第二話 禊陽子
続きです。ストックはありません。書き上げ次第投稿します。
生きるのが少し楽になってきたので、量とペース落ちています。
「はあっはあっ、……、……くっ」
走る。
ひたすら走る。
「グアアアアアアアァァァァァ!」
ドシドシという足音。
後ろから、二メートルはあるかという熊が追いかけてくる。
――遡るは数分前。
アヤメサクラの家から出た俺は、ひとまず森を出るべく歩いていた。
もちろん方角なんかわからないので、勘を頼りにふらふらと。
そうしているうちに出会ってしまったのだ。
巨大熊に。
そういうわけで、俺は襲い掛かる熊から全力で逃走している。
「グラアアアアアアアアァァァァ!」
「ちくしょう、何でだ!何で開幕早々ダッシュなんだ!」
ひたすら走る。
熊の迫力は凄いものの、やはり小回りは聞かないようで、木々の間を縫うように走り続ければ、ひとまずは殺されずに済みそうだ。
「ちょっとなら、アヤメサクラを恨んでいいよな!」
誰もいない森へ叫ぶ。
渡された『哲学礼装』も、使い方を知らなければただのガラクタに過ぎない。
貴方ならわかるって、かっこつけて言わなくてもいいじゃん!
教えてくれたっていいじゃん!
「――こっち!」
勘が告げた方向へ進路を変える。
その方角は、先に進み続けたら開いた場所に出てしまう。
よって、再び進路を変えるべきなのだが――。
(やばいかもしんないけど……こっちだ)
己の勘を信じて走る。
速度を落とすことなく、開けた場所へ飛び込む。
ガサガサと音を立て小枝が腕やら顔やらに引っかかるが、気にしてはいられない。
ばっ、と太陽の光が瞼に刺さる。
眩しさに視界が眩み、反応が遅れた。
走り抜けた先に、人がいたことを。
逃げてほしいと思う気持ちと、助けてくれるかもしれないという気持ちとが交差する。
しかし、問題は別のところにあった。
――その人の前にも、熊が居た。
「グアアアアアアアアアァァァァ!」
「グオオオオオオオオオォォォォ!」
二体の熊が同時に叫ぶ。
絶体絶命。
――やばい、死んだ。
そう思った刹那、女性の声が響く。
「おい、そこの!こっちは頼む!」
その声が聞こえるや否や、一瞬で人影は向きを変え、俺が元来たほうへと突っ込んでいった。
残ったのは、慣性の法則により急停止の出来ない体と、目の前の熊。
サイズはさっきのより小さい。
けど、ヤバイ。
このままじゃ死ぬ。
距離が近づく。
時間の流れが遅く感じる。
音が消える。
死ぬのかな、俺。
――こんなところで?
眼前には立ち上がる熊。
――何もしてないのに?
拳を振り上げる。
――終わりたくない。
生きていたい。
――生きろ。
生きることへの執着。
――戦え。
「うあああああああぁぁぁぁぁぁ!」
全力の拳を叩き込む。
必死だった。
自分が何をしたのかもよくわからない。
けれど、視界の中で微かに光る右腕と、何かの力が集まってくる感覚がした。
ドオンッ!という唸るような音と共に、前方の熊が吹き飛んでゆく。
そのまま木に叩き付けられ、そのまま――。
「――危ねえ!」
「――えっ?」
唐突な叫び声。
振り返ると、飛び込んでくる熊が。
「アアアアアアァァァァァ!」
「うわああああああぁぁぁぁぁ!」
――しゃがんだ。
――咄嗟にとった行動だが、それが功を奏した。
頭を護るため右腕を防ぐように前に出していたため、掠ったときの衝撃波凄かったが、飛んできた熊はそのまま後ろの木にぶち当たり、下に倒れていたもう一匹の熊の上に落ちる。
グェッ、っと下敷きにされた熊が声を漏らす。
それから、その二体の熊が動くことはなかった。
「……終わった」
ペタンっと、座り込む。
なんか、力入らねえ……。
ぼーっと空を仰ぐ。
青空の中に雲がちらほら。
澄んだ青空は、前の世界と同じだった。
そして、その空を綺麗だと思う自分もまた、変わっていなかった。
「よお、大丈夫か?」
視界の中に、女性が入る。
長い髪を一つに結んだ、整った顔立ちの女性。
少女と呼ぶには幼さが足りず、かといって歳をとっているイメージもない。
ただ、普通に顔はいいほうだった。
「どうした、頭でも打ったか」
「いえ……大丈夫です」
差し出された手をとり、立ち上がる。
……身長高いなこの人。
俺と大差ないってことは……170ちょっとあるってことか?
