第一話 市坂哲也
最近ノベルゲームばかりしているので、文章がそちらよりになっています。
追記:ちょくちょく勝手に修正します。
目が開いた。
見えたのは空、そして木。
柔らかな風がなびき、木々の葉を揺らす。
上空を流れる雲は、緩やかにどこかへ向かっている。
「……どこだここ」
ばっと、体を起こし、周囲と自分を確認する。
森の中。
人工的に整備されたであろう土の道の上。
全裸。
「何故全裸」
俺は服を着ていなかった。
近くに服のようなものはない。
一旦、落ち着こう。
……深呼吸。
状況を整理する。
異世界に飛ばされた。
何故飛ばされた。
自ら命を絶ったから。
どうして?
「――痛っ」
急な頭痛が襲う。
思い出せない。
痛みは一瞬で消えたが、記憶が抜け落ちている感覚がする。
「服と一緒に記憶まで持っていかれやがった……ナンセンスだぜ全く……」
しかし、これからどうするべきなのだろうか。
記憶もなく、ここがどこかもわからない。それに加えて全裸。試合早々に顔面に右ストレートをぶち込まれたみたいに気分は最悪だった。
「……マジでどうしよ」
途方に暮れたままぼーっと空を見る。
そのまま寝てしまおうかと思った刹那、後ろから足音が聞こえた。
足音はそのまま近づいてくる。
全裸を人に見られたくはないが、このまま振り向かないのも怖い。
首だけ回し、足音のほうを確認すると、立っていたのは女性。
二十代後半くらいだろうか。
肩口までの黒髪に、OLじみたスーツ姿。
既視感満載の見てくれに、ここが異世界ではなくただの日本の田舎だと思ってしまう。
「貴方が、市坂哲也?」
女性は問いかける。
「はい、そうですけど」
「なら、服を着て私についてきて。質問は受け付けないわ」
そういって女性は服を投げてくる。
下着とズボンとシャツ。それから、靴と靴下。
肌触りはなれないが、全裸よりマシだ。
「最初に言っておくわ。私は貴方の敵じゃない。それは知っておいて」
服を着る最中、そう言われた。
俺が服を着たのを確認して、女性は森の中、少し開けたところへ進んでゆく。
俺も黙ってそれにならう。
「驚いたわ。貴方、何も聞かないのね」
少し歩いた頃、女性が口を開く。
「全裸の俺に服をくれた時点で女神みたいなもんです。それに、襲うつもりだったら服くれてませんし」
「あら、私が服を脱がすことに快楽を持っていたらどうするの?」
「そのときはそのときです。どの道俺に選択肢はありません」
仮にこの人が嘘をついていて、俺の敵だったとしても、俺はついて来る以外の選択肢はない。
「そう……。どのみち、その判断は賢明ね。話してて面白い人は久々だけど」
「あの……お名前を伺っても?」
「あぁ……そういえばまだだったわね。私はアヤメサクラ。漢字変換はせずに、全部カタカナで覚えて。貴方の先導者であり管理者よ。仕事は神様の使徒をやっているわ。よろしくね」
……情報量が多い。
先導者とか管理者とか。
仕舞いには神の使徒とか。中二入っているんじゃないのこの人。俺も大概だけど。
よろしくねの声も事務的だったし、歓迎されてる感ゼロなのも気になる。
それとは関係なしに、どんどん森の中に入っていく。
「じゃあ今から、貴方の理解度を確認します。いくつか質問するから答えて頂戴。そっちからの質問はありだけど、質問に質問で返すのは私嫌いだから。それは知っておいて」
「わかりました」
「では質問。貴方はここがどこだかわかっている?」
「地球以外の異世界とだけ。具体的な惑星名、大陸名、国名、地名は一切知りません」
「よろしい。では次。異世界召喚がどんなものか知っている」
「小説で読む程度なら」
「よろしい。ある程度理解があれば十分です。では異世界召喚についての質問は」
「それに答えると質問に質問で返すことになるのでありません」
「……貴方、面倒な性格ね。その辺は臨機応変に行動しなさい」
「……わかりました。では質問を。異世界でやるべきこと、そのような使命はありますか?」
よくあるのは一国の存亡をかけた戦いに救世主として召喚されるとかだろう。
あってもなくても構わないが、あまり難しいことを言われても無理だろう。
「ありません。貴方は、ここで自由に生きてもらって構いません。ただ、貴方は願いを言ってここに来たはずです。使命はありませんが、叶えるべき望みはあるはずです」
