③
「一体どれだけいるの!?」
「──全ての〝魔女〟があの【魔女】にいる。言継が言ったそれが正しいとして──そして魔女史に残されている記述を信じるとしたら、八千八百八十八体だな」
「えぇ!?」
八千八百八十八体。八八八八体。8888体。
〝原初の魔女〟エイトが紀元前八十八年に降り立った際にその数に分かれたとされていると伝継はショットガンの引き鉄を引きながら語る。
「〝慧眼の魔女〟と呼ばれる魔女がそう述べたのを遺したらしい。本当かどうかは定かじゃねぇが……」
「八千だろうが八万だろうが八億だろうが、潰していけばいずれ終わりが来ますわ──さっさとなさいな! ■■、■■」
言継の紫色の魔法陣が体を包み込み、先ほど樹木の〝魔女〟に腹部を貫かれて負傷していた王はすっかり癒えてしまった傷をさすりながら言継に礼を言う。
「言いましたでしょう? 再生も補充も補強もわたくしが全てやりますわ──だから動きなさい、下僕たち!!」
「はい! ありがとうございます、言継さん」
「お嬢ちゃんがいるんじゃ、何人来ようとわしらは無敵じゃけぇ!!」
王とオセロットはそう朗らかに言って何匹もの獣を合体させたようなキメラの〝魔女〟目掛けて駆け出していく。
「弾の補充しなくていいってのは本当にありがたいわ! でも、あんたこそ無茶しないでよね!!」
「言継、ラストリアル副長から生命力を貰っているとはいえ限界はある。お前の判断で俺たちを利用しろ。──いいな? 利用しろ。俺たちを生かすために。お前が生き残るために」
カレンと伝継は優しい声色で言継を気遣い、本がそのまま巨大化したような〝魔女〟に銃口を向ける。
「──言継」
プライドは感情の読み取れぬ、薄氷のような薄いアイスブルー色の目で言継をまっすぐ見つめる。
「──貴方は」
もしかして、とプライドの口が音もなく言葉を模る。
しかしそれが声になることはなく──プライドは目を伏せて、言継の頬にそっと手を這わした。
「…………」
──そして何も言うことなく手を離し──プライドは甲冑をいくつも繋ぎ合わせて無理矢理巨人を作ったような〝魔女〟に向かって駆けた。
そんなみんなの背中を眺めて、言継はやはり嗤う。
嗤う。嗤う。ただ、嗤う。
嗤うことしかできない。嗤うことしか許されない。赦されない。
永遠に。
「■■■■」
三体の〝魔女〟がほどなくして破壊され、死を迎えたのを確認して【魔女】が新たな〝魔女〟を生み出す。
【魔女】の体はもはや血まみれであった。
だが【魔女】は嗤う。
嗤う。嗤う。ただ、嗤う。
嗤うことしかできない。嗤うことしか許されない。赦されない。
永遠に。
「■■■■」
【魔女】は生み出す。産み落とす。創り出す。
〝魔女〟を一個の生命体として。ひとつの命として。
「■■■■」
どんなに血を流そうと。
どんなに血で濡れようと。
どんなに血でまみれようと。
【魔女】は〝魔女〟を創り続ける。
「■■■■」
どんなに殺されようと。
どんなに破壊されようと。
どんなに砕け散っていこうと。
【魔女】は〝魔女〟を生み出し続ける。
「■■■■」
どんなに傷付こうと。
どんなに苦しかろうと。
どんなに──死に続けようと。
【魔女】は〝魔女〟を産み落とし続ける。
「■■■■」
【魔女】はただ嗤う。
──〝魔女の夢〟が終わるその瞬間を夢見て。
◆◇◆
言継は崩れ落ちそうなのを押し殺して不協和音を紡ぐ。
「■■」
少し色褪せてしまった紫色の魔法陣がおぼろげながらもWHO制圧隊の面々を包み込み、その傷だらけの体を癒す。
「はぁ……はぁ……」
「くっ……」
だが傷こそ癒せても疲労は癒せない。
何十、何百──何千人の〝魔女〟を倒しただろうか。さすがの制圧隊も疲労を隠し切れぬ様子で荒い呼吸を繰り返していた。
時間の感覚はとうにない。なにせ──ずっと夕暮れ時なのだ。数時間、下手すれば十数時間どころか数日経っているはずなのに夕陽は変わらずそこに在り続けるし、世界は夕陽色に染まったままである。
魔女の夢は、終わらない。
「■■■■■■」
──けれど言継たちだけではない。
【魔女】もまた、夕陽色が全て血色に塗り替えられてしまうほどにその体を血に染め尽くし──壊れかけの人形のように、いびつに嗤っていた。
「■■■■■──■■■■」
「!」
「言継!! ワタクシの剣を伸ばしなさい!!」
脂汗を額に滲ませながらプライドが叫び、駆け出す。後追いするように言継の不協和音がプライドの仕込み杖を三メートルほどの長く、しなやかな紫色の長剣にする。
「言継!! 俺のも強化しろ!!」
伝継が息も絶え絶えながらに叫び、ショットガンを構える。
「──ハァアアァア!!」
【魔女】が生み出した、赤子をそのまま巨大化させて腐らせたような〝魔女〟──その脳天にプライドの仕込み杖が突き刺さる。が、そのまま終わることなくプライドは仕込み杖ごと〝魔女〟の体を持ち上げ──天に放り投げた。
がうんっ、と伝継のショットガンが火を噴く。
そうして硝子の砕ける音とともに〝魔女〟が消え失せるのと──【魔女】が胸を押さえて呻き出すのは、同時であった。
「■■──■──■■■■」
「!」
突然様子の変わった【魔女】にプライドは目を鋭くして跳ねるように後退し、言継の隣に戻った。
「──先ほど、あとふたりと言っておりましたね?」
「ええ。……多分さっきので【魔女】の中にいる〝取り込んだ魔女〟は最後でしょう」
そして最期は、と言継は疲労の濃い紫黒色の目を細めて苦しみ呻く【魔女】を見据える。
「■■──■──■■■」
──アアァアアァアアァァ、と【魔女】の嘲りを模る口から絶叫が轟く。かと思えば【魔女】の全身という全身から血が噴き出し、【魔女】を中心に幾十、幾百にも狂ったようにちぐはぐな夕陽色の魔法陣が展開される。
「■■■■■■」
「始まりにして終わり」
「■■■■■■」
「全ての始まり」
「■■■■■■」
「全ての終わり」
「■■■■■■■■」
「〝原初の魔女〟エイト」
【魔女】エンドと〝魔女〟言継、その言葉が交わり合う時。
【魔女】の体を夕陽色の魔法陣が、包み込んだ。
「気張りなさい──最期の戦いですわよ」
言継は嗤う。
「──■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
意味を成さない不協和音──それが夕陽色の世界に轟くと同時に、全ての始まりであり全ての終わりである【魔女】が現れた。
「──え?」
誰かの、茫然としたような声が零れ落ちる。
「……言継?」
誰かの、愕然としたような声が滴り落ちる。
「──ええ。〝未来の魔女〟エンドは未来のわたくしですわ」
言継は、嗤う。
言継の死体、それを中心に埋め込んで蠢いている宇宙をそのまま凝縮し具現化したような常闇の化物、原初にして始祖の【魔女】エイトを前に。
言継は、嗤う。
【最初の魔女】




