第六話 邂逅Ⅳ
続きです。読んでいただければ幸いです。
陽子に連れられ着いた場所には、ダニー工房という看板があるだけだった。
カーテンがしてあるため、中の様子を疑うことは出来ない。
その店の中に陽子は入っていく。
カランコロンッっという鐘の音が、店内に響く。
「哲也、こっちだ」
陽子は壁に立てかけてある剣ではなく、小さな樽の中に無尽蔵に入れられた剣があるところ、その中の一本を取り出し、俺に渡す。
「まだ哲也の運動能力を見ていないからなんとも言えんが、このくらいの重さなら振れるだろう」
「まぁ……このくらいなら」
片手で持った感覚はさして重くない、やや短めの長剣。
刀身の幅は……指四本分。太刀魚なら大物。
重さは……600グラムくらいかな……。
軟式の軽い金属バットと変わらないくらいの重さだった。
自分が使ったことのあるバットは700グラムで、片手で振るには重かったが、500グラムのバットを借りた時、片手で振り回せた記憶がある。
なら、この剣も扱えるはずだ。
「試しに振ったりしてもいい場所なのかここ?」
「ここはダメだな。今はちょっと重いくらいの感覚の剣を買うべきだから、ギリギリ振れるくらいだと思えばいい」
「なら、これだな。この重さなら、ギリギリ振れる」
「そうか。じゃあまずそれと……」
剣を陽子に返し、次は防具の置いてある場所へ。
そこで、靴、ズボン、靴下、シャツ、上着といった日常的に使うものと、膝と肩の関節につける防具と、胸用の防具、それから、陽子がつけているのと同じ腰のポーチを手に取る。防具以外は俺が代わりに持った。これで全部かと思ったら、最後に陽子はナイフを手に取る。
「これは魔物の解体用だ。一本は必ず持っとけよ。最終手段としての武器にもなる」
「わかった」
「ひとまず……これで全部かな」
そういうと陽子は、カウンターらしき場所に手にした剣やらを放る。
そして、奥に見えていた扉に向かって叫ぶ。
「おい、ダニー!いるんだろう、出てきてくれ!」
すると、奥のほうから『あいよー』という気の抜けたようで、やたら張りのある声が聞こえる。
数秒して、一人の男が奥の扉から現れた。
「あれ、陽子じゃねえか。あぁ、あれか。剣でも折れたか!」
そういって笑う男は、どこかで見たことのある笑い方だった。
「今日は違うから大丈夫だ。それより、勘定を頼む」
「おう、任せとけ……って、こんなもの何に使うんだ?」
出された剣を見て目を細めた男に、陽子は俺を指差して言う。
「今日はこいつの装備を買いに来た。禊哲也。私の親戚で冒険者だ。私が剣の振り方やら何やらを教えるから、またこの店に厄介になる」
そういうと、陽子は挨拶しろ、といった風に顎で促す。
「禊哲也です。よろしくお願いします」
手に荷物を持ったまま、会釈をする。
「俺はダニエルだ。よろしく頼むぜ、哲也」
「……よろしくお願いします」
愛想よく手を振られた。
「それにしても陽子に親戚がいたとはな……名前もこの辺じゃ全くきかねえし……驚きだ」
腕を組んでウンウン頷くダニエルさんに、陽子は思い出したように問いかけた。
「そうだダニー、これ見たことあるか」
そういって陽子は、俺の手から荷物を取り、カウンターに置くと、俺の右腕を取った。
「これって……どれのことだ?」
「哲也」
陽子に言われて右手にはめた『哲学礼装』を外し、それをダニエルさんに渡す。
「…………」
それを手にしたダニエルさんは、じっと見つめたまま動かない。
一分ほどじっくり見つめた後、口を開いた。
「……ただの鎧ってわけじゃねえんだろ」
「あぁ。私はアーティファクトの類だと思うんだが……どう思う」
「……見た目じゃ何もわかんねえが……アーティファクトかも知れないし、ただの魔道具って可能性も捨てられねえ。少なくとも、ただの防具じゃない。それは見ればわかる」
「そういうのって……見てわかるものなのか?」
思わず口を挟む。
「あぁ……あくまで勘だけどな。長いこと武器を見てたら、雰囲気で感じられるんだ。哲也もなんとなくわかるだろう」
「あぁ、わかる」
