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【更新停止】最初と最後の婚約者  作者: 和香森せな
第1章 最初の婚約
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(4)アーサー

「アーサー、お帰りなさい」


執事にコートを渡したところで、自分とよく似た容姿の姉、ルースから声をかけられた。


「また来てたんですか?」


帰って早々に……というより、彼を待ち伏せていた感のある姉を訝しげに見た。

二歳違いの姉ルースは昨年、アーサーの友人であるウォルター・アマーストと結婚し、家を出ている。

夫婦仲は良さそうだが、息抜き目的で実家によく顔を出していた。

この時間にいるなら泊まっていくつもりだろう。


「少し時間、取れないかしら?話があるの」


「急用ですか?」


「違うわ。でも、わたしは早く知りたいことなのよ」


「相変わらずですね……」


アーサーは執事にお茶を頼み、ルースと一緒に居間へ移動した。

両親は友人夫妻から招かれた夕食会へ出掛けると言っていたので、会話の内容を気にして自室へ向かう必要はないと判断したが、ルースもそれは察したようだった。




「それで?」


お茶を入れ、執事が下がるのを待ってから、アーサーはルースを促した。

向かい側に座っていたルースはカップに手を伸ばしながら、


「あなた、噂になってるのは知ってる?」


と、チラリとアーサーを見やる。


「噂?おれのですか?」


「ええ、そうよ。知らないの?」


「知りませんし、興味もありません。大方、実際の出来事を誇張しただけのものでしょう?もう慣れましたよ」


アーサーはうんざりした顔で自分のカップに口をつけた。

貴族の間では幼い頃に婚約することも少なくないが、アーサーは婚約者もいなければ今は決まった恋人もいない。

そうなると、爵位や経済事情、容姿などを鑑みても、結婚相手を探す令嬢達にとっては非常に魅力的な花婿候補なのだ。

社交界での人気はないよりはあった方が当然良いが、あり過ぎると弊害もある。

アーサーの気を引きたいがために、多少強引なことをしてくる令嬢がそれだ。

自分で作り上げた噂をさも本当のことのように吹聴してまわり、それをきっかけにアーサーとの距離を詰めようとする。

そんなことで丸め込まれるアーサーではないが、さすがに辟易していた。


「違うわよ。今回のはそういうのじゃなくてね。ジョージアナのことなのよ」


「ジョージアナ?」


ジョージアナはウォルターの妹なので、ルースにとっては義妹になる。

ルースはにっこり笑って続けた。


「二人が婚約するって本当なの?」


「婚約?おれとジョージアナが?」


「最近、一緒に夜会に出ていたでしょ?あなたが同じ相手と何度も……なんて珍しいから、これは本命じゃないかって噂されてるのよ」


「ありえませんね」


アーサーは即座に否定した。

ジョージアナをエスコートしたのは友人の頼みを聞いただけで、特別な意味はない。

大体、気になる相手との距離がなかなか縮まらなくて焦れているのに、そんな噂が広まっては益々近付きにくくなる。

アーサーはイライラしながら大きく息を吐いた。


「そうなの……それは残念だわ」


弟の様子にほんの少しの可能性もないのだと見てとり、ルースはがっかりしたようだ。


「本当に残念だわ。ジョージアナがこの家に嫁ぐなら、あなたが結婚しても気軽に帰れたのに」


「……それが本音ですか……」


アーサーは姉らしい自分本意な感想を聞いて、再び溜め息を漏らした。

実弟と義妹の結婚を夢見たのは本当だろうが、気を使わずに里帰りしたかった方が本音だったに違いない。


「そんなに頻繁に自宅を開けたら、悪い噂が立ちますよ」


「あら、うちは円満だもの。心配ないわ」


「噂と真実は違います。とにかく、ジョージアナとは何の関係もありませんから、姉上からも否定しておいて下さいよ」


「ええ、そうするわ。でも、あなたもそろそろ婚約くらいしないと、そのうち噂じゃ済まないことに巻き込まれるわよ」


最後にルースは姉らしく忠告をして、話を打ち切るように再びカップを持ち上げる。

アーサーはその言葉に難しい顔をして頷いた。

確かに今のまま、婚約せずに社交界に身を置くことは得策ではない。

アーサー自身も薄々感じてはいた。

父である侯爵の「急いで結婚する必要はない」という言葉に甘え、領地運営や国政について学ぶことを優先してきた。

だが、社交とは何も女性達の中で上手く立ち回ることだけでなく、クラブでの男性同士の付き合いもある。

どちらも気の疲れる駆け引きがどこに潜んでいるか分からず、婚約することで片方が楽になるなら、この際ありかもしれないとアーサーは思った。

相手はもちろんプリムローズが良い。

まだ、『愛』ではなく『恋』の段階だが、彼女となら婚約してからでも愛情を育んでいける気がするのだ。

家柄も問題ないし彼女さえ快諾してくれれば、すんなり事は運びそうだった。

懸念事項があるとすれば、肝心なプリムローズの反応がいまいち薄いことくらいだろうか。

(いや、一番の問題だろうな……)

嫌われてはいないが、他の令嬢方のように競ってまでアーサーの妻の座が欲しいようには見えなかった。

何せ、アーサーを取り巻く令嬢達に気圧されて近寄れなかった友人に、自分の場所を譲るような性格だ。

そんな控えめなところも好ましくはあるが、婚約の話を進めるには不安も残った。

それでも彼女に他の縁談が来る前に……社交界デビューして2年目に入る前に動き始める必要がある。

(断られたとしても、このまま知り合いの一人でいるよりは、意識してもらえるかもしれない)

初めてプリムローズを見かけた時のことを思い出し、知らず知らずのうちに笑みが浮かぶ。

可憐で華奢で、そして自信なさげなあの瞳がどうしようもなくアーサーの庇護欲をそそるのだ。

今まで周りにいた女性は、牽制しなくてはならないほど強引だったり、アーサーの隙を狙っていたりで、およそ守ってやりたい対象とは言えなかった。

それを一瞬で覆し、アーサーの心に入り込んだのがプリムローズだった。

理屈ではない何かが心を支配し、顔が見たい、声が聞きたい、触れてみたい……そんな欲望を次々とアーサーの中に生み出した。

最初は当惑したものの、そんな自身の変化をアーサーは面白くも思った。

(まずは父上を説得しないとな……)

アーサーは手にしていたティーカップに残っていた紅茶を飲む。

頭の中で今後の流れを組み立てながら、できるだけ上手く事が運ぶことを祈った。

彼女を自分だけ人にするために――――――。

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