01 戦いたくないけどゴブリンと戦う
「ちょっと~? ゴブリンが馬車を襲ってるんだから助けてあげなさいよ~」
四、五歳ぐらいの水色の髪をした幼女は、前方を指差しながら、2メートルはあるリスの背で毛を引っ張る。
「え……何で俺が……怪我するかもしれないじゃないか!?」
幼女の問いに、デカくて尻尾の二本あるリスは、図体の割には臆病な事を言い出した。
「はあ!? ヒロに怪我を負わせられるのなんて、伝説級の魔物しかいないわよ。前にも言ったよね? ちゃっちゃと助けなさい!」
「それならサイコが助けたらいいんだ。女神なんだから義務だろ!!」
二人が口喧嘩していると馬車はゴブリンに横倒しにされてしまい、悲鳴が聞こえて来た。
「フフン。子供が乗っているみたいね」
サイコと呼ばれた幼女は、勝ち誇ったようにリスの背中から飛び降りる。
「ヒロは子供が困ってる姿を見るのは、ほっとけないもんね~?」
「うぅぅ……行けばいいんだろ!!」
サイコの嫌みな顔に、ヒロと呼ばれた巨大リスは覚悟を決めて走り出した。
「手加減、忘れるんじゃないわよ~」
四つ足で走るヒロには、サイコの声はすでに聞こえていない。一心不乱にゴブリンに突撃する。
サイコの言う通り、伝説級の魔物ぐらいしかヒロを傷付けられないのなら、弱いわけがない。当然スピードもトップクラスなので、あっと言う間にゴブリン達の前に立っていた。
そして決着もあっと言う間。
ヒロは尻尾で叩き潰し、薙ぎ払い、それだけで終わらずに炎を吐いて、ゴブリンの群れを無力化。馬車を残して辺りは焦土と化した……
「ストップ! スト~~~ップ!! もう敵はいないわよ!!」
サイコの大声を聞いて、「ハッ」として我に返るヒロ。目をつぶって戦っていたらしく、自分のやらかした惨状を見て、いまさらあわあわしている。
地は割れ、草木は焼け焦げているのだから、走って追い付いて来たサイコも呆れている。
「いい加減、自分の強さを自覚しなさいよ~」
手を広げてため息を吐くサイコに、ヒロはぐうの音も出ないようだ。
そんな中、辺りからゴブリンの声が聞こえなくなったと気付いた少年が、倒れた馬車の扉から恐る恐る顔を出した。
「ダメだ! まだ魔物が居る!!」
そして、馬車の中に居る子供に伝えてすぐに頭を引っ込めた。
「あははは。魔物だって~」
「うぅぅ……サイコがこんな体にしたんだろ~」
笑うサイコに、ヒロはいじけて地面に「の」の字を書き出した。
「も~う。その事は謝ったでしょ? それより、子供たちに安全だと教えてあげるから手伝ってよ」
子供を出されると弱いヒロは、尻尾にサイコを乗せて、倒れた馬車にゆっくりと持ち上げる。
「んしょ。お~い?」
そして横倒しの馬車に登ったサイコは、ノックして子供たちに呼び掛ける。すると、窓から覗く少年と目が合った。
「もう大丈夫よ。いま、リスに言って、馬車を元の位置に戻してあげるから、怪我しないようにしておいてね」
少年は半信半疑であるが、自分より小さい女の子の顔を見て、コクリと頷いた。なのでサイコはヒロの頭に飛び移り、ゆっくりと傾けるように指示を出す。
「オーライ、オーライ……よし! もういいわよ~」
ズシンと車輪が地に着くと、少年が窓から覗いていたので、サイコはもう大丈夫と言って馬車から降りて来るように勧める。
少年はどうしたものかと思いながらも、一人で馬車から飛び降りた。
「え、えっと……助けてくれたの?」
少年の言葉に、ヒロの頭に乗ったサイコは、胸を張って説明する。
「そうよ! このわたしが、君たちを助けたのよ! 感謝しなさい! そして七代崇め奉りなさ~い!!」
威張るサイコを見て、少年はなんと言っていいかわからずにポカンとしている。そんな顔を見たヒロは、少年を助けようとする。
「あ~。こいつの事は気にしなくていいよ」
「リスが喋った!?」
「喋る魔物は初めてか? けっこう居るから、俺の事も気にするな」
「でも……」
「ちょっと~? いつになったらわたしを崇めてくれるのよ~」
サイコは一向に崇めてくれないので、ヒロの背中を滑り降りる。
「お前は何もしてないだろ? 助けたのは俺だ」
「わたしが助けろって言ったんだから、わたしの手柄よ!」
「何もしてない奴の手柄なわけないだろ!」
ヒロとサイコは喧嘩を始め、少年がオロオロしていると、馬車から子供たちが降りて来る。
「「「リスさんだ~!」」」
「おい! お前たち!!」
少年が止めるが、子供たちはヒロに抱きついてしまった。
「うが~! わたしが助けたって言ったでしょ~!!」
「ふふん。子供というのは、本能から頼りになる人がわかるもんなんだよ」
