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 桜の季節になっても、私は彼といろいろな話をした。上着が要らなくなっても、私と彼との間に何かを挟まない話にはならなかった。

 私と彼との距離はそれでも着実に縮まっていた。


 5月上旬、桜も見えなくなったとある日の午後に彼は私を呼び出した。

 珍しく図書館の外のベンチで私は彼と話すことになった。なんだかもう夏を感じるくらいの気温で、お互いに半袖のTシャツを着ていた私たちの雰囲気は異常に浮ついていた。

 初めて話したときと同じ、少しだけの違和感を覚えた。それは確実に違和感だった。

 彼は私に愛していると言った。恥ずかしそうに笑いながらそういった。笑っているくせに、その彼の瞳は私を捕えていなかった。俯いた彼は、まるで諦めているように見えた。

 私は彼に、愛していると言われた。そこまで彼のことを観察してやっと実感がわいた。

 何を、企んでいるのだろう。

 今までの彼の善意がすべて計画されたものに見えかけて、瞬きをする。遮断するように、2回。訝しげに眉をひそめていたのだろう、彼は私の顔をじっと見て口を開いた。

「そんな顔しないで」

 そんな顔、とはどんな顔だろうか。どんな表情だと捉えられたのだろうか。私をやっとまっすぐに見た彼の今の言葉と不信感だけは受け止められる気がした。


 逃げるように家に帰った。吐き気はしない代わりに涙が出た。

 彼のことを一瞬、不審に思った私が汚く思えた。けれどベッドに体を沈める私でさえ、彼はおかしく見えた。

 私のどこが好きなのだろう。

 何も知らないわけではない。一部でも私を知った彼は、どうして私を好きになったのだろう。その一部で私にそこまで深い感情を抱いたのか。

 何を知った気になったのか。もしかして今までずっと隠せていたこれを、彼は見透かしてしまったのではないか。私を救うために優しさで手を差し伸べてきているのではないだろうか。

 彼は、何を考えているのだろう。

 恐ろしいと思ってしまいそうになって、彼の今までを思い出す。知らず知らずのうちに触れてしまったそれは私を理不尽に襲う。

 彼はどうしてほしいのだろう。

 彼はそこまで私への想いを募らせて、どうしてしまったのだろう。いや、おかしくないのか。でも私は私のことをそこまで想われる人間だと思えない。どうして彼みたいにひたむきにただ優しい人がどうして。

 彼は何を考えているのか、想像することしか私にはできない。

 


 翌日は図書館に行かず、部屋に籠った。眠るように思考の底に落ちていた。その間の私にはまるで意識がなかったように思える。生理的欲求すらほとんど感じられなかった。その日に口にしたのは飴1つだけだった。飲み込むことはできなかったけれど、それは長い間口の中にあった。

 ずっと飲み込んだ時のことを考えながらその感覚を噛みしめていた。



 次の日、土砂降りの外を見て意を決し、図書館に向かった。晴れの日には彼に会いたくなかった。それまでの彼とそれ以降の彼を分けることで受け止めようとした。告白されるまでの私と告白されてからの私を分けたとしても、受け入れることはできなかった。

 彼に声をかけて、よく籠っていた個室に連れ出した私は彼の言葉を遮るように問いかけた。

「私とどうなりたいんですか」

 私をどうしたいのか、どうするつもりなのか。それを問い詰めてやらないと気が済まなかった。

「どうしたいとかどうなりたいとか、そんなことは思ってないよ。伝えたかったし伝えるべきだと思ったから伝えた」

「それで関係が切れることを想定しなかったんですか」

「そこまでは考えなかったよ」

「考えなかったってことは」

 関係がなくなってもいい、伝えることを優先したということだ。

「返答はなくてもいい。認識されたかったんだ」

「勝手ですね」

 受け入れられたかもしれない未来を想像できるように、少しずつ彼を知ってしまったせいで今の私はこんなにも苦しい。

 息苦しさを感じる。その中に薄っすらと欲を感じる。

「そう、だね。ごめんね」

「私にはわかりません」

 私にはそんな感情を飲み込むことはできない。理解もできない。想像できるとしても、それはきっといつか読んだ小説を思い出しているに過ぎない。

 そうして心を動かしているようなフリをしているに過ぎない。

 私は彼の表情も声音も見ることができない。判断ができない、認識しようと気が働かない。だって私は私の中のことで精いっぱいだからそんな余力は残っていない。

「追い詰めちゃったかもしれないね。言ってたように僕は勝手だ、ごめんね」

彼の愛情は、私にとってきっと美味しい物だろう。きっと飲み込み方を知っていたなら何度も食べたくなるような味だっただろう。けれどそれより小さなものでさえ飲み込めない私にそれを想像させてどうしろと言うのだ。

 彼の感情は疑い深い私と違ってまっすぐだった。それは今までに彼とか関わることで沢山知ったことだった。いや、想像させられたことだった。

「謝らないでください」

 確かに私は追い詰められている。今まで目を背けていたことを見ないと彼の言葉には何も返せない。断ることすらできない。

 意味を理解する、自分に当てはめて考える段階すら私は超えられない。

 私は貴方の愛が飲み込めない。貴方の感情すら、飲み込めない。

「嬉しかったんです、悲しくなかったんです。気持ち悪くなかったんです、それなのに私は貴方の愛が受け入れられない。受け止められない、理解ができない。共感できない。貴方を見て傷つくことが、いや寄りそうことすら不可能だ」

 それがどれくらい貴方を傷つけるのか、それでどれくらい私が傷つくのか、それを今の私は量れない。

 訳も分からず、どうしてと彼に訴えようとした時ノックの音がした。

「葵くん、サボってないで手伝ってくれる?」

 他人の声に肩が跳ね上がった。

「……はい、今から行きます」

 彼が出て行った瞬間、私は崩れ落ちた。



 それから1週間後、再び図書館に行ったときには彼はいなかった。

 市の役員として復帰したわけでもないらしかった。

 図書館司書の向井さんの隣には、新しい図書館司書の女性が座っていた。



中編恋愛小説、突発的なものでしたがここまでお付き合いいただきありがとうございました。

閲覧、ブクマ、評価ありがとうございます。感想はこれから後日談でもひっそり書きながらお返事させていただきます。


よかったら感想・評価等よろしくお願いします。


∇内容的なあとがき


人から向けられる感情を口に入れるのと飲み込むのとは、また別だと思うのです。

彼女は今まで少しずつしか知らず、彼と接しその多くを知った。

けれどそうだとして、受け入れられるのとはきっとまた別の話で

次の話だと思うのです。

自己嫌悪感が募ると周りも嫌になるように、彼女もそうだとして書きました。

私にもこんな時期があったのですけど、高校中学を過ぎた後のこれはきっと

もっと拗らせてしまっていて難しいのだと思います。

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