「願い……願い……」
懸命に思い出そうとするも、フィルターがかかっているのか思い出せない。
「その……願いの内容を覚えてないのですが……」
そういうと、アヤメさんは足を止め、初めて振り返る。
「それは本当ですか?」
「えぇ……本当です」
険しい表情のまま、間が空く。
やがて何事もなかったかのように歩き始める。
「俺の願い、アヤメさんは知らないのですか?」
「知らないわ。私の仕事は貴方の状態を神様に報告するくらいだから。事前情報は貰っているけれど、そこまでは知らないわ。あと、アヤメさんって呼ぶのは勝手だけど、アヤメサクラが名前だから。苗字と名前とか、その辺の区切りはないの。一応知っておいてくれるとありがたいわ」
「……そうですか。ありがとうございます」
果たして最後の情報は関係あったのだろうか。
よくわからないが、これからはアヤメサクラとフルネームで呼ぼう。
「では確認の続きを。名前……は確認した。年齢は」
「17歳です」
「学歴は」
「偏差値55くらいの高校に居ました」
「特技は」
「座禅」
「趣味は」
「ツーリング」
「好きな女性のタイプは」
「笑顔が可愛い人」
なんか……だんだんお見合いみたいになってないか。
どんどん話が脱線しているのだが。
それでも、アヤメサクラにとってそれが必要な情報ならば、答える以外ないだろう。
「貴方が一番、人より勝っていると思うことは」
「異世界転生とかいう変な体験をしていること」
「あら。転生者なら他にもたくさんいるわよ」
「……まじですか、それ」
「えぇ。三年に一人くらいのペースね。この世界にも転生者はいるし、国一つ作った人もいるわ」
どんな化物だよそれ……。
「異世界転生が珍しくない事、ということですか」
「そういうことね。もちろん、転生してすぐに死ぬ人もいるから多いわけではないのだけれど。貴方は利口よ。私に会う前に逃げていたら、間違いなく殺されているわ。自然か人間か、それか魔族にね」
「魔族……モンスターとかですか」
「そうね。よくあることじゃない、異世界にモンスターがいることなんて。驚くことじゃないし、恐怖してもいられない。貴方はこれからこの世界で生きていくのだから」
その時、肌に何かが張り付いた感覚がした。
だが、それはすぐに剥がれ落ちる。
「そろそろ着くわ。何か質問はある?」
「あっ……では、この世界に魔法はありますか?」
「えぇ、あるわ。魔法も魔術も両方ね。原理は全然違うけど、やっていることの本質は同じだから、魔法と魔術の違いは気にしなくていいわ。使うかどうかは貴方次第よ」
その言葉を最後に、俺とアヤメサクラは森を抜けた。
そこにあったのは一軒の家。
石と木とレンガで組まれた、現代だと耐震性うんぬんで問題になりそうな物件。
「さあ、入って」
言われるがままに中に案内される。
「座って。今、お茶を入れるから」
リビングらしき場所に通され、そこにあった椅子に座る。
内装は簡素で、ところどころに本棚がある。
天井には明るく光る物体が。
発熱電球ともLEDとも違う光。
ここが異世界なら、魔法か何かで明かりをつけているのだろう。
ふと、本の背表紙が気になった。目を凝らして見ても、文字が読めない。
少なくとも日本語ではない。
もっとよく見ようとしたとき、アヤメサクラがティーカップを二つ持ってきた。
「待たせたわね。さあ、どうぞ」
「……いただきます」
見た感じ緑茶だけど……。
一口だけ飲む。
「……紅茶」
今まで口にした事のない味。
しいていうなら、紅茶。
そんな感じ。
「この世界の紅茶ね。一般的に飲まれているものだから、町に言ったら飲む機会はあると思うわ」
アヤメサクラもそれに口を付け、カチャンッ、とソーサーにカップを置く。
「さて……ある程度の確認は終わったけれど、まだ他に聞きたいことはある?」
アヤメサクラは本棚から紙を数枚取り出し、何かを記入していく。
「そうですね……あっ、この世界の言語はどうなっていますか?棚の本の背表紙の字、読めないんですが」
「この世界の言語は日本語ではないわ。でも、貴方は転生者だから自動翻訳が全部やってくれる。気にしなくてもいいわ。今は読めないけれどね」
「今は?」
