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九 【夕陽の魔女】


 日本──京都府。

 伝継が幼い言継を連れて逃げるように故郷を去り、〝魔女〟について最も研究の進んでいる龍國大学のある京都に移り住んだのが十四年前──言継が六歳の時であった。


「わあ~!! すっごい、すごい!! 王! 王、写真撮って写真!!」

「落ち着いてくださいカレンさん。もう少し右に──はい、こちらを見てください」


 京都市内にある、京都の誇る名所のひとつ──伏見稲荷大社。

 朱色の鳥居が幾十幾百も連なって荘厳な佇まいを演出している千本鳥居──そこでカレンははしゃぎながら王に写真を撮らせていた。カレンがはしゃぐたびにストロベリーブロンドのツインテールが跳ねているのを横を行き交う日本の観光客たちが微笑ましそうに眺めている。


「少しくらい落ち着いてはいかが? 貧乳」

「うるさい牛チチ。──あんたって日本人のくせに背高いわよね」

「ヒール穿いているから俺と同じくらいに見えるが……実際は百七十五くらいか?」

「わしほどじゃないのう! ガハハ!」


 外国人観光客も多く訪れるここにおいてはカレンたちもあまり目立たない。だが──背に仰々しい大荷物を抱えているオセロットだけは、やたら目立っていた。


「ここが貴方の好きな場所ですか──言継」

「ええ。貴方の枯れた美的感覚じゃあ分からないかもしれませんわね?」

「美しいですね」


 貴方の紫黒色の髪とよく映えます。

 ──そう言って言継の三つ編みを手に載せて滑らせるプライドに、言継は嘲りを口元に浮かべたまま戸惑いに瞳を揺らす。


「お兄ちゃんとツーショット撮ろうぜ!!」


 ぶち壊しである。

 言継とプライドの妙な空気に割り込んできた伝継にため息を零しつつ、プライドは朱色の鳥居を見上げる。

 

 〝未来の魔女〟エンド。


 それを倒さぬ限り魔女の暴走は止まらない。終わらない。

 それを受けてWHO制圧隊の主要メンバーは葉月言継の力を借り、未来へ魔女を討伐しに行くことを決めた。──八百年後に。

 それにあたってWHO本部と多少揉めたものの、WHO制圧隊を一時的に国連預かりとして続く魔女の暴走に関してはWHO制圧隊二軍と三軍、そして国連軍が連携して抑えることに決まった。

 そうして〝未来の魔女〟の討伐だけに焦点を絞ることとなったWHO制圧隊主要メンバーたちは──日本で観光と洒落込んでいた。

 未来へは言継に〝未来の魔女〟からの干渉が再度あった瞬間にその力を言継が逆に利用して渡ることとなっている。だが過去へ戻る術は、ない。

 ゆえに一方通行。

 ゆえに帰って来れぬ旅。

 ──だからというわけではないが、言継のお気に入りだと言う伏見稲荷大社に行きたいということで日本へ行くことが決まったのだ。いつ未来からの干渉があってもいいよう念に念を入れて武器は常に携帯し──渡航もWHOの所有する航空機で行った。

