四 【花吹雪の魔女】
ノルウェー最大の港町であるブリュッゲン。
ノルウェーの伝統的な三角屋根の可愛らしい木造建築が立ち並ぶ愛らしい町──そこにオセロット率いる制圧隊の面々は訪れていた。言継とともに行動すると決めた伝継を除いた、制圧隊の中枢を担う主たるメンバーたちは仰々しい装備を隠すこともせず堂々たる振る舞いで町中を闊歩している。
隊長であるオセロットは背に機関銃を背負っているし、プライドも銀細工の蛇が睨みを利かせているステッキ以外に腰から何本もの剣をぶら下げていた。カレンはドイツにいた時と同じく、バズーカ砲やサブマシンガンといった銃器類で身を飾り立てており、王も背にあの鋼製の仰々しいタンクを背負っている。
町を行き交う人々は彼らを見てすぐ〝魔女狩り〟だと囁き、ひそひそと噂話を交わしながら距離を取っていっているために彼らの往く道を塞ぐ者は誰もいない。
「ノルウェーにいるのはどんな魔女だったか……」
「ノルウェーにおいて認定されている魔女は二十人ですが、ここブリュッゲンにいるのは〝花吹雪の魔女〟です」
「〝花吹雪の魔女〟改め──〝成長の魔女〟オーロラ・フランソワ。それが今回封印する魔女です」
「おいプライド、封印すると決まっちょらんじゃろ──今回はあくまであのお嬢ちゃんが気に掛けていた魔女を視認しに行くだけのことじゃ」
プライドのさも封印が決定づけられているかのような物言いにオセロットが苦言を呈するが、プライドはそれを冷めたアイスブルー色の目で流し見る。
「幸い、〝花吹雪の魔女〟も人格者として知られているようですし──あの魔女に無理矢理力を奪われる前に封印されることを受け入れるよう依頼するだけのことです」
──そう。
今回、WHO制圧隊の面々がノルウェーを訪れたのは〝言葉の魔女〟である葉月言継がここにいる魔女のことを気に掛けていたからである。当然、それは伝継を経由して盗聴したからこそ得られた情報であるのだが──言継は現在、枯渇しかけている魔力を癒すために伝継の自宅で療養しているため──言継が現れる前にと、制圧隊の面々で魔女を訪れに来たのである。
ここにいる魔女はまだ暴走に至っていないのだが、プライドは言継が来る前に生前封印を行う気満々でいるようだ。
「確か花屋でフラワーアートしている魔女で、いつも笑顔で町のマドンナ的な存在みたいよ」
タブレットを操作して情報を確認しながらそう言ってきたカレンにプライドはふむ、と頷く。
「次代はまだ決まっておりませんでしたな?」
「うん。まだ三十代だし……なんでツタの妹は暴走の気配があるって言ったんだろ?」
「継承しやすいという意味ではないですかね」
とことん言継を極悪な魔女にしたいらしいプライドの言葉にオセロットはため息を吐き、花屋の場所をカレンに確認しようと声を掛け──どんっと、腰に衝撃を覚えて目を丸くしながら振り返った。
「ああ!! ごめんなさい、前を見ていなかったわぁ──でもおかげで素敵な出会いを果たすことができて嬉しい!! はじめまして、旅行者さん?」
オセロットにぶつかってきたのはひとりの女性であった。亜麻色のふわふわとした髪に花冠をつけた、とても愛らしい女性であった。
「! ──〝花吹雪の魔女〟!!」
タブレットに映っている魔女の顔写真と完全に一致するその顔にカレンが声を上げ、プライドの目つきが瞬時に蛇のそれとなる。
「わぁ!! わたしを知っているんですねぇ、嬉しい!! 今日もなんて素敵な日なの──ああ、嬉しい!! なんて歓びに満ちた日なのかしら!!」
その女性は──〝花吹雪の魔女〟は、満面の笑顔で両手を頬に当てて歓ぶ。心の底から嬉しそうに、歓ぶ。
そんな彼女を前に、プライドはかつりと一歩前に進み出てアイスブルー色の目をまっすぐ向ける。
「単刀直入に言いましょう。〝花吹雪の魔女〟改め、〝成長の魔女〟オーロラ・フランソワ──生前封印を受け入れなさい」
「歓んで!!」
え、とカレンの喉から驚きと戸惑いに満ちた声が漏れる。
それはオセロットや王──そして提案を投げかけたプライド本人も、同様であった。
「……喜んで?」
「ええ!! 歓んで受け入れますわ!! ──ああ、なんて幸せな日なのでしょう! 素敵な出会いを果たせただけでなく素敵な御願いもされるだなんて──そうだわ、よかったらわたしのお店に来ませんか? 立ち話もなんなのでお茶とお菓子でもどうぞ!!」
魔女は、歓ぶ。
ただただ、歓ぶ。ひたすら歓ぶ。
満面の笑顔で。幸せそうに。嬉しそうに。楽しそうに──歓ぶ。
「っ……」
ぞわりと何故だか腕が粟立ってカレンはぎゅっと自分の腕を押さえる。
「あ、おーいオーロラ!! もしかして今夜予定入っちまった?」
ふと、傍を通りかかった地元の住民らしき男からそんな言葉が投げかけられて魔女は人差し指を顎に当てて歓んだ。
「どうだろ? お願いはされたけど、いつかはまだ決まってないっ」