よくわからない感覚とか、理由はわからないけどこうだろうって言う勘は、それを長くやっていれば感じることだ。
そしてその勘は、当たることの方が多い。
失敗した時を人が忘れていることもあるから、確実性はないものの、名人と呼ばれる人たちは、その勘がすぐれているのではと、俺は思っている。
「まあ、何かはわからん。ただ、何かあるのは確かだ。それは信じてくれ」
「もちろんだ。ダニーの言葉は疑わないさ。嘘をつくなんて、器用な真似できないだろうしな」
「陽子……お前言うじゃねえか。ちょっと表でろや。ぶっ飛ばしてやる」
「そういうところを言ってんじゃねえか。ちったあ考えてもの喋れ。なあ、哲也」
「……今のは煽った陽子も悪いと思うけど、皮肉には皮肉で返せるくらい、余裕を持った大人のほうが、俺はいいと思うよ」
前二人が怖くて、目を逸らしながら言う。
「ほら、哲也だってこう言ってる」
「けっ、面白くねえガキだな。男はもっとガチッとするもんだろ、筋肉つけろ筋肉」
「……何故そこで筋肉」
それから勘定を済ませ、装備をつける。
腰に剣をつけるのは、重くて慣れなかったけど、普通に動く分には問題なさそうだった。
服とか、手荷物になるものはダニエルさんが布の袋に入れてくれた。
そうしてしばらくは、ダニエルさんの店で話した。
楽しそうに話している陽子を見ると、こういうガサツな奴の方が話が合いそうだと心底思う。俺も早く、陽子のノリについていけるようにしないと。
「――それじゃ、そろそろいくよ。またな、ダニー」
「また来ます、ダニエルさん」
「おう、またな。陽子、哲也」
ダニー工房を出た俺と陽子は、ギルドのあるセントゥリオ中心部へと向かう。
そこが一番、人の集まる場所だからだ。
「なあ、陽子。今まで何も言ってなかったけど……お金大丈夫か?払えるお金は一円もないけど……」
「金のことは気にすんな。依頼こなして、飯食って、酒飲んで、寝るだけの生活だったんだ。使う予定のない金ばっか溜まってたから、ちょうど良かったよ」
「……自立できるようになったら、借りた分は返す」
「いらねえよ。たいした額使ってないんだし、ガキに心配されるほどやわじゃねえ。あと、お前が稼いだ金はお前が使え。お前のために使え」
「でも……」
「でももへちまもねえ。お前の人生は私が預かってる。だから、私にはお前を養う義務があるし、お前は私の命令を聞く義務がある。わかったか?」
「……わかった。今は納得する。でも、恩は返す。俺を拾ってくれた恩は、必ず返すから。それは、受け取ってくれよ」
「わかってるよ。それくらいは受け取る。人から感謝されるってのは、人が思っているより、本当はもっと嬉しいものだからな」
「………………」
「ど、どうした、じっと見て」
「いや……陽子も哲学的なこというんだなって」
「はあっ?今のが哲学的なのか?」
「そうだよ。陽子は今、そういう目をしてた」
「私はその哲学については何も知らんが……まあ、哲也がそういうならそうなんだろう」
それからは、お互い何も話さなかった。
俺は俺で陽子が言った言葉の意味を探していたし、陽子もまた、自分の言葉が哲学だと言った俺の言葉の意味を探していたんだろう。
「………………」
「………………」
そうして互いに無言のまま、ギルドまで着いてしまった。
「………………」
「………………」
「………………」
「…………陽子」
「あっ、ああっ、そうだったな、案内だ。とりあえず……言ってみたいところとか、あるか?」
「そうだな……陽子、北ってどっちだ?」
「北か?こっちだな」
そういって陽子はギルドを指差す。
「じゃあさっきくぐった城門は?」
「そっちが東だな」
「じゃあ西に行こう。そっちは見たこと無い」
「わかった。じゃあ、西方向に適当に歩いていくな」
そういって陽子は歩き出す。
今ので、だいたいの方角が分かった。
アヤメサクラに出会い、陽子と出会ったカルナ山はギルドを北に見たときの東の位置にあり、『星空の宿』は南側、『ダニー工房』は『星空の宿』から西側だったから、ギルドから見て南西にある。
……というか、この世界でも西とか東って言うので伝わるんだな。
