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 ③


「まるでわたくしが魔女の力を集めて世界征服しようと企んでいるかのような妄想、やめていただけませんこと? わたくしとて継承は嫌ですわ、と言ったでしょう? 痛いのですもの」


 けれど、と言継は嘲りを崩さぬまま紫黒色の目を細める。


「魔女は死にません。死ぬことができません。()()()()()──正当なる死を迎えるには自らの命でもつて次代に継承するしかありませんのに、それが叶わず封印され──生きたまま死に続けるだなんて、わたくしは嫌ですわ」


 貴方たちがなさっていることは、つまりそういうことですのよ?

 魔女だからという理由で──ひとりの人間を()()()()()()()()()()()()()。〝封印〟だなんて綺麗な言葉で纏めないでいただきたいものですわ。


 そう言って嘲る言継に、けれどプライドは冷たい眼差しを向けるだけであった。言継の言葉に胸を突かれたかのように表情を歪めたのは傍でふたりのやりとりを聞いていたオセロットだけであった。


「わたくし、貴方たちを敵とみなしますわ──暴走してしまった魔女をあのように痛めつけ捻じ伏せ、封印することについては何も言いません。けれど──ご老人、あなたがわたくしにしたように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──わたくしは全力でもつて、それを阻止いたしますわ」


 そこまで言って言継は伝継に視線を向け、お兄様であってもと続ける。


「分かっている──俺は言継の味方だよ。魔女否定派の気持ちも分かるが──まだ死んでいない魔女を封印するのは、やりすぎだ」

「ちょ……ちょっとツタ!! そりゃ、ラストリアル副長がツタの妹を封印しようとしたことに怒るのはわかるけどっ……〝()()〟なのよ!?」


 プライドと同じく、魔女否定派に属しているカレンは腹部から流れ出る血を押さえながら伝継に向かって必死に叫ぶ。

 〝魔女〟なのだと。

 〝魔女〟でしかないと。

 〝魔女〟以外の何物でもないと。


「〝墓場の魔女〟だってそうだったでしょう!? 確かに生前は人格者として知られている心優しい人だったわ……!! でも!! 暴走したでしょう!? 暴走してしまったらただの化物でしかないのよ!?」


 どんな人格者であろうと。

 どんな聖者であろうとも。

 そこに暴走の可能性があれば、それだけで罪。

 そこに暴走の恐怖が存在する限り、人格なぞ無意味。

 暴走し人々を襲う可能性がある限り、化物以外の何物でもない。


「人間も同じでしょう? 魔女による殺人と、人間による殺人──どちらが多いかは考えるよりも明らかでしてよ?」


 人間とて、衝動性はある。狂気もある。

 魔女と何が違うというのか──そう言って言継は、嗤う。

 それにカレンはかっと激昂して頬を紅潮させながらストロベリーブロンドの目で言継を睨み──叫んだ。


「うるさいわよ、この化物っ!!」


「──知っていますわ」


 そして言継は、やはり嗤う。

 嘲りにしか聞こえぬ声色で言継は──嗤う。

 嗤う。ただ、嗤う。嗤いに嗤う。ただただ、嗤う。

 ──それを伝継は横から痛ましそうな面持ちで、見守る。


「そこまでじゃ。……状況はおおかた察したがのう……ツタ、そちらのお嬢ちゃんはお前の妹か?」


 緊迫した空気が言継と伝継、プライドとカレンの間に張り詰めていたのをオセロットが割り込んで緩和させた。


「はい。俺の妹──葉月言継です。コトツグ・ハヅキ──以前にも言ったことがありましたが、この通り魔女です」

「そうか。初めましてじゃのう──わしはオセロット・ガランガル──WHO制圧隊の隊長をしちょる。あっちのが副長のプライド・ラストリアルに隊員のカレン・テラーじゃ。倒れちょるのは王・王という」

「まあ。どこぞのご老人と違って出来た紳士ですこと──傲慢プライドという名前ですのね。名は体を表すとはまさにこのことですわね」

「否定はしませんが、貴方に名を呼ばれる筋合いはありませんね」

「やめろプライド。……すまんのう。魔女に関することとなるとこの通り、頭に血が上りやすいたちでのう」

「わたくしが魔女だと知る前も随分と失礼なご老人だったような気がしますけれど? まあ、いいですわ──オセロットでしたわね、先ほども言いましたけれどまだ暴走に至っていない魔女を封印することについて──わたくしは全否定いたしますわよ」


