第1章 その2 エイプリルフールお花見頂上合戦!(2)土日に快速が停まらない!
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今年の桜は、やたら早い。
高校の入学式もまだなのに、あちらこちらで満開だという噂を聞く。
テレビのニュースでも取り上げていた。
だからか親父!
今朝は何にも言ってなかったのに、急に「花見するから弁当持ってきてくれよ~」じゃ、ねえよ! 息子に甘えるな。
……作るけどさ。
おれは充に手伝わせて、大量のおむすびを握って重箱に詰める。
使い捨ての容器なんて持ってないのだ。
おむすびに混ぜるふりかけはいつも5種類くらい買い置きしてるし。海苔もばっちり。漬け物はないけど、いいよな。
あとは大量の唐揚げ。下味をつけてショウガをきかせて。
卵がなぜか三パックあったからシチューの大鍋で全部ゆで卵にしようとしたら充に激しく抵抗された。
「雅人がイヤなら自分で作るから卵使わせて!」
スパニッシュオムレツを作るのだというから、勝手にやってもらった。
楽しそうに野菜を刻んでるから、まぁいっか。
あとはキュウリと人参を切ってポリ袋に入れて浅漬けの素で揉んで。
「これくらいでいいかな。とにかく量だよな」
「まあいんじゃない?」と充はスパニッシュオムレツを切りわけながら答えた。
※
「誤算だったな」
「そだね」
西荻窪駅のホームに立つ、おれと充。
唐揚げって、におう。
食欲を刺激する。
重箱四段重ねは結構な荷物なのだった。
充には駅に隣接してる西友で買ったペットボトル持たせてるしな。
「これ吉祥寺で買ってもよかったんじゃないの」
「買っちまったもんはしょうがないだろ……」
そして大誤算。
今日は日曜日で。西荻窪には各駅停車しか止まらない。
あ~、さっき通過した快速、乗れたらな……
「なあなあ雅人。今日、4月1日だよな」
「あ、そういえばそうだな」
「花見だから料理持ってこいって、雅治おじさんのエイプリルフールじゃないよね?」
「親父はそんな気の利いたことしねえ!」
※
二十分後。
おれたちは吉祥寺駅に降り立ち、井の頭公園に歩いて向かう。
駅から歩いてもすぐだから助かるよ。
それにしても、すごい人出だな。
もうすっかりできあがってるっぽい花見客がたくさんいる中を、おれと充は急いで進む。足を止めたら最後って気がする。
公園への下り坂。夜桜がきれいにライトアップされてるのが見えてくる。
「足下気をつけろよ充」
おれは先に立って進む。振り返るゆとりはなかった。
いつの間にかはぐれてしまったことにも気づかなかった。
「待ってよ雅人!」
先を行く幼なじみの姿が、なぜだかどんどん離れていく。間に花見客が割り込んでくるからだ。焦る。
「痛い!」
突然、足下から声がして、充は立ち止まった。
「あれ? 声がしたと思ったんだけど。みんな先へ進んでく人ばっかりだし……」
踏んづけた感じもしなかった。
空耳だろうと納得して歩きだそうとしたときのこと。
足下に、青白い光が見えた。
目をこらしてよく見れば。
小学生くらいの子どもが、うずくまっていた。
「転んだのかい?」
思わず差し出した手を、ぎゅっと握って、男の子は、立ち上がった。
「かたじけない」
と、口にした。よくよく見れば子どもなのかどうか。中学のクラスで一番身長の低かった充の、肩までもないけれど。顔は、老人だった。
「のどがかわいての……」
充が持っているペットボトルを凝視している。
「そうだこれ飲む? ……飲みますか?」
500ミリリットル入りの緑茶を差し出したが、老人は首を振った。
「そっちがいいのう」
所望したのは、ミネラルウォーターだった。
「ふぅん。こっちでいいの?」
蓋をあけてくれと要求されたので、ねじって開けてから渡した。