「だってまだ自動翻訳の魔法を授けてないもの。でも安心して。ちゃんと一番最後に授けることになっているから」
「じゃあ今会話できているのは……」
「私が日本語を話せるからね。他の言語もある程度は話せるわ」
「英語とか?」
「I’ll be back」
「アメリカンですね」
「あっ、そうそう。貴方、私の質問に一つ答え忘れているわ」
「どれですか?」
「貴方が一番、人より勝っていると思うこと、ね。異世界転生は珍しいものじゃないから。人より一番勝っているもの、ではないわ。他にないの?」
「他……ですか。そういわれても……」
どう言い表したらいいのか分からない。
「何でもいいのよ、人に自慢できることとか」
…………。
「……ありません」
自分の中にあるかもしれない。
けれど、それは言いたくなかった。
「ふぅん……意外に謙虚なのね。いいわ、代わりに答えてあげる」
そう言うと、アヤメサクラは真っ直ぐ俺の目を見つめる。
哂うような、咎めるような視線。
目をそらすことを許さない、そんな視線。
「――哲学」
心臓を掴まれる。
「――貴方が前世で一番学んだこと」
「人より勝っているなんて言えませんよ。そもそも比べられません。知識量に差があっても、結局はその本質をどこまで理解しているかどうかです。さらにそれを実践できるか。比較条件が揃わないので、証明の使用がありません」
食い気味に俺は反論する。
たかだか17年しか生きてない俺が、誰よりそれを知っているとはいえない。
そもそも俺は――。
ズキンッっと、頭痛が走る。
電流が流れたような、鋭い痛み。
あれ、俺は今、何を思い出そうとしてたんだっけ……。
「……貴方がそれ以外に何か持っているとでも?」
アヤメサクラは追求をやめない。
「……何も持ってはいませんよ」
「じゃあ、それしかないじゃない」
「だからって……」
「それじゃあ……貴方が一番疑問に思っていることを言いなさい。ただし、私が望んだようなものでなければなりません」
「横暴ですね」
「答えたほうが身のためですよ。――もう一度言います。私は貴方の敵ではありません」
アヤメサクラは僅かに微笑む。
目はそのままに、口元だけ。
心臓が重い。
――問いかけろ。
立ち止まりたい。
――問いかけろ。
でも……選択肢はない。
――問いかけ続けろ。
――それがお前だ。
「俺は……誰ですか」
心の錘を吐き出すように。
「この身体は何ですか。市坂哲也という人間の記憶だけを引き継いだものですか。それとも市坂哲也そのものですか。もし、記憶だけがあるというのなら、この人間は市坂哲也に最も近い偽者です。人は個人あって経験があるのではなく、経験があって個人があります。記憶だけを有していても、その人の経験を持たないというならば、別物であると僕は考えます。もし、市坂哲也そのものだというならば、彼は死んだはずです。今この瞬間に生きていることはおかしい。一度死んだ肉体に命が宿るということはありません」
顔を上げる。
「アヤメサクラ、俺は――誰ですか」
教えてくれとは言わない。
疑問はあっても不満はない。
これが本物だろうと偽者だろうと、俺がやることは、多分変わらない。
だから、この問いかけに意味はない。
意味のない問いかけをするのもまた、哲学である。
「ようやく……貴方らしい一面が見れたことを嬉しく思います。では、その問いかけに答えましょう。この世界に転生する際、貴方の魂と記憶を転送しました。肉体は、前の世界で貴方が経験したことを全て再現し、死を迎える一日前の状態を作り、そこへ魂と記憶を転送、同調させました。貴方の言う経験は、全て再現してあります。そこに、異世界転生という経験が新たに加わりました。貴方は市坂哲也です。最も新しい、市坂哲也です。貴方は、本物です」
淡々と、さっきと変わらぬ表情でアヤメサクラは語る。
ただ、真実を。
それでいて、回答の要素は抑えている。
正直、驚いた。
答えを用意されていたなんて。
「……凄いな」
「恐縮です」
アヤメサクラという人間は、一体どんな要素で出来ているのだろう。
何となく、気になった。
「回答は満足いただけましたか?」
「あっ……あぁ、完璧でした。ここまで答えてくれるとは思ってませんでしたし」
「それなら良かったです。こちらも、貴方が本物であることを確認できましたので」
……確認?