 覚えておきなさい──そう言い残して言継は身を翻した。その際についでとばかりに不協和音ノイズを口にして、自分を含めたその場の者たちの傷を癒す。

 突然傷口を覆った魔法陣にカレンとプライドが驚きに目を見張っている間に言継は自分自身を魔法陣で覆い──泡沫のようにその場から消えてしまった。

 それを見届けて伝継は膝を折って王の肩をゆすり、大丈夫かと声を掛ける。カレンやプライドと同様に魔法陣による癒しを施されていた王はすぐ意識を取り戻し、ぼんやりとした顔で伝継を見上げた。


「大丈夫そうだな──良かった」

「ツタさん、カレンさん。ガランガル隊長、ラストリアル副長……〝墓場の魔女〟は……」

「葉月。貴方はあの魔女をこれからどうするつもりなのですか?」


 王の、状況を掴めていないぼんやりとした声を遮ってプライドが自分の、再生した傷口を忌々しそうな視線で見下ろしながらそう鋭く言い放つ。


「……言継によれば日本の〝図書館の魔女〟とここの〝十字架の魔女〟、〝墓場の魔女〟の暴走は何者かによって引き起こされたものだそうです。〝墓場の魔女〟も確かに、最期にそんなことを言っていましたしね──言継はそれを探るとのことなので、それを手伝うつもりです」

()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()()()()()?」

「……言継はそんなことしませんよ。確かに人を見下すわ嘲るわ罵倒するわ、ドSなやつですけどね……」

「魔女なのですから人格が破綻していて当然でしょうとも。妹が可愛いのは分かりますが、現実を見なさい」


 アレは魔女です──そう言うプライドに伝継は、否定も肯定もしなかった。


「この先、アレが継承を続ければ魔女の数は減るでしょうが──代わりに、アレは人数分の魔女の力を含有することとなります。葉月──万が一アレが暴走に至った時、取り返しのつかないことになりますよ。分かっているのですか?」


 暴走してからでは遅いのです。

 打てるうちに手を打っておかねばなりません。

 伝継の喉元に仕込み杖を突きつけてそう言うプライドに伝継は目を伏せ、分かっていますと返す。


「──言継が四歳の時に魔女となって……そして他の魔女から力を継承したのは十歳の時が初めてでした。近所に──認定されていない魔女がいて、死にかけているところをたまたま通りかかった言継が継承しました」


 国際魔女法により魔女は魔女であることを申告するのが義務化されたとはいえ、多くの魔女はその存在を秘匿している。──当然であった。長い魔女狩りの歴史は、そう簡単に消えるものではない。

 そして言継が十歳の時──言継の目の前でひとりの女性が車に轢かれた。ただの人身事故、だが最悪なことに轢かれたのは魔女であった。自分の死を悟った魔女は焦り──傍にいた言継に力を継承しようと試みた。だが既に魔女であった言継に力を注ぎ込むことができず、魔女は死を迎えようとしていた。それを言継が〝言葉〟による継承を試みて──成功し、そうして言継は自分が継承できることを知ったのだ。


「二人目は言継が十四歳の時で、これも偶然だった──だけど〝図書館の魔女〟〝十字架の魔女〟〝墓場の魔女〟は違う」


 明らかに人為的な手が加わって暴走が引き起こされている──そう言って伝継はプライドをまっすぐ見据えた。


「この連続した暴走が何者かによって引き起こされている──それは副長がたもお分かりのことと思います。我々がしなければならないのはその〝何者か〟を突き止め、捕らえることです」

