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六 【海底の魔女】


 言継の熱を帯びた額にプライドの冷たく、骨張った手が載せられる。


「──加齢臭が移りますわ」

「憎まれ口を叩ける程度には回復したようですね。見た目に似合わず貧弱ですな」

「華の女子大生ですもの、か弱くて当然でしてよ」

「戯言を。──魔法を使う余裕があるのならばさっさとワタクシの生命力を奪いなさい」

「そうさせていただくわ」


 そのひとことの後に不協和音ノイズが続けられ、プライドの全身を紫色の魔法陣が覆い尽くした。そうしてプライドの生命力が言継に移り、熱を帯びていた言継の顔から朱が引いていく。


「──っ、はぁ……ああ、加齢臭がわたくしに移っていないか不安ですわ」

「安心なさい、貴方からは汗臭さしか感じませんよ。テラーを呼んできますから身綺麗にしなさい」

「乙女の匂いを嗅ぐだなんてとんだ変態ですこと。──貧相小娘を呼ぶ前に、()()()()()()()()?」

「…………」


 プライドは、ため息を零す。


「──地中海に封印されている魔女が暴走を始めました」

「封印が解けましたの? ──いえ、()()()()のかしら。なんて役立たずな封印ですこと」

「おそらくは。どの魔女なのかは分かりませんが……現在、オセロットと葉月、王が制圧隊二軍・三軍を引き連れて応戦しております」

「……なるほど。それで劣勢だからわたくしを起こしたってところかしら?」

「葉月は起こすなと言っておりましたがね」

「全くその通りですわ──弱っている乙女を起こして戦いに行かせようだなんて蛮行もいいところですわ」

「言継」


 いつもの調子で嘲りを口にする──嘲りしか口にできない言継にプライドは薄氷のように冷たく、けれど冷酷でも冷淡でもない静かな眼差しを向ける。


「戦闘中、ワタクシから生命力を奪いながら魔法を使いなさい」

「……嫌ですわ、加齢臭がこびりついてしまいます」

「──言いましたでしょう。貧弱な貴方とは違うのです、貴方に生命力を多少奪われたところでワタクシは倒れません」

「……あら、いやだ。わたくしが貴方を気遣っているだなんて思ってしまいましたの? 自惚れが許されるのは女子中学生まででしてよ」

「分かりましたね? 言継」

「…………生意気ですわ、傲慢プライド

「面倒臭い体質の貴方ほどではありませんよ」


 嘲ることしかできぬ言継の、嘲りの言葉。

 それは果たして言継の本心なのか。──〝孤児院の魔女〟の慈悲と本性を見て以来、プライドはずっと考えていた。

 (せめ)ぎ合う魔女への憎悪と言継への複雑な感情。それを前にプライドは熟考に熟考を重ね──結局、諦めた。言継の本性がどうであるかなど、これまでの言継の行動を顧みれば分かることであった。言継を〝魔女〟のひとことで切り捨てるには──言継は、あまりにも優しすぎた。

 嘲りしか浮かばないその顔とはまるで似合わぬ、他者を嘲り蔑み見下すその言動とはまるでかち合わぬ──自らの命を危ぶめてでも他者を思いやろうとする、その在り方。

 プライドはため息をまた吐き、ここ最近の自分の丸くなりように複雑な想いを抱く。魔女への憎悪は少しも薄れておらぬというのに、言継という魔女にほだされているということが自分でもよく分かったからである。


「……腹立ちますね」

「ご自分の矮小さに? 安心なさい、貴方の矮小さに勝てる人間などおりませんわ」

「〝どうしたの? 大丈夫?〟と、訳すればよいのですかね、それは」

「…………」


 思わず無言になってしまった言継にプライドは思わず笑ってしまい、けれどそんな自分に嫌悪感を抱いて軽く舌打ちをする。

 言継は魔女である。れっきとした魔女である。紛うことなく、魔女である。──それなのに言継に対して憎悪を向けきれぬ自分にプライドはまた、ため息を漏らした。


「──本当に腹立ちますね、貴方は」

「何なのか知りませんけれど……腹立つのはこちらですわよ、ご老人?」


 言継のいつもと変わらぬその嘲りと、嘲笑にしか聞こえぬその声と──けれど以前とは違い意味がまるで違って聞こえるその言葉にプライドは目を伏せ、カレンを呼ぶべく立ち上がった。




 ◆◇◆




 地中東北部──ギリシャより臨む瑠璃色のエーゲ海。女性ならば誰もが一度は訪れてみたいと憧れ、ロマンチックなひとときを夢見る宝石の如き輝きを持つ海──だが今や、見る影はもうない。

 濃紺色に染まった大海原が壊れたように荒れ狂っており、波という名の凶獣が唸り声を上げながら荒れ狂っている大海原を駆け抜けて艦艇や港を喰い千切っていく。


「──ひどい嵐」


 体を抉り取らんと横薙ぎに叩いてくる暴風雨に紫黒色の三つ編みを躍らせながら言継は紫黒色の目で荒れ狂う大海原の上に浮かぶ、〝魔女〟を眺める。


 それは、ただの化物であった。


 幼子が無造作に髪をハサミで切って無残にしてしまったようなフランス人形の頭部、それが巨大化したものが円盤からいくつも連なってぶら下がっており、くるくると回転している。それは赤子をあやすのに使われる、ベッドメリーのように。人形の硝子のような両眼と笑みを張り付かせた口元からは当然、感情は一切窺えない。

