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 ③


「哀れなこと。〝慈悲〟でもつて守ってきた子どもたちの手によって死に追いやられるのですもの」

「違うっ!! 俺たちはっ──」

「黙りなさい、乞食風情が」


 ──と、その時であった。言継の肌をぞわりと悪寒が撫で上げる。言継だけではない。プライドも伝継も、カレンも王も──全身が粟立つ奇妙な寒気に目を見開いた。


「これは──」

()()!! ──■■■■(魔力感知)!! ──■■■■(魔力探索)!!」


 言継が焦ったように不協和音ノイズを口にして紫色の魔法陣を孤児院を中心にして広域に展開し、周囲を探り出す。同時に、ベッドに伏せっている魔女が小刻みに──自律的にではなく明らかに何らかの力が加わったことによる痙攣を起こし出した。それを見てプライドは言継が口にしていたここ最近、連続で暴走を引き起こしているという謎の魔女の存在に思い当たり目つきを鋭くする。


「言継」

「──駄目ですわ、忌々しいこと」


 暴走を引き起こそうとしている魔女の存在、それはやはり掴めないようだ。どんどん痙攣を激しくしていく魔女に言継は嘲りながら舌打ちをし、魔法陣を打ち消して今度は夕陽色の魔法陣を展開した。

 その瞬間、痙攣していた魔女の顔がぎゅるっと勢いよく横を向いて言継は小さく肩を跳ねさせる。言継を向いている魔女の両眼と口は落ち窪んだ穴のように、真っ黒に澱んでいた。

 ヂヂヂと、電流が弾け迸るような小さな音とともに稲妻色の魔法陣が、展開されてゆく。


「──言継!! さっさと継承してしまいなさい!!」


 プライドの鋭い一声とともにどずりと仕込み杖が魔女の肩口に突き刺さり、プライドはそのまま魔女の体を持ち上げた。それを見計らうように夕陽色の魔法陣が槍となって──〝孤児院の魔女〟を、貫く。

 孤児たちの悲鳴が、轟く。


「先生ぇぇえ!!」


 ──そうして〝孤児院の魔女〟改め、〝稲光の魔女〟の力は、言継に継承された。


 夕陽色の槍を全て呑み込んだ言継の体が崩れ落ち──それを伝継が受け止める。プライドも仕込み杖を魔女の亡骸から引き抜いて言継の元へ歩み寄り、その顔色を窺う。


「死んでいませんね?」

「死ぬ……わけ、ございませ……げほっごほっ」

「喋るな!! ──俺の体力を奪取できる余裕はなさそうだな。しばらく休め」


 吐血しながら苦痛に喘いでいる言継を気遣うようにぎゅっと抱きしめ、伝継はプライドを見上げた。


「──副長、このまま事態が続けば言継が死ぬ」

「……分かっています」


 魔女。国際魔女法。WHO制圧隊。魔女擁護派。魔女否定派。次代継承。生前封印。

 魔女が存在する以上決して逃れることのできぬ、魔女の在り方についての議題ではあるが──伝継の言う通り、今は議論している場合ではなかった。このままだと間違いなく、暴走を引き起こされた魔女によって世界は混乱するし──言継は間違いなくそれを止めるべく奔走し、そして死ぬ。


 〈──ああ、やっと死ねた。礼を言うぜ、〝()()の魔女〟〉


「!」


 孤児たちが泣き咽びながら集っていたベッド、そこから心底うんざりしているとでも言いたげな、そんな気怠い声がしてプライドたちは顔をそちらに向ける。

 〝魔女〟という名の〝絶望〟から解き放たれ、真の死を迎えることができたロゼルージュ・ロズリンヌ──その姿がそこにあった。薄桜色の実体なき〝先生〟の姿に孤児たちは最初こそ戸惑いと怯えに表情を強張らせたが、それが喜びに変わるのにそう時間はかからなかった。


「先生!!」

 〈──うるせぇよ。何が〝慈悲〟だ。(いつくし)むことしかできねぇ人間につけこんで寄生しやがって〉

「──……え?」


 おそらくは生前の──〝()()〟という感情に縛られていたロゼルージュ・ロズリンヌとはまるで違う、その本性に孤児たちは茫然とする。


 〈──〝()()の魔女〟──聞こえているか?〉

「こほ……ええ、聞こえていましてよ、性悪さん。……終息とは、何のことですの?」

 〈──()()()()()()()()()()()

「……何を、ですの? ごほっ」

 〈──()()()

