌なこと聞くかもしれないんだけど」


「うん?」


「ヘイルって……笑ったりするの苦手……?」


彼が大口を開けて笑うところは見たことがない。

いや、一度、祭と話している時に愉快そうな顔をしていたのは見たことがあるが……それくらいだ。


「……ああ。いやそんな事ないんだよ。

舌と一緒。異形の呪いのせいで表情筋が動かしにくくなったんだ」


「そっか。竜になるんだもんね」


ヘイルが竜になる。その姿は見当もつかなかった。

人魚も非現実的だが、竜か。花火の脳内にファンタジー映画に出てくる竜の姿が浮かぶ。


「カッコいいかも」


そう言った花火をヘイルは怪訝な顔で見つめてきた。


「それはないね」


「え? そう……? こっちの世界だと竜はカッコよくないの?」


「バケモノだし、見かけも気味悪いし、出て来ると厄介だから嫌われてるよ。人里にはめったに来ないけどね」


そういうものか。花火は納得する。

実際に竜がいるとなると確かに厄介かもしれない。


「見てみたい?」


「うーん……少し」


わざわざ見に行くだなんて危険を冒すのもどうかと思うが気にならないと言えば嘘になる。


「何かあったら見られるかもね。

でも花火の世界は竜いないの?」


「いないよ。伝説の生き物」


そもそも魔法が無いんだから物理法則を無視した生き物はいないよ、と伝えると彼は興味深そうに何度も頷いていた。


「花火の世界って面白そうだね……。異世界って楽しそう。

ねえ、元の世界に戻ったら何がしたい」


彼女はジッと虚空を見た後、ポツリと囁いた。


「……映画が見たい」


「えいが?」


「この世界には無いか。演劇はある?」


「ああ」


「それに似た感じかな……」


結構、大分、違う気もしたが人が演技をして物語を作るという点では同じだろう。


「へえ。良い趣味だね」


「……私、役者になりたくて」


「役者に……?」


「う、ん。私みたいな冴えないのがって思うかもしれないけど」


この夢を言うと笑う人が多い。

でもヘイルは笑わない気がした。


「思わないよ」


やはり彼は笑わなかった。

花火はホッと息を吐く。

彼はいつも、花火が喜ぶ言葉を選んでいる。そう彼女は気が付いていた。


—言葉は武器になります……。


ヘイルは武器を慎重に使う。


「ありがとう……」


「どうして役者になりたいの?」


「んー……。目立つのはそこまで好きじゃないんだけど……。

祭の妹って目で見られるのが嫌で、そういう人は大抵私とお姉ちゃんを比較して、姉妹であんな差が出て可哀想って言ったりする。

でも舞台の上だと私は祭の妹ではなくて、例えば悪女だったり、狂人だったり、はたまた可愛らしいお姫様だったり……私以外になれるんだ」


ここまで言ってから、花火は伺うようにヘイルを見た。

彼は頷いて聞いてくれている。


「役はなんでも好き……可哀想って、私自身が言われないなら。

可哀想って言われるのは堪らなく嫌だ……蔑まれてる気がしてくる。言われるたび可哀想な私っていう崖に突き落とされる気分になる……」


「花火……」


ヘイルが手を伸ばした。

彼女はおずおずとその手を掴む。


「ごめん。こんな話しして」


花火は自分語りをし過ぎたなと後悔し、それを恥じた。だがヘイルはぎゅうと繋いだ手に力を込めた。

ベッドが軋む。ヘイルが身を乗り出したのだ。

花火の耳に唇を寄せると「話してくれてありがとう」と囁いた。


「……今の話は君の、柔らかくて脆い……隠しておきたいものだろう。

そこを少し引っ掻いただけでも、心に強く傷が付く。そんな部分だ。

よく曝け出してくれたね……。大丈夫だよ、俺は絶対にそこに触れない。傷付けないから」


耳にキスを落としたヘイルは、しかし慌ててその場所を拭う。


「ごめん、今のキスは無し」


「え……?」


「今のはその……忘れて」


「どうしたの」


「君の嫌がることも怖がることもしない。傷付けたくないから」


この間、花火に拒絶されたことを彼は気にしていたらしい。そのことに驚きつつも彼女は離れていくヘイルの手を握った。


「……別に、今のは怖くなかったよ……」


「怖くない?」


「うん……」


傷付けないと言ってくれたこと。花火の弱点に気が付いて、曝け出したことに感謝してくれたこと。

それが嬉しかったからか、恐怖も何も無かった。


「もう何も怖くない」


「……良かった」


彼は一瞬、打ちのめされたような表情を浮かべた。

だがすぐに花火に抱き着いて、彼女からは表情が読めなくなってしまう。


「良かった……んだよな」


「ん?」


「いや、なんでもないよ」


体を離したヘイルは優しく微笑んだ。

それから俯き、ジッと己の指を見つめていた。


*


「ヘイル。私いつまでここに居るのかな……」


食事の用意をしながら花火は振り返った。

ここに来て5日が経とうとしている。

