③
「わたくしも全くもってこの魔女の仰っていることが理解できませんけれど──〝未来の魔女〟というのはおそらく、正しいですわ」
いくら探っても見つからぬのはそもそもが生きている時代が違うから。
「……確かに、わたくしの〝言葉〟の能力こそ万能ではありますけれどわたくしのできる時間操作なんてたかが知れておりますわ。──貴方、まさかこのわたくしに未来の魔女を倒しに行けとでも仰っていますの?」
「──そうで──なけれ──ば──終わら──ない──」
「……わたくしに継承すれば貴方は死にますのよ? 喚くしか能のない貴方でもそれは理解できておりますでしょう?」
「──それしか──ないから──」
それしか、終わらせる術がないから。
──そう言って魔女は叫くのを止めてゆっくりと立ち上がり、言継の元へ歩み寄っていった。即座にプライドが言継の前に立ち、言継の両脇を伝継とオセロットが固める。
「──とて──も──いい──仲間──ね──」
言継を守らんと立ちはだかる者たちを前に、魔女は叫きながら微笑む。
それはとても、穏やかな微笑みであった。そしていつの間にか魔女の右手には、銀のフォークが握り込まれていた。
「ごめ──んな──さ──い──ね──」
「!!」
魔女の右手に握り込まれていたフォーク、それに言継がはっとするのも束の間。
魔女は自らの喉に、それを突き刺した。
「きゃあっ!!」
「何をしちょる!!」
カレンの悲鳴が言継の背後から響き、それを塗り潰すようにオセロットの怒声が飛ぶ。
けれど魔女の喉元に突き刺さったフォークは止まることなくずぶずぶと、鮮血を溢れさせながら肉を切り裂いて埋まっていく。伝継と王が駆け出して魔女の腕を掴み、止めさせようとするが──大の男がふたりでかかっても動かぬほど、自らの喉にフォークを突き立てる魔女の腕は全力であった。全力で、本気であった。魔女は──死ぬつもりであった。
「っ……」
言継がプライドを押し退けて前に進み出る。が、その腕をプライドが掴んで止めた。
「──忌々しい!! 言継に継承させるために死を選ぶなど……!! 言継!! 継承する前にワタクシから生命力を奪取する状態にしておきなさい!!」
「おこ」「断らせません。早くしなさい!!」
「あっ……あ、あたしからも取って! 何もしてないから有り余ってるし……!」
「言継!! ここにいるやつら全員から取れ!!」
「……──我儘な方たちですこと」
ため息混じりの嘲りとともに紡がれた不協和音がプライドをはじめとする制圧隊の面々にかかり、紫色の魔法陣がその体を彩る。
「今のは〝ありがとう〟って意味だ、覚えておけよ王」
「なるほど……カレンさんとはまた違った不器用さを感じますね」
「ちょっと! うるさいわよツタ!! 王!!」
「貧相な小娘に同意いたしますわ。お兄様、わんわん。その愚かな魔女をしっかり押さえつけていなさい」
けれど伝継と王が魔女を抑える必要はなかった。
継承すべく前に進み出た言継に、魔女は笑顔で──喉元にフォークが突き刺さったまま、笑顔で向き直った。そうして腕を広げた魔女に──言継は、静かに不協和音を奏でる。
「■■」
もはや見慣れてしまった夕陽色の魔法陣にプライドは目を細め、忌々しそうに舌打ちして魔女をねめつける。だがそんな蛇のような眼光にも魔女は、喉元から鮮血を溢れさせながら微笑んでいた。喉が潰れたせいでもう叫けないその口で──言継には決して浮かべることのできない微笑みを、浮かべていた。それがさらに腹立たしくてプライドは歯軋りをする。
そうして夕陽色の槍は今日も言継の胸を貫き、その体に新たなる魔女の力を宿したのであった。
◆◇◆
「〝未来の魔女〟エンド──それがあたしたちの敵の名前」
継承を終え、継承で傷付いた言継も言継に生命力を分け与えた制圧隊の面々も落ち着きを取り戻したころにはすっかり日が落ちていた。オセロットの執務室に集った制圧隊の面々と言継は王の作ってくれたビーフシチューで腹を満たしながら〝牢獄の魔女〟よりもたらされた情報について整理していた。
〝未来の魔女〟エンド。
言継が継承したことで暴走することなく真なる死を迎え、〝魔女〟から解放されたオフィリア=フレイ=デレシアによってもたらされた──一連の暴走魔女事件を引き起こしている魔女の名。
「終末だなんて安直な名前だとこと。ねえ? 傲慢」
「もう大丈夫なのですか?」