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「あぁ、気にすんな。討伐対象が一匹増えただけだ、大差ねえよ」
女性は大げさに手を上げ笑う。
そうは言っても、一匹は誰かもわからない俺に任せたじゃないか……。
……この世界の人間はこうなのだろうか。
どう反応していいのかわからず、頬をかく。
すると女性は、倒した熊のほうへ歩いていく。
熊の頭のところまでくると、身につけていた剣を抜き出し、おもむろに熊に突き立てた。
切れたところから血が流れ出す。
さらに、血の臭いが辺りに広がる。
「あの……何してるんですか」
「何って、解体だよ。見てわかんねえか」
「その手の知識には疎いもので……」
「そうか……」
再び、解体という作業に戻ろうと目線を戻しかけたが、何かに気付いたようにこちらを見る。
「お前……何しにここにいる」
「何しにっていうか……」
弁明の前に女性が口を開く。
「装備はどうした。見た感じ武器もねえし、カバンもねえ。さらにその軽装。殺してくださいって言ってるようなもんだろ」
怪しむような目で凝視される。
「えっと……その……」
素直に転生者であると明かすべきか、迷う。
「あ、でも、そんな装備も何もない奴にベアアドルフを任せたのはまずかったのか……すまん」
「い、いえ……大丈夫です」
すまんって。
随分軽いな。
「ところでそのベアアドルフとは?」
話題を逸らす。
「あっ?このでけえ熊のことだよ。そんなことも知らねぇ……知ら……」
女性の目が、今度は驚いたような、ぽかんとしたような眼に変わる。
「――お前、名前は?」
「市坂哲也です」
何故か、名前はすんなり答えられた。
……アヤメサクラのおかげなのか。
「ここがどこだかわかるか?」
「……恥ずかしながら全く」
女性は体をこちらに向け、立ち直る。
「私の名前は、禊陽子だ。よろしくな」
「……よろしくお願いします、禊さん」
そう答えると、禊さんは考え込むように、手を顎にやる。
「――お前、転生者だろ」
「――――っ」
ずばり言い当てられ、心臓が跳ねる。
一瞬でばれた?いや、でも俺の服装やらなんやらがおかしければ、ばれるのは必然なのか?
「不思議そうな顔をするな。そうですって言ってるようなもんだろ」
「……生憎、隠しごとは苦手なので」
「気をつけろよ、転生者はなにかと狙われるからな」
そういうと、熊の解体に戻ってしまう。
「話は後だ。ひとまずこれを終わらせる」
しばらく、ザクッザクッ、という音だけが響く。
そして、ベアアドルフの体から、黄色の結晶のようなものを取り出す。
それが何かを問おうとしたが、すぐに二体目の解体を始めたので、邪魔しては悪いと思い辞める。
待つ間、自分の置かれた状況について考えてみる。
装備。武器と呼べるものは『哲学礼装』のみ。
それすら扱いがわからないので、実質的には武器は持っていない。
服装も、アヤメサクラから貰ったものだ。
ただの服。禊さんが身につけているような防具じゃない。
それと、鞄。
禊さんは腰にポーチのようなものをつけている。
それには、すぐ取り出せるように、ナイフの柄が見えるし、普通に物を入れるような奴じゃなさそうだ。
あとは……会話。
与えた情報は名前と俺が転生者であるということ。
後者の情報のほうが重いが、気になったのは気づいたタイミング。
服装で気付いたならもっと早い。
ベアアドルフという動物を知らなかったことを知られても、すぐには気付かれなかった。
とすれば、名前。
けど、それをいうなら禊さんも同じ。
日本語を元にした名前か、この世界の言語で日本語と同じ発音で意味を持つ単語があるか。
禊、もしくは陽子という単語に意味があったのだろうか。
それか、禊さん自身が転生者であるという可能性。
アヤメサクラがいうには、転生者は珍しいものではない。
三年に一人のペースで来ているのならば、禊陽子という人物が転生者である可能性も十分にある。
……そんなところか。
――この人は敵じゃない。
――そんな気がした。
「――よし、終わったぞ」
二つの水晶を手にした禊陽子は立ち上がる。
それを鞄にしまうと、どこかへ歩き出す。
「話は歩きながらする。ついてこい」
簡潔に話す禊さん。
その前に、俺は聞いておかなければならなかった。
「――禊さん」
右手に力が入る。
その場の空気が変わる。
「――貴方は、味方ですか?」
問いかける。
言葉を。
それはきっと、質量を持った言葉だ。
「あぁ、お前の味方だ。――私はお前を裏切らない」
俺の言葉に、禊さんは、はっきりとした言葉で返した。
その言葉に俺は、無言で頷き――彼女へついていくことを決めた。
生きるのが辛くなったら続き書きます。