 現在もWHO制圧隊の武器はオセロットがまとめて背負っている。麻の布でくるんで見えなくしてはいるものの──かなり目立ってしまっているが。


「──八百年後には、ここはどうなっているでしょうか」

「さあ? 〝未来の魔女〟が好き放題しているようですもの──日本が残っているのかどうかさえ怪しいですわね」

「そうですね。──なおのこと、この景色を目に焼き付けておかねばなりませんね」

「…………」


 プライドの言葉に言継は視線を幾百にも連なっている朱色の鳥居に向ける。

 朱色。紅焔の朱色。夕陽の朱色。鮮血の朱色。

 色鮮やかでいて、黒ずんでいるようにも見える収まりのない朱色。

 おそらくはもう二度と見ることの叶わぬそれを、言継は脳裏に刻み込む。


「ねぇねぇツタの妹、金閣寺行きたいわ金閣寺!」

「あら? 貧相な美的感覚にはこの荘厳な景色は少々大人っぽすぎましたかしら?」

「あたしの方が年上よっ!! ここも綺麗だけど、でもせっかく日本に来たんだもの! もっと色々行きたいわ! ねえ、王」

「ええ。私は映画村というのに興味があります」

「──仕方ありませんわね。子どもの世話は本当に疲れますこと」

「あたしたちの中で一番子どもなのあんただからね!?」


 言継の嘲りにキャンキャン反応するカレンではあったが、だがしかしその顔に不快そうな色は一切ない。言継の嘲りを決して不快には思っていないその顔に、言継は内心安堵の息を漏らしながらも──やはり嘲ることしかできないのであった。


「じゃあ行くか。途中でなんかメシ食おう」

「寿司食べたいのう」

「天ぷら食べてみた~い」

「蕎麦食べたいです」


 伝継を先頭に、呑気に談笑しながら鳥居をくぐっていくオセロットとカレン、王の後ろ姿を眺めて言継は決して微笑むことのできない口元にもどかしさを感じながら内心で微笑み、己も足を踏み出した。


「言継」


 けれどそれを、すぐ傍で控えていたプライドが呼び止める。

 風に靡いて三つ編みが揺れるのを鬱陶しく思いながら言継は振り返り、プライドの薄氷のような目と視線を交わらせた。


「──ワタクシの傍から決して離れぬように」


 約束なさい。

 朱色によく映える白銀色の髪を風に靡かせながらまっすぐ言継を見据えて紡がれたプライドの言葉に、言継はやはり微笑むことのできぬその口元を嘲りに歪めたままゆるやかに頷いた。




 ◆◇◆




 嵐山──竹林。


「なんか思ってたのと違う!!」


 風景写真で眺める嵐山の青々とした竹林──それで思い描いていたものよりもはるかに狭く、小さいそこにカレンは笑いながら写真を撮る。


「写真マジックすげーよなぁ」

「観光客も多うていい写真も撮りにくいのぉ」

「でもカレンさんとても綺麗な髪なので観光客が多くても目立っています」


 カレンをフレームの中心に映してシャッターを切っていく王にカレンはからっとした笑顔を向ける。


「貧相な小娘に甲斐甲斐しく尻尾を振って、いじましいこと」

「いじましさなら貴方も負けておりませんがね」

「──わたくしのどこがいじましいですって? わたくし、あんな駄犬のようなつもりはなくってよ」

「ワタクシを嘲らないようにと唇を噛んで切っていたのはどこの誰でしたかな」

「だっ……黙りなさい!!」


 あれは正直にものを言ってしまっては貴方があまりにも哀れでしたから、と言い訳を嘲りつつ慌てふためきながら言い募る言継にプライドはくっと口元を吊り上げた。

 ──それを眺めて、伝継は遠い目になる。


「ガランガル隊長……お兄ちゃんハートブロークンしそう」

「わしも娘に彼氏ができた時は死にそうじゃったのう」

「彼氏じゃない!! ガランガル隊長──彼氏じゃないっ!! お兄ちゃん認めないっ……」

「うるさいですわよお兄様。──猪、貴方娘さんおりましたの?」

「猪!? いや、豚よりはマシかのう……。──おお、いたぞ。死んでもうたがのう」


 ──〝魔女〟じゃったからのう。

 そう言って目を伏せるオセロットに言継は目をかすかに見張り、隣のプライドを見やる。プライドはゆるく息を吐きながら言継の視線に頷いた。


「〝幼子の魔女〟──〝氷結の魔女〟リリス・ガランガル。……亡くなったのは確か七歳の時だったはずですが……彼氏?」

「同い年の男の子連れてきてのう、彼氏って紹介されたんじゃ。その時のわしの気持ちわかるか? のぅプライド」


 オセロットにはかつて家庭があった。妻との間に子を授かり、幸せな家庭を築こうとしていた。だが妻が娘を産んだ直後──難産によってその命を落としかけていた魔女が力を継承してしまったのだそうだ。我が子ではなく、その隣にいた他人の子に。