「あくまでこの連続暴走に貴方の妹は関わっていないと主張するわけですね──あの人格破綻者を擁護するのは如何なものかと思いますよ、葉月」

「そ──そうよ、ツタ!! おかしいでしょう!? 日本の暴走魔女も、ドイツの暴走魔女も……あの魔女が近くにいた時でしょ!?」

「……カレン、あのお嬢ちゃんはおんしの傷を癒してくれちょったぞ?」

「う、っ……」


 オセロットの冷静な言葉にカレンは一瞬言葉に詰まるが、それでもと拳を握りしめてオセロットを見上げた。


「あの魔女はツタさえも嘲っていたのよ!? 妹のことを守ろうとするツタまで……!!」

「嘲ってないよ、言継は」


 ──嘲ってなんかいないんだ。

 今にも消え入りそうな、沈んだ声で伝継はそう零して自分の顔を片手で覆った。手の下からまた嘲ってなんかいないんだ、と繰り返して伝継は指の隙間からプライドたちを眺める。


「──……ガランガル隊長、俺はこれより言継と行動します」

「それは構わんが……ツタ、WHO本部はまず間違いなく葉月言継をマークする方向に向かう」


 WHOは大半が魔女否定派であり、プライドと思想を同じくしている者ばかりである。いくらオセロットが魔女を擁護しようと──WHOは言継を〝危険因子〟と定めるだろう。それを指摘してオセロットは定期的な連絡を伝継に義務付けた。


「それだけでは足りませんな。葉月──無線のスイッチを常にオンにしておきなさい」

「……!」

「あの魔女が無実だというのであれば問題ないでしょう? 葉月、貴方は常にあの魔女と行動をともにしなさい──GPSも常にオンにしておくように」

「…………、──……分かりました」


 伝継はぎゅっと拳を握り締めて、ただ妹を想う。

 常に嘲笑い、嗤い、嗤いに嗤い続ける妹のことを。


「よろしい。それと、忘れぬことです。ワタクシはあの魔女の存在を決して赦さない」


 もしもまた魔女の力を継承し、力を増やそうとするようなことがあれば。

 その時は手段を選ばずあの魔女を徹底的に屠り、封じ、永遠に葬ります。

 〝憎悪〟しか感じられぬ、敵意と害意と殺意とに満ちた言葉を伝継に投げかけてプライドは静かに佇む。

 それを受けて伝継はニヒルに口を吊り上げ──胸の内でどちらが魔女か分かったものではないな、と人間の愚かしさを皮肉った。




 ◆◇◆




「──言継、今帰ったぞ」


 ミュンヘンの郊外にひっそりと位置する、伝継の所有する家のひとつ。

 そのリビングで蹲り、荒い呼吸を繰り返している妹に向かって伝継は優しく声を投げかける。


「っはぁ……げほっ、お兄様──遅いです、わよこの愚図──」

「水は飲んだか? 酸素スプレー勝ってきたから使え。あと余裕あるなら俺から体力取っておけ。メシ作るけど炒飯と雑炊、どっちがいい?」

「けほっけほっ……っふ、ぅ──このわたくしの食事にそんな貧相なメニューを提供しようだなんて相変わらずの気の利かなさですわね──雑炊で我慢してさしあげますわ」

「分かった。ゆっくり休んでろ──無茶しすぎだ。日本で〝図書館の魔女〟から継承してそう日も経っていないというのに、今日一日でふたりの魔女から継承しちまうなんざ……」

「──お黙りなさいな」


 伝継が差し入れてきた酸素スプレーで呼吸をしながら言継は目を細めて嗤う。


()()()()()()のですから仕方ないでしょう。──それに、あの愚かな傲慢プライドの好きにさせるだなんて御免被りますわ」

「……やれやれ。なんとなく相性悪そうだなとは思ってたが、その通りだったな……これからどうするんだ?」

「何処の誰が魔女を暴走させているのか探るに決まっていますでしょう? 先ほどまでわたくしの〝言葉〟でそれができないか試行錯誤しておりましたの」

「魔法使ったのか? 連戦の上に立て続けに継承して魔力はほぼ枯渇しているだろう? 無茶するな」


 いつも妹に甘く、優しい伝継が見せた怒りを滲ませた厳しい面持ちに言継は少し目を見張りながらも鼻で笑うように嘲り、肩を竦めた。


「お兄様如きがわたくしに指図しないでくださる? ──残念ながら犯人を探ることまではできませんでしたけれど、暴走の気配が近い魔女を探ることについては成功しましたわ」

「……そうか。それで、今度は何処に行くつもりだ?」


「ノルウェーですわ」


 言継は、嗤う。



 【いたみの魔女】



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