②
◆◇◆
百年後。
「魔女さま、封印が解けて暴走する魔女が現れたとのことです!」
「──ソう。それハ、どコ?」
「インド北部──地図ですとこのあたりになります。百年ほど前に生き埋めにした魔女とのことですが……」
「──ワかった、いク」
艶やかな紫色の光沢を帯びていた紫黒色の髪はくすんで色を失っていた。
紫黒色の目はかろうじてそのままであったが、その焦点は何にも合わない。何も見てはいない。もう、何も見てはいない。
けれどそうなってもなお、口元に浮かぶ嘲りだけはそのままであった。
「■■」
「行ってらっしゃいませ、魔女さま」
そうやって声をかけてくれる〝人間〟が一体どういう存在なのか、もう分かってはいなかった。
おぼろげにWHOという組織のことが頭に残っているだけで、今の彼女には現在の世界の仕組みを知る術はなかった。
彼女は、ただ夢見る。
「──傲慢」
全てが終わるその日を夢見て、ただ夢を見続ける。
迎えに来てくれる日を夢見て──ただ継承し続ける。
魔女の夢は、まだ終わらない。
◆◇◆
二百年後。
そこに死人が土葬されてからどれくらい経ったのか分からぬほどに老朽化した墓石。
それの前に、それは立つ。
仄かな橙色の髪が背中で揺れている。それに自我はもうなかった。自我どころか──その墓石が一体誰の墓であるのかも、もう憶えていなかった。
「──……■、■」
それに残っているのは、約束だけ。
誰と交わしたのかすら覚えていない、約束の内容すら憶えていない──おぼろげな約束。
ただそれだけが、それを動かしていた。
魔女の夢は、まだ終わらない。
◆◇◆
三百年後。
夕陽色の領域。
太平洋と呼ばれなくなったそこを根城とし、夕陽色の領域を創り上げたそれはただ、待つ。
「魔女さま、失礼いたします!! ──中国に魔女のかけらが現れたそうです、いかがなさいますか?」
それにはもう顔すら見えぬ、そして何であるかももう分からぬ何かがそれに声を掛ける。
「……■■」
「畏まりました」
いってらっしゃいませ、という何かの声を背に受けてそれはゆらり、ゆらりと長い橙色のドレスを引き摺って歩く。
もう何のために動いているのかさえ分からない。
約束さえ、もう残ってはいない。
けれどそれでもそれは継承することを止めなかった。
──ふとした時に脳裏を撫で上げる、白く長い髪に導かれるように。
魔女の夢は、まだ終わらない。
◆◇◆
五百年後。
「■■」
その不協和音とともに夕陽色の槍が胸を貫くことにも、それはもう身動きさえしない。
〈──ありがとう、ごめんなさい……わたしたちの【魔女】〉
「いつもありがとうございます、魔女さま──どうか少しお休みを……」
何かが声を掛けてくるが、それには届かない。
それは血が零れる胸をそのままに、夕陽色に染まりつつある髪を揺らしながら次なる場所へ向かう。次なる、継承へ。
魔女の夢は、まだ終わらない。
◆◇◆
六百年後。
墓石だった何か。
それを前に、それは何も言わない。
魔女の夢は、まだ終わらない。
◆◇◆
七百年後。
魔女の夢はまだ終わらない。
◆◇◆
──八百年後。
「お連れしました、魔女さま」
「エンドさま──お待たせしてしまい、申し訳ございません」
「魔女さま──」
何かが囁く。
それは紡ぐ。
「■■」
夕陽色の槍が貫く。
──その瞬間、それの内包する全ての〝魔女〟がひとつになった。
それは、【魔女】に成った。
【魔女】と、成った。
鮮やかな夕陽色に身を纏う【魔女】を前に、【魔女】に傅く〝人間〟たちから安堵の声が零れる。
「ああ──これで」
「エンドさま……」
「我々はずっと……魔女さまの平穏を願っております」
そう言い残して立ち去っていく〝人間〟たちには目もくれず【魔女】は手を広げて夕陽色の魔法陣を展開した。
「──■■■■■■」
まずは〝図書館の魔女〟を。
魔女の夢はまだ終わらない。




