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13場「狂ってしまったらもう二度と元には戻りませんよ」

花火が居なくなって2日経とうとしていた。

ヘイル曰くずっと城にいることに飽きたので街に出てしまった、ということだがどうにも心配だ。

ジェイドは息を吐く。

慣れていないのに一人で街に出るなんて。


「ほんっとーに大丈夫なの?

っていうか護衛なんだから側にいなきゃダメだよね」


「ですから、今は必要な作業をしに城に戻っただけですよ。すぐに彼女の元に戻ります」


ヘイルは面倒そうに顔を顰めた。

その顔は兄のレインに似ていた。

ギョッとしてジェイドは思わず黙る。

泣きそうな表情のまま死んでいた彼を見つけたのはジェイドだ。

あともう少しで異次元の穴の化け物を捕えられたのに、脳の血管が破裂したせいで死んだ。

……レイン。俺がアイツの体調に気づいてやれれば今も生きていたんだろうか……。


「あの?」


「あ、ごめん。

……心配だから花火ちゃんに落ち着いたら顔を出すように言ってね……」


「畏まりました。

……何故そこまで気にかけるのですか?」


「何故?ってそりゃ一応俺が面倒見なきゃいけない立場なんだし、それに足が動かないんだから心配だよ……」


ジェイドの言葉にヘイルは目をすがめた。


「ああ……あんまりお姉様に似てないと思っていましたけど……そんなことはありませんね」


「え? そう? よく似てないって言われるけど」


年の離れた姉は昔から女王様気質で、あれやれこれやれとジェイドによく命令してきた。今も何に使うんだか知らないが、呪いの解き方だの魔法を制御する方法だのを調べるように命令してきている。

それにしても女王様気質が本当に女王になるとは思わなかった。予定ではあるが。


「お姉様よりあなたの方が魔法のセンスがあったんですよね」


「いや、どうかな……」


単にジェイドの方が早くに魔法の勉強をしていただけだ。ラズリが学び出したのはジェイドが勉強を始めてしばらくしてからだった。

幼い頃から勉強していた方が有利なこの世界で、研究者から王子の婚約者になった彼女の存在は異例と言える。


「血族間でも魔法のセンスが分かれることは多いです」


彼の言葉はラズリとジェイドのことではなく、レインとヘイルのことを言っている。

ジェイドはそれに気が付いた。


「……君はあまり魔法が」


「そうですね。一つ、得意なのがあるだけで他はあまり使えません」


「そう」


それなのに姫から直接声を掛けられ直属の護衛となるなんて。相当に努力したのだろう。


「……レインは君が護衛になれて誇らしいだろうね」


「どうでしょう?

