第1章 その3 エイプリルフールお花見頂上合戦!(3)豪華すぎる花見の宴
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「雅人~! ひどいよ置いて行くなんてっ!」
「スマン。気がつかなくて」
「後でなんか奢れ!」
はぐれていた充と再会できた後、
野外ステージの近くにいるという親父とスマホで連絡を取り合い、やっと見つけたのだった。
「おう雅人! こっちだこっち」
何を嬉しそうに手を振っているんだか。
おれの親父である山本雅治は、四十そこそこ。総合商社の営業で、今年辞令が出て課長になった。昇進祝いという名目で課の有志で飲み会、その後、二次会行きたいメンバーで夜桜見物に繰り出したという訳だ。
親父は、もう相当に酔いがまわっていた。
同僚の人たちに迷惑をかけないでほしいものだ。
接待花見、ですよね?
あ~、スミマセン会社の人。
課長の息子に会うなんてどう接して良いか困るだろ。
料理を置いたらすぐに帰ろう。
あと数日で高校に入学する息子に、ヘンな気をつかわせるなっての。
「くいもの持ってきたけど。今から花見? 場所あるのか?」
親父を入れて全員で七人。
おれと充はすぐ帰るつもりだから数に入れていない。
「大丈夫で~す」
上機嫌そうな明るい声で、若いお姉さんが手を上げた。
「友達が今夜、会社の同僚たちと花見してるんです。居酒屋を出る前に電話して聞いたら、このくらいの人数なら加わってもいいって」
そこで一呼吸置いて。
「食べ物持参ならむしろ大歓迎だっていうんです」
にっこり。満面の笑みで、言った。
「それで、食べ物もってこいって言ったのか!」
おれは呆れた。
親父がニコニコしているので更に呆れ果てる。
酒は飲んでも飲まれるな。ビジネスマンなら常識じゃなかったのかよ。
「というわけなんで。おれたちが荷物を持つから安心して」
部下の若者たちが、やっぱり嬉しそうに、風呂敷包みを一つ、二つと手分けして持ってくれた。充の提げてたペットボトルとクリアカップも。
重かったから助かるけどさ。
「それにしても偉いわ~。こんど高校生になるんでしょ。課長が仕事人間だから料理と家事は息子さんが全部やってくれるって自慢してらっしゃるんですよ」
「ね~」
「お料理できる男子ってポイント高いのよね~」
みんな美人だ。
ふむ。
親切でフットワーク軽そうな好青年三人、女子力高そうなキレイなOLさん三人。
もしかしていいムード? 合コン?
お邪魔しちゃ悪いな。
「じゃ、おれたちこれで帰ります。親父をよろしく」
「飲み過ぎちゃだめだよ、おじさん」
買ってきた飲み物は、ノンアルコールのものだけ選んでおいた。
もちろん代金は、後で親父に払ってもらうけどな!
「まあまあ、そう言わずに!」
「ご一緒に!」
ところが、全員に、引き留められてしまった。
ううむ。
親父が酔ってるから、最後は連れて帰ってほしい……ってことだろうか!
一番の美人なOLさんの友達ってどんなのかな。
内心、興味がないわけではなかったと、認めよう。
※
「どこだよ、ここ」
内心の驚きが、ついうっかり口から出てしまった。
「おれたちの知ってる井の頭公園じゃないよね……」
充も同感だったようだ。
おれたちの予想では、こうだった。
ライトアップされた桜の木の下、青いビニールシートを敷いた上に、十人くらいの男女が、花見弁当でも広げ、缶ビールやペットボトルのコーラだの飲んで、思い思いにくつろいでいる、なんてな。
貿易会社に勤めているという。ぱりっとしたスーツ姿の総勢十名ほどの、美男美女の集団がいた。
予想に近かったのは、そこまで。
桜の大木の下、展開されていたのは、白いクロスが掛かったテーブル席。
とても、ここが井の頭公園だとは信じがたい光景だったのだ。
二十名は座れそうなテーブルの中央には大きな氷の塊が幾つも入ったワインクーラー。
高そうなワインのボトルが四、五本。
生ビールのサーバー。
フレンチやイタリアン、中華に、無国籍料理。フライドチキン。
それらが整然と並んでいるのだった。
テーブルのそばにはシェフらしき人や、白衣を着たスタッフが控えていて、料理や飲み物をサーブしている。
高級店のケータリングサービス!?
「やあ、ようこそいらっしゃいました」
テーブル席の最も奥の席から、声がかかった。
明らかに貫禄の違う、五十歳くらいの男性と、そして、年齢不詳の、ものすごい美女がいた。
いいのかな、ここに。
おれとか充が同席しても。
だってどう見たって、重役夫妻だよね?
しかし、おれたちは、さすがに開いた口が塞がらないままの親父と気の良い部下たち、ともどもに招き入れられ、席に就いた。
特に、おれと充は。なぜか、どうぞどうぞと手を引かれて、お偉いさんのすぐそばに座ることになってしまった。
三つ揃いのスーツ。某フライドチキンチェーンの創業者に似た、立派な髭の男性。
高級そうな黒いワンピースドレス、長い髪をきっちり三つ編みにして頭に巻き付けた髪型の色白美女は、色っぽいけど清楚な感じ。三十? どうみても四十歳まではいかないだろう。
「素晴らしい差し入れをありがとう。ショウガ入りの唐揚げとスパニッシュオムレツは、大好物でね。きみたちが作ったのかな」
「は、はははい」
「ほとんどはこの雅人が!」
「バカ充! おれに責任を押しつける気か! オムレツはおまえだろ!」
なぜだろう。むちゃくちゃフレンドリーなのに、ものすごい威圧感。
緊張しまくりのおれと充。
「まあ。ほほえましいですこと。ねえ泰三さん」
上品な美魔女? 微笑みかける夫人。
「そうだな、沙織。私たちにも、この少年達のような時代があったのだと思い出すよ。そうだ君たち、こっちの料理も食べてくれたまえ」
泰三と呼ばれたケン○ッキーおじさんは、にこやかに指示を出し。
出張シェフみたいな、三十代くらいの女性が、銀色のボウルに盛られた焼き肉と、巨大な餃子みたいなのを出してくれた。
「これはアサード……バーベキューにした牛肉と、エンパナーダ。挽肉のパイみたいなもの。南米の料理だよ」
どこだよ、ここ。
重ねて、おれは思った。
こんなことできるの、やっぱ社長夫妻じゃないか?
「そうだ、私たちには、きみたちと同じくらいの歳の娘がいてね」
「もうじき合流することになっていますの。身体が弱くて、友達が少ない子ですので、親しくして頂けたら嬉しいですわ」
「お嬢さん?」
固まっていた充が、つるっと、口をすべらせた。
「きっときれいなお嬢さんですね」
なに言ってるんだ充!?
おれ、山本雅人の、従兄弟。初恋もしたことない奥手の幼なじみ、キレイな顔だけど童顔で、うっかりすると小学生と間違われることもある、沢口充は。
社長夫人(としか思えない)に、魂を奪われたように、見つめているじゃないか!
まさかの……高校入学直前の、フォーリンラブ!?
相手は社長夫人?
そんな、危険な!
終わらなかった……このエピソードはあくまで4月1日のできごとです。