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八 【未来の魔女】


 〝未来の魔女〟エンド。

 八百年後の世界に住まう魔女からの干渉により一連の暴走魔女事件が引き起こされていると分かってから三ヶ月。

 相変わらず魔女の暴走は続いており、WHO制圧隊の面々は日々対応に追われていた。


「わたくしも行くと言っていますでしょう? いい加減になさい、傲慢プライド!!」

「いい子ですから留守番していなさい」

「このわたくしが行くと言っておりますのよ? 大人しく跪いて従いなさいこの愚鈍っ」

「──言継」


 嘲りながら憤っている言継の胸元にそっとプライドの手が触れる。セクハラですわよ、と言継が口にする前にその手に力がこもり──言継は激痛に呻いて思わず背中を小さく丸めた。


「継承のしすぎです。貴方の継承でなければ〝魔女〟は解放されない──それは分かりますが、それで貴方が死んでしまえば元も子もありません」

「う……うる、さい──」


 続く魔女の暴走と、続く言継の継承。

 痛みを伴う継承と、肥大化していく言継が内包する魔女の力。

 ──限界を迎えないはずが、なかった。二ヶ月前、いつも通りプライドたち制圧隊から生命力を奪取しながら継承した言継が全身を襲う激痛に倒れ、二週間寝込んだ。生命力の奪取を行っていてなお間に合わぬ言継の体の損傷にWHO制圧隊は暴走魔女を言継に継承させることを止め、再封印していくことに決めたのである。

 ──それを言継は不服に思っていた。


「言継、貴方は何よりも貴方自身を大切になさい。貴方を失うことで哀しむのはなにも葉月だけではないのですよ」

「まあ。わたくしがいなくなってしまったら貴方は毎晩咽び泣いて枕を濡らしてしまいそうですものね?」

「ええ」

「……! ──!?」


 肯定が返ってくるとは思っていなかったのか、言継は嘲りの崩れぬ顔のまま硬直した。そんな様子にプライドは鼻を鳴らし、大人しく留守番しているようしつこく言いつけてWHO本部を後にしていった。

 あとに残された言継は忙しなくWHO職員たちが動き回るエントランスホールでひとり、嘲りを崩さぬままぼんやりと佇む。


「…………」


 今現在、世論は魔女否定派が爆発的に増加の傾向にある。──いや、正確に言うならばそれまで人権などの問題から腹に抱え込んで秘匿していただけの〝魔女に対する否定的な考え〟が続く魔女の暴走を前に顕著化したのだ。

 人為的に暴走が引き起こされているなど、一般市民からすればどうでもいいことである。魔女が暴走していることには変わりない──魔女は、危険な存在である。その一点だけが真実なのだ。ゆえに、それまでは水面下でしか囁かれていなかった〝生前封印〟が今にきて世論の主流となりつつある。

 臭いものには蓋を。

 根本的な解決など誰も望んではいない。誰もが、恐ろしいものを早急に見えないところに遠ざけることを望んだ。


「…………」


 言継はぼんやりしていても仕方ないとひとつ大きく息を吐き、くるりと身を翻した。途端に、それまでエントランスホールを忙しなく動き回っていた職員たちがビクッと体を竦ませて言継を恐怖の眼差しで見つめる。そう、恐怖。それ以上でもそれ以下でもない──言継という〝魔女〟を心底恐れてやまぬ目だ。

 言継は口を突いて出そうになる嘲りを唇を噛んで堪え、エレベーターに向かってヒールを鳴らしながらゆっくりと歩を進めていく。

 WHO本部を拠点にするようになって数ヶ月──言継に対する反発はプライドが全て黙らせたことで何事もなく過ごせていたが、WHO制圧隊の主要メンバー以外と顔を合わせるといつもこうなっていた。誰もが言継という人間を見ない。──かつてのプライドのように。


「…………、…………」


 普段は伝継の自室で寝泊まりしている言継であるが、エレベーターに乗り込んだところでふと何かに想いを馳せるように紫黒色の目を細め──その指先を伝継の自室がある階層とは別のボタンに向けた。




 ◆◇◆




 伝継は項垂れた。


「──お兄ちゃん認めませんっ!!」

「ぅあ?」


 言継を呼ぶべく自室に戻り、けれど姿の見えぬ言継にWHO本部中を探し回り──そしてようやく妹を見つけた伝継はその場所に、遠い目をせざるを得なかった。


「──お兄様? 何をしておりますの? いくら実兄といえど女性のプライベートを侵すだなんて最低ですわよ」

「ラストリアル副長の部屋で寝ているお前が言うか? それ」


 ──そう。

 いくら探しても見つからぬ言継に伝継が何となしに訪れてみたプライドの自室、そこのベッドで言継はすうすうと呑気に昼寝していたのである。それを見た時の伝継の心境──推し測れるものではないだろう。


「なあに? 変な勘違いなさらないでくださる、万年発情期の猿さん? お兄様の部屋、最近おじさん臭がひどくてよ」

「俺はまだおじさんじゃない!!」

「そうやって認めないからおじさんですのよ」


 そう言って言継は嗤い、ベッドから離れて伝継と向き合った。


「──それで? 何かありましたのでしょう?」

「ん、ああ。俺たち制圧隊は少しばかりヨーロッパを離れることになる。だからしばらくお前をひとりにしちまう」

「……強い魔女が現れましたのね?」

「そういうこった。言っとくが言継、お前は留守番だからな? しばらくひとりになるからここじゃなくてミュンヘンの家にいてもいいぞ」

「…………」

「むくれんな」


 嘲りを口元に残しつつ頬を膨らませた言継に伝継は仕方なさそうに笑う。そして言継の目を鏡に映したようにそっくりな紫黒色の目に哀愁の色を帯びさせて言継の頭をそっと撫ぜた。