それより兄の研究のことですが……」


ヘイルが何か言おうとした。

しかし「あ! ヘイル」という祭の呼び声に掻き消される。


「花火は? 戻らないの?」


「……ええ。暫くはそのつもりは無いそうです」


「本当に無事なんでしょうね」


「何を心配しているんですか? 無事も何も、単なる息抜きです……。

会おうと思えば会えますよ」


「ひとまず信じておくけど……。

……なら、やっぱり嫌なのかな」


「やっぱりって?」


ジェイドはその言葉に不安を感じた。

もしかして花火はここの暮らしが嫌だったのか。無理をさせていたのだろうか。


「昔から私と……気が合わないし。

比べてくる人が多いから」


「比べる?」


「まー、己のことながら妹とは正反対の気質だと思うよ。

よく花火は私は主役で、花火は脇役って言ってくる。……ある意味当たってるかもねえ」


僅かに祭の表情が陰る。嫌な思いをしてきたのだろう。

そしてそういった経験はジェイドもしてきた。

ラズリは美人で力強いのでよく目立つ。姉を見習って豪胆になれと何度言われたことか。

この経験は……恐らくヘイルもあるだろう。いや、ヘイルには無くともレインにはあった。

「アイツは女遊びが激しいからな……」と寂しげに語るレインの横顔を思い出す。彼は弟とは対照的に女性が苦手だった。


「離れているのは良いかもしれませんね」


「……かもね。

でも心配だよ。そもそもここにいなきゃ足治せないじゃん。

息抜きしたら戻って来てって伝えて。私は……なんだったら暫くはこっちに来ないからさ」


ヘイルは返事をしなかった。緑色の目を細めて微かに笑う。


「何?」


「いえ、別に」


「……そ。

ああ、そういえば伝言があったんだ。なんか妹さん達が来てるらしいよ?」


「え? 何故かは聞いておられますか?」


「仕事を紹介してほしいとかなんとか。

詳しくは聞いてない」


「ああ……そうですか。

すみません、失礼しますね」


「はーい」


ヘイルは美しい礼をして2人の元から去って行く。

その後ろ姿に祭は溜め息をついた。


「なんであんなのが良いのかな」


「なんの話?」


「花火の話……。

……っていうかあの人妹が2人もいたんだねー」


「あー。らしいね。

所構わず喧嘩する問題児の2人って聞いてたけどどうだった?」


ジェイドはよく、頭を抱えるレインの姿を見ていた。

なんでも仲の悪い年子の姉妹で、くだらないことですぐに喧嘩をする癖にずっと一緒にいるらしい。喧嘩するほど仲がいいというやつだろうか?


「喧嘩? いやそんな。大人しそうな子達だったよ。

ちょっとボンヤリした感じの……」


「あれ? そうなんだ……」


流石に城では大人しくしていたのだろうか。それとも長兄の死で沈んでいるのか……。

あの2人の妹達が大人しいというのは想像出来なかったが、思えば葬式でもレインの残された家族であるヘイルと妹たちはほとんど口を開かなかった。

ヘイルも表情が硬いままだし、兄の死はきょうだいに暗い影を落としているに違いない。今の自分のように。


レインのことを考えていると、祭が明るい声を出す。


「姉妹なんて仲良いフリして陰でやり合ってるもんだよ。

その二人も私っていう知らない人の前だから大人しくしてただけじゃない?」


「……それはそうかもね」


姉弟もそうだ、隙あらばやり合っているのが常。ジェイドは姉のことを思い出し深く重く息を吐いた。

あれの無理難題を解決しなきゃいけないのだった。


*


ユッカは自室の扉を少し開けそっと廊下を覗き込んだ。

近くにいるのは護衛と……ヘイルが歩いて来る。


「ブルーストームさん」


「……姫? どうかされましたか?」


「いえ。あの……」


ユッカが言葉を続けられないでいると彼は少し屈んで彼女の瞳を覗き込んだ。


「眠れないのですね」


恐らく彼女の薄い皮膚に浮かぶ、青黒い隈を見つめているのだろう。ユッカは俯いた。眩い金の髪が流れる。


「……そう。

ヨタカの姿を見かけなくて……どこに行ったか分かりますか?」


「いえ。私も探しています」


「どうしよう。何か、嫌な感じがする……」


彼女は拳をぎゅっと握った。

ユッカの手は華奢だが手のひらには厚いマメがあり、爪は深爪気味だ。働く者の手をしている。

城の者からは何度も爪を伸ばして整えるよう進言されているが、どうも爪が長いことに慣れないユッカは勝手に切っている。


「嫌な感じですか?」


「はあ……なんというか……」


落ち着かない感じがする。

この城に来てから落ち着くことは無かったが、城のざわめきとは違う。ピリピリとした感じ。

あの人が……花火が来てからだ。

あの人の身に何か起こっているとしか思えない。


「何かからそう感じるのに……その何かが分からない」


「勘がいいのですね。

でも大丈夫ですよ。ヨタカ様はあなたのことを第一に考えています。

姿は見えずとも、今もあなたを想って……」


ヘイルの手がユッカの肩に伸びる。だがその手が彼女に触れることはなかった。


「……ブルーストームさん?」


「少し休まれたらどうですか?

