過保護の実態
深夜11時。村の全てが寝静まったであろう時に、ノックも無しに落陽亭のドアが開かれる。
「よっ。って・・・何してんの?」
「おお、シュタイン。おせーぞ」
カルクはマジックポーチからテーブルの上にワイバーンの肉を取り出し、調理しやすいように切っていた。落陽亭の調理場を使えば良かったのだが、リーゼが綺麗にしたであろう場所を汚したくなかった。
故に、テーブル上はワイバーンの肉で血塗れである。
「夜中にやる作業じゃないよなぁ」
「そっちサイコロステーキにするから手伝え」
「人使いが荒いわ」
昼間ならば叫んでツッこんでいたところを、リーゼのことを気遣ったあたりが紳士的だ。
シュタインは金髪の顔の整った青年だ。夜中だというのに紫色のプラチナアーマーを身に纏っているのは、どうしてもこの場に合わない。
血抜きを含めた肉の処理と調理の下ごしらえは随分違うのだが、二人は手際良く進めていった。
ものの数分で肉は種類別にされ、テーブルは綺麗になり、貯蔵庫には五匹分の新鮮な肉が備蓄された。満足そうに頷いたカルクを見て、シュタインは口を開く。
「さて、本題に入りたいのだが・・・」
「すまない、今からワイバーンの炙り焼きを作る」
「まずお前の生活習慣の改善をしろ」
ドスの効いた低い声でシュタインが指摘するも、カルクは構うことなく、
「ファイア」
テーブルの上の皿の中だけに炎を起こして肉を炙っていく。
「これ、明日の朝匂いで気づくんじゃないか?」
「だいじょーぶ。あいつアホだし」
十分に焼こうとすると煙が出て、明日の朝にはリーゼに気づかれるだろう。それを防ぐために、カルクは軽く炙るとすぐ肉を口に入れていく。
「どうだ?一切れ」
「いらん、見ているだけで胸焼けがする」
シュタインは怪訝そうな顔をしながらどかっと椅子に座る。
「とりあえず俺も暇じゃないからもう言うけどな、どうやら今度はミゼラル男爵が絡んでくるぞ」
「ひへはふ?」
初めて聞く名前にカルクは口に肉を入れながら聞き返す。元々世情に疎かったり、興味が無いので名前を覚える気が無い。
それを知ってるシュタインは話を進める。彼は若くしてこの村の騎士団長であり、情報通であった。もっとも、情報入手元は表ルートではないが。
「ああ、こいつはヤバイ」
ゴクン、とカルクの肉を飲み込む音が聞こえる。
「何がヤバイんだ?」
「リーゼを王女とバラさずに秘密裏に攫おうとする考えがヤバイ。かなり惚れてるぞあのデブ」
王女が戦の慰問で亡くなったとされるのは二年前。まだリーゼが十二歳の頃だ。二年間では、人の外見が変わるのに時間がかかる。誰かに見られていたら、すぐに王女だとわかってしまうだろう。
このミハサ村に住み始めてリーゼの外見は平民そのものだった。だが、やはり美少女だからか噂はすぐに立ってしまうのだ。
リーゼに惚れる男が出る度にカルクが消しているのだが。
「王女に似ているから攫う、という線は?」
「いや、もうリーゼいこーる王女だと断定してるみたいだぞ」
「客で不審なやつは来てない。ここんところ毎日同じ三人だけだからな。ということは買い出し先の店か・・・」
この瞬間、カルクは明日の朝からリーゼをストーキングすることに決めたのだった。