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三 【墓場の魔女】


 WHO制圧隊隊長オセロット・ガランガルはくすんだ茶色の髭で覆われた顔を痛ましげに歪めて眼前で蹲るひとりの魔女を眺めていた。

 〝墓場の魔女〟改め──〝霧雨の魔女〟、アデリア・マリオロット。ベルリンの墓地で墓守を勤めている心優しき女性──その成れの果てを前に、オセロットは目を伏せる。


「どうか安ラカに、オ眠りクダさい」

「ドウか、ドうか死出の旅ガ幸多カラんものデありまスようニ」

「安ラかに、安らカニ、ヤスら、カニ」


 霧のような雨が降っている。

 肌に触れても水滴として残りはしない、泡沫のような淡い雨──それが墓地の中心部で蹲っている女性の赤毛をしっとりと濡らしていく。女性は──〝墓場の魔女〟は、まだ人型を保っていた。人間として死してなお、未だ明確な暴走には至っていなかった。

 壊れたレコーダーのように悼みの声を繰り返しながらも──魔女は必死に、魔女を抑えつけていた。

 その様子の痛ましさに、オセロットはただただ唇を噛み締めることしかできない。〝墓場の魔女〟と呼ばれるアデリア・マリオロットは心優しき墓守であった。日々ひとつひとつの墓標に向けて手を組んで悼みを捧げ、墓地に眠る人々やそれを訪れる人々が心安らかであれるようにと、墓地を色鮮やかな花々で彩り管理していることで知られる、心優しき魔女であったのだ。

 けれどそんな魔女も、今や封印するしかない存在となってしまっている。何があったのかオセロットには分からないが、通報を受けて駆け付けた時には既に魔女は死んでいた。人間としての死を迎えていた。人間としての死を迎えてなお、暴走して人々を害することなく──霧雨を降らせながらそこに蹲っている。


「オセロット」


「! ……プライドか」


 背後から呼び掛けられて振り返った先にはオセロットの部下であるプライドとカレン、そして鋭い目つきの若い青年──ウォンウォンという中国人が立っていた。オセロットは苦々しい顔をしながらもプライドたちを迎え入れる。


「──彼女であれば生前封印を快く受け入れてくださったことでしょう。確かに彼女の人間性は魔女にしては珍しく、出来ているものでした。が、だからこそ生前封印の打診を行うべきでしたね──オセロット」

「…………」


 プライドの言葉にオセロットは眉間に皺を寄せて押し黙る。

 プライドが見事な白髪と白鬚を蓄えているためにとてもそうは見えないが──これでもオセロットと年を同じくする。五十歳と、まだ若いのだ。オセロットに比べると目元や口元に刻まれた皺は深く、見事すぎる白髪のせいもあってとても五十には見えないプライドだが──その容姿には理由があった。

 それを知っているからこそ──〝魔女擁護派〟という立場にあり、〝魔女否定派〟であるプライドとは対立する関係にありながらもオセロットはプライドと表立って敵対しようとは思えなかった。


「ここの魔女、優しい人だって評判だったのに残念」

「ええ……彼女の育てる花はとても美しく咲くので視察がてらここを眺めに来るのが好きでした」

「魔女は魔女です。テラー、王──封印の準備を」

「はぁい」「御意」


 暴走してしまった以上、いくら生前がどんなに素晴らしい人格者であろうと封印するしか道はない。人間としての死を迎え、自我が崩壊してしまった魔女に継承は不可能だからである。こうなってしまえば擁護派も否定派も関係ない──封印するしかないのだ。


「ドウ、どう、どウか心、ココろ、こっこコロヤすらかニに、安らカカ、に」


「!」


 霧雨がさらに深くなり、淀み──魔女の周囲を霧が取り囲み出す。ばちゃりとオセロットたちの足が水を蹴り、いつの間にか地面が水を吸ってすっかり泥になってしまっていたことに気付く。


「テラー!!」

「わかってる!!」


 ばうんっ、とカレンの構えたバズーカ砲から大量の鎖が射出されて魔女の体を締め上げ、拘束した。その時点でようやくオセロットたちの存在に気付いたのか、魔女の泥のような眼球がぎょろりとこちらを向く。汚泥のような目からは泥の涙がとめどなく零れ落ちていて、オセロットはそのあまりの悲愴さにぐっと息を呑む。


「ヤスらかに」

「!」


 どぼり、と足が沈んでプライドは表情を変え、即座に飛び上がって墓石の上に立った。オセロットやカレン、王も同様に泥の地面から離れて石畳の上に移動していた。よく見れば泥の地面には見辛いながらも泥色の魔法陣が展開されていて、ずぶりずぶりと墓石や石畳、魔女が生前愛でていた花々さえも呑み込んでいっている。


「〝霧雨〟を司る──そう記録されておりましたが、正確に言えば湿気──といったところでしょうか」


 霧雨がさらに濃くなり、呼吸のし辛さを覚えるほどの湿気に包まれた大気にプライドは蛇のように目を細めた。


「ドウ、かやすラかにおネム、むむ、リ」

「御免被ります」


 ひゅん、とプライドの手から投擲された小ぶりのナイフが魔女の眉間にすとんと刺さる。けれど魔女の泥のように濁った目は額に刺さったナイフを意に介するでもなくただただプライドを見つめている。