 〝十字架の魔女〟の憤怒の形相を浮かべた人間の頭部で構築された十字架も大概異質ではあったが、ここにいるそれはその比ではなかった。

 くるくると回転し続ける、感情のない人形の頭部たち──それを見上げて言継はため息を零す。


「もはや人間としての名残がありませんわね──相当昔に封印されていた魔女なのでしょう。おぞましいこと」

「言継、無茶するな。こいつは俺たちが再封印する。だから──」

「それじゃあ何も分からないままでしょう、お兄様? 馬鹿ですの? ああ、馬鹿でしたわね」

「葉月、言継にはサポートに徹してもらいます。言継、下手に摩耗して倒れるなどという愚かしい結果にならぬよう生命力の調整はきちんとしなさい」

「構いませんことよ。傲慢プライド、貴方が枯れるまで奪い取ってさしあげますわ」

「貧弱な貴方に奪われた程度で倒れるワタクシではありませんのでご安心を」

「──……、…………」


 言継とプライドのやりとりを見て伝継は複雑そうな面持ちになる。そしてぽつりと、暴風雨に掻き消されてしまうほど小さな声で囁く。


「…………仲良くなったんだな……お兄ちゃん、嫉妬しちゃう……」

「おぞましいことを仰らないでくださいませ、愚兄(塵屑)

「斬りますよ葉月」


 か細い囁きだったというのに耳聡く聞き取ったふたりから罵倒を──殺意のこもった()()()()()を受け、伝継はふっと遠い目になった。


「ちょっと、お喋りしてる場合!? あの魔女どうにかしないとでしょっ!!」

「──そうですわね。とりあえず──■■■■(影響希薄化)


 カレンのツッコミを受けて言継は不協和音ノイズを口にし、同時に言継を含むWHO制圧隊の面々に紫色の魔法陣がかかり、ふっとそれまで痛いほどに体を叩きつけていた暴風雨の威力が弱まる。


「足場はわたくしが作りますわ。感謝しながらあのおぞましい化物をさっさと倒すことね」

「WHOだけじゃのうて軍も動いちょる。艦艇の協力も──」

「あんな大きいものまでカバーしろだなんて頭の悪いこと仰らないでくださいませ」

「貧弱な小娘は精々、ワタクシたちを補佐することしかできないに決まっているでしょう。──言継のサポートを受けるのです。少数精鋭で行きますよ」


 オセロットの申し出を言継とプライドのふたりが容赦なく足蹴にし、しょんぼりとしているオセロットを無視してふたりは顔を見合わせて頷き合った。


「貴方はご自分の貧弱具合をよく噛み締めることを忘れぬよう」

「貴方こそ年甲斐もなくはしゃぎすぎてぎっくり腰にならないようにしてくださいませね? ご老人」


 そして言継は両手を広げ──回り続けている人形のベッドメリーを中心に、大海原を覆い尽くすような広域の魔法陣を展開した。それにプライドが我先にと飛び乗り、それを追うように言継がさらに不協和音ノイズを載せてプライドの身体能力と仕込み杖を補強する。


「貴方たちも行きなさいな、のろまさんたち。銃弾や傷の心配はしなくて結構──わたくしが再生・再構築しますわ」

「時々戻るからお前もきっちり生命力の補充をやれ」

「──プライドのやつ、躊躇せんかったのう……余程お嬢ちゃんのことを信頼しちょるんじゃな」

「だ、だだ、大丈夫なの? この魔法陣の、隙間から落ちないよね!?」

「大丈夫……の、ようです。カレンさん、手を」


 伝継とオセロット、カレンに王──制圧隊の中枢たる面々も続いて言継の構築した魔法陣の足場に飛び乗って一直線に人形のベッドメリーへと駆け抜けていった。言継もあたりの様子を窺いつつ魔法陣に足を載せ、優雅な足取りで進んでいく。


「──ふむ、おおかたこの魔女の能力は〝振動〟といったところでしょうか」


 先んじて人形のベッドメリーに斬り込んでいったプライドは震える大気と痺れる体に目を細めながら仕込み杖の切っ先を人形の頭部に躊躇なく突き刺し、切り裂いた。

 切り裂かれた人形の頭部は表情を変えぬままその口を大きく開けて音のない咆哮を上げる。内臓を掻き回さんばかりの振動を伴った衝撃波がプライドの体を襲うが、言継の施してくれた軽減の魔法陣がそれを和らげてくれる。


「プライド!! 避けちょれ!!」


 オセロットの一声、それにプライドが人形のベッドメリーから離れると同時にオセロットと伝継、そしてカレンの手にしている銃器が炎を噴く。

 途端にそれまで規則的に回転していたベッドメリーがバランスを崩し、ちぐはぐに揺れながらの回転となった。それを目にして今度は王が駆け出し、それにプライドが追従する。


「とりあえず一個落としてみましょう、王」

「わかりました! 液体窒素、噴出します!!」


 狂ったようにアンバランスな回転をしている巨大なベッドメリーに王がノズルを向け、荒れ狂う暴風雨や海ごと世界を凍らせてしまえそうなほどに大量の液体窒素を噴出した。言継によって威力と分量を増強されたからなのだが、想像だにしていなかったその威力に王は一瞬動揺し、けれどさすがは戦闘に長けているプロのWHO制圧隊──すぐ落ち着きを取り戻して白く染まった視界に焦ることなくノズルの向きを調整した。


「王、止めなさい!」


 背後から飛んできたプライドの指示に王は噴出を一旦止める。と、同時にプライドが飛び上がって白く凍り付いた人形の頭部に仕込み杖の切っ先で斬り込んだ。

 ばきんっと音を立てて人形の頭部が割れ、円盤から離れ──足場となっている魔法陣に落ち、さらに細かく割れ砕けた。

 人形のベッドメリーから発される振動が、さらに強くなる。


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