その間花火は部屋の掃除など家事を行っていたが……状況が進展しているかわからずうっすらとした不安が常にあった。


「ヨタカをなんとかしない限りここから出すわけには」


「なんとかって?」


「呪いを解いて貰うか、無力化するか。そのどちらかです」


花火が作った料理をラズリが並べていく。

今日は3人で食事をするようだ。王族になるラズリは特に忙しそうで、顔を合わせることは多くない。

それでも暇を見つけては花火の元を訪れてくれていた。弟に似て面倒見のいい優しい人なのだろう。

花火は台所にある椅子から降り、立て掛けてあった杖をつきながら食卓に着く。


「ヨタカって人はどこにいるんでしょう」


「城にいることは確かです。

ユッカ姫を守る為に離れられないはずですから。

……ただ、私が近づくとそれを察知してどこかに行ってしまうんですよ……話をしたくないんでしょうね」


「そうですか……」


自分で作った食事を眺めた。

いつまでもここに居るわけにもいかない。


「退屈ですよね。

何か持って来ましょう。小説は?」


花火の作った擬似パンケーキを食べつつ、ラズリが提案する。


「いえ、大丈夫です」


「花火。

ヨタカは国一番の魔法使いで不死身なんだ。

丸腰で挑むわけにもいかない。ある程度の準備はしなくちゃ……交渉でも、武力でも、なんでもね」


ヘイルは手を伸ばして花火の頬を撫でた。


「俺たちはたった3人で彼と対峙しなくてはならない。

この生活が苦しいかもしれないけど、姫に君を食べさせない為にも我慢して欲しいんだ」


「……ごめん」


自分は命を狙われているのだ。花火は反省する。

ヘイルは首を振って彼女の頬にキスをした。

一瞬、意識が白くなった。

先程まで感じていた鬱屈とした感情が、ときめきに上書きされる。


「……あら、これは随分と」


ラズリが驚いたように囁いたので花火は慌てて体を離した。

人前でキスするなんて前までの花火じゃ考えられないことだ。


「なんです?」


「いえ、この間まであなたに触られるのを怖がっていたのに……。

警戒心も無くなったようで」


「あー、そう……ですね……」


ヘイルが歯切れ悪く答える。

彼がキスをしたり触れて来たりすることに大分慣れてしまっていた。

恐怖も無く、嫌悪も無い。あるのは喜びだけだ。


「安心してくださいよ。

さすがにあなたの隠し部屋で、事に及んだりはしませんから」


明け透けなヘイルの言葉に花火は顔を真っ赤にした。

持っていた木のスプーン……に似た食器にパキリとヒビが入る。


「……合意の上なら好きにして構わない」


「ならその内」


「ちょっと!?」


「それより……。花火さんの悩みも分かります。

悠長にヨタカの対策を練っている場合でも無いでしょう」


ラズリは食事の手を止めて花火を見つめる。

足の痛みは未だあるし、日に日に鱗の数は増えている。

一定の許容値を超えたら人魚に成ってしまうのだ。

確かに悠長にはしていられないだろう。


「ジェイドさんに頑張ってもらわないと」


「他の方法も考えている。

……言いたくないが、不老不死だって痛みを感じない訳じゃないんだ。

それに傷を治すには治癒魔法を唱えるか、一度致命傷を負って仮死にならないと治らない。死なないけれど無敵ではない……」


「なるほど、暴力に訴えると。

ははあ。まあ、それが一番早いです」


「先生は暴力には敏感だ。

攻撃を受けると使い魔を出してくる。魔法で出来た己の分身みたいなものだ。

と言っても先生……ヨタカに似ている訳じゃなくて色々な形になる。

それは魔法で出来てるわけだから、魔力も使う。

いくら不老不死でも大量に魔力を消費すれば弱まるだろう」


「良いですね。

最初からそうしていれば早いのに。

無力化する方法など無いでしょう?」


彼の言葉にラズリの表情が歪む。


「こんなことしたくないんだ。

暴力を振るうのも嫌だ。それに、使い魔がどう暴れるか予想が付かない。

王族には危害を加えないという誓いがあるとは言え、こちらが危険に晒されるかもしれない」


「姫を離しておきましょう。

言っちゃ悪いですが人質です……そうすれば無茶はしませんよ」


ラズリは返事をしなかった。

この方法は、彼女にとって名案ではないのだろう。


「……もう少し様子を見て……。

もう一度、ヨタカに話をする。それでもダメなら実行だ」


「分かりました」


ヘイルは淡々と返事をした。

作戦をジッと聞いていた花火は、机に立て掛けた杖を見つめた。

人にやらせっぱなし……という訳にはいかない。

これは花火の問題でもあるのだから。

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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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