「そうなのか。見たところあんたたち他所モンだな──随分仰々しい恰好だなぁ。へへ、オーロラで遊びたくて来たんだろ? そこのちんまいのも一緒に楽しむのか? いいなぁ~俺も混ぜてほしいところだぜ」
「……何の話です」
「おっと、真っ昼間からする話じゃなかったな。悪ぃ悪ぃ──オーロラ、今夜何の予定も入らなかったら俺ん家に来いよ。他の連中も呼ぶからよ──楽しもうぜ」
そう言って腰を軽く前後に振る仕草をする男に、魔女は歓ぶ。
「うん!! 何もなかったら行くねぇ~!!」
「っ……ち、ちょっと……!!」
「じゃ~な。楽しめよ、そいつは何でも歓んでくれるからな」
雲行きの怪しい会話にカレンが割って入る前に男はそんな意味深な言葉を残して立ち去っていってしまった。
町を行き交う人々の間に消えていった男を見届けて、カレンはばっと魔女の方に向き直ってその肩を強く掴む。
「一体あなた何をしているの!? あんな──あんな!!」
「わあ!! びっくりした!! もぉ~、一緒に行きたいなら一緒に行こう?」
「違うわっ!! あなた──身売りしてるの!?」
「身売り? なぁにそれ? それもすっごく楽しそう!!」
魔女は、歓ぶ。
歓ぶこと以外を決して──しない。
よくよく見てみれば彼女の体は包帯だらけであった。長袖の服と足首まであるスカート、そして首に巻いているストールでうまく隠してはいるが──彼女の体は、傷だらけであった。それに気付いてカレンははっと魔女の肩から手を離す。
ただただ満面の笑顔で歓び続けている魔女を前に、カレンは言葉を失い押し黙る。
「わたしの働いているお花屋さん、すぐそこなの!! みんなおいでぇ!!」
カレンの考え込むような、神妙な面持ちに気付くことなく──一切気にする様子もなく、魔女は笑顔でカレンたちを店に誘う。
オセロットはほんの少しだけ逡巡し、けれどその誘いに乗ることにして制圧隊の面々を連れて魔女の働く花屋へと向かった。
「いらっしゃいませ──あら、おかえりなさいオーロラ」
「ただいま! お客様がいるの。お茶とお菓子用意してくるねぇ!!」
ブリュッゲンの片隅にひっそりと佇む、地元民しか利用しないような小さな花屋──そこに入ればひとりの老婦人が穏やかな笑顔で迎え入れてくれた。茶を用意するからと店の中に消えていった魔女に代わりその老婦人がオセロットたちをテーブルに案内する。
「突然押しかけて申し訳ない」
「いいえ、あなたがたはもしかして……」
「WHO制圧隊の隊長をやっちょります、オセロット・ガランガルと申します──こやつらも制圧隊のメンバーじゃけん」
「──やはり」
〝魔女狩り〟の方々でしたのね、とその後に続いた小さな囁きは聞かなかったことにして、オセロットは単刀直入に〝花吹雪の魔女〟について、自分たちがここに来ることになった理由も併せ伝え──聞くことにした。
「──そういうわけじゃけぇ、わしらは暴走の気配があるっちゅう言われよるオーロラさんの無事を確認しに来ました」
「なるほど……」
立て続けに起こっている魔女の暴走、そしてひとりの魔女が口にした暴走の気配がある魔女。
それを耳にして老婦人は納得したようにため息を漏らす。そして、確かに〝花吹雪の魔女〟はいつ暴走してもおかしくないと哀しそうに伝えてきた。その言葉にオセロットたちは驚いて顔を見合わせ、どういうことかと問う。
「あの子には〝歓び〟しかありません」
「よろこび……」
「この世の全てがあの子にとっては〝歓び〟に繋がるのです。それがたとえ苦痛の伴う行為だったとしても」
──オーロラ・フランソワが魔女と成ったのは十歳の時で、当時の魔女であった母親から受け継ぐ形で継承したらしいのだが──それまでは何処にでもいる普通の少女であったのが、母親から力を継承した瞬間に歓ぶことしかしなくなったのだという。
先代の魔女であった母親と同じように。
「……歓ぶ……ことしか……」
嘆くことしかしない図書館の魔女。
憤ることしかしない十字架の魔女。
悼むことしかしない墓場の魔女。
歓ぶことしかしない花吹雪の魔女。
そして、嘲ることしかしない大学生の魔女。
常に嘲り、嗤うことしかしていなかった紫黒色の三つ編みを持つ魔女のことを思い出してカレンは顔色を悪くして俯く。
「あの子の母親がそうであったように、あの子も何をされても抵抗しません。歓んで受け入れます。殴らせろと言われれば歓んで殴られますし、抱かせろと言われれば歓んで抱かれます」
そして生前封印をも、あの魔女は歓んで受け入れた。
「あの子の母親が力を継承して亡くなった後……あの子はこの町で色々な家を転々としながら……ありとあらゆる行為を歓んで受け入れながら生きてきていました」
濁すような言い方ではあったが、あの魔女が一体どんな生き方をしてきていたのか容易く想像できる言い方でもあった。それに──カレンの顔はいよいよ土気色のようになってしまう。




