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 ②


「……お茶、用意してきますわ。感謝して五体投地することね」


 捨て台詞のようなことを言いながら言継が立ち上がった、その瞬間であった。


「っ!」「!?」


 どくりと空気が震えたかと思えば、立ち上がりかけていた言継の体が止まる。

 ──いや、言継の体だけではない。れんげで鮭雑炊を掬い上げ、けれど少しだけ零れてしまった雑炊が──空中で停止している。当然のことながら、プライドの体も動かない。意識だけは動く。思考もできる。しかし視線が動かない。れんげから動かない。声さえも出ない。どんなに力を込めようと、意識が空振りするだけで体は動かない。

 焦点がれんげに合ったまま動かせぬ中、視界の端で立ち上がりかけのまま固まった言継が必死に声を出そうと──不協和音ノイズを紡ごうとしていた。思考以外全てが停止した世界で言継はただただ必死に、体内で魔力を練り込んでいるのがプライドにも分かった。

 やめろ、と声に出したくとも出せぬもどかしさにプライドが内心歯軋りしている中──唐突に、れんげが跳ねた。

 跳ねたというよりは、プライドの腕が弾かれたように振り上げられた。必死に動かさんと込めていた力、そのままに。

 そして同様に言継の方もつんのめったように前に飛び出し、その勢いのままプライドの上に倒れ込んだ。


「ぅぶっ!!」

「おっと。──動けるようになりましたね」


 突進するように倒れ込んできた言継を何でもないように受け止めたプライドは周囲を蛇のように見回しながら状況の分析に取り掛かる。先ほどの状況──あれはわざわざ言葉にするまでもなく、明らかに時間が停止していた。意識だけが時の流れを刻む、停止した空間の中にプライドたちはいた。

 それが唐突に解除されたものだから抗おうと必死になっていた勢いそのままにプライドはれんげを吹き飛ばし、言継もプライドの体に突進してしまったのである。


「……〝牢獄の魔女〟に何かありましたね」

「〝牢獄の魔女〟?」


 プライドの硬い胸筋にしこたま鼻を打ち付けて涙目になっている言継が問い返せばプライドはゆるやかに、けれど少し気まずそうに頷いた。


「〝牢獄の魔女〟──〝時間の魔女〟オフィリア=フレイ=デレシア。……彼女がここWHO本部の地下に幽閉されております」

「なんですって?」

「……生前封印を行うようになったころ、〝時間〟を司る危険な魔女ということで真っ先に候補に挙がりました。しかし万が一封印が老朽化などによってゆるみ、暴走してしまえば人類では太刀打ちできない──そう考えて〝時間の魔女〟に限ってはWHO本部管理下に置き、幽閉しながら暴走させることなく次代に継承させ続けることが決まり……二十年前から幽閉されています」


 そのあまりにも残酷な内容に言継は目を見開き、嘲りと罵倒が口を突いて出ようとしたのを噛んで堪える。〝時間〟を司る魔女など、人類からしてみれば恐怖以外の何物でもない。万が一にでも暴走されてしまえば先ほどのように時間停止を喰らって終わりである。だからWHOがその選択をしたことを、言継は責められなかった。


「っ……」

「やめなさい。血が出ています」


 プライドが言継の唇に指を這わせて強引に口を開かせる。言継の唇は何度も噛んだせいかひどく裂けていて、プライドはぎゅっと眉間に皺を寄せた。

 ──そんな時であった。


「言継!! 無事──……」


 扉が弾けんばかりの勢いで開け放たれると同時に飛び込んできた伝継が、停止する。別に時間停止は喰らっていない。

 伝継の視線の先──プライドのベッドの上。そう、ベッドにいるプライドと、プライドの上に倒れ込んだままの言継。

 経緯を知らぬ伝継からすればプライドに言継が乗り上げていて、そんな言継の唇にプライドが指を這わせているという何ともアダルティな場面でしかない、その様相。

 伝継は、叫ぶ。


「お兄ちゃん認めません!!」


 言継は、嘲る。


「おぞましい勘違いなさらないでくださいませ!! お兄様の頭にはそれしかありませんの? 万年発情期ですの? 猿ですの? 猿でしたわね!! このエロガッパ!!」


 プライドは、ため息を零す。


「…………全く」


 若干のてんやわんやのあと、伝継たち他のWHOメンバーにも時間停止の攻撃があったとのことで現在、オセロットたちが地下へ確認に行っているという旨を伝継から伝えられた。


