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「本体はおそらくあのおぞましい頭のどれかですわ。ひとつひとつ潰していきなさいな」
補充の不協和音を口にしながら背後にやってきた言継にプライドは視線を向け、そして生命力の補充を命じた。
「加齢臭が移るから嫌ですわ」
「黙ってやりなさい。今ここで貴方に倒れられるとワタクシたちは全員海に落ちるのですよ」
「ラストリアル副長の言う通りだ、言継。ほら、俺から取れ」
「…………仕方ありませんわね」
不満そうにしながらも伝継から生命力を分けてもらった言継にプライドは鼻を鳴らし、制圧隊の面々に先ほどと同じ手法で人形の頭部をひとつずつ落としていくことを伝える。
そうして言継のサポートを受けながらWHO制圧隊は人形のベッドメリーの頭部パーツを一個ずつ破壊していくこととなった。
◆◇◆
「残り三個──あのどれかが本体ということになりますね」
「はぁ……はぁ……」
WHO制圧隊と人形のベッドメリーとの戦闘が始まって一時間。言継のサポートもあってベッドメリーの頭部パーツの破壊は順調に進み、遺すところ三個のみとなった。
言継の補強を受けて紫色に輝いている仕込み杖を片手に蛇のような鋭い目を人形のベッドメリーに向けているプライドと、その隣で息を切らしながらショットガンを杖替わりにしている伝継のふたりを眺めて言継は嘲りを口にする。
「お兄様、みっともなくってよ──ご老人よりも動いていないくせにそんなに弱るだなんて」
「ぜぇ……俺ぁ本業は大学の助教授だぞ。根っからの戦闘のエキスパートであるラストリアル副長とは違う……」
「……元々軍属でしたからね。言いましたでしょう、貧弱な貴方に生命力を分け与えた程度で倒れるワタクシではないと。──分かったらさっさと補充なさい、虚弱娘」
「……■■■■」
言継から生命力を吸い取られるのも慣れたようで、プライドの表情に変化はない。この一時間で伝継と同じくらい──いや、伝継以上に多くの生命力を言継に分け与えているというのにプライドに疲れの気配を見せる様子はない。怪物ですわね、などと思いながら言継は満たされていく己の体に大きく息を吐く。
「わしからももっと取ってええぞ! 有り余っとるけぇの!」
「あたしは……遠慮しとくわ」
「私も倒れそうなのでやめておきます」
「オセロット、貴方は有り余っている体力をまず脳に回しなさい。テラーと王は言継の心配をするよりもまず自分の心配をなさい──行きますよ」
「まあ。考えなしに魔女を生前封印だーだなんて仰っていたご老人が何かほざいていますわ。貴方こそ脳に栄養が必要なのではなくって?」
「……解釈に苦しみますが、〝気を付けて〟と言いたいのですか?」
「何を仰っておりますの? 変な勘違いをなさらないでいただきたいわ」
「正しい、と。ふむ、本当に面倒臭い体質ですね」
「…………」
口元では変わらず嘲りを浮かべていても目が何とも言えぬ複雑な感情を抱いている言継に伝継は思わず苦笑した。
葉月言継とプライド・ラストリアル。ふたりを端的に形容しようと思ったならば〝ドS魔女と鬼畜老紳士〟となるだろう。魔女に成ってしまった言継と、魔女を憎むプライド──このふたりの相性は絶望的に悪いだろうと伝継はふたりが邂逅を果たす前から考えていた。
そしてそれは実際に正しく、出会った当初のふたりは険悪通り越して壊滅的であった。プライドは言継を隙あらば殺してでも封印しようとするし、言継は魔女を軽んじているプライドのことを心底軽蔑していた。
だが今はどうだ。
まるでツンデレとツンデレのやりとりではないか──そう考えて伝継は嬉しいようなそうでないような、複雑な心境になりながら頭を掻く。
「本体を探り当てたらある程度弱めてからわんわん、液体窒素で固めてくださいませ。そのまま陸地に引き上げて継承しますわ」
「……、……言継」
「再封印だなんて言わせませんわよ、傲慢。暴走を引き起こしている根本を叩かないと再封印してもまた解かれるだけというのは分かっていますでしょう?」
「…………それは分かっておりますがね。言継、貴方は既に幾人もの魔女の力を抱えている──今更貴方が世界征服を企む魔王などとは思いませんが──……耐えきれるのですか?」
「耐えるしかありませんでしょう」
わたくしを舐めないでいただきたいものですわ──そう言って、言継は嗤う。
可能か不可能か、ではない。やるかやらないか──それしかないのだ。
「さあ、行きなさい。わたくしの下僕たち──■■、■■」
言継が展開した魔法陣が制圧隊の武器を強化すると同時に、人形のベッドメリーとの戦いの佳境を迎えた。
言継によって増強されたオセロットとカレン、伝継の銃トリオが銃撃音どころではない爆音を轟かせたのと同時に人形のベッドメリーが回転を止め、三個だけ残っていた頭部パーツのうちひとつがゆらりとこちらを向き──落ち窪んだ両眼と口を大きく開いて激しく振動し始めた。
そのシェイクに呼応してエーゲ海の海面が大きく揺れ、言継が足場として展開していた魔法陣を叩き始める。それだけでなく大気も雷が轟いているかの如く震え、言継たちの体幹を容赦なく揺さぶり意識をこそげ落としにかかってくる。
