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2月になる頃に私は自然に彼と挨拶をするようになり、2月の中旬には他愛無い世間話をするようになった。私はそれまでと大きく変わるその変化に何も疑問を抱かなかった。彼が抱かせないようにしたのだと少しして悟った。
その頃に彼から、市の元役員で事情があって図書館司書の補佐をしているのだと聞いた。
「だから僕は図書館司書ではないんです」
と彼は笑った。それは今まで見てきたどの表情よりも苦しそうに見えた。
「この図書館はずっと新しい図書館司書を募集しているんですけどね。募集の仕方が悪いのかなぁ、それとも田舎だからか、僕がまだ働かせてもらえてるんですよ」
そう続けた彼の事情に私は踏み込みたくなってしまった。
その次の日の夕方、私は彼と一緒に外のベンチで話をした。彼に私は大学を休学している身であることを話した。ついでに、あまり他人が得意ではないことも話した。彼はそれを聞くと、実は受付をしていただけの時から薄々気づいていたと言った。じゃあ何故私に声をかけたのかと聞くと、その時に読んでいた本のせいだと笑った。
翌日、いつものように図書館に行くと彼はいなかった。珍しいと思ってきょろきょろとしていると、図書館司書の女性に声をかけられた。
「葵くんは今日、病院でいないよ。夕方、いつも通りだと顔を出すんじゃないかな」
「病気、なんですか?」
「前の職場を鬱病で辞めてるようなものだから、付き合ってるんじゃないの?」
あんなに一緒に居るのに、と言われ眩暈がした。
そんなに一緒に居たかなと思った。
夕方、彼はあの女性が言っていたように図書館に顔を出した。あの会話の後、彼のお陰で他人と少しでも話せたと捉える私と聞いてしまった罪悪感で怯える私の間で、私はずっと揺さぶられていた。どうしても聞いてないふりができなくて、彼に声をかけた。
まだ寒い風が責め立てるように吹いていた。
向井さんはちょっと厳しい人だから、事情を聴いた彼はそう私に言った。何でもないようにそう言った。
「ちょっと神経質になっちゃって」
顔が見えない彼のその言葉に、何を返せばいいかわからなくなった。
それから桜が咲く時期になるまで、私たちはまるで話したくないことを隠すように色んな話をした。本の内容の話もした。感想を言いあったりもした。
顔色が明るくなったと父親に言われた。暗かったことを知っていたのだと気づいて、自室で泣いた。
一人だと思っていた。
次話は11月9日20時にUP予定です。