プロローグ その4 少年よ大食であれ!望めば叶う、かもしれない。
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高校に入学して同じクラスになった、伊藤杏子さん。
おれは彼女に一目惚れした。
少しだけでもいいから、伊藤杏子さんとお近づきになりたい。
妄想は、どんどんふくらむ。
かわいいしハキハキして元気良くて、それでいてオンナノコらしくて。
何より、顔が好きだし声もいい! ここカンジンだよな。
スタイルもいいし。
いや決して胸の形がよさそうだとか、足がキレイだとかそんなことばかりではない。
伊藤さんの好みの男性は?
よし、なんかスポーツ始めよう! 運動部に入って活躍したら、伊藤さんも見てくれるかもしれないぞ。
……なんてな。
そんな都合の良いこと、あるわけないよなぁ。実際には。
あ~、晩飯作るのかったるいな。
このところ親父が仕事で遅いし、同僚と飲んで食って帰るから、おれは一人飯。
結局、おればっかり作ってるもんな。
出前でもとるか、ラーメンかチャーハンか。
……なんて、呑気に構えていたときだ。
「おい雅人! 雅人~っ!」
しまった玄関にカギかけとくんだった。
今日も、夕飯時に、幼なじみの沢口充が突撃してきた。
「なんか食わせて~!」
充は勝手に上がり込んで、冷蔵庫にアタック。
「卵あるじゃん。ゆで卵食おうぜ。雅人、茹でて!」
「茹でるの、おれかよ」
「そんで肉! 焼き肉でも唐揚げでもステーキでもいいぞ!」
「バカか。家に帰って食え。妙子おばちゃんの料理はすげえ美味いのになに言ってんだ」
充、妙に居座るなあ。
「今夜は肉か? 焼き肉か? だよな?」
必死に言う充。へんだな。
「そんなに肉食いたいのかよ。出前でラーメンにしようかと思ってたけど、ほんとのこと吐けば肉食わせてやらんでもない」
親父が知人からもらった松坂だかどっかの和牛肉を冷凍庫に確保しているのだ。どうせめったに家で夕飯を食わない親父である。
なので、親父の肉は、おれのもの。
「実を言うと」
問い詰めると、ついに充は自白した。
「最近ベジタリアンなんだよ。姉ちゃんが」
「はぁ? 沙弥姉が? もんのすごいがっつり肉食女子だったじゃないか」
男性に強気に迫る「肉食系女子」という意味ではない。
文字通りの肉好き。特に牛。500グラムステーキでも軽くペロリと平らげる、大食い女子なのである。エンゲル係数高すぎ!
「アネキ、今年就職しただろ。そこで一目惚れしたっていう良い感じの上司がいるんだけど、その彼が、筋金入りのベジタリアンで」
「あ~、なんか話が見えてきたわ、おれ」
「彼に好感もたれたいからって、自分も肉食やめるって言い出してさ。うちもここ一週間ずっと肉絶ちさせられてんの。野菜ばっかり食ってるんだ」
「いいじゃん野菜。ベジタリアン。身体にいいぞ~」
我ながらいい加減な同意だな。
そのうちに、充は、キレた。
「だけど、おれは育ち盛りなの! 肉食いたいんだよ!」
叫んだあと、しゅんとする。
「だって肉食わないと背が伸びないじゃん?」
ああ、そういうことか。
充が恋してる並河香織さんは、かなり身長高いもんなあ。
「了解了解。肉食おう。そのかわり手伝えよ」
急遽、晩飯は自宅で、ステーキにメニュー変更とあいなった。
焼き肉をしていたらもう一人襲来。
噂の新人OL(?)沢口沙弥、つまり充んちの姉だ。
「もうだめ限界。肉食べさせて~! うちに帰って野菜しか入ってない鍋見たらうんざりしてさ!」
おれと充は顔を見合わせて、腹を抱えて笑った。
「そりゃねえわ! 沙弥姉のせいでうちは毎晩、野菜鍋なんだっつーの!」
憤慨する充とおれは、ステーキの準備に取りかかる。
「いい肉は塩こしょうだけでいいのよ!」
「つまり早く食べたいと」
「こんなアネキ、嫁に行けるのかねえ……」
草食系男子である上司、ロックオンされて気の毒だけど。
もらってやってくれるといいなあと、おれと充の意見は一致する。
「肉~! もっと肉ちょうだいっ!!」
春の宵。
まだまだ夜桜の似合う季節である。
どこからか花の香りが漂ってくるような夜だ。
飯を食いながら、三人で腹を割っていろいろ話した。
特に、新しいクラスのこと。
気になってる女の子のこと。
「なにかあったら相談にのったげるから」
肉食うかおしゃべりするか、どっちにしろ賑やかな沙弥姉。
「あてにしないけど覚えとくわ沙弥姉」
「そういえば青山さんちの葉月ちゃん覚えてる? あの子、M大に進学したって」
葉月ちゃんといえば、小さい頃、近所に住んでた、少し年上の幼なじみだ。
よく遊んでくれたなあ。
女の子なのに乱暴だった気がするけど。
おれと充を弟分にして、ガキ大将だったよな……。
「へ~。何学部?」
「母さんに聞いたけど。覚えてないわ」
まったく沙弥姉は、おおざっぱだなぁ。
「それよりもっと教えてよ。充は、香織さんっていうの? 長い髪の子が好き。雅ちゃんは、杏子さんって子がタイプなんだ? ステーキのお礼に教えてあげる。とにかく押しなさい。『こんないい子は彼氏がいるだろう』なんて最初から諦めたらダメ! 好きって言われて嫌な気分になる子はいないわよ! がんばれ!」
「「イエスマム!」」
思わず声を揃えて答えた、おれと、充なのだった。