不安なら私が側にいます。護衛が内外にいたら安心でしょう?」


「そうだね」


ヘイルに先導され彼女は部屋にある柔らかなソファに身を預けた。


「しっかり寝て、休んでください」


「うん……」


ヘイルは肌触りの良い毛布をユッカに掛けた。


「そういえば……ずっと気になってたんだけど」


「はい」


白魚のような指が窓の外を指差す。

そこには真っ白な、四角い建物が建っていた。


「あの建物なんだ?」


「療養所です。第一夫人がおられますよ」


「……ああ。

こんな近くにいんのか……ひでえな」


第一夫人はアベリアの母親だ。

体を壊して療養所にいると、ユッカも聞いていたがまさかこんな近くにいるとは思わなかった。


第一夫人が病気になった原因は、ユッカの母親そしてユッカとフクシアしかあり得ないだろう。

自分の夫が田舎娘と浮気して子をもうけて、その子をアベリア王子押し退けて後継者にしようとしたのだから。


「遠くに行かせてやりゃいいのに、可哀想に。

あんな所に閉じ込めてたら治るものも治らない」


「狂ってしまったらもう二度と元には戻りませんよ」


ヘイルの冷たい言葉にユッカはギョッとした。


「そんな。ここには良い医者が、いるんだろ」


「……姫様……。思考のクセというのがあるんですよ……。

狂ってしまったらその狂ったクセが抜けないのです。一度癖付くと取るのは難しい」


彼は淡々と言葉を続ける。


「死が一番の治療であり救いなのですよ。

だから第一夫人は自殺を繰り返す」


ユッカは何か言いたかった……が、言葉が浮かばない。

彼女は死ぬことを恐れている。死というのは生命に漠然と漂う、逃れようのない恐怖だと思っていた。

世の中にはそれが救いだという人もいるのか。


「……それでもおれは死にたくねえな……」


「また訛ってますよ」


ヘイルは手近な椅子を寄せてソファの横に座る。

冷えた顔をユッカは見上げる。


「良いだろ、もう……。取り繕う相手もいない」


彼女は投げやりかつ軽やかに答える。

話題が第一夫人から逸れて助かった、という気分だった。彼女への罪悪感はきょうだい共に強く存在している。


「それもそうですが。

練習されるんじゃないのですか」


「そうなんだけどな。

……あんたに直接声を掛けたからかさ、知らない女からよく嫌味言われンだよ。田舎者って……それ言われないようにしてえんだ。

なあ、あんた相当遊んでるな」


彼は足を組んでユッカを見下ろした。


「誘われたら乗るだけですよ」


「あの人もそうなの? ……花火さんも……」


「まさか。遊びなんかじゃありません」


ヘイルの焦った声にユッカはホッとした。


「そう思われていたのは心外です」


憮然とした声に彼女はフフフと笑う。


「なら良かった。あんた美人だからなあ。

でもそんな顔してると変なのにも絡まれる?」


「特には。

あなたの方が大変じゃありませんか?」


ああ。ユッカは頷く。


「まあ、多少。でも力無い奴そういう目に遭いやすいから対策はしてる。

おれンところは住んでる人皆で同じ部屋で寝るんだけど。

……女の寝床に入って、寝てる女の体に触るような奴がたまにいる。ホント、たまにだけどな」


ユッカが念押しするようにヘイルを見ると彼は神妙な面持ちで頷いた。


「だから女は絶対ナイフ持ってんだよ。んで、自分の服の中に指が入って来たんらソレ切り落とす。

心を守るためのことだ、その場合だけ、人を傷つけても許される。

そうやって指切り落とされた男は誰も庇わない。最悪集団から追い出す。

指無え奴はそういうんだって分かってっから他の集団も助けねえよ。だから食いモンありつけなくなって大抵冬にみんな死ぬ」


「指を……」


「触るような奴はな。盗みもおんなじ。

人の何か……物とか尊厳を奪う奴は指だ。

襲う奴はダメだ。指じゃ済まされねえ。

足だよ。足の腱にナイフ突き立てて歩けなくする。それでポイだ」


ユッカは手振りで何かを投げ捨てる動作をする。毛布がバサっと音を立てた。


「前におれの近所にいた女は襲われたって言って男の足にナイフ突き立てたんだけどな、興奮してたせいで太ももに刺しちまった。太い血管があるからなあ、そのまま死んじまったよ。

自分の欲や感情を抑えられない奴はダメだ。そういうンは惨めに死ぬんだよ」


そう言って彼女は大きく息を吐いた。

自分は伯母の教え通り、欲を抑えられている人間だと思っているがどうなのだろう……。


「自分の欲を抑える……ね。

あまり得意じゃないかもしれません」


「ならいつか返ってくる」


小さな呟きにヘイルからの返事は無かった。


「そろそろ休まれたらどうですか?」


「ん……」


指摘された途端にユッカは眠たくなった。意識がボンヤリと沼に沈んでいくような感覚。


まどろみの中彼女はヘイルが竜に似ていると思った。

幼い時に一度だけ見た、醜く恐ろしく狡猾な竜。

どこが似ているのだろう……ユッカは思考を巡らせるが思いつかなかった。

……そもそも何故自分はそんな人に護衛になるように頼んだのか。それすら思いつかなかった。


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★★個人サイトでも小説投稿しています★★ 小説家になろうには掲載していないものもあるのでぜひ〜
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