②
「完全に動きを封じていたはず……! 何故いきなり強くなったんじゃ!?」
「分からないわ!! それよりも王が……ああっ!!」
ざしゅり、と魔女から伸びてきた泥の槍がカレンの腹部を貫く。オセロットが即座に槍を折り、カレンの体を抱えてさらに距離を取るが──それを追従するように泥の竹林が墓地に生い茂る。地面から次々と飛び出してくる泥の槍にオセロットは冷や汗を流しながら必死に石畳の上を駆けていく。
「魔女如きが調子に乗るものではありませんよ」
燕尾服の下に着ている白いシャツを血で染め上げながらもプライドは仕込み杖を片手に泥の竹林を飛び石の容量で伝っていき、もはや泥の山と称すべき様相となってしまった魔女へ向かう。
そんなプライドに魔女は気付き、濁流のような雄叫びを上げながら空に展開している泥色の魔法陣をより一層煌めかせ──プライドに一点集中した、泥の滝を降らせた。
「ヌ、うゥッ!!」
粘着性を持たせた水の塊に圧し潰されてプライドの体が泥の地面に落ちる。プライド、とオセロットが遠くから叫ぶがそれさえも泥の滝の立てる轟音に呑まれてしまう。
がふ、と泥が口内に入って来てプライドは咳き込む。ずぶりずぶりと空から降り注いでくる濁流と体重とで体が沈んでいくのを感じながらプライドはぎろりと魔女を睨み上げる。だが魔女は、悼むだけであった。
「ドどどどウウウうウウかか、やすララらヤスやスらかなナナ眠、ねむリリりり」
魔女は、悼む。
ただ悼む。ひたすら悼む。
泥のような涙を流しながら、ただ悼む。
その姿にプライドが歯を食い縛るのと──不協和音が濁流の轟音に呑まれることなく不穏に響いたのは、同時であった。
「■■」
がじゃん、がじゃん、がじゃんと耳障りな音を立てて紫色の魔法陣に彩られた墓石や石畳がプライドの上に積み上がる。それにプライドが目を見張る間もなく、またもや不協和音が響いてプライドの体が紫色の魔法陣に包まれる。
「ヌッ!!」
「なんてみすぼらしくて無様な格好ですこと。老人ホームに入所して隠居することをお勧めしますわ、ご老人」
体が浮き、引き摺られるような感覚とともに魔女から遠く離れた石畳の上に引き寄せられ落ちたプライドは頭上から降ってきたその嘲りに目を鋭くして顔を上げる。
そこには〝大学生の魔女〟改め〝言葉の魔女〟──葉月言継が嘲笑を浮かべながら立っていた。傍には伝継もおり、プライドと同様に泥の中から引き寄せられたのか、王もぐったりと石畳の上に倒れていた。
「──何をしに来たのです、魔女」
「まあ。わたくしに対する第一声はそれでよろしくて?」
言継はプライドの不躾な一声にころころと嗤い、大人しくそこで跪いているよう申し付けてから伝継とともに前へ出た。
「本体を引き摺り出す必要がありますわね。お兄様、撃ち続けてくださいませ」
「分かった」
「■■」
言継が伝継の手にしているショットガンをなぞりながら不協和音を口にすると紫色の魔法陣がショットガンを彩り、輝き出す。それを伝継は構えて魔女に照準を合わせ──引き鉄を引いた。
がうんっと大砲が撃たれたのかと思うほどの銃声が空気を震わせながら轟き、墓地の中央部を陣取っている泥の山が爆ぜた。間を空けず伝継は再度、ショットガンをぶっ放す。
がうんっ、がうんっと続く爆音のような銃声に伴って泥の山がどんどん崩れていく。おまけに言継が定期的に銃弾の補充を不協和音で行うものだから途切れることがない。
そうして伝継のショットガンが幾度目になるか分からぬ爆音を轟かせたあと──機は熟したとばかりに言継が手のひらを閃かせて不協和音を口にする。
「■■」
崩れた泥の山からわずかに見える、魔女の──かろうじて残っている人間の体を言継の展開した魔法陣から飛び出してきた黄金の鎖が絡め取る。そのままの勢いで泥の中から魔女の体を引き摺り出した言継は自分の目の前にまで引き寄せた。
べちゃりと、言継の目の前に死体が転がる。いや──死体よりもひどい有様である。熔鉄を流し込まれた魔女の体は焼け爛れて穴という穴が鉄で塞がれている。その上、四肢は元の形状が分からぬほどに崩れ落ちているし、四肢の付け根には釘が突き刺さっていてとても痛々しい姿であった。
けれどそれを見下ろしながら言継はやはり、嗤う。
「■■」
「!! ──貴様ッ!!」
「下がっていてください、ラストリアル副長」
言継の口にしたそれに何をするつもりなのか察したプライドは怒りを顔に滲ませていきり立つが、それを伝継がショットガンで牽制する。プライドが蛇のような目で伝継を睨み据えるが──伝継に譲る気はないようで、妹を守るように言継とプライドの間に立つ。
そうしている間に夕陽色の魔法陣が夕陽色の槍となって〝図書館の魔女〟や〝十字架の魔女〟の時と同じく──〝墓場の魔女〟の体を貫いて、言継の胸をも貫いた。
「がふっ……ごふっ、げふっ」
言継の口元からこぼりと血が零れ落ちて伝継が顔色を変えて大丈夫かと声を掛けるが、言継はそれを嘲笑って一蹴し──そのまま夕陽色の槍を全て、体内に収めた。
継承は、成った。
「貴様……!! 魔女の力を集めて一体どうするつもりなのです?」
「けほっ……かふっ、けふっ……わたくしが何を言ったところで貴方のたくましい想像力には勝てませんわ」
