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 ③




 ◆◇◆




 腰まで伸びた白髪と、丁寧に切り揃えられた口髭を持つ老紳士。

 【魔女】はそれをまっすぐ見据える。

 それ以外は、何も見えなかった。見れなかった。

 【魔女】にはもう自我はない。意識も、記憶も、何も残ってはいない。だが【魔女】はその老紳士を長年──永年待ち望んでいたのだと本能で悟る。

 けれど同時に、理解もしていた。

 ()()()()()は自分が待ち望んでいる老紳士ではないことを。自分が待ち望んでいるのは別の──同一別個体の、老紳士であると。

 だから【魔女】は嗤う。


■■■■■■(全てを終わらせよう)


 だから【魔女】は嘲る。


■■■■■■(全てを始めよう)


 だから【魔女】は──紡ぐ。


■■■■(魔女創造)


 夢を終わらせ、【魔女】の待ち望む老紳士の元へ往くために。


 魔女の夢は──もうすぐ終わる。




 ◆◇◆




「────すみません」


 それは何に対する謝罪なのか。

 それは分からなかったが──老紳士の剣が自分の胸を貫いた瞬間、【魔女】は幸福な気持ちで胸が満たされるのを感じた。


「──■■■■■■(ヤっと、オわレル)


 その幸福な気持ちのままに、【魔女】は全てを融かす。蕩けさせる。瓦解させる。

 全てを終わらせるべく。

 全てを始めるべく。


 ──過去の、八百年前の葉月言継の元へ。


 魔女の夢は──もうすぐ、終わる。




 ◆◇◆




■■(継承)


 どくんと、大気が脈打つ。

 少女の心臓も同時に大きく脈打ち、少女の小さな口から苦痛の悲鳴が零れる。どくどくと全身の血流がポンプで圧し出されたかのように迸り、心臓が灼熱の紅焔に焼かれているが如きの激痛を覚えて少女はのたうち回ろうと腕を振り上げようとする。けれどその腕は、動かない。

 少女の頭にそっと添えられている【魔女】の赤黒い爪がそうさせているのだろうか──少女の体は凍り付いたように、動かなかった。

 きぃぃ、と空気が凍って張り詰めていくような音が響く。──かと思えば次の瞬間には【魔女】の背後に巨大な魔法陣が構築されていた。

 それはちょっとした天体図のようになっていて、何重にも描かれている正円の線上を小ぶりな魔法陣が滑るように移動していた。雲ひとつない青空に染みを滲ませゆくように広がっているその夕陽色の魔法陣はやがて数字の八の字に小さな魔法陣が並んで停止する。


■■■■■■(スベテは、ヒトツに)


 その不協和音ノイズを最後に──最期に、魔法陣が集束して一本の禍々しい槍を模った。【魔女】の背後に浮かぶその槍はやがて──


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


 【魔女】の胸ごと、少女の胸を貫いた。

 少女は絶叫する。激痛なんてものではなかった。死ぬなんてレベルでもなかった。幼い少女が苦痛に喘ぐ間も助けを求める間もなく即座に〝死にたい〟と願うほどの、痛みという痛みを凝縮しきった痛みであった。

 けれど槍は止まらない。止まらなかった。ずぶりずぶりとどんどん少女の小さな体の中にその身を沈めていく。少女の胸から血は溢れ出ているし、めりめりという槍が肉と骨を裂いていく音もする。だが、槍が少女の体を貫通することはなかった。

 不思議なことに──槍は少女の体内に、どんどん呑み込まれていっていた。

 少女は絶叫する。

 ひたすら、絶叫する。

 絶叫して、絶叫して、絶叫する。

 だが少女とともに貫かれたはずの【魔女】は胸に槍が突き刺さっているにも関わらず苦痛に喘ぐ様子はなく、それどころか──嗤っていた。

 嘲り、嗤っていた。


 そして槍が【魔女】を貫通しきり、全て少女の体内に収まり切った時──【魔女】は、融けるように血だまりの中に倒れ伏して、死んだ。


 死んだ。


 死んだ。


 【魔女】は、死んだ。




 ──ようやく、魔女の夢が終わった。




 ◆◇◆




 白い。




 ◆◇◆




 白い。




 ◆◇……




 何もない。




 ◆…………




 何もない。




 ………………




 白く、何もない空間。




 ──そこでひとりの少女が、目を覚ます。

 紫黒色のくるぶしまであろうかという長い髪がくしゃくしゃになって少女の体に絡みついていた。それを払い除けて少女は上半身を起こし、ぼんやりとした顔で周囲を見回す。




 白く、何もない空間。




 少女の紫黒色の目はぼんやりとしている。

 その口元にも、()()()()()()()()()()()()

 少女は何故自分がここにいるのかよく思い出せない頭でぼんやりと、ただそこにへたり込むように座っていた。

 まるで長い夢から覚めたばかりのように。




 白く、何もない空間。




 かつり、とすぐ背後から靴音がして少女ははっと弾かれるように振り向く。

 ──そしてその目が、驚愕に見開かれた。




 白く、何もない空間。




「──迎えに来ましたよ」




 白く、何もない空間。




 腰まである見事な白髪ときっちり整えられた白い口髭がよく似合う、燕尾服の老紳士。それが愛しむような微笑みを浮かべて少女の背後に立っていた。

 驚きの眼差しで老紳士を見上げていた少女の紫黒色の目からやがて、つうと透き通った美しい涙が零れ落ちる。




 白く、何もない空間。




「──さあ、()きましょう」




 白く、何もない空間。




 老紳士は微笑む。




 白く、何もない空間。




「──ええ」




 白く、何もない空間。




 少女は老紳士の差し伸べてきた手を取って──まなじりに涙を浮かべながら、微笑んだ。

 少女は──笑った。


 少女は──もう魔女ではない。




 ──魔女は、もう夢を見ない。




──

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──




   【 魔女は老紳士を(あいす)る。 】 




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