②
「まやかしに惑わされるのではありません!! ──捻じ伏せるだけです!!」
カレンたちの戸惑いを一斬して、そのままの勢いでプライドの紫色に輝く仕込み杖が逆さ十字架を一斬する。ぱきん、と音を立てて逆さ十字架が砕け散り──光の粒子となって散っていった。一瞬虚を突かれたような表情になるが、プライドはぎっと【魔女】に蛇のような眼光を向けて仕込み杖を閃かせる。
そんなプライドを眺めて──【魔女】は、やはり嗤う。
「■■■■■■」
ばぢんっと音を立ててプライドの体が【魔女】から弾かれ、プライドは床に転がった。同時に、【魔女】はまた紡ぐ。
「■■■■」
──今度は〝墓場の魔女〟であった。
噴き出る血とともに濁流の如く飛び出してきた泥に言継はああ、とため息のような声を漏らす。
「──そういうことでしたの」
「……言継?」
床が泥で埋め尽くされていくのにも構わず、天を仰いで何かを諦めたように嗤う言継にプライドが怪訝そうな視線を向ける。だが、その呼び掛けに言継は反応しない。
「──〝言葉の魔女〟」
〝魔女〟は言った。
「──〝嘲りの魔女〟」
〝魔女〟は語った。
「──〝継承の魔女〟」
〝魔女〟は謳った。
「──〝集束の魔女〟」
〝魔女〟は零した。
「──〝終息の魔女〟」
〝魔女〟は紡いだ。
「──〝永遠の魔女〟」
〝魔女〟は表した。
「──〝循環の魔女〟」
──〝魔女〟は、云った。
「そういうことでしたのね」
──言継は、嘲る。
「言継?」
様子のおかしい言継にプライドが不安を覚えたように眉を顰めて言継の肩をゆする。伝継もショットガンを汚泥に向けてぶっ放しながら言継の方を見やってはどうしたのかと問うている。
その心配に言継は仰いでいた顔を戻し、大丈夫だと安心させるように嗤う。──けれどプライドと伝継には、何故だかその嗤いが自嘲めいたものに見えた。
「──あの〝魔女〟はエンドが造り出した模倣物ではありませんわ! エンドが創り出した〝魔女〟そのものです」
そして高らかに発された言継の言葉にプライドたちは怪訝そうな面持ちになる。
「どういうことです? 〝魔女〟……あの魔女は〝魔女〟を創り出す能力を持っているということですか?」
「正確に言うならば魔女の力に生命を与えている、ですわね」
人間は死ぬが魔女は死なない。
それは人間がひとえに〝命〟でしかなく、魔女がひとえに〝力〟でしかなかったからこそ。
だから人間が死のうと魔女は残る。純然たる〝力〟であるがゆえに。
ゆえに魔女は不死。魔女は不滅。
だが【魔女】はそんな〝魔女〟に生命を吹き込み、生み出している。
「どういうこと? あれは……〝魔女〟なのよね?」
「ええ。〝墓場の魔女〟が持っていた〝霧雨の魔女〟の力ですわ。あれは間違いなく〝霧雨の魔女〟そのもの。──ただし、人間の肉体に入っているわけではございませんわ。エンドが〝魔女〟そのものに生命を吹き込んで生み出した、いわば純粋な〝魔女〟ですわ」
「なんじゃと? じゃあ……」
「殺せば死にます」
人間は死ぬが魔女は死なない。
その前提が崩れた、瞬間であった。
ひゅっ、と誰かが息を呑むような音がする。
「……〝魔女〟そのものに生命を吹き込んでひとつの生命体にするだなんて無茶苦茶な真似、死んでいなければできない芸当ですわね」
そう言って言継はまた、嗤う。
「なにをもたもたしておりますの? 【魔女】エンドはまだまだ多くの〝魔女〟を持っていますわよ──さっさと片付けなさいな!!」
言継は嗤う。嗤う。嘲る。嘲り、不協和音を紡ぐ。
「〝魔女〟を持っている──どういうことです!?」
「【魔女】の中にはこの世にかつて存在していた〝魔女〟が全ているということですわ!! ──行きなさい!!」
言継の不協和音によって増強され、より深い紫色に煌めく武器を片手にプライドたちは戸惑いの隠せぬ表情で言継に詳しい話を聞きたそうにしたが──泥のつぶてが銃弾の如く飛んできたことで悠長に会話している場合ではないと意識を戦闘に集中させる。
「王!! 泥ごと凍らせてしまいなさい!! そうしたらオセロット、ブチかましなさい!」
「はい!! 液体窒素、噴射します!!」
ぼうんっと王の握っているノズルから噴出された冷気が夕陽色の両機に広がった泥を白く凍て付かせた。一気に氷点下にまで下がる気温に制圧隊の面々は呼吸を白く曇らせるが、さすがは戦闘に長けているだけありその変化に動揺する様子は一切ない。
「いくぞ!!」
鼓膜が千切れんばかりの爆音を立てて機関銃が弾け、凍り付いた泥が片っ端から割れていく。泥の一部となって潜んでいた〝魔女〟の体にもやがて当たり、その命を奪ったのか──凍り付いた泥ごと突拍子もなく全てが硝子のように弾けて消え去り、オセロットは驚いたように後退しながら機関銃を収めた。
「■■■■」
【魔女】は嗤う。
その腹部からまた血が噴き出し、今度は二体の〝魔女〟が産み落とされた。一体は樹木そのものとしか思えぬ形状の〝魔女〟で、もう一体は鰻によく似た形状のぬめりを帯びている〝魔女〟であった。
「〝花吹雪の魔女〟に〝孤児院の魔女〟──いいえ、人間の器はありませんから〝成長の魔女〟と〝稲光の魔女〟と呼ぶべきですわね」
人型ですらない〝魔女〟を前にしても言継は揺らぐことなく冷静に分析し、嗤う。
「殺せば死ぬのです──〝魔女〟を封印することしかできなかった低能な貴方たちでも〝魔女〟を完全に亡きモノにすることができましてよ──早くなさい!!」
■■、と言継の小さな唇が紡いで先ほどの〝魔女〟の飛ばしてきた泥のつぶてで少しではあるものの傷付いていた制圧隊の面々を癒した。
「全ての〝魔女〟が──あの【魔女】エンドの中にいる」
ぽつり、とプライドの低い声が零れる。その囁きに言継は嗤う。
「そうですわ」
「──……八百年の間に、【魔女】が全ての〝魔女〟を集めた?」
「そういうことになりますわね。エイリスとかいう未来人も言っていましたわね──今年の初めに〝最後の魔女〟をあの【魔女】のところに連れて行ったと。そうして集めたのではなくって?」
「…………」
「プライド!! 木のほうを頼む!!」
雷撃を放ちながら暴れ狂う鰻の〝魔女〟を相手に機関銃をぶっ放していたオセロットが怒鳴るようにプライドを呼び、プライドはしばし言継の紫黒色の目を見つめて逡巡するように考え込み──そして何も言うことなく、駆け出して樹木の〝魔女〟に斬り掛かりに行った。
〝魔女〟の力こそ持っていれどその生命力はさほど強くないようで、しばらく攻撃していると二体とも弾けるように破裂し、光の粒子となって消え失せていった。
「■■■■」
【魔女】は嘲る。
また血がその体から噴き出て──今度は三体の〝魔女〟が生まれた。