翻訳魔法があるから伝わっているのか……それとも、方位磁針や天体観測によって方角を調べることが出来ていたのか……。
その辺の情報も調べてみたいな……あとで陽子に図書館がないか聞いておこう。
それから陽子は、俺をいろんなところに案内した。
食料を扱う出店から、アクセサリーや魔石を扱う店。衣類や、生活雑貨を扱う店など。
それから、景色がいいからという理由で立てられた塔なんかまで。
夜が更けるまで、歩き回った。
どれを見ても新鮮だったし、街が一望できる塔も、いい所だった。
図書館の場所を陽子に聞いたところ、セントゥリオの南東にあるらしい。
空いた時間に連れて行ってやると、陽子は約束してくれた。
宿屋に帰ると、ビスタさんと、もう一人、少女が出迎えた。
この店の制服だと思われる、やたらフリルのついたひらひらの服に身を包んだ、綺麗な、金髪ショートヘアの少女。
少女と目が合うと、にこっと微笑まれる。
俺は、気恥ずかしくなって目を逸らす。
「お帰り、陽子。それに哲也。食事は出来ているから、哲也のほうは部屋に荷物を置いて、降りてきな」
「それじゃあ……お部屋、案内しますね。荷物、渡してください」
そういうと少女は両手を差し出す。
俺が手にしていた袋を渡すと、それじゃ、お部屋に向かいますと少女は言い、階段を上がっていく。
それについていく。
二階には、部屋が八部屋ほどあり、一番奥から一つ手前の部屋へ通される。
「ここが、今日から哲也さんが泊まるお部屋になります。荷物は……この辺りに置いておいて大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ないありがとう。えっと……昼間はいなかった……よね」
「はい……昼間は買出しに出ていたので……。あ。申し遅れました、私、ディーン=ラルグといいます。ビスタさんの元で働かせてもらっています。よろしくお願いしますね」
そういってまた、少女は微笑む。
「こちらこそ……名前はもう聞いていると思うけど、禊哲也です。陽子の親戚で、訳あってこの街に来ました。よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく。ところであなたは、何歳なのですか?」
「十七歳ですね」
「じゃあ、私の一つ下ですね。……どうしましょう。客人なら、敬語を使うべきなのだけれど……」
「俺に敬語はいらないよ。普通に接してくれればいい」
「あらそう、なら遠慮なくそうさせてもらうわ、哲也。じゃあ私にも、敬語は使わなくていいわ。最も……初めから使っていなかったけど」
「なんていうか……すまない。年上だと思っていなかった」
「えぇ~、ひどい~。こう見えても年上ですー。罰として、私のことはディーンお姉さんってよんでね」
――そういって、人差し指を口元に置き、ウインクする少女。
――正直、引いた。
「あ、はい。遠慮します」
目を逸らし、真面目なトーンで拒絶する。
「えぇ……」
俺に突き放されたことがショックだったのか、頭を抱えるディーン。
そのまま、うーうー唸って立ち上がらない。
……少し言い過ぎたか。
「その……すまなか」
「――お姉ちゃんのほうが良かったかな」
――すまなかったという途中、そんな呟きが聞こえた。
「…………」
「えっ……何か言った?」
――訂正。謝る必要なんてなかった。
俺の中のディーンの印象は、笑顔の人から、残念なお姉さんへと更新されていた。
「別になんでもない。そろそろ降りる」
仏頂面でディーンに告げる。
「あぁ……うん。わかった」
そういって部屋を出て、階段を下りる。
一階に降りる直前、明らかに落ち込んでいるディーンに声をかけた。
……さすがにこのままにしておく訳にもいかないか。次に顔合わせづらいし。
「さっきは悪かったな、ディーン」
「………………」
振り返ると、呆けた顔のディーンがいた。
その顔が面白くて、つい笑みがこぼれてしまう。
それを見て、俺が怒っていないことがわかったディーンは、うんっ、と笑顔で頷くと、キッチンへ駆けていった。
ストック消費したほうがペース上がるので、明日も投稿しようと思います。