言継による緩和の防護魔法を受けていても平衡感覚を失いそうになるその激しい衝撃に言継と制圧隊の面々は口々に悲鳴を上げながら体勢を崩していく。──ただひとり、プライドを除いて。
「言継、貴方は自分を全力で守りなさい。そして、ワタクシから全力で生命力を奪いなさい。──この場で継承してしまいなさい!!」
「え!? ──きゃあ!!」
体勢を崩してへたり込んでいた言継の体をプライドが抱え上げ、言継が暴れるのも構わず走り出した。
「ちょっと──ちょっと傲慢!!」
言葉こそ焦っているが声色からはやはり嘲りの色しか感じられない言継の声を完全に無視してプライドは仕込み杖を閃かせ、落ち窪んで常闇しか見えぬ両眼と口が不気味な人形の頭部に斬り掛かる。
「生娘のような声を上げるのではありませんよ言継。いいから準備をなさい」
「このっ──後で覚えていなさい!! ■■、■■、■■」
「ワタクシから常に生命力を奪っていなさい」
「…………■■■■■■」
プライドの体が紫色の魔法陣で彩られ、その仕込み杖にも紫色に輝く長い刀身が追加された。それからプライドの肩に担ぎ上げられている言継は不機嫌そうに嘲笑いながらもさらに不協和音を口にし、生命力の譲渡を常に行う状態にした。
言継を左肩に担ぎ上げている格好だというのにプライドの動きに澱みは見られなく、言継が空中に作り出す小さな魔法陣の足場を巧みに駆け巡りながら増強された仕込み杖で人形の頭部を斬り刻んでいく。
「オ──ォオオオォオォォォォオォオオオオォオ!!」
「っ!!」
「きゃあっ!! ──■■!!」
それまで音をほとんど伴わぬ振動でもつて世界を揺るがしていた人形の頭部が突然、咽んだ。
咽びは音となり振動となり超伝導となり、言継たちの体を分解せんと世界を揺るがす。ばりんばりんと言継の構築した魔法陣の足場が割れていく中、言継は自分やプライドの体を再生しながら足場を新たな魔法陣で補強していった。
「■■──■■──■■」
いくら再生しようとびしりびしりと超伝導が言継たちの体を分解せんと裂いていく。足場も再構築を繰り返しているものの、すぐひび割れては荒れ狂う波に下から打ち上げられて割れていた。視神経さえも超伝導に揺さぶられて視界が定まらぬ中、言継はただただ必死に、再生と再構築を繰り返していた。
「ぐうっ!! ──これは、まず、いっ」
「サブマシンガンが壊れちゃった……!! この超音波、なんなのよっ──いたっ!!」
言継を抱えて人形の頭部へと迫っていったプライドと違い、オセロットたちは人形の頭部からある程度距離を取っていた──が、それにも関わらず咽びによる分解はオセロットたちにも届いた。人形の頭部の咽びに共鳴するようにその体がひび割れ血飛沫を噴き出していく。
それを見て言継は再生の手をオセロットたちにも伸ばそうと手のひらを閃かせる。けれどその瞬間に言継を抱えているプライドの手が言継の背に喰い込んだことで言継は反射的に不協和音を口にしようとしたのを止めた。
「言継、再生は後回しになさい!! 一時で構いません、あの人形の振動を止めなさい!! ──ワタクシがトドメを刺します、そうしたら継承なさい!!」
そうして言継がオセロットたちを助けようとするのを止めたプライドが下してきたのは、短期決着への指示であった。言継はやはり嘲ることしかできぬその口で自分に命令するプライドを罵倒し、そしてある程度の嘲りを経て自由を得た口で不協和音を刻む。
「っ──■■!!」
かつて〝図書館の魔女〟──〝腐蝕の魔女〟が含有していた全てを腐らせる能力。力の継承により同等の力を得ていた言継は不協和音によってその力を再現した。言継の手のひらから紫色の魔法陣が展開されると同時に錆色の空気が空気感染の如く前方一面に広がり、人形の頭部を錆びた空気で包み込む。
次の瞬間には人形の頭部がかびに侵された食パンの如く──錆に呑まれた。それを視認して言継は瞬時に魔法陣を閉じ、錆びた空気を払拭する。錆というものは取り除かぬ限り広がっていく病原菌のようなものである。一度錆に染まってしまえばあとは勝手に錆びていくがゆえに、長時間の展開は必要としないのだ。
人形の頭部に声帯があるかどうか定かでないが、それまでひっきりなしに咽んでいた頭部から唐突に咽びが鈍く──錆らせていった。咽びが錆に完全に浸食され、ぎいぎいと鈍い音を響き渡らせるだけになるのにそう時間はかからなかった。
自分たちを分解せんと響き渡っていた超伝導が止んだのを確認してプライドは言継を担いだままかろうじて残っている魔法陣の足場を駆け抜ける。分解によって傷付いた体から血が滴り落ち、後方に流れていくのも構わずプライドは一直線に駆けた。
プライドの右手に握り込んだ仕込み杖が腰より低く構えられる。プライドに担がれていることによる揺れに舌を噛みそうになりながらも言継がプライドの仕込み杖をより増強し、紫色の刀身がさらに長くなり太刀と変わらぬ重厚な剣となったのと同時に、プライドの右腕が大きく振り上げられた。
──その瞬間、ぎいぎいといびつな音を鳴らしながらも咽ぼうと小刻みに振動していた人形の頭部が、動きを止める。
つう、と人形の頭部のちょうど中心に紫色の軌道が走り──ずるりと、人形の頭部が縦にずれた。