ごくごく飲み干していくうちに、変化があった。
老人は、みるみる若返っていって、水を飲み終えると、通常の子どもの姿になった。
「ふう、生き返ったわい。感謝するぞ」
口調は時代がかったままだ。
肩までのおかっぱにした黒い髪を振って、くすす、と笑う。
「願い事は、なんじゃ?」
「え?」
「ふむ。見返りを求めずにわしを助けたのか。よし、では贈り物をしてやろう。童よ」
途中から、周囲の雰囲気が変わったことに、そのときになってようやく充は気づいた。暗闇に包まれ、ところどころにぼんぼりのような灯りが点在して、見えるのは桜の大木。目の前に居る童子は、丈の短い着物をまとっていた。
「……今宵は遠方から、客人が来ておるのじゃが。ぬしが気に入ったそうじゃ」
周囲の闇が解けて、銀色のもやが集まって凝固して。
それは、腰まで届く長い銀髪と水色の目のをした、十四、五歳ほどと思われる美少女になった。
「変わり者のお人好し。この時代にはまだ、そんな人間もいたのね。あなたに《影を見る目》をあげる」
透明な杯を差し出した。
水底から、細かい泡がたちのぼっている。
「ソーダ? ペリエ?」
「そんなようなものよ。さあ、飲んで」
水はどんどん増えていく。こぼれそうだ。あわてて充は透明な杯に口をつけた。のどが乾いていた。身体に染みこんでいくような感覚。
「おいしい」
思わず口に出すと、美少女は、くすりと笑った。
「よかった。あら、よく見たら、あなた……そう、そういうことなのね」
「? えっと、きみは」
のどが乾いて疲れていたのかと充は思い、周囲を見渡したが、やはり暗闇の中に佇む自分と童子と、銀髪の美少女の姿しかない。
ただ、先ほどまでとは違い、目をこらせば闇の中に動物か何かのような影がうごめくのが、ぼんやりと見透かせる。しかし充は無意識に、そうするのを避けていた。
少女は充に、思いの外やさしげな微笑みを向けた。
闇の中で映える、アクアマリンのような薄青い瞳が光をたたえていた。
「あなたは、ただの人の身から、わずかにそれて。人ならざる存在を見る。彼女の傍らに立つためには、必要なこと」
「かのじょ? おれ、彼女なんていないよ。もてたことないし」
少女の笑みが、ひろがった。
「これから出会うの。……がんばって。生きのびて。あたしたちの希望、《小さい鷹》。あなたが無事に人生を全うして彼女と添い遂げることを願っているわ」
ふいに、音が、戻ってきた。
ライトアップされた公園は明るく、花見客でごったがえしていた。
「あれ? おれどうしたんだっけ?」
沢口充は、はたと我に返る。
「そうだ、雅人とはぐれちまったんだ。連絡しないと!」
あわててスマホを取り出し、幼なじみの山本雅人に電話する。
「雅人いまどこだ? 雅治おじさんと合流した? ああ、野外ステージの近く? うん、まだ入り口。すぐ向かうから」
少年が駆けていく。その姿に、うっすらと銀色の細かい粒子がまといついているのを、闇の中で童子と美少女は見つめていた。
「未来と約束したなんて、気がつかないでしょうね。ま、人間の中じゃ、ましなほうだと言ってもいいわね」
「ぬしはひとこと多いのじゃ。素直になるがよいぞ。なるようになる、じゃろうて」
「あたしたち精霊の愛し子を、孤独から救ってくれるのは、あの子しかいない。がんばって、生きのびてね……」
終われませんでした。続きます。
銀髪の美少女は、このお話の姉妹編(?)である
「イリス、アイリス ~異世界転生。「先祖還り」と呼ばれる前世の記憶持ち~」
と、「リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険」に登場しています。
よろしければこちらのほうも、どうぞよろしくお願いいたします。