地団駄を踏むサイコを、ヒロは勝ち誇った顔で見るが、子供は正直だ。
「「「モフモフ~」」」
「プッ……毛並みに埋もれてるだけじゃない」
「そんな~」
そうして毛並みを堪能した子供たちは安心したのか、お腹を鳴らしてサイコとヒロに潤んだ目を送る。
「お腹がすいてるのね! わたしに任せなさい! ヒロ、出してあげなさい!!」
「だから、俺の手柄を取ろうとするな!」
サイコの態度にブーブー言っていたヒロであったが、子供たちの腹をすかせた顔を見ていられないのか、素直に食事を取り出す。
「「「ええぇぇ……」」」
子供たち、ドン引き。それは何故か……
ヒロが大口を開けて手を突っ込み、布やパン、湯気の上がった鍋を取り出したからだ。口から出てきた食べ物を見て、バッチイ物だと子供たちは受け取ったのだ。
事実は、ヒロの頬袋は特別製。【アイテムボックス】になっているので、見た目はアレだけど汚いわけではない。入れる時と出す時が若干アレなだけで、便利な頬袋なのだ。
「さあ、お食べ~」
「「「う、うん……」」」
引かれている事に気付かず笑顔で勧めるヒロに、子供たちは何か言いたげに食事に手を伸ばすのであった。
取り出した姿はアレだけど、パンとスープは美味しかったようで、子供たちはパクパク食べ、ヒロとサイコも負けじとバクバク食べていた。
そうしてお腹が落ち着くと子供たちは船を漕ぎ出したので、一番年長である少年が馬車の中へ連れて行く。
皆が眠ると、少年はヒロとサイコの前に戻って礼を述べる。
「助けてくれただけでなく、美味しい食事まで食べさせてくれて、ありがとうございました!」
「女神として当然の事をしたまでよ~」
「だからサイコは何もしてないだろ!」
「なによ!」
また二人は喧嘩に勃発しかけたが、少年が割って入って止めていた。喋り方といい、意外と大人な少年だ。
「あの……ずっと女神と言ってますが、あなたたちは何者ですか?」
助けられたからか、かしこまった口調に変わった少年に、サイコは堂々と答える。
「自己紹介がまだだったわね。わたしはこの世界を作った女神、サイ……うんだらこうだら、ふんだらこうだら……」
「あ~。こいつの名前は長いから、サイコと呼んでおくといいよ。俺はヒロな。よろしく」
「はあ……僕は町長の息子、ヨハンです」
「それで、どうしてこんな所に子供たちだけでいるんだ?」
サイコの長い自己紹介が続く中、ヒロはヨハンに何があったか問いただす。
ヨハンの暮らす辺境にある小さな町は、毎年決まった量の酒を近くの山にお供えしていたらしい。だが、農民や作り手が王都に駆り出されていて満足な量が作れず、その酒も王都に送ってしまったので、奉納できなかったとのこと。
すると、怒った魔物が押し寄せた。ただし、貢ぎ物の酒を用意すれば襲わないと約束してくれたので、一安心となる。
だが、町にそれほど多くの酒は無く、あるだけ出して、次回までに用意すると言って引き延ばそうとしたそうだ。
魔物も作り手がいなければ酒が手に入らないからか、その要求には応えたのだが、酒が手に入らなければ町を滅ぼすと言って、去って行ったらしい。
しかし期日が迫っても魔物の要求した量の酒は半分しか用意できず、悩んだ結果、町長はこの量で交渉する事に決めた。
もしもそれで納得してもらえないのならば戦うつもりなので、子供たちだけは逃がしておこうと考えて、馬を操れる町長の息子のヨハンに頼んだようだ。
その避難中、運悪くゴブリンの群れに襲われていたところを、ヒロに助けられたのであった。
「うんたらかんたら、コールシスカよ!」
と、ヨハンの説明が終わったところで、サイコの長い自己紹介も終わったようだ。
「ふ~ん……大変そうだな~」
「ちょ、なんの話をしてるのよ!」
そして二度手間。ヨハンはまた同じ話をして、疲れた顔になっていた。
「なるほどね~。じゃあ、ヒロが助けてあげたらいいじゃない?」
「なんで俺が……」
「たしかあの山なら、キングネズミが居るわよ。目的の十二支なんだから、不名誉な称号も外れるはずよ」
「十二支は、四匹だけ倒せばいいんだろ? 無駄に怖い思いしたくない!」
「あんたね~。困ってる人が居るんだから、ちょっとは勇気出しなさいよ! だからいつまで立っても親の【すねかじり】なのよ!!」
「そんなこと言うなら、もう協力しないぞ!!」
またしても大きなリスと小さな幼女は口喧嘩を始め、子供のヨハンに止められていた。
「いったい二人は何者で、どういう関係なのですか?」
「言いたくない!」
「こいつはね~」
ヨハンの質問に、ヒロは拒否するが、サイコはペラペラと喋るのであった。
『アイムキャット❕❕❓』
好評……かどうかわかりませんが連載中!!