「〝牢獄の魔女〟はいつも叫んでいる魔女なんだ。だが会話が叫びになるだけで意思疎通は可能でな……幽閉されることについて、彼女自身も納得の上だったんだ」


 ──だから俺が何を言っても彼女は牢獄から出ようとはしなかった。

 そう言う伝継に言継は人差し指を顎に当てて首を傾げる。


「……暴走ではありませんのね?」

「そのようだ」

「……、…………傲慢プライド

「……分かりました。地下に行きましょうか」


 全てを言葉にされずとも理解したプライドは小さく鼻を鳴らしてそう言い、ベッドから起き上がって背筋をまっすぐ伸ばした。




 ◆◇◆




「お──まち──しておりまし──た──」


 WHO本部地下十八階──〝魔女牢〟、その最奥。

 〝牢獄の魔女〟改め〝時間の魔女〟オフィリア=フレイ=デレシアの幽閉されている無機質な白い部屋。その中で魔女の(あめ)きが木霊する。


「〝()()──の──魔女〟──さま──お──こしくださ──り」

「やかましいですわよ、少しはしとやかになさったらいかが?」

「しとやかさを貴方が語りますか、言継」

「黙りなさい傲慢プライド


 軽い応酬をして言継は改めて白い部屋の中に幽閉されている魔女を眺める。中東出身であるらしく、浅黒い肌によく映える白いチャドルをゆるやかに巻いている美しい女性であった。その喉から出る声は全て叫きではあるものの、言葉は非常に理性的で決して会話の通らぬ魔女ではなかった。

 魔女の言葉から察するに、先ほどの時間停止はどうも──言継を呼び寄せるために行ったものであるらしい。


「〝循環の魔女〟? また意味不明な呼称ですわね──何故わたくしをそう呼ぶのかしら」

「わた──し──の中──に、魔女──が、干渉──して──います」

「!」

「何ですって?」


 魔女の中に、魔女が干渉してきている。

 其れ即ち、一連の暴走魔女事件の犯人がこの魔女にも干渉しているということになる。プライドたち制圧隊の表情が一気に強張ったものになり、警戒の色を強めて武器をいつでも取り出せるよう構えた。


「〝()()の──魔女〟──わた──しを、継承──してくだ──さい」

「えっ?」

「あな──たは──わたしを──継承しな──ければ──ならな──い──」

「……どういうことですの? 喚いていないでさっさと説明なさいな」

「あ──なた──は──永遠──に──魔女で──在らなけ──れば──」


 永遠に魔女で在らなければならない。

 〝牢獄の魔女〟の、その言葉に反応したのはプライドであった。


「──どういうことですか」


 その声はとても低く、剣呑な色を孕んでいた。永遠に魔女で在らなければならない──その意味。それがどういうことなのか、一連の暴走魔女事件を経た魔女に対する理解の上でプライドは得体の知れぬ恐怖を抱いていた。

 言継が魔女で在り続ける。それ即ち、死ぬことができぬということ。

 人間は死ぬが魔女は死なない。

 その前提の上に成り立つ〝永遠に魔女で在る〟ということの意味。


「答えなさい!! 貴様は何を知っているのです!?」

「────魔女──」


 一連の暴走魔女事件を引き起こしている魔女。


「それ──は──はるかな未来──の──魔女」


 はるか遠きにて、高きを臨んでいる魔女。

 はるかな未来の魔女。


「──あな──たは──継承──しなけれ──ばならない」


 〝時間〟の能力を。


「すべ──てを終わらせ──そし──て──始め──るため──に」


 人為的な暴走を止めるには未来の魔女を止めなければならない。

 未来の魔女を止めるためには未来に行く必要がある。

 ゆえに、言継には〝時間〟の能力が必要となる。


 全てを終わらせるために。


「〝()()──の──魔女〟──継承を──」


 全てを始めるために。


「──いい加減になさい!! 意味が分かりません!!」

傲慢プライド


 叫きながらよく分からぬことを語る魔女に怒声を上げたプライドに言継の嘲った声がかかり、プライドは視線を言継に向ける。


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