第四話 邂逅Ⅱ
続きです。読んでいただけたら幸いです。
突如として広がった光景に目を奪われる。
眼前には立派に栄える街が広がっていた。
円形に囲われた城壁の中で様々な建物が立ち並ぶのが確認できる。
「これが……セントゥリオ」
「あぁ……そうだ。これから私とお前が向かう街だ」
山を降りてどれくらいかかるのだろうか。
ものの数分で着いてしまいそうな気もするし、容易にはたどり着けない気さえする。
このときの俺は、わくわくしていたんだと思う。
あそこに何があるのか。
どんな光景に出会えるのか。
心が、躍っていた。
「――じゃあ、行くぞ」
陽子についていき、山を下る。
しばらくして舗装された道につき、そこからは道なりに進んでいった。
その道中は、特になにがあるというわけでもなく、ぽつぽつと畑がある程度。
空があり、鳥が飛び、草木が風に揺れる。
ただ、それだけ。
それでも俺は、辺り一面に広がる自然に心奪われていた。
途中、大きな鞄を背負った男と出会う。
「よお、久しぶりだな陽子。どうだ、元気でやってるか?」
「カルロか。あぁ、おかげさまでな」
「へへっ、そいつは良かった」
陽子の知り合いらしいその男は、黒く日焼けした顔に白い歯を光らせ、笑顔で陽子と接していた。
話しぶりから察するに、かなり仲がいいようだった。
しばらく二人で話していたが、その男は目をこちらに向けてきた。
「ところで陽子、そのひょろいガキは一体なんだ。彼氏ってわけでもねえんだろう?」
カルロと呼ばれた男が、ものめずらしそうに俺を見る。
「あぁ……こいつはだな……」
一拍あけて陽子が答える。
「――私の親戚の、禊哲也だ」
「…………はい?」
驚く俺に陽子は、振り返って睨みつける。
(余計なこと言うんじゃねえ。ぶっ飛ばすぞ)
という威圧を感じ、俺は何も言い出せない。
「おおっ、親戚か!」
やけに眩しい笑顔で俺の前に来る男。
「俺はカロル、セントゥリオで商人をやっているものだ。陽子の親戚ならまけとくからよ、よろしく頼むぜ」
そういって、手を伸ばすカロルさん。
「……よろしくおねがいします、カルロさん」
俺はその手を握り握手をする。
握ったその手はごつく、商人というより武道家といったイメージだ。
「なあ陽子、こいつ細すぎねえか。ちゃんと食ってんのか」
「あぁ……田舎で放浪してたらしくてな。なんでも家族皆逝っちまったとかで私の所までわざわざ来たんだよ」
「そうなのか……大変だったんだな」
うんうんと頷き、同情の目を向けるカロルさん。
いやそれ全部陽子のでまかせだから……ていうかよく考えたな陽子。
とはいえ……陽子がここまで俺の為にしてくれたのは嬉しかった。
俺のことを禊哲也って言ったのも、色々考えていたんだろう。
「それじゃあな、お二人さん。明日には俺もそっちに戻れるからよ。会ったら一杯やろうぜ」
その後、少しだけカルロさんと話してから、俺達はカロルさんと別れた。
カルロさんの歩くペースは速く、しばらく手を振って見送っていたが、すぐに見えなくなってしまった。
再びセントゥリオへの道を進む。
さっきと違って、陽子は俺の隣を歩いていた。
「陽子、一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
「どうして俺の苗字、市坂じゃなくて禊なんだ?」
「……なんとなくだな」
「なんとなく?」
「あぁ……何かそのほうがよさげだった。それだけだ」
「そっか……」
「不満か?」
「いや、そうじゃない。陽子が俺のためにしてくれたことだ。不満なんてないさ」
そこまで言うと、陽子は俺の顔を覗き込むように見てきた。
「お前……思ってたより正直なんだな。もっと捻くれてるやつかも思ってたぞ」
「捻くれてるって……元々まともだっただろ」
「始めは、な。でもまあ、そのほうが面白そうだ」
そういうと陽子は笑い、少しだけ、歩くペースを速めた。
俺もそれに合わせる。
「――これからの俺の人生、陽子に預けるよ」
少しずつ近づく街と、少しずつ遠のいていく空を見ながら、不意にそう告げる。
「……お前、何言ってんだ?」
心底意味がわからんという顔の陽子。
俺はそれに構うことなく、言葉を続ける。
「――だから、陽子がいいと思ったら、その時に返してくれ。その時まで俺は陽子についていくし、陽子がしろっていったことなら、何でもやるよ」
もう、決めている。
俺は陽子についていこう。
陽子ならきっと、俺が知らない世界に連れて行ってくれる。
そしていつか。
俺を拾ってくれた陽子に、恩返しをしたい。
どこまでも広がる青空を見て、俺はそう、思った。
「……ったく、わかったよ。哲也がそういうなら好きにしろ。どの道哲也には、私についてきてもらう予定だったしな。だから……」
俺と同じように空を見上げていた陽子は、目線を下げる。
「――だから、お前の人生は私が預かる。もう、一人で大丈夫だと思ったその時、お前に返すと約束しよう」
そして、陽子は右手の小指を出してきた。
「この世界のおまじないだ。小指同士を結んで、約束をする。そうしたらその約束は、ずっと破られない。私が破ることは出来ないし、哲也も破ることは出来ない」
俺は、頷く。
「覚悟はできてる。言い出したのは俺だ。破るもんか」
そういって俺は、陽子の小指に自分の小指を結ぶ。
――約束だ。
お互い、声にはしなかった。
声に出さなくとも、伝わっていたから。
そこからは、他愛もない話をしながら歩いた。
前の世界ではどんな感じだったのかとか、友達がいなかったとか、彼女いたのかとか、記憶の中ではいないとか、そっちはどうなのかとか、まだ一人もとか、何歳なんだとか、もう二十七だとか、案外歳くってんだなとか、余計なお世話だとか、いろんなことを話した。
そうしている間に、セントゥリオの城門前に着いた。
「それじゃ、入るぞ哲也」
「あぁ、行こう、陽子」
――そして俺達は、新たな約束を持って、セントゥリオへと足を踏み入れた。
生きるのが少し楽になったので、しばらく休みます。