「ごめんな。〝魔女〟を解放してやれなくて」


 言継が魔女に成って十六年。

 当時十六歳だった伝継はそれまでの夢であった獣医をあっさり捨て、言継を〝魔女〟から解放する術を探すべく魔女学の道を選んだ。嘲ることしかできなくなった妹を助けるために。──〝化物〟と自分の娘を詰る両親から妹を守るために。伝継は妹を連れて家を出て、ただひたすら必死に〝魔女〟について調べ続けてきた。

 オックスフォード大学で魔女学の研究をしながらWHO制圧隊に入隊し、魔女について理解を深め続けてきた。

 ──だがその甲斐なく、言継が成人を迎えた今もなお言継は〝魔女〟で在り続けている。

 何が兄だ、と伝継は自嘲する。


「馬鹿ですの? お兄様如きがわたくしを助けようだなんておこがましくってよ。お兄様はお兄様らしく尻尾振ってわたくしの靴を舐めていなさい」

「ああ。ありがとな言継。──何かあったら連絡しろよ」


 そう言って伝継は愛しむように言継を抱き締めた。言継を厭う両親に傷付き、けれど泣くこともできず嘲り続けていた言継を抱き締めていたかつてのように。


「…………」

「じゃあな。ってかお前もここ出ろな?」


 お兄ちゃんまだ認めません──そう言い残して去っていく伝継を見届けて、言継はぼふりとプライドのベッドに腰を下ろす。ふう、とその嘲りを張り付けた口から疲れたような吐息が零れた。


「…………」


 魔女に成って十六年。

 四歳だった言継があの、血に濡れた魔女に無理矢理力を押し付けられて十六年──それは言継にとって地獄の十六年であった。

 靴を放り投げるように脱いでベッドに足を上げた言継はそのまま寝転がる。プライドの加齢臭──と、まではいかないものの壮年の男性特有の焦げつくような匂いが言継の鼻孔を擽り、嘲りに支配されている体がほんの少しだけ緩んだような気がして言継はほうっと安心したように息を吐く。


傲慢プライドのくせに生意気ですわ」


 けれど、と言継は想う。

 魔女に成って十六年──言継という存在をありのまま受け入れてくれた存在など、兄の伝継だけであった。

 両親には忌避され、ドMな下僕こそできれど友人はひとりもできず。

 言継という〝魔女〟に興味を持つ学者はいれど言継という〝人間〟を見てくれる人間など皆無であった。魔女の人権を保護せんと活動する人権団体さえも、言継という〝人間〟を見ることはなかった。彼らにとって重要なのは〝迫害されている魔女〟であり、言継という個人ではない。

 兄だけであった。

 伝継だけが、言継の味方であった。

 オックスフォード大学の助教授となり、WHO制圧隊のメンバーとなって日本にいることが少なくなった伝継ではあったが毎日言継に電話をかけていたし、月に一度は必ず帰国して言継の様子を見にきていた。

 けれど、と言継は想う。

 プライド・ラストリアル。魔女を憎悪し、魔女を排他せんと戦う老紳士。今でこそ言継のことをひとりの人間として認めてくれているが、出会った当初は言継を人間ではなく魔女としてしか見ていなかった。他の人間たちと同じように。

 だがプライドは、真正面から言継と向き合っていた。向き合い、真正面から言継を否定し、言継を斬り伏せんと蛇のように執着してきたのだ。魔女を恐れ、忌避する人間が多い中──プライドだけは言継を恐れなかった。恐れず、逃げず、まっすぐに言継を否定した。


「…………」


 形はどうあれプライドという男は言継とまっすぐ向き合っていた。まっすぐすぎるくらいに、言継を蛇のようにねめつけていた。

 ──だからこそ多くの魔女の〝真なる死〟を経て言継のことを受け入れてくれたのだろうと言継は考えている。過去がどうであれ、今のプライドは伝継と同じように言継のことを理解してくれている。それに連動するようにオセロットやカレン、王も言継のことを理解しようと向き合うようになった。魔女擁護派の筆頭であるオセロットさえ──言継のことを好意的に受け入れてはいても向き合うことはしていなかったのだ。

 オセロットは言継のことを決して否定的には捉えていなかった。それどころか言継に同情し、思いやっている様子も見られた。だが──同時に、何処か言継に対して一歩距離を置いているような節もあった。魔女を恐れているわけではなさそうだったが──何処か辛そうに言継を見るのだ。だからオセロットが言継とちゃんと向き合い言葉の本質を知ろうとすることは、プライドが言継の本質を捉えるその時までなかった。


傲慢プライドのくせに」


 兄だけであったのがいつの間にか隣にはプライドがおり、後ろを振り返ればオセロットとカレン、王もいる。

 プライドと睨み合い、いがみ合っているうちに気付けばこんなことになっていた。それが何となく腹立たしくて言継はぼふぼふとプライドの枕を叩く。

 その拍子にずきりと胸が痛み、胸を押さえて蹲る。


「ぐう……」


 大きすぎる力には代償が伴う。

 言継の小さな体に収めるには、あまりにも多くの魔女の力を継承しすぎた。


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