「……意味が分かりませ、んわね。もっとはっ、きり言いなさいませ……貴方、が死ぬ前……干渉がありました、わね?」

 〈──あった。はるか遠きにて高きを臨んでいる、この世で最も高みにいる魔女からの干渉が〉

「……はるか遠きにて、高きを臨んでいる……?」


 プライドの怪訝そうな声にロゼルージュ・ロズリンヌは億劫そうながらも頷く。


 〈──そのうちわかる。〝()()の魔女〟……改めて礼を言うぜ。このクソみてぇな世界からやっと、解放されることができた〉


 ──本当にクソだったよ。

 そう吐き捨てるように言って、ロゼルージュ・ロズリンヌは憎悪のこもった視線を孤児たちに向ける。生前の彼女は〝慈悲〟に満ち溢れている心優しき孤児院の院長として知られていたが、今の彼女にはその気配がまるでない。孤児たちの茫然とした、呆けた顔がいっそ痛々しいと、プライドは眉を顰める。

 〝感情単一論〟──それはまさしく、正しかったのだ。〝いつくしみ〟の感情しか持てぬロゼルージュ・ロズリンヌは縋ってくる子どもたちを慈悲でもつて受け入れることしかできなかった。たとえ本心では子どもたちを嫌悪していようと。本心では子どもたちなぞ見捨てたいと望んでいようと──感情をひとつしか持てぬ彼女には、慈悲しか赦されない。

 孤児たちにとっては慈悲溢れる心優しき慈母でも、当人にとっては慈悲につけこんで依存してくる寄生虫でしかなかったのだ。


 〈──じゃあな。〝()()の魔女〟──この世界は大嫌いだが、お前にだけは同情するよ〉


 ──最期まで孤児たちに慈悲の言葉を投げかけぬまま、ロゼルージュ・ロズリンヌは逝去した。

 残された孤児たちはやはり茫然と放心していて、経緯を見守っていたカレンが堪えきれず顔を背けて唇を噛む。


「……王、WHOイタリア支局と国営の養護施設に連絡なさい。あとはそちらに任せてワタクシたちはドイツに帰りますよ」

「畏まりました」

「葉月、お前も一緒に来なさい。今後について話す必要があります──言継も」

「分かりました、ですが……」

「分かっています。言継を休ませるのが先決、でございましょう。世話の焼ける魔女ですね、本当に」

「うる、さ……」

「黙っていなさい、死に損ない。テラー、ヘリの手配をなさい」

「あ、うん。今してるとこ」


 ──こうして放心している孤児たちを置き去りにしてWHO制圧隊の面々は事態の収束に取り掛かったのだが、そんな中伝継に抱きかかえられている言継はそっと指先を孤児たちに向けて滑らせる。


■■(電撃)


「うアアァっ!!」「ぎゃあっ!!」「いっ!!」

「! ──言継!!」


 紫色の魔法陣が展開されると同時に孤児たちを襲った電撃にプライドが言継の胸倉を掴む、がその時には既に魔法陣は消えていた。

 そして孤児たちを襲った電撃は軽微なものであったのか、孤児たちは痛そうに体を擦るだけでその体に火傷などは見られない。


「この通り、貴方たちの〝先生〟の力はわたくしが頂きましたわ。──貴方たちが悪いのですわよ? 〝先生〟を失いたくないという貴方たちのエゴのために〝先生〟に次代への継承をさせて安穏な死を迎えさせることなく……無駄に生き長らえさせたのだもの」

「……!」

「っ……お、お前が……お前のせいなんだなっ!! 先生があんなこと言うはずがないっ!! お前が何かしたんだ、お前が──」

「まあ。わたくしのせいにしないで頂きたいものですわ。聞くけれど、〝先生〟は次代への継承を望んではいなかったのかしら?」

「…………」


 言継の問いかけに、孤児たちは答えない。


「図星のようね? その結果、貴方たちの大好きな〝先生〟は寝たきりとなって──何もすることができず、ただただ暴走を待つだけの生ける屍となってしまいましたわ。そんな仕打ちをされるのだもの──狂ってしまって当然ね? 貴方たちの大好きな〝先生〟を逝かせてさしあげたわたくしに感謝することですわ」


 そこまで言い切って言継は孤児たちから視線を背け、伝継の肩に顔を押し付けて咳き込み──吐血した。

 そんな様子にプライドは何とも言えぬ複雑な面持ちで眉を顰める。


「…………魔女に限らず、人間でも言えることだな。寝たきりの老人を延命治療させてでも生かすか、あるいは安楽死をさせて眠らせるか──答えの出ない問題だ。だからお前らは別に悪くねぇ。生きてほしいって望むのは当たり前だからな──でも、その結果次代への継承を望んでいた〝先生〟を苦しめる結果になってしまったこと、忘れるな」


 お前たちは何も間違っていない。

 でもこの結末を決して忘れるな。

 ──そう言って伝継は優しい笑顔を孤児たちに向ける。言継には決して浮かべることのできぬ、優しい笑みを。


「やり方はマズかったが、お前らが〝先生〟を大好きだってことはよく分かるよ」


 ──その想いは〝先生〟にはひとかけらも届いていなかったようだがな、と伝継の内心で続けられた言葉は決して声にされることはなかった。



 【(いつくし)みの魔女】


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