 魔女という責苦を我が子に負わせたくない一心からだろう──魔女は何の関係もない赤の他人である赤子に、その力を注ぎ込んだ。

 大きすぎる力には代償が伴う。──赤子への力の継承は成功率が著しく低い。力の大きさに赤子が耐え切れず、死ぬことが大半である──が、奇跡的にオセロットの娘は生き残った。生き残って、魔女と成った。成ってしまった。


「結局……大きすぎる力に耐えられんで苦しんでのう……妻が娘を誘導して自分に継承させたんじゃ」


 大きすぎる力に小さな体が張り裂け、死に至ろうとしていたのを妻が必死に押し留め、どうにか暴走する前にと娘に力を継承させたそうだ。

 ──おかげで娘の最期は、とても安らかな顔だったという。


「奥様は?」

「……封印されちょる」


 ──自ら〝生前封印〟を望んで。

 その言葉に、けれど言継はプライドをねめつけこそしても嘲ることはしなかった。プライドがため息を吐きながら自分の唇を噛む言継の唇を親指の腹で押して止めている中、言継は複雑な心境で眉間に皺を寄せる。

 オセロットの妻、彼女が生前封印を望んだ理由──それがなんとなく理解できる気がしたからだ。娘に次代への継承をさせる──それすなわち、愛する娘を自らの手で自殺に追い込んだようなものなのだ。

 おそらくオセロットは必死に止めたのだろう。止めて窘めて励まして──けれど、駄目だったのだろう。娘を殺めてしまったという自責に呑まれた妻は、結局自ら死を選んでしまった。

 オセロットの無念。それを考えればとても嘲りなんて口にできない。それがたとえプライドへの嘲りだとしても──言継は口にしたくなかった。そして同時に言継はああ、と理解する。オセロットが自分に対して最初から優しく──そして何処か辛そうに、一歩距離を置いて言継と接していた理由を。


「……〝魔女〟は悲劇しか生まない。でも……解決できる方法って、ないのよね」


 カレンの沈んだ声にオセロットがそうじゃのぉ、と頷く。


「わしらは人為的な魔女の暴走を止めるために未来に行くが……止めたとして、終わるのは続く魔女の暴走だけで──〝魔女〟そのものではないからのぉ」


 〝原初の魔女〟エイトが降り立って二千年以上──〝魔女〟を潰えさせる術は未だ見つかっていない。魔女を減らす唯一の手段である言継の継承とて、言継が人数分の魔女を抱え込むことになるだけで魔女が減るわけではないのだ。

 〝魔女〟は死なない。

 絶対に、死なない。滅ばない。終わらない。ゆえに絶望。


「だが〝未来の魔女〟を止めなければ暴走は連鎖するし、言継も危ない。──根本的な解決にはならなくとも俺は行くよ」

「おう。わしも行くと決めたからにゃあ行くぞ」

「あたしも勿論行くわよ!! ──あたしにはもう、みんなしかいないし」

「はい。私もです。恐怖はありますし不安は尽きません。が……カレンさんとツタさん、ガランガル隊長にラストリアル副長……そして言継さん、みなさんがいれば大丈夫だと思えます」


 伝継の。オセロットの。カレンの。王の。


「──勘違いしないことです、言継。ワタクシたちは貴方がた〝魔女〟のために未来へ行くのではない」


 プライドの、言葉に。


「言継、貴方のために行くのです」


「──当然ですわね。このわたくしのために尽くすのは自然の摂理でしてよ」


 ──言継はやはり、嘲ることしかできない。

 けれどこの場にいる誰もが、理解していた。

 言継の嘲りの裏にある、言継の心の本質を。


 ──そして時は、来る。


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