「オセロット! テラー! 王!」

「──わかっちょる。すまんのう、アデリアさん」


 プライドに呼び掛けられたオセロットは一度、魔女に向けて十字を切ったあとその恰幅のいい体格に見合った機関銃(ガトリング)を取り出した。対暴走魔女用に開発された特化型の機関銃である。カレンの保有している銃器類も同様に対魔女特化型で、不死しなずの魔女が身動き取れなくすることを目的としたつくりとなっている。

 鎖大砲と呼ばれる、鎖を射出するバズーカ砲もそうであるし──オセロットの使用する機関銃も通常の機関銃とは異なり、弾丸のひとつひとつが釣り針のような鉤爪をいくつも持っている。暴走し変形した魔女の体に引っ掛かって留まり、それが何十何百、何千も連なることによって魔女の動きを阻害するのだ。そうして動きを鈍くした暴走魔女を拘束し、身動き取れぬようにした上で地中深くに埋めたり海底深くに沈めたりするのを〝封印〟と、人々は呼んでいる。


「撃つぞカレン!!」

「ええ!!」


 オセロットが機関銃を、カレンが両手にサブマシンガンを構えてその引き鉄を引いた。世界が弾けたのかと誤認せんばかりの破裂音を響かせて機関銃とサブマシンガンが爆ぜる。魔女の体が大きく仰け反り、泥のような血を飛び散らし肉片をも撒き散らしていく。蜂の巣どころか肉片の一片まで残らぬ勢いの集中砲火であった──が、魔女の泥のような目は銃弾の豪雨を浴びているさなかでも変わらずオセロットたちを見つめていた。


「四肢を縫い止めます」


 そう言って墓石の上から飛び出したプライドに合わせてオセロットとカレンは銃撃を止める。鉛の雨が止んだそこにプライドの体が滑り込み、手に握っていた四本の──腕ほどもある長さの釘をそれぞれ魔女の四肢の付け根に打ち込んだ。

 そのままの勢いで魔女の体を泥に呑み込まれていない石畳にまで吹き飛ばし、袖の下からハンマーを滑らせて手に握り、釘をさらに深く打ち込み縫い止めた。


「王!!」

「はい!!」


 プライドに名を呼ばれずとも既に墓石の上を渡って向かってきていた王がノズルの先端を魔女の口の中に突っ込んだ。王の背にはいつの間にか仰々しい鋼のタンクが二基背負われていて、そこから伸びているホースを王の耐火手袋が握り込んでいる。


「熔鉄注入します!!」


 次の刹那、魔女から鼓膜を劈かんばかりの絶叫が上がり──けれどそれはすぐノズルの奥から流し込まれる熔鉄によって塞がれた。

 赤橙色に熟された熔鉄を体内に流し込まれた魔女は当然激しく抵抗するが、プライドによって四肢に打ち付けられた釘に邪魔されて手足を狂ったようにばたつかせることしかできずにいた。それさえもプライドの仕込み杖によって封じられ、魔女はただただ熔鉄を流し込まれることしかできなかった。


「液体窒素に切り替え!! 噴出します!!」


 あらかた熔鉄を流し込んだと判断してか、王がノズルを魔女の口から引き上げてもう片方のタンクから伸びているホースに手を伸ばし、ノズルの先端を魔女に向けた。同時にプライドが飛び跳ねるようにその場から下がり──あたり一面が、白く染まる。


「魔女沈黙!! ──ガランガル隊長、ラストリアル副長、どう封印しますか?」


 瞬間冷却によって空気さえも凍り付き視界が白く染まったが、ほんの数秒ほどで瓦解するように凍り付いた水蒸気が融けていく。そうしてクリアになった視界に飛び込んできたのは白く凍り付いた墓地と、その中心で凍て付き物言わぬ人形となった魔女──そして耐火服に身を包んだ王の姿であった。


「じき作業員たちが来ます。従来通り魔女を棺に詰めて熔鉄を流し込み封し、そのまま地中海に沈めます」

「…………」


 プライドの淡々とした口調にオセロットが複雑そうに表情を顰め、それに気付いたプライドがねめつけるようにオセロットを見上げた。


「まだ魔女に同情しているのですか? いい加減になさい、オセロット。魔女アレは人間ではない」

「……じゃが、アデリアさんは人々から慕われちょる人じゃった。それはカレンも王も知っちょるじゃろ?」

「……知ってるけど。確かに気狂いが多い魔女の中では珍しく人格者な人だったけど……」

「ですが、魔女です」


 ──それだけで十分。

 そう言い切ったプライドにオセロットはそれ以上言葉を続けることができず、沈痛そうに口を閉ざした。


 ──その、瞬間であった。


「ドうカミなサま安ラカにオ眠りクダさサササさささサさサさささささササササさ」


「うわあっ!!」

「王!!」


 熔鉄を流し込まれ液体窒素で凍らされたはずの魔女が凍り付いた墓地ごと、全てを泥で呑み込んで起き上がった。

 泥色の魔法陣が空に展開され、それまで霧雨であった雨が途端に泥のような豪雨と化す。プライドとオセロット、カレンの三人はずぶりずぶりと呑み込まれていく墓石や石畳の上を移動しながら魔女から距離を取っていくが──魔女の間近にいた王は、魔女に呑み込まれたようでその姿が見えない。


「眠りヲ眠リネむりネムりねむリネムネネネねねネねネ」

「がっ!!」


 泥のつぶてが弾丸となって魔女から爆ぜ、プライドの体を撃ち抜いた。血飛沫を飛び散らしながらプライドは仕込み杖で続けて飛んできた泥のつぶてを弾いていく。その間にも魔女は泥をどんどん吸って肥大化していき、もはや人型さえ保たなくなっていた。


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