言継はそう言って嗤うと口元の血を拭い、眼前に朧げに浮かび上がってきた〝墓場の魔女〟──アデリア・マリオロットを見据える。生前の、墓を花畑で彩りながら死者や訪問者たちを悼んでいたという心優しき女性──その姿を。
「アデリアさん……!?」
薄桜色のアデリア・マリオロットの姿にそれまで展開を見守っていたオセロットが驚愕の声を上げる。魔女が魔女の力を継承した、それだけでも驚きだというのにこの展開は何なのだ、とオセロットの目が困惑に揺れていた。
〈──助けてくれてありがとう、〝継承の魔女〟〉
「本当にはた迷惑でしたわ。それで、貴方は何故魔女のまま死ぬなんて無様な結果を迎えましたの?」
〈──気を付けて。何かが動いている。とてもつなく、大きな何かが──〉
「その〝何か〟が知りたいのですけれど。無能だとこと──まあ、よろしくてよ。裏で何かが動いているというのは確実ですのね」
〈──本当にありがとう。もううんざりだった……悼むことに疲れていた……やっと、解放されて嬉しい〉
アデリア・マリオロットの口にした、うんざりだったというその一言にオセロットはぴくりと反応する。オセロットが生前のアデリア・マリオロットと接触した時──彼女は悼むことに全てを捧げているような、とても慎み深く落ち着いた女性の印象を受けていた。その当時の彼女と今の、反吐が出るとでも言いたげに顔を歪めているアデリア・マリオロットの姿はまるで一致しなかった。
〈──ああ、やっと逝ける。本当にありがとう、〝継承の魔女〟──そして、ごめんなさい。貴方ばかりに責苦を背負わせ──……〉
その言葉を最期にアデリア・マリオロットは──〝墓場の魔女〟改め、〝霧雨の魔女〟は逝った。
「…………」
天に昇っていく光の粒子を見上げながら言継は嘲笑を浮かべる──が、その直後言継の肩を銀色に輝く刃が貫いた。
「言継!!」
「──邪魔をするならば葉月、貴方とて容赦はしませんよ」
この魔女は危険です──そう言ってプライドは言継をねめつける。
「プライド!! 何をしちょる!?」
「オセロット──貴方も見ましたでしょう? この魔女は魔女の力を継承することができます。〝十字架の魔女〟に加え〝墓場の魔女〟で五人目──つまり、この魔女の中には六人分の魔女の力が存在するのです」
「……!」
「いくら魔女擁護派の貴方と言えど、この危険性は分かりますでしょう? この魔女は封印しなければならない」
「やめろっ!!」
プライドと言継の間に伝継が割って入り、その拍子にずぼりと言継から仕込み杖が抜けてそのまま地面に尻餅をついた。
「くっ……」
「葉月、妹を守りたいのは理解できます。ですが、魔女は駆逐すべき存在です──特に貴方の妹は危険すぎる」
「いいえ、ラストリアル副長──魔女は──言継は、人間です」
「人間だけれど、駆逐すべきだという意見には同意いたしますわ──お兄様」
どきなさいな、と言継は伝継を退かせてプライドと向き合う。
「このわたくしに傷をつけるという愚行には呆れのため息しか出ませんけれど、魔女は排除すべきだと言う貴方のご意見──心底同意いたしますわよ」
封印には同意しかねますけれど、と続けて言継は嗤う。
「──それはどういう意味ですかな? ワタクシにはこれからも継承し続けるように聞こえましたが?」
「まあ。聴力にご不安がおありなのでしたら耳鼻科に行かれたほうがよろしくてよ。加齢によるものでしょうけれど。──わたくしとて継承は痛いからやりたくありませんわ。封印以外に、魔女を解放する手法を見つけなさいと言っていましてよ」
「愚かなことを。ワタクシとて非道ではありません──封印以外に魔女を排除する方法があればとうに取っておりますよ。魔女がこの世に現れてから二千年──封印するしかないと人類は答えを出しております」
「暴走してしまった魔女は封印するしかない──その結論に人類が至るのは仕方のないことでしょうね。弱く、愚かで惨めな生き物ですもの──けれどご老人? 暴走していない魔女まで封印してしまうことは果たして正解と言えるのかしら?」
根本的な解決に至っていないこと、いくら愚鈍な貴方でも理解できますでしょう?
──そう言って言継は嘲る。心の底から、嘲る。
「…………それでも、魔女の存在はそれだけで罪なのです」
プライドとて、理解はしていた。魔女を封印する──それは決して魔女を消し去ったわけでなく、ただ身動き取れぬようにして遠ざけただけに過ぎない。暴走していない魔女を生前封印したとて、封印された魔女だらけになるだけで決して魔女の数は減らないのだ。
減るのは、言継が魔女の力を自らに継承した時のみ。
「次代へ継承し、悲劇の可能性を残すよりは──今のうちに全て封印してしまった方が余程安全で、安心です」
「ただの現実逃避ですわね」
ぎぃん、と言継の眼前で仕込み杖と言継の展開した魔法陣により生じた防壁がかち合う。
「魔女風情が意見するなどおこがましいですね──そんなことを言って、自分が魔女の力を継承するのを正当化するおつもりですか?」
させませんよ──そう言ってプライドはアイスブルー色の目を憎悪に歪める。
憎悪。それは純然たる、無垢な憎悪であった。
〝魔女〟という存在を心の底から赦さないという深く──昏い憎悪。それを前に言継は、やはり嘲笑しか浮かべない。