「人の話は聞きなさいと教わりませんでしたの?」
言継はそう嘲ってから大丈夫ですわ、と続けてビーフシチューをひとくち口に運んだ。
「貴方たち如きの生命力では当然、わたくしを満たすには足りませんでしたけれどもね」
「これは〝みんなは大丈夫?〟ですかね?」
「より正確に言うならば〝もう生命力を分け与えるなんて真似しないでよ、心配になる〟でしょうね」
「お兄ちゃん的には〝みんなのばか〟と聞こえた」
「黙りなさいわんわん、傲慢、愚兄」
言継の嘲りを好き勝手解釈する三人に言継がツッコミを入れる様子にカレンとオセロットは噴き出してしまい、ほんの少しだけ張り詰めていた空気が弛緩する。
「……ツタの妹と初めて会った時さ、なんて嫌な魔女なんだろうって思ってた。でも……色んな魔女と戦って、色んな魔女と話して、色んな魔女をツタの妹が継承していくのを見て……嫌な奴はあたしだって気付いちゃった」
「まあ。今更気付きましたの? アラサーにしてようやく気付くなんて随分人生を無駄にしましたのね。やはり貧相ですと頭の方も貧相になるのかしら?」
「やっぱむかつくあんた」
──そう言いつつもカレンは前ほど言継に対して腹が立たない自分に気付いていた。〝魔女〟というカテゴリに囚われて言継という一個人を無視していた自分にため息を零しつつ、カレンは話題を戻すべく視線を伝継の方に移した。
「エンドって名前、似てるよね? 最初の魔女と……」
「──〝原初の魔女〟エイトだな」
〝原初の魔女〟エイト。
紀元前八十八年、古代ローマにエイトという名の魔女が天より降り立ったところから魔女史は始まっている。
エイトが何者であるのか、それは一切明らかにされていないものの──古代ローマに降り立ったエイトの力が何百、何千にも分かれてそれらが人間の女性たちに宿り、〝魔女〟が生まれたとされているのだ。
「〝未来の魔女〟エンドと〝原初の魔女〟エイト──その関連性は分からねぇけど……少なくとも未来から干渉があるのは間違いないんだろ? 言継」
「ええ。あの喚くだけの魔女から〝時間〟の能力を継承したことで時空への干渉が可能になりましたわ。その上で再度魔力感知と探索を行いましたの。──八百年後の時代から干渉が行われておりましたわ」
「八百年後……」
八百年後の魔女、エンド──何を目的にしているのかは不明ではあるものの、ここ最近連続で引き起こされている魔女の暴走は間違いなく八百年後の世界から干渉されてのことであると言継は語った。
「──つまり、暴走を止めるにゃあ八百年後に行って魔女を倒さにゃあならんちゅうことか?」
「少なくとも〝牢獄の魔女〟はそれを望んでいるようでしたな。──が、言継」
「不可能ですわ」
八百年後へタイムスリップして魔女を倒す。
言葉にするのは簡単でも、それを実行するとなるととてもつなく大きな力が必要となる。
「八百年後への時空移動、それを行えばわたくしは間違いなく死にますわね」
力には代償を。
元々〝言葉〟を司る万能の能力を持つ言継が〝時間〟の能力を得たことで時空への干渉がより容易になったとて、その力を収めている〝器〟は所詮、人間の肉体なのだ。
人間は死ぬが魔女は死なない。
そう──魔女は死なないが、人間は死ぬ。大きすぎる力に魔女は耐えられても人間は耐えられない。
八百年後へ飛べば間違いなく葉月言継という人間は死ぬ。
「この話はするだけ無駄ですね。あの魔女は一体何を考えていたのでしょうか」
「頭が悪そうでしたもの。わたくしが未来に飛んで、そこで暴走すれば〝未来の魔女〟が死ぬと考えたのではなくって? けれどわたくしの暴走に加えてこんな過去にまで干渉できるような力を持つ〝未来の魔女〟の暴走──何が起こるか考えるだけでもおぞましい」
「考える必要なぞありません。言継、未来へ行くという話は忘れてしまいなさい」
「ラストリアル副長の言う通りだ。言継、馬鹿なことは考えるなよ?」
──お前は優しすぎるから。
ぼそりと付け加えられた伝継の言葉に言継は眉を顰め、馬鹿にしたように嗤う。
「このわたくしが自分の体を犠牲にしてまで〝未来の魔女〟を倒そうとするとでも思っているのかしら?」
「思いますな」「思う」「思うのう」「思うわ」「思います」
「…………」
異口異音同義。
全員一致の考えに言継は納得いかぬという目で嗤った。
──それほどまでに、葉月言継という人間は優しすぎた。
【叫きの魔女】




