③
「この、わたくしを……!!」
血まみれの体を鎖で拘束されてなお、やはり言継は嘲笑を浮かべている。嘲笑を浮かべて、汗の滲んだ顔でプライドを睨み据えている。
「安心なさい、殺しはしませんよ。声帯は潰して言葉を喋れぬようにした上で生きたまま海の底に沈めてさしあげます」
「封印さえしてしまえばその後で死なれても構わない、というわけですわね──なるほど、昨今……国際魔女法に則って登録されている魔女の数が減って……代わりに封印されている魔女の数が増えていて、けれど暴走魔女が現れたというニュースはございませんでした」
そういうことでしたのね。
言継はそう言って、嘲る。
国際魔女法により魔女に人権が認められ、WHOにより魔女が保護されるなどというのは所詮体面を繕っただけにすぎないのだ。結局魔女の人権は認められていないし、WHOは魔女を保護するつもりなぞ一切ない。それどころか魔女がまだ人間として在るうちに封印し続けてきて、国際魔女法により登録されている認定魔女の数は減少の一途を辿っていた。
結局、人間にとって魔女は人間ではなかったのだ。
魔女は、魔女でしかなかった。
仲間外れでしかなかった。
「──全く、どちらが非人道的なのか分からないものですわね」
「害虫や害獣を駆除するのと変わりませんよ」
プライドはアイスブルーの目を仄暗く煌めかせて仕込み杖を構え、言継の首に狙いを定める。
「死なない程度に声帯を潰してさしあげます」
「──……」
言継は、嗤う。
こんな状況だと言うのに──言継はやはり嗤う。
嗤うことしか、できない。
嗤う以外には、赦されない。
「■」「させなッ!?」
ギィン、と言継の声帯目掛けて突き出されたプライドの仕込み杖が鈍色の輝きを帯びた鉄の塊──ショットガンのグリップによって弾かれた。
「すまん、遅くなった言継──ラストリアル副長、勘弁してください。こいつは俺の妹なんです」
「──知っておりますよ。だから貴方が来る前に封印しておきたかったのですがね」
仕込み杖によるひと突きをショットガンのグリップで受け止めるという荒業を成し遂げてみせた人間──葉月言継の兄、葉月伝継にプライドは冷めた眼差しを向ける。
言継と同じ紫黒色の髪が癖ひとつない美しい流線を描いて腰まで伸びているその男は、言継とよく似た顔立ちをしていた。言継を男性らしく、かつ筋肉質にすればこうなるだろうと思えるほどに──言継とよく似ていた。
葉月伝継。言継の十二歳離れた兄であり、WHO制圧隊の隊員でもある男だ。言継はこの兄を訪ねるべく──ドイツに降り立ったのだ。
「げほっ……ごほっ、遅い、ですわよ──この塵屑お兄様」
「いいから早く再生しろ、言継」
「ごほ……■■」
弱々しいながらも言葉にされた不協和音とともに紫色の小さな魔法陣がいくつも言継の体を包み込み、言継の体からナイフを抜き取り傷口を再生していく。
その間にもプライドと伝継の睨み合いは続いており、そこに屋根に這い上がってきたらしいカレンが駆けつけてきた。
「ツタ! ラストリアル副長! ──ああやっぱり、ツタの関係者だったじゃないのっ」
「葉月の妹であろうと何であろうと、魔女は魔女です」
「本当に勘弁してください。俺の大切な妹なんです──あんな性格をしていますが、俺の妹なんです」
大切な妹なんです、と繰り返し懇願する伝継にプライドは眉を顰め、舌打ちをしながら仕込み杖を引き下げる。
「やむを得ませんね。今日はここまでにしましょう──ですが葉月、尋問はさせていただきますよ」
〝十字架の魔女〟の力を継承したことについて聞き出さなければなりません──そう言ったプライドに伝継は頷き、言継を振り返る。ナイフと鎖を全て払い落として自由の身となった言継は傷口の再生と、服の再構築を繰り返していた。
「言継」
「よろしくてよ。──わたくしからも聞きたいことがありましてよ、お兄様」
「……分かってる」
伝継の答えに言継は満足そうに嗤い、すっかり元通りとなった傷ひとつない体躯を確認しながら伝継の隣に立ち──まっすぐ、プライドのアイスブルーの目をねめつける。
「うら若き婦女子をいたぶってさぞ満足したことでしょう、変質者さん?」
「魔女風情が自分をヒトと騙るなぞおやめなさい。──それよりも魔女、さっきのアレはどういうことです?」
人間は死ぬが魔女は死なない。
魔女と成った人間が真なる死を迎えるには次代の魔女と成る人間へ力を継承させなければならない。だが、その継承の相手に魔女を選ぶことは出来ない。──そのはずであった。
「従来の〝継承〟は魔女が自らの命でもつて次代の人間に力を注ぎ込みます。自らの魔力を、自らの命でもつて次代の魔女に継承し──そうして〝人間〟として死にます。ですが貴方は……相手から自分に対して強引に継承させておりました。それも、暴走魔女から」
力の継承には継承する側の力と命と、そして意志が必要であるはずだった。しかし言継は継承を受ける側でありながら相手の意志を無視し、相手の力を強引に継承し──果てには相手の命さえも奪ってみせた。
