帰る場所
疎らな石造りの家々。人通りは無く閑散としている小さな村に橙色の光が灯る。
一人の男がその灯りを目標に歩みを進め、ドアを開けた。
「カルク、おかえりなさいっ!今日はどうだった?」
「ただいま、リーゼ。今日も薬草を届けて無事しゅーりょーだ」
落陽亭に今日も顔を出す男が一名、出迎える少女が一名。
男が席に座ると少女はエールの入ったジョッキをテーブルに置く。あと、少しつまみになるソラマメが小鉢に添えられている。
「カルクー、料理の注文は?」
「あー、無しで」
「ですよねー」
カルクとの一言で厨房を照らしていたランプがひとつ、またひとつと消えて行く。カウンター向こうの灯りが全て消えると、リーゼはテーブルに戻り、彼と対面で座った。
「客は来たか?」
「今日はねー、午後からアーロンじいちゃんと、ギータさんと、リヒトさん」
「そうか」
飲食店をやっていて日に客が三人だけなど、潰れてもおかしくは無い。しかし、店には女一人のリーゼしかいないため、カルクは無理に稼ごうとも思っていなかった。まだ14歳の彼女には幸いにも常連がいる。常連以外の客など、彼にとっては不安要素でしかない。
「リーゼ、眠かったら寝ていいぞ?」
「まだ九時だよ?落陽亭は陽が落ちてからが勝負なの!」
「その割にはもう店仕舞いしてんじゃねーか。明日の朝も仕込みで早いんだろ?」
「どうしてそんなに早く寝せようとするかなぁ。あっ、もしかしてわたしを襲う気だったりする?」
「年齢ダブルスコア以上離れてるからに・・・捕まるだろ」
「またそんなこと言ってー。カルクの故郷のルール?」
覗き込むように両手に顔を乗せて問いかけるリーゼに、カルクは少し視線を泳がせる。
リーゼは銀色の髪にブルーの大きな瞳。鼻、口共に整っていて、誰が見ても美人と言われる顔だろう。
対する黒髪で中年のカルクは少し精悍な顔つきには見えるものの、イケてるかと言われたらそうでもない。
少し伸びた髭を気にしながら、カルクは顔を横に向ける。
「あっ、照れてるっ。かーわいいっ!」
「うるせーよ」
カルクが豆をつまみながら、エールを一口。それを嬉しそうに眺め、リーゼは言葉を待っている。
「・・・この後客が来るから、本当に先に寝てていいぞ」
「えー、そればっかり。いつもわたしを除け者にするよね」
「おまえはまだガキンチョだ。大人の話に混ざってこなくていいんだよ」
「ううー」
不服そうな目でジッと見つめるリーゼだったが、目線を合わせようとしない男には効果は無い。数秒睨みつけ、諦めたように溜息をつき立ち上がる。
「今日もずっと、待ってたのに。もうちょっと話したいよ・・・・・・おやすみなさい」
シュルっと前掛けを外す音が聞こえ、やがてパタンとドアの閉まる音が響いた。
「ったく、かわいすぎだろ・・・」
誰もいない空間で、まだ横を向きながら、カルクはエールを飲み干す。慣れた静寂も、彼にとっては酒のつまみに成り得た。