「少し待っていてください。今、取ってきます」
そういうとアヤメサクラは奥の部屋へ歩いていく。
その間に、冷めた紅茶を飲んでのどを潤す。
さっきまで感じなかった紅茶の渋みが、今の体にはあっていた。
残りを一気に煽り、優しくカップを置く。
それからすぐに、アヤメサクラは戻ってきた。
そして、机の上に何かを置いた。
鎧。
右腕だけの、鎧。
「……これは?」
「――『哲学礼装』。転生者である貴方へのプレゼントです。どうぞ、手に取って」
言われるがまま、それを手に取る。
鉄製らしき部分と、指と手首のところには革が使われている。
付けて下さいというアヤメサクラの目線を感じ、右腕にそれをつける。
が、何もおきない。
つけた瞬間力が付くといったものではないようだ。
「何も起きませんけど……どうやって使うんですか?」
「私は知りません。ですが、貴方ならわかるはずです。それの名称は『哲学礼装』。貴方ならきっと、使いこなすことが出来るでしょう。では、渡すものも渡したので……自動翻訳の魔法を授けます。目を瞑ってください」
そういうと、アヤメサクラは一枚の紙を手にし、人差し指をこちらに向ける。
言われたとおりに目を瞑ると、アヤメサクラが魔法の詠唱を始めた。
その言語は、今まで一度も聞いたことがなく、発音さえどこの国に似ているとすら感じられなかった。もしその言語を一から覚えようと思ったら、きっと何年も勉強して、通訳を雇ったほうが早いということを悟るはめになっていただろう。
一分ほどたったころに詠唱は終わる。
「これで終わりです。貴方がどこへ行こうと全ての言葉は日本語に聞こえますし、反対に貴方が話した言葉は相手の母国語に変換されます」
「……実感は全くないのですが、ありがとうございました」
ひとまず一礼。
あと、ひとつ気になったことを。
「えっと……自動翻訳って、珍しいものなんですかね」
「珍しいものではありませんね。国ごとに言語が違いますので、魔法がなければ自力で勉強するしかありません。便利なものは積極的に利用するのはこの世界の人間も同じですから、商人なんかは必須の魔法ですね」
「言われてみれば……覚えていたほうがいいですね」
どうやら、楽をしたいのは人の性らしい。
「それでは、今から貴方にはここから巣立っていただきたいのですが……最後に質問等あれば」
「では、一つだけ。ここから出た後、アヤメサクラともう一度出会うことはありますか?」
「……わかりません。基本的には不干渉の姿勢をとりますが、何か緊急事態が起きた場合は例外です。まぁ、今まで一、二回しかないのでほとんどないものと思ってもらえると」
「そうですか」
どうやら、アヤメサクラの手引きはここまでらしい。
後は自分の力で生きろってことか。
「あと、この場所に戻ろうとしても無意味ですよ。辺りに結界が張ってあるので、私の導きなしでは入ることは出来ません」
「あぁ……そういえば、なんかそれっぽいのを通った気が……」
「……これでいいですか?いつまでもここに居ることはできませんよ」
「もう、大丈夫です。色々教えてくださり、ありがとうございました」
立ち上がって、アヤメサクラに一礼する。
「どういたしまして。これからの貴方の人生に幸多からんことを」
アヤメサクラは初めて見せた笑顔で手を振った。
それに笑顔で手を振り返し、アヤメサクラの家を出た。
これからどこへ向かおうか。
とりあえず、歩こう。
歩き続ければきっと、どこかへ辿りつくはずだから。
そうして俺は、最初の一歩を踏み出した。
――――――――――――
「市坂哲也……『哲の道を行く者』……ね。貴方がこの先の人生をどう生きていくのか、少し楽しみだわ」
――アヤメサクラは、誰もいなくなった部屋で、一人、呟いた。
生きるのが辛くなったら続き書きます。