「単純にわたくしが〝言葉の魔女〟だからですわ──それくらい察せて当然だと思うのだけれど? ご老人」
「〝言葉〟を司る──ですか。〝言葉〟にさえしてしまえば継承も可能だと、そういうことですね。では、何人の魔女を殺しました?」
「まあ、ボクサー犬のようにかわいい顔だとこと。──……〝十字架の魔女〟で四人目ですわね」
「つまり、貴方の中には五人分の魔女の力があると」
「──全て〝言葉〟に統合されてしまったのだけれど、まあそういうことになりますわね。それが何か?」
「排除する」
キィーン、とまたもやプライドの仕込み杖と伝継のショットガンがかち合って金属音を響かせた。ワンテンポ遅れてカレンが驚きの悲鳴を上げ、言継も嘲笑を浮かべたまま自分の喉元に向けてまっすぐ向けられている仕込み杖の切っ先を見つめる。伝継が防いでくれていなければ──喉元をひと突きであった。
「……ラストリアル副長、言継は大丈夫です。兄である俺が保証します」
「その人格破綻者の何を保証するのです、葉月。──魔女の力を集めて一体何をするつもりなのですかな?」
「まあ。わたくしを世界征服を企んでいる魔王か何かだとでも思っていらっしゃるのかしら? 意外とメルヘンですのね」
言継はおかしそうに目を細めて嗤い、理由などありませんわとプライドの疑念を切り捨てて軽く不協和音を口にし、伝継からプライドを引き離した。突如体が浮き、後方に吹き飛ばされたプライドは咄嗟に受け身を取って体勢を整え、ぎろりと言継を睨む。
「つまらない話にはもう飽きましたわ。──お兄様、魔女を生きているうちに封印するとはどういうことですの?」
「…………そのままだ。暴走した後に封印するよりも、人間としての肉体が生きている間に封印しちまった方が手っ取り早いという考えだ」
伝継は眉間に皺を寄せて苦しそうに顔を歪めながらそう言う。伝継はオックスフォード大学で魔女学の助教授を務める傍ら、WHOの制圧隊としても活躍していたのだが──WHOに入った当時から既にWHOの中にはふたつの派閥があったのだという。
──それがプライド・ラストリアル率いる〝魔女否定派〟と、制圧隊隊長オセロット・ガランガル率いる〝魔女擁護派〟とのことであるが、魔女を純粋に人間とみなし、暴走する前の魔女は保護しようと考える魔女擁護派と違い魔女否定派はそもそも魔女を人間とは認めないという考え方を持つ者たちで構成されているそうである。そして──WHOにおいては魔女否定派の方が、圧倒的多数であるとのことだった。
「なるほど? それで──多くの人間を封印してきたわけですわね。暴走していない、ただ魔女の力を持ってしまっただけの人間を」
言継の嘲りにそれまで会話に入ることもできず傍観していたカレンの肩がびくっと跳ねる。カレン・テラー。彼女もまたプライドと同じく魔女否定派に属する人間であった。
「暴走していない魔女を取り押さえて生き埋めにしたり海に沈めたりするだけですもの──さぞ楽だったことでしょう? とっても簡単なお仕事ですわね」
「っ、魔女なんて害悪でしかないでしょう!? いつ暴走するか怯えるよりも、早急に手を打っておいたほうがいいに決まってるわ!!」
「悪事を働いていない人間を悪事を犯す前に裁く──とっても素敵ですわね?」
罪なきを裁く傲慢さを嘲る言継にカレンはぐっと詰まるが、反論はしなかった。それは自分たちのしていることがいかに悪辣であるか理解した上で、それでも貫くという意志表明でもあった。
「……それに、魔女なんて人間として終わっている奴らばかりなんだから保護する意義なんてないわ」
「あら? まるでご自分が人間として出来ているかのような物言いですわね? ご自分のことを客観的によーく見てらっしゃるのね、素敵ですわ」
そう言ってくすくすと言継が嘲った、その時であった。
「ラストリアル副長!! カレンさん!! ツタさん!! 暴走魔女が現れました!!」
屋根の下からそんな切羽詰まった声がかかり、言継たちの視線が一斉に眼下に集まる。そこにはまだ二十代前半と思しきアジア系の青年が立っていた。
「また!? どういうこと、王!」
「ベルリンの〝墓場の魔女〟が突然暴れ出し、被害が出ているという通報がありました!!」
「魔女」
「……何かしら?」
「〝継承〟を貴様の自由意志で行えると言いましたね。──では、〝暴走〟も同様に行えるのではありませんか」
それは疑問形になっていない、まるでそれが事実であるかのような声色であった。そんなプライドに言継は嘲笑を深くし、肩を竦めてみせる。
「可能か不可能か、でしたら可能ですわよ。貴方たち人間がわたくしたちを殴り殺すなり刺し殺すなりすれば暴走に誘えるのと同じように、ですけれど」
言継の嘲りにプライドは疑念をさらに深くしたような眼差しでねめつけ──けれどそれ以上問い詰めることはせず、ベルリンに向かうことをカレンたちに伝えて屋根から降りて行った。
その後ろ姿を眺めて──言継は、やはり嘲るのであった。
【憤りの魔女】